ブドリのスイッチ(10分程度)
登場人物
ネリ…女性。火山が専門の科学者。
兄 …ネリの兄。
ネリ アーーーー(ひとしきり騒ぐ)
兄 うるせえな!
ネリ どうしよう! あと何分?
兄 十分。
ネリ 十分! 十分しかない!
兄 落ち着けって。
ネリ もう駄目だおしまいだ、私にはもう十分しか残っていないんだああ。
兄 まあまあ、十分で出来ること考えようぜ。
ネリ 十分じゃ何もできない! せいぜいカップラーメン三個作るくらいだ。もう三個しか作れない……待てよ、別に同時にお湯を入れれば三個以上作れるな?
兄 じゃあ作ればいいんじゃないか?
ネリ ここにカップラーメン無いじゃん!
兄 ないんかい。
ネリ もう何でもいい、何か、人間らしいことがしたい。
兄 人間らしい? なんでまた急に。
ネリ 十分後、私は、このスイッチを押す。そして、火山に建てられたこの家は、火山もろとも、爆発する。
兄 爆発すると?
ネリ 死んじゃう! ああ何でこんなことに。まだやりたいこともたくさんあったのに!
兄 例えば?
ネリ もっと旅行したかった。おいしいものだってもっと食べたい。それから、恋とか。
兄 え、ネリお前、彼氏いたのか! 何で兄ちゃんに教えてくれなかったんだよ。
ネリ まあ、彼氏はいなかったんだけど。
兄 いないんかい。
ネリ あーあ、こんな安っぽいスイッチのせいで人生終わるのかあ。腹立ってきたな。
兄 ちゃんと動くのか?
ネリ そうだ、イメトレしとこう。はい! あと一分になりました! こういう時ってなんて言えばいいんだろ。アーメン? なんまいだぶ?
兄 信じてねえのに現金なもんだな。
ネリ ああ神様仏様。カップラーメンを食べられなかったことだけが心残りです。
兄 買って来ればよかっただろ。
ネリ でもカップラーメンって言ってもいろんな味あるからな。なにがいいかな。醤油、シーフード、カレー味……
兄 こっちまで食いたくなってきたな。
ネリ 結局謎肉の正体分からなかったなあ。
兄 何の肉だったんだろうな。
ネリ 人だったらどうしよう。
兄 ははは、まさかそんな……な?
ネリ とにかく、私はカップラーメンを食べられなかったことを悔いて死にます。来世はカップラーメンになりたいです。
兄 それ食われる方だけど大丈夫?
ネリ とか言ってるうちにあと三十秒。
兄 緊迫感の欠片もねえな。
ネリ 最後はまあ、慌てても仕方ないからね。お世話になった人への感謝を思い浮かべつつ。皆様、どうぞおいしくいただかれますように。
兄 カップラーメンをな。
ネリ さて、ラスト十秒。ご唱和ください!
兄 ここにあと俺しかいねえけど。
ネリ いきますよ、十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……
兄 いけー!
ネリ 駄目だあーーー!! 絶対押せない!
兄 まあまあ、今はイメトレだしな?
ネリ こんなことしてる間にあと七分だ。
兄 貴重な三分だったな。
ネリ ヒーーーーーン兄ちゃーーーーーーん
兄 うるせえよ! ネリお前、パニクるとうるさくなるのマジで変わらないな!
ネリ ヒィィン……(深呼吸)一旦落ち着こう。
兄 そうしよう。
ネリ とにかく、死ぬまで怯えるだけなのは嫌だ。
兄 確かにな。
ネリ なんか、何でもいいから人間らしいことがしたい。
兄 あと七分だもんな。何ができるだろう。
ネリ はっ、そうだ。しりとりならできるぞ。
兄 しりとりかあ。昔よくやったなあ。
ネリ 言葉を使うから人間っぽいし、声を出せば不安もまぎれるはず。
兄 じゃあ最適だな。
ネリ まずは、しりとり!
兄 料理。
ネリ りす!
兄 スイス。
ネリ すいっち……ヒーーーーーン(騒いでからうずくまる)
兄 何で自爆してるんだよ! ええと、力持ち。
ネリ ちきゅう。(ぎゅっとまるまる)
兄 宇宙。
ネリ うし。(四つん這いになる)
兄 新聞紙。
ネリ しんか!(立ち上がる)
兄 家庭科。
ネリ 火山!(両手を頭上で合わせて山のジェスチャー)……アーーーーここ火山だったーーー
兄 しかもんーついたしな。
ネリ 終わっちゃった……
兄 早かったな。
ネリ そういや兄ちゃんはしりとりが上手かったなー。
兄 おう、お前には負けたことないよな。
ネリ 何でだろ……あ、そうか! 絶対に来た字と同じ字で終わる言葉で返してるんだ!
兄 大正解! 料理、スイス、力持ち!
ネリ そりゃあ勝てない筈だよ。だって今気づいたんだもん。
兄 もっかいやるか?
ネリ いいや。そんくらい兄ちゃんに勝ちを譲っとかないとね。
兄 そんくらいってなんだよ。
ネリ だって私は、科学会のホープなんだから。
兄 おう、そうだ! 凄いぜ!
ネリ 火山が噴火した年は冷害が起きないってのを見つけたのも私だもん。
兄 火山ガスだっけ。俺よく分かんねえけど。
ネリ 今回火山を爆破して、強制的に噴火させれば、百年に一度の冷害も終わるはずなんだよ。
兄 二十年前も百年に一度って言ってなかったか?
ネリ とにかく、この異常気象を止めれば、たくさんの命が助かるんだ。……このスイッチさえ押せば。
兄 ……あと五分だな。
(二人はじっとスイッチを見る)
ネリ 言うほど後悔してる事って無いかも。
兄 ほんとか?
ネリ この異常気象を止めるのが将来の夢みたいな所あったし。
兄 妹ながら良いやつだな。
ネリ 兄ちゃんの将来の夢って、恐竜になることだっけ。
兄 そうだな! ジャンシャノサウルス。
ネリ ジャンジャカジャンザウルス?
兄 ジャンシャノサウルス!
ネリ あ、ジンジャーエールザウルスか。
兄 お前わざと言ってるだろ。
ネリ そろそろ怒られそうだな。
兄 他人事みたいに言いやがって。
ネリ いやー、これでも兄ちゃんには感謝してるんだよ?
兄 ほんとか?
ネリ だって、科学者になろうって思ったきっかけは兄ちゃんだもん。
兄 俺何かしたかなあ。
ネリ だから、兄ちゃんには感謝してる。……感謝しなきゃいけない。
兄 どうした?
ネリ ……嘘だよ。何で、何で私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
兄 ネリ?
ネリ 私が一番つらいときに、兄ちゃんは側にいてくれなかったじゃないか。
兄 ……。
ネリ ほんとにきつかったんだよ。貧乏な田舎娘って馬鹿にされてさ。
兄 俺らは農村の生まれだからなあ。
ネリ それに、科学者の仲間たちには、父さんと母さんがいた。私みたいに、二十年前の冷害でみなしごになった人はいなかった。
兄 そっか。
ネリ 寂しかったよ。
兄 力になれなくてごめんな。
(ネリは俯く。そして、何か思いついたように顔を上げる)
ネリ 今思えば、スイッチを押す役目に手を挙げたのは、兄ちゃんになりたかったからかもしれないな。
兄 どういうことだ?
ネリ 知ってるんだよ。二十年前、父さんと母さんの葬式の後。
兄 ネリ、お前、見てたのか。
ネリ 兄ちゃんは、私が寝てると思って、その隙に家を出た。
兄 なあネリ、その話やめてくれないか。
ネリ 森で鳥でも捕ってくるって書き置きを残してたけど、
兄 ネリ!
ネリ 兄ちゃんは! ……生贄として、火山の火口に突き落とされたんだ。
兄 ごめんな。
ネリ 私悔しかった! その時はちゃんと勉強してなかったけど、生贄なんかで冷害が終わる訳ないって分かってた。
兄 なあネリ、
ネリ 寂しいよ。兄ちゃん、何で側にいてくれないの。
兄 お前、本当に俺が見えないのか。
(ネリは俯く。兄はネリを見つめ続ける)
ネリ そうだ、兄ちゃんが落とされたの、この山だね。
兄 ネリ、兄ちゃんはずっとお前の側にいたんだぞ。
ネリ そっか、このスイッチを押したら、兄ちゃんに会えるかもしれないんだ。
兄 ネリ、兄ちゃんはずっと、一緒にいたんだぞ。
ネリ これで、全部終わるんだ。私みたいな子はもう生まれない。
兄 ごめんな、ネリ。
ネリ 大丈夫。爆薬の量も仕掛ける場所も、何度も計算して確かめた。排出される火山ガスも丁度いい量のはずだ。これで、本当に終わる。もう、心残りはないや。
兄 ネリ、お前はよくやったよ。やったから、死なないでくれよ。
(ネリはスイッチの前にゆっくり座り、何も喋らなくなる)
兄 ネリ? ……覚悟を決めたのか。そうだよな、お前はパニクるとうるさくなるのに、腹を決めたら最後まで黙る奴だったな。
(兄はネリを見て、周りを見る)
兄 待てよ。ネリ、お前は賢い子だよな。何が終わるんだ。何の覚悟だ。それは、何のスイッチだ?
(兄はネリから離れる)
兄 ネリが火山を爆破して、冷害が終わったとして、じゃあ、次に冷害が起きた時は、どうすればいいんだ。また誰かが火山を爆破するのか。誰かを犠牲にし続ければ、犠牲を生むことに麻痺してしまう。そんな世の中、きっとじきに壊れてしまう。ネリ、お前は一体、何を爆破しようとしているんだ。
ネリ あと一分。
(兄はネリに近寄ってすぐ横までくる)
兄 なあネリ、お前なら分かってるはずだよな。これじゃあ何の解決にもならない。火山を爆破し続けて、火山が全部無くなった時、どうすれば冷害を乗り越えられるんだ。お前は、何を終わらせようとしているんだ。
(ネリは静かにスイッチの上に手を置く。
兄はうろたえるが、必死に動揺を抑え込む)
兄 ネリ、教えてくれ。俺は何のために死んだ。お前は、何のために死ぬんだ。
ネリ ……あと十秒。
(兄はスイッチに置かれたネリの手の上に、そっと自分の手を重ねる)
兄 なあネリ。これは、何のスイッチなんだろうな。
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