第4話 空想、追想、思い出

 教室に戻ると"いつもの"状態じゃないことに気づく。


 "いつもの"状態とは、机と椅子が廊下に出ている状態のこと。少しでも時間があるとすぐこういうことになるのだが、今日は様子が違う。


 廊下の状態もそうだ。というかそのせいで"いつもの"状態じゃないことがわかる。


 私のクラスの――というと烏滸がましいかもしれないが、扉の前に十数人がたむろしている。


 何事かと思い、遠巻きに覗き込むと怒号が聞こえた。


「おい鷹尾! てめぇ、昨日のはどういう了見なんだ?」


「お前らしくないな、紫苑。約束通りだったと思うがなぁ」


「どこがだ! ウチの縄張りだって言ったろ! 勝手に行動すんな!」


「悪いな、生憎耳が悪いもんで」


「こいつ!」


 取っ組み合いの喧嘩になるかと思いきや、すんでのところで五限目の先生が来てお流れとなった。やはり志田先生の仲良いとかいう情報はデマだったなぁと思いつつ、いつもよりピリついた教室の中でいつもより平和な席に着く。


 カーテンの隙間から柔らかな陽光に照らされて眠くなる。


「烏天狗、なんかどっかで聞いたことがあるんだよなぁ。引っかかるなぁ」


 右手でシャーペンをくるくると回しながら追想に耽る。


 確かあれは……。


 ……そうだ、中学一年生の時だ。




 あの日の私は、学校にいるのが嫌で途中で帰った。


 夏休み二週間前のあの日。


 梅雨のジメジメとした季節が過ぎ、蝉時雨が段々と降るようになってきたあの日。帰り道の公園で、時間を潰していた。


 すぐに帰ると親に何言われるか分からないし、カバンには読みかけの小説は入っている。時間を潰す理由と、潰し方は完璧だった……はずだった。


「うわああああああああああああああああああああああ」


 なにあれ……。


 目の前にはカラスに群がられてる人が。


 なにあれ……。


「うわああああああああああああああああああああああ」


「え、あの大丈夫ですか?」


「え、あ、え? 大丈夫!」


「どう見ても大丈夫じゃないんですけど……」


「あ、ちょっと待って」


 そう言って、パチンと指を鳴らすと、群がっていたカラス達が一斉に飛び立って中身が見えた。中身であってるかどうかは知らんが。


「こんにちは」


 カラスにやられたのか、髪がぼっさぼさの女性が現れた。


「こ、こんにちは」


「学生さんじゃん、こんな時間にどうした?」


「い、いやぁ……」


「これは、サボりだね?」


「あ、はい、まあ、そんなところです」


 図星を突かれて辟易している間に、ボサボサの髪が直っていた。


「髪、あれ?」


「ああ、まあ気にしないで」


 そう話すと、隣に座るよう促してきた。


 よく見ると大学生か社会人くらいの間の女性だろうなと感じる。少し大人っぽい服装だが手に皺などはないし、顔立ちもそのくらいに見える。


 黒髪のボブが似合う彼女は、カバンの中から手持ちの水筒を取り出し一口飲んだ。それをを見てから私は隣にちょこんと腰を下ろした。


「なんか悩みでもあるの?」


 これまた図星。


「なんでわかったんですか? 超能力者?」


「はっはっは、まさか」


「じゃあ、なんで……」


「悩みのない人はね、学校サボらないよ」


 言われて気付く。そうじゃない人もいるだろうが、少なくとも私はそうだ。


「いじめ? 勉強? それとも恋愛?」


「どっちかっていうと、いじめ?」


「なるほどね」


 そう言ってから深く息を吐くと、水筒からまた一口飲み込む。


「どうにかしたいとかある?」


「友達が欲しい、かな」


 んー、と唸るとそれまでは正面に向けていた目線を私に向ける。


「ここらへんの子?」


「ええ、まあ」


「そっか。じゃあ、少し経ったら出来ると思うよ、友達」


「それってどういう?」


「ほら、改善策を示しても上手くいかないことって多いでしょ。でも、この子だ! って子がいれば話は別じゃない?」


「あ、はい……」


「まあ、そのうちわかるよ」


「それって、あなたが友達になってくれるってことですか?」


「あたし? あたしじゃ、ちょっとできないかな」


「そう……ですか……」


「あ、いや、そうじゃなくって。あたし、明日から遠くに行っちゃうから」


「遠く?」


「うん、遠く。だから友達になっても会えないからさ」


「それでも……」


「友達になりたい?」


「はい」


「じゃあ、なろうか。ふふ」


「はい!」


 呼応するように勢いよく立ち上がると、座っている私に正対してにこっと笑う。


「それじゃあね、謎の少女」


「私の名前は来宮楓です。あの、あなたの名前は……」


「名前、うーん。そうだね」


 困惑した表情を見せると、指をパチンと鳴らし一羽のカラスを肩に乗せ


「あたしはここらじゃ烏天狗って呼ばれてる。名前はまた会った時のお楽しみだな」


 そう言い切ると、無数のカラスが彼女を包んだ。


 夕焼けの中、轟音と呼ぶべきほどの羽音が鳴り響く。


 そして、目を瞬いた瞬間に目の前には誰もいなくなっていた。




「あ!」


 そうだ、忘れていた。


 なんで忘れてたんだろう。


 今思い出した!


 と、冷静になる頃にはしかし声が漏れていたようで……。


「おい、来宮どうした? この問題解けたか?」


 しまった、授業中だった……。


 あーあ、クラスの笑い者、恥さらしだ。


 指名されて、黒板の前に立たされる。さっきまで全く話を聞いてなかったので、この問題がなんなのかわからない。くそ、やってしまった。


 平凡というに相応しい日を経験したことがなかった。故に今日はチャンスがあるかと思ったのだが。


 思い虚しく今日も今日とて、平凡に一日が終わるはずもないのであった。

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