UW(50分程度)

枚数  七〇枚


登場人物

泰介…若い男性。雷電が見える。船乗りの下っ端。

平太…若い男性。船乗りの下っ端。

雷電(座敷童)…年齢不詳の女性。船乗りのバンキチに会いたがっている。

船長…五十代男性。気難しい。

源さん…四十代男性。粗暴。

徳さん…四十代男性。温和。

辰さん…四十代男性。無気力。以上三人、日雇いの荷物運び。

先輩…若い男性。泰介たちの先輩。航海士の資格を取ったばかりの船乗り。

姉さん…先輩の奥さん。船乗りたちに世話を焼く。


あらすじ

 明治三十年。下っ端の仕事に飽きが出てきた泰介は、おんぼろ商船・雷電丸に住む座敷童の「雷電」に出会う。雷電は泰介に、過去の船長・マツオカバンキチに会わせてほしいと頼む。そんな折、泰介は下っ端仲間の平太から、難関の東京高等商船学校を共に受験しないかと誘われる。迷う泰介は周りの大人たちの生き方に触れて揺れ動きながら、自身の将来とマツオカバンキチのゆくえを探す。 


プロローグ

先輩 これから始まる芝居の前に、ちょびっと、俺に喋らせてくれ。お前さんたちは、明治って聞いて何を思い浮かべる? チョコだったり、大学だったりするだろうか。しかし俺がこれから思い浮かべてほしいのは、そうだな、今からおよそ百五十年前。維れ新たなる明治時代だ。さて、明治時代の幕開けについては聞いたことがあるだろう。日本中で巻き起こった内乱の果てに、新たな時代が幕を開けた。それからおよそ三十年。すっかり平和が訪れた日本の片隅で、静かに内乱の跡が消えようとしていた。さあて、はじまりはじまり。


シーン1

汽笛の音。

泰介と平太が腰かけておにぎりを食べている。


泰介 あーあ、今回の船旅もきつかったなあ!

平太 まさか、あんなに海が荒れるなんて思わなかった。

泰介 ほんと! 何回塩水被ったか分かんねえもん。俺塩漬けになっちゃうかも。

平太 貴重な保存食だな。

泰介 そこは助けろよ!

平太 塩は貴重だろ。握り飯にだって塩は必要だ。

泰介 俺、握り飯は揺れない陸で食いたいな。

平太 俺も。陸はいいな、あったかいし。

泰介 今日はお日さんもよく出てるから、眠くなっちゃうな。まさに昼寝日和ってかんじ!

平太 昨日も遅くまでこき使われたもんな。

泰介 な! あいつら俺たちを使用人かなんかだと思ってんだよな。

平太 早く新入り入ってこないかな。

泰介 ずっと俺らが一番下っ端だもんなあ!

平太 まあ、可愛がってもらえるから良いけどさ。

泰介 な。ああ、この握り飯うめえ~~!

平太 いつもこれくれるお姉さん、あの先輩の奥さんなんだよな。

泰介 うん、恋愛結婚だって! いいなあ、新時代って感じ。

平太 でも良いのかな、俺らの分も握るの大変だろ。

泰介 たしかになあ。今度ちゃんとお礼しないと。

平太 ああ。優しい人だよな。飯の塩加減も絶妙だし。

泰介 ほんと、あの冷血漢な先輩にはもったいない!

先輩 悪かったな、冷血漢で。


先輩が上手から歩いてくる。


平太 やべ。

泰介 すっ、すんません! 姉さんの握り飯が美味いもんだから!

先輩 お前の姉さんじゃあないだろう。

平太 お前!

泰介 ひー!

先輩 俺は怒りに来たんじゃ無いんだよ。そろそろ荷物の積み込みが始まるから、お前らはここで荷物を渡し船に誘導しろ。いいな。

泰介 へーい。

先輩 それと、人の女房の心配する前に自分の女房を見つけたらどうだ。

平太 畜生、耳がいてえ。

先輩 じゃあ、任せたぞ。俺は荷物運びを呼んでくる。

泰介 いってらっしゃーい。


先輩は下手にはける。


泰介 くっそー、やっこさん新婚だからっつって調子に乗ってらあ。

平太 でも美人で気立てのいい奥さんだろ。いいなあ。

泰介 だいたいあんな出来た姉さん、どこで見つけてきたんだよ。

平太 あ、それなら聞いたことあるな。

泰介 えっ、どこどこ!

平太 先輩、航海士の資格を取りに一年学校に行ってただろ。

泰介 あーあれか、船長のつてで修行してくるわってやつ。

平太 その時の下宿の近くに住んでたんだって。

泰介 じゃあなんだよ、学校出る時にこっちついてきてくれたのか。

平太 らしいぜ。

泰介 ヒュウ、夢物語じゃねえか。


下手から源さんが荷物を持ってやってくる。


源  おい、あんちゃん。積み荷はこっちかあ?

平太 こっちだよ、桟橋は揺れるから気をつけな。


平太が源さんを上手に誘導する。

続いて徳さんが下手から荷物を持ってやってくる。


徳  おい泰ちゃん、楽しそうに何話してたんだい。

泰介 先輩の奥さんの話。器量がいいんだ。

徳  なに、お熱なのかい?

泰介 ちげえよ!


続いて辰さんが荷物を持ってやってくる。

源さんが荷物を置いて戻ってくる。


辰  おい、後ろつかえてるぞ。

徳  ああすまねえ!

源  泰坊は暇みてえだな。手伝ってくれや、今日の荷物はちと重いぜ。

泰介 俺は見張りなんだよ。早くやらねえと日ぃ暮れるぞ!

源  そいつは御免だ! 宵に酒呷る為に生きてんだよ俺は。


源さんは下手にはける。


泰介 毎日飲むなよ! 体壊すぞ!

平太 泰介、俺渡し船の方行くわ! 徳さん辰さん、手伝ってくれ。

辰  あいよー

泰介 気ぃつけろよー。 


平太、徳さん、辰さんが上手にはける。

泰介は荷物運びを下手から上手に誘導し続けている。

上手から雷電がそろりと出て来て、あたりを見渡す。


泰介 ん? 誰だあのこ。


雷電は泰介の横に置いてある一口大の握り飯を掴む。


泰介 あ、それ俺の握り飯!


雷電は泰介の握り飯を頬張る。


泰介 おまえ!


泰介が雷電の腕をつかむ。雷電は握り飯を飲み込む。


雷電 レディに向かって失礼だよ!

泰介 人のモンかっぱらうお前のが失礼だろ!

雷電 あなた、沢山食べてたじゃない!

泰介 食いもんは最後の一口が一等美味いんだよ!

雷電 けち!

泰介 なんだと! だいたいお前どっから来たんだよ!

雷電 どっからも何も、私はずっとあの船にいるよ!


雷電は上手を指差す。


泰介 ああ? うちの雷電丸に女の船乗りはいねえぞ。

雷電 私船乗りじゃないし。

泰介 じゃあ、どこから入ってきたんだよ。生憎ぱっと盗めそうな積み荷はねえぞ。

雷電 ひどい、私が盗人だって?

泰介 他に何があんだよ。

雷電 私何も盗んでないじゃない!

泰介 今、現に俺の握り飯食ったろ!

雷電 だっておいしそうだったんだもの!

泰介 帰っておふくろさんにでも食わせてもらえよ!

雷電 やだよ! 船のごはんは潮風でしょっぱいんだもん。

泰介 そりゃあそうだけどよ……って、よく知ってるな。

雷電 知ってるよ。私はあの船の座敷わらしだもん。

泰介 はあ?

雷電 信じられない? でも私は君の事知ってるよ、泰介くん。

泰介 なんで俺の名前!

雷電 だってあの船に乗ってるから。他にも知ってるよ。ごはんに出てきた茄子の漬物をこっそりあのお友達、平太くんに渡してることも。

泰介 そ、それは俺と平太だけの秘密なのに!

雷電 茄子嫌いなの?

泰介 俺は茄子とムカデが一等嫌いなんだよ。

雷電 かわいいね。

泰介 うるせえ! お前、本当に何者だよ?

雷電 レディに名を尋ねる時は、そちらから名乗るべきじゃなくて?

泰介 俺の名前知ってんだろ。

雷電 そうだった。さっきも言ったけど、私は雷電丸の座敷わらし。略して雷電って呼んで。

泰介 え、船なのに座敷わらしなのか。船わらしじゃねえか?

雷電 どっちでもいいよそんなの。

泰介 にわかには信じられねえよ。

雷電 本当のことしか言ってないけど。私は雷電。あの船ができた時からずっとこの船に住んでるお化けだよ。

泰介 できた時から? あの船、おんぼろだぞ。

雷電 そうよ。

泰介 いや、ずっと乗ってたのに誰も気づかない訳無いだろ!

雷電 気付かないよ。だって私、お化けだよ? 見えないもん。

泰介 俺は見えてる!

雷電 泰介だけだよ。今もはたから見たら、泰介が一人で騒いでるだけだよ。

泰介 えっ。

雷電 ふふっ。じゃあ私は先に船に戻ってるね! お勤め頑張って~。


雷電は上手にはける。

入れ違いで徳さんと辰さんが上手からやってくる。


泰介 ああ、おかえり。

徳  ……泰ちゃん、俺でよかったら悩み聞くからな。

泰介 え?

辰  徳さんやめとけ、馬鹿がうつるぞ。

泰介 ええ?


徳さんと辰さんは下手にはける。


シーン2

波の音。

平太と泰介が二人並んで座っている。


平太 寝ずの番ってさ、寝るよな。

泰介 なんだ平太、眠いのか?

平太 眠いだろ。お前がちゃんと整理しなかったお陰で、積み込みに予定の倍かかったんだぞ。

泰介 それはすまねえってば。源さんたちとあんなに盛り上がると思ってなくてさ。

平太 はいはい。だから俺が寝たらよろしくな。

泰介 やめろよ、お前それで前船長に怒られてたろ。

平太 船長と言えば、言ってたぞ、明日荒れるって。

泰介 ええ、またかよ! 最近荒れすぎじゃねえの。

平太 俺怖いんだよな。この船ぼろいだろ。

泰介 ああ、ミシミシいうもんな。もしかしたら今急にバラバラになるかも。

平太 確か、来月解体されるんだよな。

泰介 この船、何歳なんだ?

平太 ざっと3~40歳じゃないか。

泰介 そうか、こいつは3~40年も海を走ってきたんだな。そう考えたら大したもんだ。

平太 そりゃあボロにもなるな。木造にしちゃあ持った方だ。

泰介 この船も、完成してすぐは綺麗だったんだろうな。

平太 なあ、この船なんか所々に、彫刻の名残みたいなやつあるよな。

泰介 ああ。もしかしたら、最初は結構豪華だったのかも!

平太 そんな豪華だったのに、もう来月には解体か。

泰介 寂しくなるな。ま、次の船はピカピカがいいな!

平太 それなんだけどよ。

泰介 ん、どうした?

平太 なあ、泰介。この船の勤めが終わった後。お前、東京に出る気はないか。

泰介 東京! どうした、急に。

平太 俺さ、もっとちゃんと商売の制度とか勉強したいんだ。

泰介 ああ、先輩が一年行ってた学校か?

平太 いいや、そのもっと上だ。東京で船の勉強って言えば、お前も聞いたことあるだろ。

泰介 まさか、東京の高等商船学校?

平太 ああ、そうだ。

泰介 待てよ! お前本気か? 入ればエリート確定の大難関じゃねえか!

平太 そうだな。

泰介 無理言うなよ。入るための勉強はどうすんだ。

平太 そうなんだよなあ。

泰介 まずはここでしっかり仕事して、先輩みたく船長のつてで学校行きゃあ良いじゃねえか。

平太 いいや、先輩のじゃ不十分だ。お前、条約の話は聞いたことあるか?

泰介 え? メリケンとかエゲレスとかの?

平太 俺はさっぱりわからねえ。先輩もだってさ。でも、近い将来メリケンやらとの商売がもっと盛んになって、俺らも海を渡るかもしれねえ。

泰介 そりゃ怖えな。あいつらどこの港でも我が物顔してたぜ。

平太 そんな奴らと対等に渡り合うためには、俺には学が要るんだよ。

泰介 渡り合うってのかよ、お前。

平太 渡り合えるようになりてえんだよ。

泰介 俺の知らない間に、でけえ事考えてたんだな。

平太 なあ泰介、お前も一緒に行かないか。

泰介 俺? 俺はいいよお、頭の出来が悪いから。

平太 お前、それでいいのか。今のままじゃあずっと下っ端だぜ。

泰介 そこはさ、腕でどうにか。

平太 でも、航海士の資格がない奴は、これから何にも任されなくなるぞ。

泰介 いや、いつかは取りてえよ? 取りてえけどさ。俺は先輩くらいでいいよ。

平太 ちゃんと考えてくれ。お前は我が物顔のメリケン人を見て悔しくないのか?

泰介 お前がそこまで熱くなるのも珍しいなあ。

平太 泰介!

泰介 分かんねえよ。そんなすぐ行きますなんて言えねえだろ。

平太 でも、お前は行きたいはずだ。じゃなきゃ、努力嫌いのお前が、一番渡し船の扱いが上手いなんて、ありえねえだろ。

泰介 ああ、ずっと練習してたな。そんで、お前はいつも無計画なんだよ。

平太 そうだよな。どう考えても現実的じゃあねえしな。

泰介 船長に聞けば良いんじゃねえの。

平太 船長に?

泰介 船長になるくらいだから知識もあるんだろ。

平太 でもあの人、士族だぜ。

泰介 士族だったらなんだよ。四民平等だって尋常小学校の先生言ってたぞ。

平太 馬鹿、船長が俺らくらいの頃はまだご一新前だよ。

泰介 そうなのか?

平太 士族というか、当時は武士だろ。そりゃあ学もあるだろ。

泰介 え、武士って刀以外もできるんだ。

平太 知らねえけど。今の政府のお偉いさんだって武士だったんだろ。

泰介 確かに。

平太 それに俺、あの人となるべく話したくないんだよ。

泰介 怖いもんな。

平太 それだけじゃない。何だか分かんないけど、俺はあの人の近くにはいたくないな。

泰介 へえ、そんなに。

平太 お前は嫌な感じしないのか?

泰介 んー、怖えなあってくらいだな。

平太 そうか、じゃあ俺の考えすぎかもしれないな。

泰介 ま、色々考えてたら眠くねえだろ。

平太 ねみいよ。でも向こうで明かりがチカチカしてんのは見えるな。

泰介 ほんとだ。灯台にしては光る間隔がまちまちだな。

平太 これ、何かの信号じゃねえか? 誰か呼んでくるわ。


平太が下手にはける。

上手から雷電が来る。


泰介 信号が分からねえのは不便だな。

雷電 分からないんだ?

泰介 わっ! お前いつから!

雷電 今。あれはただのおふざけだから、気にしなくていいよ。

泰介 お前、分かるのか。

雷電 もちろん。Beer or Ginだって。Afternoon teaとでも返しときなよ。

泰介 お前、すげえな。

雷電 そう? 伊達にこの船に住んでないからね。

泰介 俺、ビアもジンも聞いたことあるぜ。あふたナントカ? はよく知らねえけど。

雷電 そりゃ、あんたみたいなちんちくりんには分からないでしょうね。

泰介 おい、どういう事だよ。

雷電 ああ、それに比べてバンキチは紳士だった! 今ごろ何をしてるのかなあ。

泰介 バンキチ?

雷電 そう、船乗りのバンキチ。この船の昔の船長よ。

泰介 へえ、そんな名前聞いたこと無いけど。

雷電 まあ、もう30年は前のことだから。

泰介 え、俺の生まれる前じゃん。

雷電 ああ、バンキチ! 思い出したら恋しくなってきた。優しくて勇敢で、とってもハンサムだったのよ。あんたとは違ってね。

泰介 俺と比べるのやめろよ。

雷電 ねえ、あんた本当にバンキチのこと知らない?

泰介 ええ? だって今ごろとっくに還暦過ぎてるだろ。死んでるんじゃねえの。

雷電 馬鹿言わないで、バンキチはそう簡単に死なないよ。

泰介 その信頼はどこから来るんだ?

雷電 ねえ! さっき東京に行くって言ってたよね?

泰介 ええ、言ってねえよ。

雷電 じゃあ行って来て! 東京なら日本の中心だし、バンキチのことも分かるんじゃない?

泰介 無茶だろ。そのバンキチ、一介の船乗りなんだろ?

雷電 うん。私も詳しいことは分かんないけど。

泰介 分かっててくれよ。

雷電 でも、思っちゃったんだもん。最後にバンキチに会いたいって。

泰介 ……最後?

雷電 この船、来月解体されるんでしょ。

泰介 それはお前、他の船に引っ越せばいいだろ。

雷電 それが無理なんだよね。

泰介 え?

雷電 普段から船の外に出れても、その船が停まってる港まで。それより遠くに行こうとしたら、ひもで引っ張られたみたいに進めないんだよ。

泰介 じゃあ、この船が解体されたらひもが千切れるかも。

雷電 いいや、厳しいと思うな。この船、何度も壊れかけたけど、それでもずっと私はここにいるもん。

泰介 じゃあ、解体に巻き込まれるのか。

雷電 そのまま消えるんじゃないかな。だから最後だって言ったの。

泰介 そんな、

雷電 そんな私の最後の願い。マツオカバンキチに会いたい。

泰介 マツオカバンキチ。

雷電 私を見つけてくれたもう一人の男なの。ねえ泰介、バンキチを探し出してくれない?

泰介 解体までもう一か月ねえぞ。その間に見つかるかどうか分からねえ。

雷電 その時は、雷電の破片を渡してほしい。きっとバンキチはそれで分かるわ。

泰介 俺は分からねえよ! バンキチのこと。

雷電 うん、無茶なのは分かってるよ。でも、また私を見つけてくれたあんたに賭けたいんだ。

泰介 お前、俺とバンキチの他に姿が見える奴はいなかったのか。

雷電 うん、30年ずっと黙って眺めてた。

泰介 ……分かった。どうすりゃいいのか全く分からねえけど、どうにかする。任せてくれ。

雷電 ふふ、あんたチョロいって言われない?

泰介 え、べ、別に?

雷電 へえ。楽しくなってきちゃった! あんた、バンキチを見つけたら紳士的な立ち振る舞いとか教えてもらうと良いよ!

泰介 ふん、俺は充分紳士だろ。

雷電 なまいき! じゃあ頼んだよ!


雷電は上手にはける。


泰介 なまいきって、なんだよ。


下手から平太と船長が来る。


平太 船長、あれっす!

船長 ああ、モールス信号だな。なに、ふざけているだけじゃないか。

泰介 本当だったんだ。

船長 おい泰介、あの船の他に怪しいものは無かっただろうな。

泰介 大丈夫っす。

船長 あれには俺が適当に返しておく。お前らはまた見張っておけ。

平太 はーい。

船長 ああそうだ、お前ら積み込みのおやじと仲がいいらしいな?

泰介 そうっすね! いつもいるんすよ三人組が。なんか気が合って。

船長 ふん、勝手だが、あまり構いすぎるなよ。お前らは乗組員の自覚を持て。

泰介 え?

船長 分からんか? おやじどもとお前らでは立場が違うのだ。規律に関わることを忘れるな。


船長は下手にはける。


平太 何だよあれ。

泰介 俺、お前が言ってたやなかんじ分かった気がする。

平太 だろ? 鼻につくよな。

泰介 なんでよりによって船長を呼んだんだよ。

平太 操舵室に声かけたらみんな寝ててよ、分かりそうなのが船長しかいなかったんだよ。

泰介 なんだそれ、あぶねえな。

平太 そもそも、必要な人手が足りてねえのかもしれねえな。

泰介 ところでよ。平太、バンキチって船乗り知ってるか。

平太 はあ? なんだ藪から棒に。聞いたことねえよ。

泰介 だよなあ。ま、手当たり次第に聞いてみるかあ。俺ちょっとションベン。


泰介は下手にはける。


平太 泰介お前、なんかあっただろ。


平太は見張りを再開する。

上手から雷電が顔を出す。


雷電 なにあの船長。Drink Americans tea……相手が商船で良かったね。何事も無いと良いけど。


シーン3

酔った源さんを徳さん、辰さんで支えて歩いている。


源  おおい見ろよ、今日は月がでけえぞお。

徳  大きい声出さないの、自分の足で歩いてよお。

源  ああ、海にも浮かんでやがるぜ。ちょっと取って来るかあ。

徳  やめてよお、落ちたら死んじゃうんだから。

辰  お前がやっても李太白にはなれないぞ。

徳  あ、それって辰さんが前言ってた人?

辰  ああ。川面に浮かぶ月を取ろうとして、舟から落ちて死んだ奴。

徳  そう聞くと風流だけど、源さんみたいな感じだと思ったらなあ。

源  ああ? 俺だって風流だろ。

辰  どこが。

徳  でも辰さんは物知りだね。俺なんか十二支も分かんないのに。

辰  酉年でトリ頭なんだよ。

源  丁と半は分かるのにな!

徳  ほんと。ピンゾロの丁! つってね。

源  ろくなこたぁ知らねえ。

徳  知ったこっちゃねえ!

源  だのになんだって辰さんみてえな物知りが、こんな所で酒ひっかけてんだ。

辰  別に俺は物知りなんかじゃない。ガキの頃奉公に行ってた屋敷の倅がそらんじてるのを聞いたんだ。門前の小僧だよ。

徳  それ、あの話だろう。倅ぶん殴って追い出されたやつ!

辰  ああ。短気は得しないね。

源  しねえなあ。あーあ、俺たち一生こうなんだろうな。

徳  こうって?

源  こうったらこうよ、金が入ればサイコロに消え酒に消え、首を切られりゃあまた次のまちへ行く。

辰  はっ、今に始まった事じゃねえ。

源  でもよお、俺たち望んでこうなったのか?

徳  源さん。

源  なあ辰さん。舟から落ちて死ぬために倅殴ったのかい。

辰  まさか。俺の脳ミソはそこまではでかかあねえな。

源  徳さん。あんたはサイコロ振りに来たのかい。

徳  そんなわけないよ。ばっちだっただけさ。

源  ほらなあ。誰が望んだ。誰がよこせっつったんだ。畜生俺だってなあ。

辰  おい。

源  望んでねえだろ。望んでねえんだよ、誰だって。


シーン4

泰介は積み込みの誘導をしている。

源さん、徳さん、辰さんがそれぞれ荷物を下手から上手へ運ぶ。


泰介 はーい渡し船はこっちだぞー

源  泰坊は今日も暇そうだな。

泰介 んな事ねえよ。

源  そんなんで飯が食えるなんざ、いいご身分だね!

泰介 あ?

徳  ごめんねえ、今日は源さん虫が悪いんだ。

泰介 へえ、なんでまた。

徳  ううんとねえ。

辰  他の現場で殴ってクビになったんだよ。

徳  ちょっと辰さん!

辰  泰坊も気ぃつけな。

泰介 何だよ、自業自得じゃねえか。


源さん、徳さん、辰さんが上手から下手に帰ってくる。


源  はーー若い奴は苦労を知らなくていいねえ。

泰介 そりゃ誰かと違って短気じゃねえからな。

源  ああ?

徳  泰ちゃん抑えて!

泰介 まだ積み込み始めたばっかだぞ。口より先に体動かせよ。

源  てめえ! 一人じゃ何も出来ねえくせに!


つかみかかろうとする源さんを徳さんと辰さんが抑える。


泰介 少なくともあんたよりは出来るね。

源  変わんねえよ! てめえにあんのは生まれだけだ!

泰介 は?

源  それだけで乳吞み野郎が一丁前に!

泰介 いま生まれは関係ねえだろ。

源  うるせえ苦労もしねえで偉そうに!

泰介 あ? 分かったような口ききやがって。

源  お前らを見てると許せねえんだよ! 俺は百姓の子で十分だった。こんな惨めな目に遭ってんのは維新のせいだ、お前のせいだ!

泰介 ……待てよ、それに俺は関係ねえだろ。

源  いいや、お前は維新そのものだ。士族でもねえのに苦労もしねえで俺の上に立ちやがる。

泰介 言ってること分かんねえよ、いつ俺が立ったんだよ!

辰  それがお得意の四民平等か。

泰介 辰さん?

辰  平等なんて笑わせる。どこへ行っても流れても俺らはおじろくだ。

徳  確かに泰ちゃんは悪くないよ。でも俺たち羨ましいんだ。どこへ木こりに行ってもどこでもっこを背負っても、気付きゃあ奴隷になってやがる。

源  そんな世の中なのもなあ、維新めでたしと手を合わせるお前みてえなのがいるからだろうが。それを能天気に突っ立ちやがって。

泰介 それでも、俺が踏ん張らなきゃ俺は立てねえだろ!

源  ちげえ。お前が踏んでんのは何だ。俺だ。どうして俺は踏む側になれなかった。お前のせいだ。お前のせいだ。


源、徳、辰さんが泰介を取り囲んでお前のせいだと責め立てる。

泰介はうろたえて何もできない。


船長が上手から来る。


船長 何やってるんだ。

三人 せ、船長さん。

船長 おい、おやじども。クビにされたくなきゃ早く荷物を運べ。

源  いや、違うんだぜ船長さん。

船長 早くしろと言っている!


源徳辰は黙って下手へはける。


泰介 船長、すんませんした。

船長 お前は俺に苦労をかける。

泰介 いやでも、流石っす。俺じゃただの喧嘩だってのに。

船長 ……それは、奴らが百姓で俺が武士だからだ。

泰介 身分ってことすか?

船長 言っただろう。お前は支配する側だという自覚を持て。

泰介 俺が支配する側っすか?

船長 そうだろう。根無しの無象どもに積み荷を運ばせ、日ごと褒美をくれてやっているのだ。お前は無象どもを監視していたのだろう。

泰介 でも、源さんたちがいなきゃ荷物は運べないっすよ。

船長 甘いと言っているのだ。なんだ、それが維新の賜物だと言うのなら見物だな。

泰介 維新?

船長 お前はあいつらを支配する側、そして俺に支配される側だ。黙って聞け。


船長は上手にはける。

源徳辰さんが黙って下手から上手へ荷物を運び、下手へ戻る。

雷電が恐る恐る上手からくる。


雷電 ひゃあ、おかんむりだったね。泰介も災難だね……泰介?

泰介 源さんや船長たちが何喋ってんのか分かんねえ。

雷電 え、士農工商の話?

泰介 それは分かる。俺が責められる理屈が分からねえんだ。

雷電 まあ、八つ当たりだよね。

泰介 それに……それにさ。俺自身も分からなくなっちまった。

雷電 泰介が?

泰介 なあ、東京の高等商船学校。夢なんて近いもんじゃねえ、やっぱり住む世界がちげえんじゃねえかな。俺なんかじゃ。さっきの船長の言い草だってそうだ。ここじゃ上だっつったって、多分俺なんかには無理なんだろ。

雷電 でも、気になってるんだ?

泰介 俺さ、いい船乗りになりてえんだ。国一番なんて言わねえけどよ。どこに出ても情けなくねえ、外人とだって渡り合える船乗りだ。なまぐさだけど、練習は人一倍してる。渡し船の扱いなら、誰よりも上手い自信がある。

雷電 じゃあ、チャレンジすればいいじゃん、高等学校。

泰介 そう思いかけてた。でも源さんたちの言葉を思い返すとさ、やっぱり無理なんじゃないかって思うんだ。生まれがいい訳でも無いし、まして学なんてゼロ。

雷電 夢に障害はつきものだと思うけどね。

泰介 バンキチもそうだったか?

雷電 え?

泰介 バンキチも夢があったのか。

雷電 ……あったよ。障害は高く険しかった。そして、バンキチは夢を叶えられなかった。

泰介 バンキチが駄目なら、やっぱり俺も駄目だろうな。

雷電 そんな事ない! やってみなきゃ分からないよ!

泰介 どうだかな。たかが知れてんじゃねーの。

雷電 なにそれ。泰介の馬鹿。意気地なし。


雷電は上手にはける。

先輩が下手から来る。


先輩 泰介、今日は問題なく運べてるんだろうな。

泰介 ……うっす。

先輩 何だその顔。船長にでも怒鳴られたか。

泰介 先輩、俺もう、何が何だか分からないです。

先輩 ……おい、出航は明日だったな。

泰介 はい。

先輩 今日はうちで夕飯を食うぞ。いいな。


シーン5

食卓を泰介、平太、先輩が囲んでいる。泰介はずっと黙っている。


平太 あーーおいしかった!

先輩 平太、お前は誘ってないよな。

平太 だって姉さんの料理どれも美味いんすもん。

先輩 お前の姉さんじゃあないからな。

平太 嫉妬深い男は嫌われますよ。

先輩 良いだろう。たまには惚気させろ。

平太 妬けるなあ。おい、泰介もなんか言ってやれよ! ……泰介?

泰介 あ、わりい。

平太 どうした。姉さんの飯、口に合わなかったか?

先輩 あ? かみさんの飯が合わねえ訳無えだろ。

平太 惚れた欲目がすごい。


先輩の奥さん(姉と表記)がお茶を持ってくる。


姉  平ちゃんはいつもおいしそうに食べてくれるね。

平太 姉さんのご飯が美味しいからっすよ。

姉  この人、全然顔に出さないでしょう。不安になるのよ。

先輩 悪かったな。

姉  泰ちゃん、お腹いっぱいになった?

泰介 はい、ごちそうさまでした。

先輩 で、泰介。何が分かんねえって。

泰介 ……俺、頑張ってみようかなって、思った矢先だったんすよ。頑張るとかって、関係ないんすかね。

平太 頑張るって、高等学校のことか。

先輩 高等学校?

平太 東京の高等商船学校。俺が誘ったんです。もっといい船乗りになりたいし、きっとこれから必要になるんで。

先輩 また無茶を考えたな。

平太 やっぱそうですかね。

泰介 俺だって、今までも足りない頭で頑張ってきたつもりだ。でも、結局何にもできない、俺は見張り番でしかない。生まれた時から、ずっと下っ端で生きていくって決まってたんすか。そういうもんなんすか。

平太 そんな訳ないだろ!

泰介 でも、源さんたちはいくら頑張っても変わらなかったって。

先輩 それはな、泰介。彼らが江戸を生きているからだ。積み込みのおやじや船長は、俺らくらいの歳まで江戸を生きていた。それだけのことだ。

平太 でも今は明治っすよ。

先輩 ああ。明治になっていなかったら、きっと幸せだったんだろう。

泰介 ……なんだかよく分からねえや。

先輩 そうだな。おい、酒もってこい。

姉  はいはい。

平太 あ、重いんで俺も行きます!

姉  ありがとね。お言葉に甘えようかしら。


先輩の奥さん(姉)と平太は上手から、舞台下へ。泰介と先輩は黙っている。


姉  ごめんね、あの人が口下手なのは分かるでしょう。

平太 はは、まあ。

姉  あの人ね、いつもうちに帰ってくるたびに泰ちゃんと平ちゃんの話するのよ。

平太 え、こっぱずかしいなあ。

姉  ねえ、高等学校を受験できる手が一つあるわ。まずね、あの人みたく商船学校に通うでしょう。あそこって、一年だけじゃなくてもいいんですって。

平太 そうなんすか?

姉  ええ。一年は、航海士の資格を取るために最低でも必要な期間ってだけ。それで、商船学校に通いながら受験の勉強をするの。

平太 いいかもしれないっすね。でも姉さん、どうしてご存知で?

姉  ふふ、女には秘密があるものよ。ほら、早く行きましょ。


先輩の奥さんと平太は下手にはける。



先輩 平太から、大体何があったかは聞いたぞ。

泰介 ……そうですか。

先輩 志に障害はつきものだ。

泰介 それ、他の奴にも言われたんすけど。

先輩 お前はどう思う。

泰介 そりゃあそうだと思います。でもこんな、志した矢先に突きつけられるなんて。暗に諦めろって言われたような気がするんすよ。

先輩 何か理由をつけて諦めたいんじゃないのか。

泰介 は? 諦めたい訳ないでしょ!

先輩 しかしお前の身分だなんだは、全て推測でしかない。

泰介 でも、あり得るじゃないですか。

先輩 津波に怯えて船を出さないようなものだ。

泰介 津波じゃない、さざ波に怯えてるんすよ俺は。身分とか育ちとか今まで考えたこともなかった。でも源さんや船長みたいに身分で人を見る人ってのはきっとたくさんいるんでしょう。


再び沈黙。舞台下の下手から先輩の奥さん(姉)と平太が入ってくる。


姉  今頃あの人と泰ちゃん、なに話してるのかしらね。

平太 俺、やっぱ泰介と一緒にいた方がよかったのかな。

姉  まあ、あの人は泰ちゃんと二人で話したかったみたいだけど。

平太 そうなんすか?

姉  平ちゃんを止めなかったじゃない。普段はすぐやきもち焼く癖に。

平太 確かにあっさりでした。少し薄気味悪いくらい。

姉  あの人ね、泰ちゃんと平ちゃんに凄く期待してるの。高等学校は分からないけれど、きっと商船学校は薦めようと思ってたんじゃないかしら。あの二人は維新そのものだからってね。

平太 その、維新ってどういう事なんすか。泰介、源さんたちも船長にも、維新がどうだって言われたらしいんだ。

姉  ううん、そこまでは私も。でも、自分には出来なかった事をつい期待してしまうんでしょうね。船長さんたちの言葉も、その反動だったんじゃないかしら。

平太 そんな事、泰介に言われても。

姉  そうね。でも泰ちゃんも平ちゃんも、その思いを無碍にしちゃいけないのよ。

平太 え?

姉  さて、あんまり喋ってると遅いって怪しまれちゃうわ。戻った戻った。


先輩の奥さん(姉)と平太は舞台下下手にはける。


先輩 言いたいことはそれだけか。

泰介 え?

先輩 お前の言った通り、生まれで人を見る奴は山ほどいる。俺の行った商船学校でさえそうだ。高等学校なんて体面に拘泥する死にぞこないの砦だろうな。

泰介 じゃあ、

先輩 じゃあ諦めるのか。言っておくが障害は身分だけじゃない。まず金、目玉が出るほどの金が必要だ。そして高等学校に通う奴の大半は年端も行かぬ子供。入れても年下の優秀な奴らに劣等感がつきまとうだろうな。

泰介 何で、そんな詳しいんすか。

先輩 俺は諦めたからだ。高等学校をな。

泰介 先輩が。

先輩 俺だって野望くらいある。そりゃあ夢見た。そして諦めた。諦めたさ。勉強はもしかしたら、ついていけるかもしれない。でも金もなければ、俺には劣等感に耐えられる胆力も無かった。

泰介 じゃあやっぱり。

先輩 だけどな、泰介。諦めた今思う。金は稼げば良かった。他と比べなければいい話だった。諦めた今思うんだ。

泰介 先輩……。

先輩 泰介。お前の志はそんなものなのか。


先輩の奥さんと平太が下手から酒瓶を持ってくる。


姉  ただいまー。

先輩 遅かったな。何の話をしていたんだ。

姉  あなたがかっこいいって話ですよ。

先輩 はは、何言ってるんだ。

平太 笑った! あの冷血漢が!

先輩 俺を何だと思っているんだ。

平太 先輩、もっと笑って笑って!

先輩 そんなので笑えるか。なあ、泰介。

泰介 はは。平太、一発何か芸でもしてみろよ。

平太 笑った。

泰介 ……すまねえな。

平太 気にすんな。でも急だな! 俺なんも芸なんか持ってねえよ……。


平太は頭を抱える。それぞれ思い思いに平太をはやし立てる。


泰介 あ、先輩。話は変わるんすけど、マツオカバンキチって船乗りのこと知ってますか。

平太 それ、前俺に聞いてきた奴。なんなんだよ、そいつ。

泰介 秘密。先輩、心あたりありますか。

先輩 泰介、俺が行ったのが函館の商船学校で良かったな。

泰介 え、知ってるんすか!

先輩 多少な。

泰介 今どこに住んでるか教えてください! 人に頼まれて探してるんすよ!

先輩 住んでるか、だって?

泰介 はい、一目会いたいとか。

先輩 それは……また難儀な頼まれ事をしたな。

泰介 え?


シーン6

舞台中央で源さんが一服している。

下手から泰介が包みを持って来る。

それを見て源さんは上手にはけようとする。


泰介 逃げんなよ。

源  ……。

泰介 悪かった。

源  は?

泰介 悪かったってんだ。売り言葉に買い言葉ったって、あんなに言わなくて良かった。

源  そうかよ。

泰介 俺考えたんだよな。源さんの言う通りかもしんねえ。源さんたちの世代がいなきゃあ、俺はのんきに浮かんでらんねえ。

源  んだよ、わざわざ白旗上げに来たってか。

泰介 じゃあ、俺は源さんたちに感謝して、がんばんねえとな!

源  は?

泰介 そうだろ、俺には何にでもなれる可能性があんだ。源さんたちのお陰でな。じゃあ源さんたちの分まで、俺は突っ走るしかないだろ!

源  随分めでてえ頭になったな?

泰介 だろ。めでてえ事考えてる方がめでてえ方に行くさ。俺は源さんに礼言いに来たんだ。

源  礼だと!?

泰介 ああ! 源さんの愛のムチで俺は決めた! 俺は日本一、いや世界一の船乗りになる! なってやらあ! 見とけよ、じきに高けえ酒おごれるようになっからよ!

源  っはは! 傑作だ、どこに頭ぶっけたらそう能天気になれんだよ!

泰介 源さんじゃねえの!

源  ちげえねえ!

泰介 ……だからさ、源さん。自分のこと惨めだとか言うなよ。胸を張れよ。あんたは俺の先達だ。道しるべだ。

源  泰坊……。


上手から徳さんと辰さんが泰介たちの様子を伺う。


辰  なに話してんだ、あれ。

徳  大丈夫かなあ、また喧嘩になったり。

辰  俺たちも止められる立場にないしな。

徳  俺たち絶対言いすぎちゃったもんな。泰ちゃんにとっちゃあ言いがかりもいいとこだ。

辰  顔合わせられないよな。

源  泰坊。俺もこないだは悪かった。

徳  え!

辰  源さんが謝った!?

源  そら今の世は憎い。維新は憎い。でも維新を言い訳にしてただけかもしんねえ。おめえは出来た奴だ! すぐにいい船頭になれらあ!

泰介 源さん……!

徳  泰ちゃん!

辰  泰坊!


徳さんと辰さんはたまらず上手端から泰介の方にやってくる。


泰介 徳さん辰さん! いつからそこに!

徳  泰ちゃんごめん、俺酷いこと言っちゃった!

辰  血が上ってた。明治生まれのお前にはどうしようもない事を言った。

泰介 いいんだよ徳さん、辰さん。俺は二人からも大事なことを教わった。俺こそごめんな。

辰  泰坊……。

徳  泰ちゃ~~~んごめんねえ~~~!!

源  徳さん泣くなよ!!

泰介 ……ああ、揃ってっから丁度いいや! 俺三人に聞きたいことがあって。

源  お、なんだ? 何でも聞けよ!

泰介 マツオカバンキチって、知ってるか?

辰  マツオカ?

泰介 この雷電丸の、昔の船長らしいんだ。もしかしたらその頃にも源さんたちいたんじゃねえかなって。

源  んーー俺たち別に今の船長もよく知らねえけどな。何年くらい前だ?

泰介 えっと、たしか三十年前?

辰  三十年前っておまえ、そりゃあ戊辰の頃だろう!

泰介 戊辰?

辰  戊辰戦争だよ。御一新の戦いだ。俺たちはまだハナたれ小僧だぜ。

源  俺たちまだそこまでジジイじゃねえぞ!

泰介 えっごめんごめん! そっかあ、俺いまバンキチがどこにいるのか探してるんだよ。

源  まあ力になってやりてえのはやまやまだけどよ……。

徳  船長。

源  あ?

徳  俺聞いたことある。今の船長、若い頃戊辰に加わってたって。

辰  じゃあ、何か手がかりくらいは聞けるかもな!

泰介 船長かあ。

源  なんだ、嫌そうだな。

泰介 先輩にも船長に聞けって言われたんだけどさ。俺まだ船長とは顔合わせ辛れえな。

辰  まあ、あんな喧嘩見せたらな。

徳  でも、俺らにも聞いてくるってことは、藁にも縋る思いなんでしょ。どうしても探したいんでしょ。

泰介 うん。頼まれごとなんだ。最後に一目会いたいって。

源  じゃあ、腹くくるしかあるめえよ。

辰  腹決めてんならやるしかねえ。

徳  あのスカし顔の横っ腹はたいてきな!

泰介 みんな……ありがとう、俺行ってくる!


泰介は下手にはける。


源  はあいいねえ、若けえってのはよ。

辰  でも源さんもいい男だったぜ。「すぐにいい船頭になれらあ!」ってな。

源  うるせえ! おめえだってなあ!

徳  はいはい喧嘩しないで! もう素直じゃないんだから二人とも。

辰  うるせえ泣き虫。

源  泣き虫!

徳  はーー!? ちがうし!

源  おーこわ、怒った!

徳  待てよ!!


源、辰さんは上手へ逃げ、徳さんは追いかけて上手にはける。


シーン7

中央で船長は本を眺めている。下手からノックの音がする。


船長 誰だ。

泰介 泰介っす。お時間いいっすか。

船長 構わん。入れ。


船長は本を閉じる。

泰介は下手から恐る恐る入ってくる。


泰介 失礼しまーす……。

船長 どうした。誰と喧嘩した?

泰介 今日は違います。

船長 なら博打か。

泰介 しないっすよ!

船長 なら何の用だ。俺も暇じゃない。

泰介 船長、マツオカバンキチって、知ってますか。

船長 知っているが、お前の口からその名が出るとは思わなかったな。

泰介 じゃあ、今どこに住んでるかは!?

船長 住んでいる?

泰介 俺、バンキチに会いたいって頼みごとをされて。それで、バンキチはこの船の昔の船長だったらしいから。

船長 待て、お前松岡について何を知っている。

泰介 ええと、名前と、船長だったこと。それから優しくて勇敢で、とってもハンサムだった事くらい。

船長 それだけか。

泰介 うっす。

船長 で、今の船長なら分かるだろうと?

泰介 そうっす。先輩にも源さんたちにも、船長に聞けって言われて。

船長 まあ、分かるがな。今どこにいるかまでは知らんぞ。

泰介 ああ、やっぱそうっすか。

船長 話はこれまでか?

泰介 いや、船長。俺に、バンキチってどんな船乗りだったか教えてください。

船長 知ってどうする。

泰介 そっから考えます。知ってるんすよね?

船長 ……松岡磐吉は、そうだな。彼は徳川の家臣としてよく働いたし、そのひらかれた知見も素晴らしかった。だが、最も語るべきはやはり、戊辰戦争だろう。

泰介 戊辰戦争って、あの戊辰戦争?

船長 お前にとっては大昔の事かもしれないが、俺にとっては青春だったのだ。

泰介 多分、たくさん人が死んだ。

船長 そして、みな沢山殺した。

泰介 えっと、今からだいたい。

船長 三〇年前だ。戦いが混迷を極める中、松岡は一隻の船を生涯の友とした。

泰介 まさか、その船ってのが。

船長 そう、今お前が乗っている雷電丸だ。

泰介 雷電……。

船長 意外か。

泰介 想像もつかないっす。

船長 そうか。彼は何人も殺したぞ、この船でな。

泰介 雷電で!?

船長 当時の名は蟠龍といって、イギリス王室から贈られたそれは美しい船だったようだ。そこに物騒な大砲を積んで、政府の船を沈めて回った。

泰介 今じゃこんなにおんぼろなのに。

船長 この船は箱館まで行ったのだ。お前、箱館戦争は分かるか。

泰介 箱館って、北海道の?

船長 ああ。徳川の世が終わった場所だ。

泰介 そんな所に、雷電はいたんだ。

船長 この船は嵐の中でも傷つかなかったと聞く。

泰介 え?

船長 それこそが当時の船長、松岡の腕だ。その自在さは、まるで船と語らっているかのようだったらしい。

泰介 語らって。

船長 たとえ話だがな。しかし、結局はあっけないものだ。

泰介 どういう事っすか?

船長 彼の居場所なぞ知らんと言ったな。それはそうだろう、詮索できるか。墓の場所などな。

泰介 ……待ってください、バンキチは、

船長 悪いが、既に草葉の陰だ。


シーン8

甲板に泰介と雷電がいる。


雷電 ごめんね、この前は酷い事言ってさ。

泰介 いや、こっちも煮え切らなかった。ごめん。

雷電 いいよ。あーあ、いよいよ解体まであと一週間かあ。まだやり残した事たくさんあるのになあ。

泰介 そうか。

雷電 いいの泰介、油売ってて。

泰介 休憩中。

雷電 そうなの? あー今日の夜不安だね、荒れるんだっけ?

泰介 そうだな。

雷電 もしかして、元気ない?

泰介 まあな。

雷電 あ、もしかして私と会えなくなるから? やだー私ってば愛されてる。

泰介 お前さ。

雷電 ん?

泰介 聞いてたんじゃねえの。

雷電 なにが?

泰介 や、何でもねえ。

雷電 えーー気になるじゃない! 何よ、教えてよ!

泰介 やり残したことだよ。

雷電 え、泰介の?

泰介 雷電の。

雷電 んー……あ、折角船に乗ってるんだから、もっと外国に行ってみたかった! それでハンサムな紳士に声をかけられちゃったりして! ん? 違う?

泰介 バンキチ!

雷電 ああ! なに、バンキチがどこにいるか分かったの?

泰介 お前、本当に何も聞いてねえのか?

雷電 え?

泰介 雷電……いや、イギリス王室の遊覧船、蟠龍。

雷電 ……よく知ってるね。

泰介 お前、この船が何回か壊されたって言ってたもんな。それって戊辰、箱館戦争のことだったのか。

雷電 うん。北の海は暗くて寒くて怖かったよ。

泰介 箱館で暴れまわって、たくさん人を殺して、壊れて、火をつけられた。

雷電 私も、もうだめかと思った。

泰介 だけど政府の軍隊は燃え残った蟠龍を引き上げて、上海に修理に出した。

雷電 上海はにぎやかな街だったよ。

泰介 ああ、上海といやあ東洋随一の大港だ。情報だってよく回ってる。それに、お前は修理されたあと、政府の船になったらしいじゃねえか。

雷電 びっくりしたよ。敵だった人が乗ってくるんだから。

泰介 乗り込んでた政府の船乗りたちなら、旧幕府、蝦夷共和国軍艦、蟠龍丸が艦長、松岡磐吉の顛末くれえ知ってただろう。

雷電 ……全部聞いたんだね。

泰介 ああ。松岡磐吉、箱館戦争終結後、獄中にて熱病により死亡。享年三〇歳。……もう、会えねえんだよ。

雷電 そっか。やっぱり、いないんだ。

泰介 やっぱり、聞いてはいたんだろ。

雷電 ううん。でも、どこかでは分かってた。だってバンキチはこの船から降りる時、こんな美人と別れるのは勿体ねえ、絶対迎えに来るからなって、そう言ってくれたから。

泰介 そうか。

雷電 バンキチなら、すぐに迎えに来てくれるはずだもの。だって彼は、優しくて勇敢で、

泰介 とってもハンサムな船乗りだった。

雷電 今も変わらない、わたしのあこがれの人。

泰介 ……あのさ、俺、東京に行こうと思うんだ。それで、源さん達に聞いたんだ。東京には、戊辰戦争で亡くなった人たちを弔ってる寺があるって。

雷電 もしかしたら、

泰介 ああ、そこにバンキチもいるかもしれない。

雷電 泰介!

泰介 分かってら。お前の欠片は、俺が責任もって供えに行く。

雷電 あんたって、見かけによらず紳士だね。

泰介 優しくて勇敢だろ?

雷電 ハンサムではないけどね。

泰介 そこはハンサムって言ってくれよ。

雷電 ふふ。ありがとう、泰介。

泰介 おう。


雷電は二つの旗(U旗とW旗)がついた棒を取り出す。


雷電 はい、これ。

泰介 なんだ? あ、船によく置いてある旗だな。

雷電 この組み合わせの意味、分かる?

泰介 いや、さっぱり。

雷電 じゃ、分かるまで真面目に勉強することね。それで分かったら、また私に会いに来てよ。

泰介 おう。貰った礼はその時にな。

雷電 ふふ、これでもう思い残すことはないや。

泰介 いいのか、海外の紳士は。

雷電 バンキチに会えるならどうでもいいよ。

泰介 そうか。

雷電 ねえ、応援してるから。泰介ならきっとバンキチみたいな船乗りになれるよ。

泰介 なれるかな。

雷電 なれる。だって泰介は優しくて勇敢で、男前だから! じゃあね!


雷電は上手にはける。


泰介 男前かあ。


平太が下手から来る。


平太 泰介、そろそろ。

泰介 ああ、船長のとこ行くか。

平太 良いのか。確かに誘ったけど、きっと簡単な道じゃない。

泰介 良いよ。まずは函館でみっちりしごかれて、それで二人で高等学校に通うんだろ。

平太 へへ、そうだな。行こうぜ。


泰介と平太は下手へはける。


シーン9

カモメの鳴き声。

鞄を持った泰介と平太、二人を見送る源徳辰さんと先輩と奥さん。

泰介は手に旗を持っている。


源  泰坊平坊、気張るんだぞ。

徳  二人なら大丈夫だよ。

辰  帰ってくるなよ。

平太 へへ、ありがとよ。ほら、早く行かねえと仕事始まるぞ。

源  そうだな! なあ、いつか一杯やろうぜ。

泰介 ああ、いつか必ず。

源  ……よし、お前ら行くぞ!


源徳辰は上手にはける。泰介は旗を振って見送る。


先輩 泰介、その旗。

泰介 これっすか。人にもらったんすよ。

先輩 お前、その意味は。

泰介 わかんねえっす。ひとまずこいつが分かるようになるのを目標に、勉強します。

平太 何だろうな。でも洒落てるぜ。

姉  二人とも、風邪や怪我には気をつけて、ちゃんと食べるのよ。

平太 姉さんの飯が食えなくなると思うと寂しいっすね。

先輩 本当に駄目になったら、いつでもかみさんの飯食いに来い。

泰介 いいんすか!

先輩 お前ら二人だけだ。

平太 やりい。

先輩 駄目になったらだからな。そうじゃなければ来ても追い出すぞ。

泰介 へいへい。

平太 じゃ、船の時間がそろそろだから。二人とも、お世話になりました。

泰介 ありがとうございました。

先輩 しっかりやれよ。

平泰 はい!


平太と泰介は下手にはける。


姉  じゃ、私たちも帰りましょうか……あなた?

先輩 あの旗は、UW旗。意味は、「ご安航を祈る」だ。

姉  まあ、思われちゃって。一体誰からなのかしら。

先輩 なあ、あいつらなら大丈夫だよな。

姉  もちろん。維新なんでしょ、あの二人は。

先輩 ああ……。

姉  はいはい、私は先に帰ってますからね。くれぐれも往来で泣かないでくださいよ。

先輩 誰が泣くか。

姉  どうかしら。日が暮れるまでには帰ってきて頂戴ね。


奥さんは上手にはける。

あたりが暗くなる。


先輩 時は明治三〇年。蟠龍丸改め雷電の解体翌日のことだ。それから百ウン十年先に、お前さんたちがいるって寸法だ。泰介が手にした旗は、あいつの生き様と共にたなびくだろう。あいつの人生、いや、この明治の世には、いつだって風が吹いていた。風が吹いていたんだ。

なあ、お前さんたち。風はまだ、吹いているか。




☆雷電が渡した旗は国際信号旗のUW旗。意味は「ご安航を祈る」

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