第3話 ひとりぼっちの昼食
昼食は購買で買うようにしている。
なんだかんだでこれが一番お金がかからないのだ。
何、単純な話、お弁当を持ってくるといたずらをされて結局購買で買って食べる羽目になるため、それならば最初から買ったほうが早いということ。
今日はいつものソーセージパンと焼きそばパン。そして余って安くなったジャムパンを一つずつ。
合計三百円。十分だろう。
だが、教室に戻ればまた何かされるだろうし、正直昼飯くらい静かに食べたい。
便所飯はしたことはあったが、扉の上から水をかけられてパンがおじゃんになったので、それ以来便所飯文化は廃止にした。
正直毎回、昼食を食べる場所は迷っていたのだが……。
コンコン。
「志田先生いますか?」
「ああ、来宮か。今日も飯か?」
「はい、お願いします」
職員室で担任の志田先生を呼び出す。
志田先生にはいじめのことは話しているし、親身になって進路とか日常生活とかその他いろいろ相談に乗ってくれる、俗に言ういい先生だ。
斯く言う私にとっても"唯一信頼できる大人"といった立場だろうか。
「コーヒーは?」
「はい、お願いします」
最近は職員室の一角、来客スペースであり、生徒との相談スペースとなっている場所で昼食をいただいている。
ここで食べると、ちゃっかりコーヒーの施しを受けることができる。
他の生徒は知らない、穴場ランチスポットなのだ。
「コーヒーどうぞ」
「ありがとうございます」
暖かいコーヒーが目の前に置かれると共に、向かい側に志田先生が座る。
「最近大変か?」
「ええ、まぁ」
一応、生活指導相談という形を取っているのでしょうがないにしても、食事中に喋りかけられるのはあまり嬉しいものではない。
「飯綱はどうした? またひどい目に合わされてないか?」
「ええ、前ほどは」その言葉に安堵したのか「そっかぁ」とため息混じりに呟いてから、話を続ける。
「飯綱については、教師陣も手を焼いていてな」
「はぁ」
「あいつ、この前も商店街で暴れて、駅でも暴れて。全く……」
どうやら、商店街と駅で暴力沙汰を起こしたらしい。事情を聞けば、一方的に飯綱が悪いわけではないので、高校側としても休学にしようか議論になったが二回とも見送りになったらしい。
個人的には飯綱紫苑のことだ。休学、停学、万々歳なんだがな。
「飯綱も、鷹尾みたいになってくれるといいんだが……」
「それは無理でしょ」少し食い気味に。
成績優秀、テストをすれば校内一位、模試をやれば全国トップ十には入る秀才。加えて容姿端麗、バレンタインのチョコの数は校内一位、読者モデルに留まらず女優やアイドルのスカウトの声も止まないらしい。その数なんと全国トップ十、かどうかわからないけど。
言わずもがな、私も憧れている人物でもある。
飯綱紫苑と鷹尾暁子じゃ雲泥の差、月とスッポン、提灯に釣鐘だ。
悪の権化、悪そうな奴は皆友達みたいな飯綱と、女神が転生したような鷹尾さんじゃあね。その言い方だとなんかゲームみたいになっちゃうか。知らんけど。
「そうか? 最近仲いいらしいぞ? あの二人」
「はぁ?」
なんであの二人が?
そう聞き返そうとしたが、やめた。
私なんて関係ないし、部外者だし。
鷹尾さんと喋ったこともない私が首を突っ込むことじゃなかろう。
「いえ、なんでも」
少し落ち着くために、コーヒーを一口。まあ、その間にすでにパンを二つ食べきっているのだが。
「そういえば、最近烏天狗が出るとかいう噂が出てるらしいな」
「そんなお伽噺みたいな」
「先生もそう思ったんだがな? どうやら違うらしいんだよ」
「どう違うんです?」
「この高校がある学区内の中学校の話なんだが、どうやら死人が出てるらしい」
「はぁ」
「あと、隣の高校。あそこでも死人が出てるらしい」
「死人が出てるらしいって、そればっかりじゃ……」
「いや、二人の共通点がな」
「共通点……」
「目撃者が口を揃えて言うらしいんだ」
「なんと?」
「烏天狗に攫われた、ってな」
「都市伝説じゃないですか」
「その部類だといいんだがな。何かあったら教えて欲しい。それと気をつけるように。攫われないようにな」
「善処します……」
とは言ったものの、この人は何を言ってるんだ? という風にしか思えなかった。そんなでまかせ、大の大人が信じるものなのだろうか?
死人が出てるらしい、って出てるなら出てるでいいのに。
そう考えているうちに、残りのジャムパンを平らげた私はそそくさと職員室を後にしようと思った。
何か、今日の志田先生は違う。
そう、直感で感じていた。
「ではまた。今日もありがとうございました」
「いや、いいんだ。来宮も気をつけてな」
「はい」
「あ、そうだ」
小芝居混じりで、大きく手を叩くと何かを閃いたように。
「今日放課後暇か? ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。いいかな?」
「はい、別に用事もないので」
「おう、じゃあ、職員室に来てくれな」
「わかりました。では」
一礼して職員室を去るが、心の奥底になにかシコリが残るような、変な気持ちがあった。
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