蒼く淀んだ水底で

山 海

第1話 はじまり


何処から話せばいいだろう…


「僕」に


「私」に


起きた出来事を。


全ての人に知って欲しいとは、思わない。


理解して欲しいとは、思わない。


でも…もし、ひとつだけ我儘が許されるなら…誰か一人でいい…覚えていて。


「僕」が


「私」が


生きていたこと。ここに、存在していたこと。


はっきりと何が「はじまり」だったのかは、解らない。

どんよりとした雲が空を覆っていた。暑くもなく寒くも無く、過ごしやすい日だった。

そこは公園で、無邪気に遊ぶ子ども達で溢れていた。

自分自身もその中の一人だった。

何の変哲も無い日の午後、ふと、今目が覚めたような感覚になった。

それまで、他の子ども達と一緒に夢中になって遊んでいたのに。


雷に打たれるほどの衝撃も無く。

ごく自然に。

微風が吹くほどにささやかに。


「僕」と「私」は目を覚ました。


その日から、二人で一人、一人で二人だった。

互いの存在に戸惑いながらも、幼い自分は互いを受け入れた。


あの日の、あの頃のままでいられたなら…

どれほど幸せだろう。

人は時間の流れには逆え無い。

無邪気な子どものままでは、いられない。


月日は飛ぶように流れる。

変化は望まずとも訪れる。


6歳を迎えた年、与えられた制服に違和感を覚えた。幼稚園の制服だった。

その年から父は、「必要の無いもの」を排除した。

プラモデル、ジーンズ、木登り、スケートボード…

父の思う「理想的」であるために。

髪型、衣服、言葉遣い、細かな所作まで、父は「理想的」を求めた。

「僕」に選択肢は無く、従うしかなかった。

そして「僕」は、本当の自分を隠したまま形作られていった。


希望が無かった訳じゃない、あの頃はまだ…。


「僕」は夢見ていた。


いつか、「僕」の望む変化が…奇跡が…訪れると…。


時間は、時に冷酷だ。

此方の準備不足などお構い無しに、逃れることのできない現実を突き付けてくる。

もがいて…もがいて…息苦しさのあまり、消え入りそうな希望を「僕」は、必死で握りしめていた。

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