自分勝手なイキモノ

ロベリア

第1話屋上の噂

ゆっくりと息を吐く。

私はそっと地面を見下ろした。

人が歩く街並みを。ここから見るとまるで虫のようだ。

どこにでもいる。存在するだけで嫌悪され、殺される虫のように。

フェンスを越えた。風が吹き、長くなった前髪が視界を邪魔する。

人は死ぬ。虫と同じ。他人に殺され、偶然に殺され、病に殺され、自分に殺される。

私は飛び降りた。体が重力に従い落ちていく。

気持ち悪い。最後まで私は…「気持ち悪い」という感情を持って死んでいくのか…。



どうして。誰もがそう言った。あの子は優しくて、素直で、とてもいい子だったのに。皆口々に言う。

クラスにいじめはなかった。仲の良い友達もいた。家族にも愛されていた。なのにどうして…。

彼女の気持ちは彼女にしかわからない。誰かが必死に考えたって理解できないのだ。僕は目から熱いものが零れ落ちるのを感じた。涙。そうか、僕もまた彼らと同じように勝手に悲しんでいるのか。どうして…と。人間という生き物は本当に自分勝手だな。

僕は目を閉じ、その場から立ち去った。






「屋上が閉鎖されてる理由知ってる?」

昼休み。同じクラスの女子、三浦みうら椿花ちはなが午後の授業が始まる前にひと眠りでもしようかと眠る姿勢に入った僕に話しかけてきた。

「…知らない。」

他の人に声をかけろよ。不機嫌な顔を隠すこともなく、ぶっきらぼうに答えた。幼馴染は本当に面倒くさい。遠慮を知らない。

「実はさ…さっき友達から聞いちゃったんだよね~」

にこにこ笑いながら話を続ける。噂好きの彼女のことだ。この手の話は長くなる。

「今から20年前にね…この学校の屋上で飛び降り自殺した女子生徒がいたんだって!」

「…へぇ。」

そんなところだろうと思った。屋上を封鎖する理由なんて大抵がそのあたりだ。過去に転落事故があったとか、自殺があったとか。

「女子生徒は高校2年生。頭良し、顔良し、性格良しの完璧少女で…」

「つまり、お前と真逆の素敵な人だったんだな。」

「……何か言った…?」

椿花は少し拗ねた表情を見せたが、ニヤリとつり目がちな色素の薄い茶色い瞳をさらに鋭くして、意地の悪い笑顔を作った。

…待て。この顔はまさか。

「それでね。その女子生徒が自殺した原因がわからないままなんだって。…今でも自分が自殺した理由を知ってほしくて、夜な夜な屋上に現れては警備員さんに訴えるんだって…『私が死んだ理由を聞いて…』って!!」

「……っひ!?」

情けない声が自分の口から出た。

けらけらと笑う目の前の少女に怒りがわく。笑うたびに無駄に動くアホ毛、引っこ抜いてやろうか。

「……はぁ…やめてくれ。怖い話は苦手なんだ。」

夢に血だらけの女子高校生が現れたらどうしてくれる。

「本当にさとるは昔から怖い話苦手だね~。もっと話そうか?そしたら克服できるかもよっ!」

「夢に現れたら、夜中だろうが何だろうがお前に電話して睡眠妨害してやる。」

一度寝たら朝になるまで起きないような奴だ。そんなことしても無意味なのはわかっているが、このままでは僕が眠れなくなってしまう。何度こいつのせいで眠れない夜を過ごしたことか…。いつか違う形で仕返ししてやる。椿花が嫌いな数学のテスト、わざと違う範囲を教えて赤点でも取らせよう。椿花は普段から授業の大半は居眠りしている。僕が嘘をついてもばれないはずだ。

どんな復讐が良いだろうかと、ニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべている間に昼休みが終わってしまった。

「あーあー。もう授業かぁ…悟、午後の授業も頑張ろうね~」

僕に手を振ると、椿花は自分の席へ戻っていった。

あいつのせいで貴重な昼寝タイムを逃した。僕はため息をつきながら授業の準備をする。

高瀬たかせさとるの睡魔と格闘する午後の授業が始まろうとしていた。

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