第一章 邂逅、そしてその先へ

第2話 憧憬と厭悪

 ああ、またいつものだ。


 登校して真っ先に見るのは、廊下にポツンと置いてある一組の机と椅子。机の天板には様々な罵倒が書かれている。


 言わずもがな、私の机と椅子だ。といっても、所有者は学校。なので、特段思い入れもない。故にそのまま、教室の中に運び込む。


 落書きもペンキで塗られていたりすれば邪魔だが、学生が考えるものといえば所詮油性ペン程度のもの。放っておいても実害はない。まあ、私も学生なのだが。精々油性ペンのインクを無駄遣いさせてやった、と思えばなんだか楽しくなってくるもんだ。


 人がいっぱいいると、五月蝿くてしゃあないので朝一番とは行かないまでも結構早い時間に来てこれということは、昨日のうちにやられているんだろうな。そんな暇があるなら勉強の一つでもしたほうがよっぽどタメになるというのに。


 窓際の一番後ろの席に机を持っていき、椅子に座る。


 英単語帳を開きながら授業開始を待つ間、登校してきた生徒たちが口々に誹謗中傷の風を吹かしてくる。


 曰く、「なんでまたいんの?」「学校来んなよ、気持ち悪い」「死ねばいいのに」だそうだ。


 本当に死んだらどうするんだろうね。


 まさか「死ぬとは思ってなかった」とでも言うのかな?


 反吐が出る。


 と思っていた矢先にあいつが来た。


「ふーん、まだ生きてたんだ。おい来宮かえで、お前こんだけいじめられても学校来るんだな。ホント大したもんだよ」


 今年になってからいじめは加速した。そう、この飯綱紫苑のせいで。


 どっかのお嬢様だかなんだか知らないが、こいつのせいで去年よりもさらにひどくなった。毎日机と椅子が廊下に出てるのも、トイレにいて水をかけられたのも全部こいつが音頭を取ってやったことだ。全く嘆かわしい。


 確かに、自分でもなんで学校に来るのかなぁとは思うかもしれない。ただただ高卒の学歴が欲しいのと、こんな奴らのために学校来なくなりたくないのと、学費を出してくれてる親のためだ。


 それ以外の理由はない。


 罵詈雑言をかけられることは今に始まったことではないし、正直もう慣れっこになった。


 長い髪を切れば気持ち悪いって言われなくなるかと思って切った時期もあったが、結果は「髪で隠れてたけど気持ち悪い顔してるな」と言われた。どうなったって何かしら言われるという構造らしい。


 そこから私は何も気にしなくなった。


 だから髪も長いまま。


 今はたぶん腰くらいまで伸びていると思う。


 あー、どうせまた切ってもバカにされるんだろうな、と思い伸ばし続けている。


 こんな私だけど夢くらいはある。


 友達が欲しい。


 青春がしたい。


 折角人間に生まれたんだ、そのくらいはしたいなぁ。


 予鈴が鳴り、室内がザワつき始める。それは予鈴が鳴ったからではない。


 学校一の人気者、鷹尾暁子が登校してきたからだ。


 凛とした立ち姿、という言葉が相応しいその振る舞いは男女を問わず魅了する。何を言おう、私も魅了された一人である。好きというよりかは、憧れに近いかも知れない。彼女の一挙手一投足に目が向けられる。


 反転、私なんて掃き溜めを見るような目で見られる。


 同じ人間なのに、どうしてここまで違うのだろうか。


 今の私は憧れることすらバカにされそうだな。


 この世界に期待するだけ無駄なのかな。


 そう思っている内に一限開始のチャイムの音が鳴り響く。


 ああ、また今日もどうしようもない一日が始まる。

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