異食民(15分程度)

登場人物

渡…ピーサに迷い込む。女性。

里中…ピーサの住人。男性。


(上手後方で里中がポーズ。下手から渡が入ってくる)

渡「あれー、ここどこだろ? 見たことない場所だなあ」

(渡が舞台中央へ。辺りを見回す)

渡「確か、この路地が近道だと思ったんだけど」

(ポケットを漁る)

渡「スマホは家に忘れてきちゃったしなあ。どうしよう」

(渡、里中に気付く。そして引く)

渡「うわ、なんか独創的なポーズしてる。現代アート? よく分かんないけど道聞いてみようかな」

(渡、また辺りを見回す)

渡「……この人しかいないの?」

(一度距離を取って、ゆっくり近づいていく)

渡「あのー、すいませ」

里「どうしたんだいマドモアゼル」

(里中、急に動く)

渡「うわっ、ななななんですか!」

里「君も空を眺めに来たのかい?」

渡「なんて?」

里「ああ失敬、驚かせてしまったんだね」

渡「しっけい」

里「いや、考えていたのだよ。この世のフィロソフィーをね」

渡「ふぃろ……?」

里「お詫びに一輪貰ってはくれないか」

(里中、手に持っていた花を渡に差し出す)

渡「いや要らないですけど」

里「なぜだい?」

渡「もらう理由無いですし」

里「良いじゃないか、美しい女性には花を贈りたくなるものさ」

渡「美しいって、はあ」

(渡、やや照れたように受け取る)

渡「でもいいんですか、今大事そうに持っていたじゃないですか」

里「心配ご無用」

(里中、鞄から一輪花を出す)

里「まだあるからね」

渡「持ち歩いてるんだ」

里「ところでマドモアゼル。私に何か用があったのでは?」

渡「あ、そうそう。すいません、アデランスまでどうやって行くかご存知ですか?」

里「あでらんす?」

渡「バイト先なんですよ。この辺りだと思ったんですが」

里「ふむ、そのような場所は聞いたことがないな」

渡「あ、この辺りの方じゃないんですか?」

里「いや、昔から住んでいるが」

渡「えっ、それなのに分からないんですか?」

里「まあ用事が無いからな」

渡「覚えといてください、どうせそのうちお世話になるんですから」

里「よく分からんが失礼な奴だな」

渡「えっと、ならここって5条ですか?6条ですか?」

里「何のことか分からないが、ここはピーサだぞ」

渡「ピーサ?」

里「いかにも。芸術の国、ピーサとは正しくここのことさ」

渡「芸術ねえ」

渡は里中をじろじろ眺める。

里「君、もしかして観光客かい?」

渡「いえ、日本人ですが」

里「にほん……どこだい?」

渡「いやいやいや、日本ですよ!G7のひとつ!エキゾチックジャパ~ン!」

里「なるほど、君は外国からピーサに来て、時差ぼけのために寝ぼけているんだ。そうだろう?」

渡「違いますよ!だいたい言葉通じてるじゃないですか!」

里「そう!それが疑問だったんだ。君はピーサの言葉を話すのに、ピーサについて知らない」

渡「それはこっちの台詞です。あなたは日本語を話すのに、日本のことを知らない」

里「ふむ、不思議なこともあったものだ」

(里中、考え込む。渡、里中から少し離れる)

渡「えええええ、怖い怖い怖い! 何なのあの人! もしかして私、現代アートに付き合わされてる? スルーした方が良いのかな……」

(里中が渡に近づく)

里「もしもし」

渡「うわあっ!」

里「そんなに驚かなくても」

渡「す、すみません……」

里「まあなんだ、考えすぎは良くないからな。食べたらどうだ?」

渡「いや、今食べるもの持ってないので」

里「今君にあげただろう?遠慮する必要は無いさ」

渡「え、これ?」

(渡、渡された花をじっと見る)

里「他になにがある?」

渡「花じゃないですか」

里「決まっているだろう! まさか知らないわけはあるまい、そいつはそこそこの上物だからね」

渡「えっと……どういうことですか?」

(里中、花びらをかじる)

里「瑞々しくて、美味いぞ」


渡「……って、えええ!? 嘘でしょ!? なに食べてるんですか!」

里「何って、おかしなことを聞くね。花だが」

渡「いやだから、何で花食べてるんですか!」

(里中、びっくりして後ずさる)

渡「え、なんですか」

里「君、気でも違えたか」

渡「はぁ?」

里「花以外に、何を食べるって言うんだ」

渡「え、どういうことですか?」

里「食べ物といったら、花しかないだろう?」

渡「……はあ?」

(渡、里中から離れて悩みながら舞台を歩き回る)

渡「現代アートもここまで来たか!なにあの人、今自分で花食べたよ!?そんな体を張ってまで表現したいものが、何一つ伝わってこないんだけど!ねえ、これ私を巻き込む必要あった!?」

(渡、元いた所に戻ってくる)

渡「あの、こっちは真剣に聞いているんですけど」

里「こちらも別にふざけてはいないが」

渡「あのねえ、花なんて普通食べないでしょって言ってんの!」

(里中が訝しげに渡を見た後、渡をつっついて押す)

里「じゃあ君、君は一体何を食べるって言うんだい?」

渡「え?」

里「木の皮か?それとも幹か?根か?」

渡「えーっと……牛とか豚とか?」

里「牛!?豚!?よしてくれ彼らは動物じゃないか!」

渡「ええ、まあそりゃあ」

里「なんて残酷なんだ!可哀想に、彼らは食欲のためだけに殺されるんだ!」

渡「いや流石に生きたまま食べることは無いんで」

里「そんな問題じゃない!心が痛まないのか!?」

渡「そう言われてもな……それだけ食べる訳じゃないし」

里「ほう?じゃあ何だ?」

渡「んー、米とか小麦とか?」

(里中、天を仰ぐ)

里「君はつくづく救えない」

渡「え、何でですか」

里「穀物は鳥たちの大事な食料だろう!」

渡「そうきたかあー」

里「失望したよ、この野蛮人め!!」

渡「だ、誰が野蛮人だって?」

里「罪のない動物たちを犠牲にする、君のことだ!」

渡「はぁー!?失礼な奴!こんなのに付き合ってる場合じゃなかったよ!」

(渡が上手に歩いていこうとする。それを里中が慌てて止める)

里「ま、待て」

渡「なに?悪口ならもう十分聞きましたけど」

里「フン、まだ言い足りないがな」

渡「あ?」

里「しかしここで会ったのも何かの縁だ、教えてやる。そのまま町に行ったら君、殺されるぞ」

渡「……は?」

(里中が舞台を歩きながら喋る)

里「ピーサは他国と比べて特に排他的、つまり余所者に厳しい。こんな路地ならともかく、そんな社会に立ち入ったとしたら!」

渡「大袈裟じゃないですか?」

里「大袈裟なものか!何も知らない君に僭越ながら教えるとするとだ」

渡「いちいちむかつくなあ」

里「つい先日、隣国からの不法移民達が白昼堂々リンチにあう事件があった」

渡「えっこわっ」

里「彼らも私たちと同じ、花を愛し花を糧とする人々であるのに……残念だ」

渡「……そんな街に、国も食べ物も違う私が迷い混んだら?」

里「答えは、分かるね?」

渡「むりむりむりむり!!何で私こんな危ないとこにいんの!?」

里「こっちが聞きたい」

渡「だよね分かる……ねえ、リンチにされたのって、国が違うだけ?他に何かあった?」

里「どうした、そんな事聞いて」

渡「ワンチャンバレないでどうにかなるかなって」

里「まあ、歩いているだけならバレないだろうな」

渡「マジで?」

里「ああ、ピーサは君と同じ黄色人種の国だ」

渡「まああんたもそうだしね」

里「だが、歩いていれば腹が減るな」

渡「ん?うん」

里「リンチに遭った移植民は、木の皮を食べる者たちなんだ」

渡「……というと?」

里「宗教の違いでもあるな。私たちの常識では木の皮は汚いものだから食べる事ができない。しかし彼らにとって木の皮は主食だ」

渡「大差ない気がするけど」

里「そんなわけあるか!じゃあなんだ、君の言う日本とやらはこんなこと無かったのか?」

渡「うーん、まあ中には羊は良くて豚は駄目な人とかもいるけど」

里「大差ないじゃないか」

渡「そんなもんかな?」

里「ああ、全く食べるものが違うだけで争いが起きてしまうなんて。みんな愛を忘れてしまったのか」

渡「え?」

里「ん?」

渡「私は?」

里「んん?」

渡「木の皮は良くて豚は野蛮なんだ?」

(里中はやってしまったと手で口を覆う)

渡「そうなんだ~~」

里「……すまなかった」

渡「いいよ、気にしてないし」

里「難しいんだな、愛って」

渡「そうだねえ」

里中は分かりやすく落ち込む。渡はそれを見て息を吐く。

渡「あーあ、帰りたい」

里「そう言えば、ここまではどうやって来たんだ?」

渡「んーと、路地をバーっといってギャーっといってグーっと曲がってドーンっといって」

里「もういいもういい。適当に来たという事だろう」

渡「よく分かったね?」

里「分からないでほしかったのか?」

渡「いやーまあ、恥ずかしいじゃないですか」

里「スマホを家に忘れてきてるんだ、これ以上ドジを暴かれても平気だろう?」

渡「聞いてたんですか!?」

里「はっきりね」

渡「うわー恥ずかしい!」

里「恥ずかしがってばかりじゃ進まないぞ。どうする」

(里中、花を食べながら話を聞く)

渡「ほんとどうしよう……」

(里中と少し離れて心の中パート)

渡「来た道が分からないから帰り方も分からない。ピーサってのがどこの国なのかも分からないし。でも、歩いてたら外国に着きましたーっておかしくない?SFみたいっていうか。やっぱ現代アート?でも、なんか現実味あるんだよなあ。でも……って、」

(渡、元の位置に戻る)

渡「何呑気に食べてるんですか」

里「ん?うまそうだろう」

渡「いや別に」

里「やはり摘みたてはその日に食べるのが一番だからね」

(里中、鞄をポンと叩く)

渡「あ、それ今日摘んできたんですか」

里「そうとも!ああ、このうまさが分からないなんて君は人生の半分は損してるね」

渡「あっまたそういうこと言う」

里「違うさ、私だって豚やらのうまさが分からないんだ。人生の半分は損してるさ」

渡「そんなもんかな……あ、ハエだ」

(渡、目でハエを追う。里中が怖がる)

里「ハエ!?どうか花に止まってくれるなよ」

渡「どうだろう……あ、止まった」

里「えっどこ」

(渡、里中の腕に止まったハエをひょいパク)

渡「ん、美味し」

里「……え、えええええ!?」

(里中が全力で後ずさる)

渡「え、なんですか」

里「む、虫!?食べたよね今!!」

渡「ええまあ」

里「今の今まで生きていたやつを!」

渡「新鮮な虫はうまいですよ」

里「さっき生きたままでは食べないって言ってなかった!?」

渡「こいつは例外です」

里「例外なんだ」

渡「虫なんて花にしょちゅうついてるじゃないですか」

里「それとこれとは別かな!」

渡「虫を怖がるくらいなら食べちゃえばいいじゃないですか」

里「いや君、虫だよ?……虫だよ?」

渡「わがままの多い人ですね」

里「そう言われてもなあ」

渡「ほんと、虫の美味しさが分からないなんて人生の99%は損してますよ」

里「1%しか残ってないんだ」

渡「あなたの人生なんて所詮1%ってことですよ(ドヤァ」

里「私は99%を虫に奪われるのか」

(里中、しょんぼりしながら花を食べる。渡はまたハエを目で追って止まったところを食べる)

渡「はっ、虫の知らせが!」

里「えっなになに」

渡「今なら来た道を戻れる気がします」

里「本当かい?!」

渡「短い間でしたがお世話になりました」

里「いや、此方こそいい体験ができたよ。礼を言おう」

渡「では、お元気で」

(渡、去ろうとする)

里「ま、待ってくれ!」

(渡、振り返る)

渡「何でしょう?」

里「もし途中でピーサの人間に出くわしたら、君だけでどうにかできるか?」

渡「それはまあ、出来るんじゃ」

里「いいや!危なっかしくて見てられないね。私もついていこう」

渡「げ」

里「やめろやめろ露骨に嫌な顔をするな」

渡「まあ、少し不安があるにはありますし……じゃあ」

里「よしきた!この里中、誠意をもって君を支えよう!」

渡「お、お願いします。あ、私は渡といいます」

(ここら辺で幕があれば降り始める。渡と里中が上手にはける)

里「渡殿だね。では参ろうか!」

渡「えっなんの時代劇?」

里「時は世紀末!」

渡「あっ、そっちなんだ~~」

(話しながらいなくなる)

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