泥棒は計画的に(50分程度)


登場人物

〇一味

・田村沙都子…十代女。新人の泥棒。

・唐沢…二十代男。計画性がない。一味のボス。

・舞子…年齢不詳の女。達観している。

〇捜査側

・日向…二十代女。弁護士。最近田村の離婚を扱い、流れで捜査を手伝う。

・田村…三十代男。警官。松島さんと離婚してバツ1。

〇その他

・松島…沙都子の潜入先。女社長で家事ができない。温和。

(日向の弟…故人)


シーン1

下手側に松島、上手側に田村、ステージ後方で向かい合う。

松「これが、私が被害に遭った強盗事件の顛末です」

田「はあ、とんだ災難でしたねぇ」

松「ええ。貴方と別れた事より災難でした」

田「わぁ、ひどいこと言いますね」

松「思ってもない癖に」

田「それでは、被害は金庫に入っていた一億円と、冷めてしまったシチューってことで?」

松「シチューは別に」

田「そうですか? 貴方のシチューはおいしいのに、食べていかないなんて犯人はとんだ損をしましたよ」

松「犯人……やっぱりタナカさんは、犯罪者になってしまうんでしょうか」

田「貴方だって強盗事件だと仰ったじゃないですか」

松「それは、そうですけど。タナカさんはそんなことする人じゃなかったんです」

田「どうですかねぇ。舌はちゃんと一枚でした?」

松「馬鹿にしてるんですか!」

田「誰を?」

松「……タナカさんをです」

田「呆れますよ。貴方は優しすぎるきらいがある」

松「貴方が冷たいんです。だからあの子のことだって諦めるんです」

田「……話が逸れましたね。そうそう、そのタナカさん、こんな顔でしたか?」

田村は松島に写真を見せる。

松「ええ、この方です! どうして写真が?」

田「この女はね、田村沙都子っていうコソ泥です」

松「田村、沙都子」

田「このコソ泥は他の事件にも絡んでましてね、現在そちらの方で捜索中です」

松「他の事件?」

田「気になりますか?」

松「はい。もしかしたら、不可抗力だったかもしれないから」

田「そんなことは無いと思いますが。じゃあ、特別に教えてあげましょう。あれは、そうだ。ある日の暮れ方のことでした」

一味が上手前方に現れる。

松島、田村は下手後方にはける。


シーン2

一味は袋を持って追いかけてくる田村から逃げている。

(ステージ前方又はステージ下、上手から下手)

田「まてーードロボーー!」

一味は下手ステージ下にはける。

田「ちっきしょう、逃がしたかぁ。次こそ捕まえてやる!」

田村は上手前方にはける。

それを見計らって、一味が下手から忍び足で出てくる。

唐「ふぅ、危なかった」

沙「あのお巡りさん、しつこかったなあ」

舞「前の盗みの時もあいつじゃなかった?」

唐「その前も、そのまた前もな」

沙「でも、今回も逃げきれましたね」

唐「ああ、あいつ警察向いてないんじゃねえの」

沙「足遅いし!」

唐「どんくさいし!」

舞「それより、あんた達何盗んできたの」

唐「ああ、見てくれよ、これ!」

唐沢は袋からゴツい宝石のネックレスを出す。

沙「うわあ大きい」

唐「な、目算ざっとひゃくおくまんカラット!」

舞「数字の法則が乱れた」

沙「すげー! 目が潰れちまうぜ!」

唐「これは大手柄だろ?」

舞「唐沢、宝石盗むの好きねえ」

唐「だってカッコイイだろ」

舞「こんなのただの炭素じゃない」

唐「無粋なこと言うなよ」

舞「こんなの貰って喜ぶ奴の気が知れないわ」

唐「ま、肝心なのは真心だしな?」

舞「クッッッサ」

沙「舞子さん、ダイヤは炭じゃないよ!」

唐「そうだ、夢とロマンだ!」

沙&唐「ありったけのー夢をーーかきあつめーーデデッデデッ」

舞「あーーもう悪かったわね!」

唐「お前もペカペカの一味だからな!」

舞「ペカペカ?」

唐「ダイヤだよ」

舞「もっとましな擬音無かった?」

沙「ダイヤだから、ダイダイ?」

舞「オレンジになっちゃった」

唐「文句ばっかだな。そういうお前は何盗んで来たんだよ?」

舞子は無言で袋からでかい金塊を出す。

一つ出した後に、袋をひっくり返して大量の金塊を出す。

舞「ほれ」

沙「すごい、これ純金だ」

沙都子は金塊で遊びだす。

唐「おまえどこに盗みに入ったんだよ」

舞「それは企業秘密ってことでね」

沙「純金だ! 純金初めて見た!」

舞「良かったわね」

沙「金ぴか戦隊純金ジャー!」

舞「あ、傷つけないでよ?」

沙「ババーン」

唐「お、おい沙都子! お前はなに盗んで来たんだよ!」

沙「えっ、わたし?」

唐「沙都子はお前だけだぞ」

沙「んー……怒らないでくださいね」

沙都子は恐る恐る袋からキティちゃんっぽいフォルムをした物体を出す。

唐「おい、これなんだ」

沙「それが気になって。話題性抜群、気になるあの子との会話のとっかかりに!」

舞「全くキュンとこないわねえ」

沙「ほら、見てよこのアルカイックスマイル!」

唐「口ねえだろ」

舞「子猫がどうして悟ってんのよ」

沙「こちとら四半世紀子猫なんすよ」

舞「妖怪みたいに言わないでよ」

唐「お前な、金持ちの家に入ったんだから幾らでもマシなもんあっただろ」

沙「だってあんまり高いもの盗んだら悪いじゃないですかあ」

唐「泥棒なんだから悪いに決まってんだろ」

沙「まあまあ、まだ新人なんでぇ」

舞「もう半年経ったわよ」

沙「あっそうだ、みてください。ほにゃティちゃんね、スイッチ押すと音鳴るんですよ」

沙都子がスイッチみたいのを押すと、ほにゃティちゃんのポップコーンの曲が流れる。編集でピー音入れられると最高。

ほにゃティちゃん「できたてのポップコーンはいかが?」

唐「なんでこの曲なんだよ! もっと他にあるだろ!」

沙「ねえ舞子さん、これいくらで売れるかなあ」

舞「いや、売れないでしょ」

沙「ええ、おもしろいと思ったんだけどなあ」

唐「お前な、高そうなもの盗んで来いよ」

沙「怒らないでくださいよ~。ほら、」

沙都子&ほにゃティちゃん「つられて優しくなっちゃうなーあっ」

唐「やかましいわ」

唐沢は沙都子をどつく。

沙「あいたっ」

舞「沙都子、盗んできたのって」

沙「うん、これだけ!」

舞「おバカ……」

唐「まあいい、じゃあ反省会するぞ」

舞「え、先に盗んだもの売りに行かない?」

唐「いいや、今回の盗みを忘れないうちにやっちまおう」

舞「そう言って、また売った金多めに貰おうとしてるでしょ」

唐「いやそれは悪かったって」

舞「なによパチンコツアーって。全部スッたじゃない」

唐「俺は当たり台を求め彷徨う旅人なんだよ」

沙「ヒマワリ、マツシマ、ビクトリア!」

唐「きっとあるはず当たり台!」

舞「無いわよ」

唐「もうしねえって」

舞「覚えてるわよー? あんた前『パチンカスが俺の天職だ』って言ってたじゃない」

唐「もうしない! やめる!」

沙「やめないフラグじゃないですかー」

唐「だーってろ!」

舞「そうよ、パチンカスは泥棒やる前からの筋金入りだって言うじゃない」

唐「泥棒やる前は、パチンコが唯一のストレス解消法だったんだよ!」

舞「まともじゃないわね」

唐「だから泥棒してんだろ」

舞「今は?」

唐「ちょっとした小遣い稼ぎだよ」

舞「稼いでから言いなさいよ」

唐「すまねえってば! ほら今日の反省!」

舞「反省も何も、いつも通り盗んで来ただけだけど?」

唐「確実に盗むためには、こういう下準備が大切なんだよ」

沙「そういうもんですか?」

唐「そうだよ。俺らの合言葉だろ? 泥棒は、」

沙&舞「計画的に」

沙「これプロミスだったっけ?」

舞「アコムじゃない?」

沙「あ~そっちかあ~」

唐「いいからやるぞ。各々反省点は?」

盗んだものを袋にしまいながら話し合う。沙都子はぼーっとしている。

沙「冷蔵庫漁ったんですけど、あんまつまみ食いできそうなの無かったです」

舞「なにやってんの?」

沙「かぼちゃの天ぷらとか、ポテトサラダとか、なんか作り置きあるかなって」

唐「無かったのか」

沙「高そうな生肉が入ってました」

唐「生肉はつまめないな」

舞「他は?」

沙「ん~別にないですかね」

舞「いやいやいや、これは?」

舞子は仕舞われていないほにゃティちゃんを持ち上げる。

沙「ほにゃティちゃんですか?」

舞「ちゃんと盗むもの選んできてよ」

沙「え~~かわいいのに」

舞子はほにゃティちゃんを沙都子に返す。

舞「私も特にないわ。まあ、強いて挙げるとすれば、あの警官かしら」

唐「そうだな。毎度感付かれて追いかけられていたら、そのうち尻尾掴まれるぞ」

舞「ほんと、あの警官だけならまだ怖くないけれど」

沙「のろまだし!」

唐「でも、誰かと組まれたら厳しいかもな」

沙「あのお巡りさんのいない街行きます?」

唐「それも山々の山だが、泥棒界にも縄張りがあってな」

舞「別に泥棒なんてショバ代払ってやるものでもないし」

唐「でさ、俺思ったんだよ。今までは戸締りのゆるい家を狙ってただろ?」

舞「まあ、泥棒ネットワークの力で」

沙「カモはみんなの共有財産!」

唐「恐らくあの警官、何軒かそういう家にあたりをつけてると思うんだよ」

沙「ああ、それで見つかりやすいんですね」

唐「それなら、戸締りをしっかりした家に入ればいいと思わないか?」

舞「え、どうやって入るのよ」

唐「家政婦だよ」

沙「家政婦?」

唐「家政婦として一旦雇われるんだ。そうすれば自然と家に上がり込めるって寸法さ」

舞「それじゃ家主に顔見られるじゃない」

唐「平気だよ。この街に何人住んでると思ってんだ」

舞「防犯カメラでもあったらどうするのよ」

唐「似た顔の奴なんていくらでもいんだろ。偽名だって使うし、どうせ紛れて捕まらねえさ」

舞「計画的な割には随分お気楽ねえ」

唐「覚えられる間もなく盗んじまうんだよ」

沙「ヒューかっこいー!」

唐「という事で、こんなものを作ってみた」

唐沢は紙を取り出して見せる。

沙「ヤマダ家政婦事務所?」

唐「この張り紙を高級住宅街に貼りまくる。そうすりゃ面倒な家事なんざしたくない金持ちが引っ掛かるだろ」

舞「へえ、いつの間に作ってたのよ。」

唐「連絡先も、適当なメアドを用意しときゃあこっちにリスクは無い。次はこれでいこうぜ」

舞「ふうん、やってみる価値はあるかしら」

沙「えっでも、それ三人揃ってじゃないですよね。一人で潜入するんですかあ」

唐「なんだ、出来ないってか」

沙「だって新人ですもん! 今日もみんなで同じ家入ったじゃないですか!」

唐「まあやってみろよ。俺も失敗を繰り返してベテランになったんだぜ」

舞「そんなに甘い業界じゃないのよ」

沙「でもなあ。まず私、家事ちゃんとできるかなあ」

唐「じゃ、帰ったら練習するか?」

沙「します!」

唐「よし、今日の風呂掃除お前な」

沙「え、」

舞「じゃあ炊事当番もあんたね」

沙「えええ」

唐沢と舞子は袋を持って下手前方にはける。沙都子は残される。

沙「やったわ。ちょっと、待ってくださいよ!」

沙都子はそれを追いかけるように袋を持って、下手前方にはける。


シーン3

田村と日向が上手前方から入ってくる。

田「ひなたさん~~お願いしますよぅ」

日「嫌ですよ。何で私が警察の手伝いなんか」

田「僕と貴方の仲じゃないですかあ」

日「私はあなたの離婚を調停しただけですけど」

田「その節はお世話になりました。よっ弁護士先生!」

日「そう、私は一介の弁護士なんです! あなたを手伝う義理はないですよ」

田「人生経験だと思ってぇ」

日「捜査の経験なんて要りませんけど」

田「そういわずにぃ」

日「じゃあ、話だけ聞きましょうか。なんですか、迷子でも探すんですか?」

田「あ~一理あります。人生の迷子てきな?」

日「は?」

田「この辺で悪さする泥棒一味ですよ。ここ半年やられっぱなしなんですわ」

日「へえ、そんな奴らがいるんですか」

田「僕らも署を挙げてずっと捜査してるんですが、捕まえるどころか、素性も分からないんですよね~」

日「それ、ほんとに捜査してます?」

田「してますよ! しっかり定時退社で有休も使いまくって」

日「いいことですね」

田「まあ僕は署にいてもあんますること無いんで」

日「窓際族なんですか?」

田「そうなんですよ~~僕けっこう古株なのに、今じゃあ威厳もくそもないんです」

日「威厳はもともと無いのでは?」

田「はは、まさかそんな~~な……なわけ……」

日「悲惨な人生ですね。離婚もするし」

田「その節はお世話になりましたァ」

日「あ、もしかして、泥棒を捕まえて威厳をつけたいんですか?」

田「そうです! こんなに手こずってる泥棒を捕まえたりしちゃったら、一躍ヒーロー間違いなしですよ!」

日「考えが安直ですね」

田「でも捜査はそう安直にはいかないんですよ。何が厄介って、証拠を残していかないんです」

日「手慣れてますね」

田「恐らくプロですね。まさしく本物のプロです」

日「泥棒にプロもフクロウもあるんですか」

田「あるんですねぇ」

日「はあ、不思議ですね。どんな奴らなんです?」

田「お、興味出てきましたか?」

日「いいから」

田「んーそうですね。三人組なんですけど、確かお互いのことマイコ、サトコ、カラサワって呼んでるんですけど」

日「カラサワ?」

田「ええ。どうかしましたか?」

日「そのカラサワって、~~な顔してますか?(役者に合わせる)」

田「そうですそうです。あ、写真ありますよ」

日「写真もあるのに素性割れないんですか?」

田「いや、んーーほら、整形してる可能性もありますし?」

日「まあいいや、見せてください」

田村は日向に写真を見せる。

日「そうか、唐沢くん……」

田「え、お知り合い?」

日「田村さん、それなら話は別です」

日向は田村の手を握る。

日「私で良ければお手伝いしますよ」

田「え、えええありがとうございます! 何かあったんですか?」

日「ほら、そうと分かれば作戦会議ですよ! うちの事務所すぐそこなんで!」

日向は興奮した様子で下手にはける。

田「どうしたんだろう。ひなたさん~~待ってくださいよぅ」

田村はそれを追いかけて下手にはける。

ついたての裏にゴミを置いておく。

ついたてをどかす。


シーン4

松島が下手後方からきて、散らかった部屋の真ん中でオロオロしている。

松「困ったわねえ、困ったわねえ。今日は家政婦さんが来るから少しは片付けようと思ったのに。困ったわねえ」

ピンポーン、とインターホンが鳴る。

松「あら、来ちゃったわ。困ったわねえ。はあい、どうぞお上がりになって」

松島は上手前方でドアを開ける。沙都子が上手端に入ってくる。

沙「お邪魔します。今日からお世話になる、家政婦のタナカです」

松「私は松島です。宜しくお願いしますね」

沙「早速ですが、何をすればいいでしょうか?」

松「ああ、家全体のお掃除をお願いしたくて」

沙「なるほど。お部屋を伺ってもいいですか?」

松「はい。お恥ずかしながら散らかっておりますが」

沙「そんな、それを片付けるのが私の仕事ですから……おぉぅ」

松島は沙都子を部屋に上げる。

沙都子はたじろぐ。

松「こんな調子で我が家は三階建てです」

沙「ははあ、他の部屋はさぞかし」

松「こんな調子です」

沙「あ~~家政婦魂に火がつきますね」

松「あ、うちは火災報知機もスプリンクラーもついてますよ!」

沙「じゃあいくら燃やしても平気ですね!」

松「それと、私は仕事があってそろそろ出なければいけないんです。来てもらってすぐなのに、すみません」

沙「ああいえ、でも珍しいですね。この辺は主婦の方が多いのに、奥様がお仕事を?」

松「ええ。あ、名刺がまだでしたね。失礼いたしました」

松島は沙都子に名刺を渡す。

沙都子は受け取り方がよく分からず卒業証書みたいになる。

沙「マツシマグループ取締役……って、マツシマグループってあのパチンコの!?」

松「ご存じなんですか? ありがとうございます」

沙「いやご存知もなにも、超有名じゃないですか。パチンカス工場と悪名高い」

松「あら、そうなんですか?」

沙「ご存じなかった?」

松「私はお客様に楽しんでいただければ十分なので」

沙「はあ」

松「それでは、私はここで失礼いたします。家にあるものは好きなようにしてくださいね。では」

松島は上手前方にはける。沙都子はきょろきょろする。

沙「ええ……すごいとこ来ちゃったなあ。とりあえず報告しとこ」

沙都子は唐沢に電話をかける。

下手前方にウィッグを被った唐沢が現れ、スマホを取り出す。

唐「おう沙都子か。そっちはどうだ?」

沙「無事に入れましたよ~! すごい上客の家上がり込んじゃいました」

唐「おお、そうかそうか! いいな、上手くやれよ」

沙「はい! で、唐沢さんは結局あの格好で行ったんですか」

唐「ええ。私カラ美、よろしくね(裏声)」

沙「度胸がすごいなあ」

唐「じゃあ計画の確認だ。これから三日間で金目の物のありかを探し当て、三日目に盗んで逃げる」

沙「どんなに用心な人でも、信頼を勝ち取ればこっちのもんってことですよね」

唐「そうだ。いいか、深追いはするなよ」

沙「了解です。お互い頑張りましょう。じゃ、」

電話を切る。唐沢は下手前方にはける。

沙「にしても本当にあの格好で行ったのか……」

スマホをポッケに入れて、沙都子は部屋を見回す。

沙「よし、がんばるぞ! まずは」

沙都子は部屋を見回す。

沙「流石に片付けようかな?」

沙都子はのろのろ落ちていたゴミ袋を下手後方におっつける。

一枚の写真をみつける。

沙「写真だ。写真はさすがにゴミじゃないよな。ひろっとこ」

沙都子は写真をポッケに入れ、ゴミを片付ける。

沙「よし、やりきった。じゃあ物色だ。何が出るかな~」

沙都子は下手後方にはける。


シーン5

ついたて復活。

商店街。上手前方から唐沢がエコバックをもって来る。

唐「ええと、次はにんじん、たまねぎ、じゃがいも……何で俺カレー作る羽目になってんだろ。えっと、八百屋はどこだ」

唐沢がキョロキョロしていると、下手前方から日向がやってくる。

日「あれ、唐沢くんじゃない」

唐「え、あああ日向のお姉さん」

日「こんな所で会うなんて奇遇だね」

唐「そうっすね、こんな逃げられねえ往来の真ん中で」

日「どうしたんだい? その格好」

唐「趣味ですゥ」

日「しばらく会わないうちに、すごい趣味見つけたね?」

唐「お姉さん、この街にいらっしゃったんですね」

日「ああ、知らなかったの? 駅前の弁護士事務所で働いてるんだよ」

唐「へえ、弁護士さんなんですか。凄いですね」

日「そうでもないよ。そうか、最後に会ったのは大学の時だったっけ」

唐「確かそうですね」

日「ずいぶん会ってなかったんだね。唐沢くんは今何してるの?」

唐「サラリーマンですゥ」

日「にしては凄い格好してるけどね」

唐「ああそうだ、俺八百屋探してるんすよ。どこか分かります?」

日「うーん、この辺だと向こうに一軒あるかなあ」

日向は下手側を指差す。

唐「あっちっすか」

日「うん。野菜ならそこがよく揃ってるよ」

唐「すいません、あざした」

唐沢はそそくさと下手に行こうとする。

日「あ、そうだ唐沢くん」

唐「なんすか」

日「いま時間ある?」

唐「ないっす」

日「水臭いな。折角会ったしさ、飲みにでも行こうよ」

唐「いや俺、今からカレー作んなきゃいけなくて」

日「じゃ、お茶くらいでいいから。穴場のカフェがここら辺にあるんだよね」

唐「でも、今そんな持ち合わせなくて」

日「なに言ってんの、おごるよ。ね、お願い。久しぶりに弟の話がしたいんだ」

唐「弟さん」

日「覚えてるでしょ。唐沢くんとは大学の同期だったもんね」

唐「そうっすね」

日「私の知らない弟のこと教えてよ」

唐「相変わらずブラコンっすね」

日「そうかな。ねえ、一時間くらいだから。いいでしょ?」

唐「いやでも、計画が狂っちゃうからなあ」

日「お願い!」

唐「……はあ、分かりました」

日「やった。じゃあまず、着替えてもらおうかな」

唐「着替える?」

日「君、今すごい恰好してるのわかる?」

唐「そうっすか?」

日「だいぶそうだよ!? 君を連れて歩く私の身にもなってみてよ」

唐「はあ。でも着替え持ってないんで……」

日「ここになんと男物の服があります」

日向は持っていた紙袋を唐沢に渡す。

唐「おあつらえ向きっすね?」

日「これが偶然なんだよね」

唐「なんでこんなもの持ってるんすか?」

日「遺留品だよ」

唐「遺留品!? 駄目じゃないすか!」

日「いいよ終わった案件のものだし。ばれないばれない」

唐「やっぱばれたらまずいんじゃないすか」

日「そりゃあねえ」

唐「ほんとにこれ着るんすか?」

日「うん、ぱっと着ちゃってよ。早着替え得意だったじゃない」

唐「大学時代の話してます?」

日「うちで飲むたびにやってくれたよね、早着替え」

唐「あれ別にただの宴会芸っすよ?」

日「ほら、着替え担当大臣唐沢くん。なーに持ってんのー? なーんで持ってんのー?」

唐「着替えたいから持ってんの!」

日「ハイ!」

唐沢は舞台上で早着替えをする。

日「おお、お見事」

唐「コールするなんて悪い弁護士っすね?」

日「強制じゃなきゃいいんだよ、強制じゃなきゃ」

唐「一番怖いパターン」

日「じゃあ、気を取り直して行こうか。こっちだから」

日向は下手前方にはけ、唐沢も後を追ってはける。


シーン6

ついたてをどかす。

沙都子が下手後方から金庫っぽい箱を持ってくる。

沙「どうしよう、鍵かかってない金庫見つけちゃった」

そっと床に置いて、意を決し蓋を開ける。

沙「あっすごい、すごい量の札束ァ」

札束を持っていたリュックに入れていると、その下にも写真があるのを見つける。

沙「赤ちゃんの写真だ。赤ちゃんってみんな同じ顔に見えるよなあ」

写真を手に取り、ポッケにしまってあった写真を取り出して見比べる。

沙「同じ家で撮ったやつかな。この家じゃないけど、どこだろう」

ピンポーン、とインターホンが鳴る。

沙都子はびっくりして写真を置いて、金庫を下手後方にしまう。

もう一度インターホンが鳴る。

沙「はあい、今出ます!」

沙都子が鍵を開けて上手前方のドアを開けると、松島が入ってくる。

松「ありがとうございますタナカさん。家の鍵を忘れてしまいまして」

沙「ああ大丈夫ですよ! ありますよね~たまにそういうこと!」

松島は部屋の中に入る。

松「まあ! こんなにきれいにしていただいて!」

沙「ゴミ拾っただけですけど」

松「タナカさん、本当にありがとうございます!」

松島は嬉しそうに部屋を見回す。沙都子は気まずそうに笑ってごまかす。

すると、松島は床に落ちている写真に気づく。

松「あら、これは」

沙「あっっっえっとそれはぁ」

松「ゴミの中に紛れていたんですね! 捨てずにとっておいてくださったんですか!」

沙「……ええ、まあそうです!」

松「本当に助かりました、ありがとうございます!」

沙「いえいえ……そんなに大切なんですか、それ」

松「ええ。特にこっちはね、唯一の娘の写真なんです」

沙「あ、すいません失礼なことを聞いちゃいました」

松「ああいえ、亡くなった訳ではないんですよ。いや、本当にもしかすると、もうこの世にはいないかもしれないですけど」

沙「え、それってどういう」

松「お話を聞いて頂いてもいいでしょうか? 少し、誰かに喋ってみたくなりました」

松島は沙都子に、ステージ後方の椅子に、手で座るよう促す。

沙都子がおずおずと座るのを見て、松島も満足そうに座る。

松「私の娘、誘拐されたんです」

沙「ゆ、誘拐!?」

松「ええ、二歳の時に。ニュースにもなったんですよ。犯人からは何の連絡も無くて、警察がどれだけ探しても娘は見つからなくて。そろそろ二十年経ちます。時効が無くなったとはいえね、もう捜査は進みそうにないらしいですよ」

沙「ひどい話ですね」

松「ふふ、タナカさんもそう思います?」

沙「はい。娘さん、まだどこかで生きてるかもしれないのに」

松「そうですよね。いろんな方から、きっともう死んでるって言われました。でも、死亡届を出せないんです。そのことで、最近夫とも別れてしまいました」

沙「そんな、旦那さんは娘さんのこと諦めたんですか?」

松「ええ。夫ね、警官なんです。こういうケースの時は、とっくに死んでるもんだって」

沙「ひどい。そんな奴別れて正解ですよ」

松「でも、あの子が帰ってきた時、お父さんがいないのは申し訳ないですね」

沙「それは……」

松「とにかく、私は信じてます。いつか、必ずあの子は帰ってくる。帰ってきた時に、あの子を信じ続けたお母さんでいたいの」

沙「きっと、娘さんも喜ぶと思いますよ」

松「ふふ、そうだったら嬉しいですね。ああ、一刻でも早くあの子に会いたい。おなかはすいていないかしら。どんな女の子に育ったのかしら」

沙「きっと松島さんみたいな、素敵な女の子ですよ。夕ごはん作りますね。何がいいですか」

松「いや、私に作らせていただけませんか? 良かったらタナカさんに食べていただきたいの」

沙「え、ごちそうになっていいんですか? お仕事とかは……」

松「いいのいいの、それよりもタナカさんとお話したいわ。シチューはお好きですか?」

沙「好きです! 大好物です!」

松「それは良かった。あの子の大好物なんです、じゃがいもたっぷりのシチュー」

沙「へえ、私と気が合いそうですね!」

松「……気を悪くしたらごめんなさい。あなた、やっぱりあの子に似てるわ」

沙「え?」

松「最後に会ったのはまだ二歳の頃でしたけど、なんだろう、仕草とか、笑った時の雰囲気とか」

沙「その写真の子と、私が?」

松「ああ、この写真は赤ん坊の時のものですけど。丁度今ごろあなたと同い年くらいかしらって思ったから」

沙「……そうなんですか?」

松「ええ。あ、立ち話が長くなってしまってすみません。じゃあ、待っていてくださいね」

沙「あ、待ってる間に二階の片づけでもしておきますね!」

松「まあ、ありがとうございます! お願いしますね」

沙「はい!」

松島は上手後方にはける。

沙「誘拐かあ。酷いことをするもんだなあ。娘さん、きっと愛されてたのにさ」

沙都子は下手後方にはける。


シーン7

日向と唐沢は下手前方から入ってくる。

日「うーん、こっちだと思ったんだけど」

日向はスマホを見ながら首をかしげる。

唐「すごい路地入っちゃいましたね。本当にカフェなんかあるんすか?」

日「うん。穴場って言ったじゃない」

唐「穴場は穴場でも壁に風穴空いてそうな所ですけど」

日「隠れ家って感じなの。唐沢くん好きそうだと思って」

唐「まあ日頃から隠れ家に住んでますしね」

日「そうなの?」

唐「ぽいって話っすよ」

日「ふうん」

唐「なんて名前のカフェっすか。俺ググります」

日「いや、ネットにほとんど情報がないカフェなんだよね」

唐「今時珍しいっすね?」

日「マスターが根っからのアナログ人間なんだよ」

唐「へえ」

日「確かあっちだったかなあ」

日向は上手を指さす。唐沢はちらっと見てすぐ日向に向き直る。

唐「ぽいのは無いっすよ」

日「んーー……。あっUFO!」

日向は上手を指さす。唐沢は一瞥もくれない。

唐「どうしたんすか急に」

日「あっプテラノドン!」

唐「プテラノドン!?」

日向は上手を指さす。唐沢は上手を見るがすぐ日向に向き直る。

唐「っていやいや、プテラノドンなんている訳ないっすよ!」

日「うん……」

唐沢はキョロキョロしだす。

唐「思ったんすけど、ここら辺雰囲気すげーっすよね。ほらあれ、ドラム缶にカラースプレーでいたずら書きとか。アメリカのスラムじゃないすか。やべー写真とっとこ」

唐沢が上手側を見ている隙に、日向は鞄からハンカチを取り出す。

日向は唐沢の口をハンカチで覆う。唐沢は倒れる。

日「プテラノドンで駄目だったのにドラム缶には食いつくのか……でも、出来るものだね。はは、これじゃあ誘拐犯みたいじゃないか。いや、これで私も犯罪者なのか」

日向はハンカチをしまう。

日「ああ、目が覚めたら、たくさん弟の話をしてもらおう」

日向は唐沢の横に座る。

日「殺した奴の話なんて、どう語ってくれるのかな」


シーン8

日向は上手端で一味に電話を掛けるなどする。よきところで上手前方にはける。

松島がふざけたエプロンをつけ、二つカップを持って上手後方から出てくる。

松「タナカさーーん!」

沙「はーーい!」

沙都子が下手後方から来る。机あたりで合流。

沙「どうしました?」

松「お茶しましょう! ウバ茶とヌワラエリア茶、どちらがいいですか?」

沙「ヌワ……なんですか?」

松「すっきりするお茶と、すごくすっきりするお茶です!」

沙「じゃあ、すごい方お願いします!」

松「分かりました! はい、どうぞ!」

松島は片方のカップを渡し、横に座る。沙都は受け取って飲む。

沙「うわ……すっきりしすぎて意識が北極に持ってかれました」

松「いいですね! シロクマいましたか?」

沙「見れてないです! もう一口……あ、いました! 親子連れで二匹!」

松「まあ!」

沙「松島さん、こんなお茶をたしなんでるなんてすごいですね」

松「いえいえ……タナカさんは、どうして家政婦になろうと思ったんですか?」

沙「えっ、なんですか藪から豆鉄砲に」

松「すみません、家政婦って素敵な仕事ですが、きっと大変じゃありませんか」

沙「ンーーまだ家政婦歴浅いんでなんとも言えないですけどォ」

松「それで、どうしてタナカさんが家政婦になろうと思ったのか、聞いてみたくて」

沙「きっかけですか。ンーーーーー」

松「あっすみません、失礼なことを聞いてしまいましたか?」

沙「……いや、私、ずっと人のためになる仕事がしたいと思ってたんです。色々あって、そんな機会に恵まれなくて」

松「そうだったんですか」

沙「でも、こうして家政婦やってみると、やっぱいいですね。もしかしたら、天職かも」

松「ふふ、タナカさんは素敵な人ですね」

沙「やーーそれほどでもーー」

松「あ、そろそろじゃがいもに火が通ったかしら。見てきますね」

沙「はーい」

松島は上手にはける。

沙「あーあ、松島さんみたいな人がお母さんだったらなあ」

スマホからラインの着信音が鳴る。沙都子はスマホを手に取る。

沙「あ、舞子さんからだ。なになに……」

沙都子はラインを読んで、驚いて立ち上がる。

松島は鍋を持って上手後方から来る。

松「タナカさん~~おいしくできましたよ~~!」

沙「……松島さんすみません、野暮用ができたので少し出てきますね」

沙都子は上手前方へはける。

松「あら、どうしちゃったのかしら?」

松島は首をかしげながら鍋を机に置き、下手後方に机と椅子をどかす。


シーン9

日向と唐沢が上手前方から入って来る。唐沢は手を前で縛られている。

日「おなかすいたね。先にカフェ行けばよかった」

唐「はあ」

日「唐沢くんは普段カフェとか行ったりする?」

唐「行かないっすね」

日「えー。じゃあさ、ここら辺だったらどこ飲みに行く?」

唐「いや、あんまり」

日「さっきからノリ悪くない?」

唐「いやいやいや、こっちは捕まってるんすよ? 気まずいに決まってるでしょ」

日「それはごめんって。知り合いの警察に協力してくれって頼まれてさ」

唐「その警察は?」

日「一時間後くらいに来てって言ってあるよ」

唐「なるほど、手始めに知り合いの俺を捕まえて、あとの二人をその一時間でおびき出そうって」

日「そういうこと」

唐「しかし、あいつら来るとは思えねえけどな」

日「あれ、人望ないんだね」

唐「はは、人望なんざハナからねえっすよ」

日「確かに。人殺しに人望なんてないか」

唐「……弟さんの事すか」

日「仲良かったよね。大学で知り合ったとは思えない。正直ちょっと妬いちゃうくらい」

唐「俺もあんなに気が合うとは思いませんでした」

日「毎週出かけてさ。あの日もそうだったね」

唐「あの日は珍しく俺が誘ったんす。いつもあいつからだったから」

日「焼け跡には、何も残らなかった」

唐「凄い火事でした。担ごうとした日向の脱力した体は、あまりにも重かった」

日「今年、七回忌だったよ」

唐「そうでしたね」

日「もうそんなに経ったんだね」

唐「……俺が殺したって言いたいんですか」

日「違うのかい?」

唐「あれは事故だった。警察もそう言ってたじゃないすか」

日「君が警察を盾にするんだ」

唐「それとこれとは別だ」

日「だって不思議じゃない。弟は消し炭になって死んだ。じゃあ、どうして君は無傷で生き残ったの」

唐「俺が聞きたいっすよ」

日「知ってるでしょ。君が殺したんだろ?」

唐「うるせえなあ!」

日「なんで、君が叫ぶのさ。被害者はこっちなのに」

唐「俺だって、事故の被害者だ」

日「分からないな、被害者なら犯罪は憎んで然るべきでしょう。ところがどうして、君は卑しい稼業で食い扶持を繋いでるんだ」

唐「ほっといてくれ」

日「放り投げられない私の気持ちも知らないくせに。実のところ、真実がどうかなんてどうでもいいんだよね」

唐「どういうことだ?」

日「私はね、君のせいにしたいんだ」

唐「身勝手だ」

日「そう? でも、楽なんだ。頭の中が、君を殺したい。それだけになる」

日向は拳銃を取り出す

唐「それで、俺をハチの巣にするって?」

日「いいや。まずは他の二人に来てもらわないと始まらないんだよなあ」

唐「……もしかしてお前、」

下手前方から沙都子と舞子が出てくる。

沙「唐沢さん!」

舞「唐沢!」

沙「うわあああピストルだああああ」

沙都子は舞子の後ろに隠れる

唐「コントか?」

日「君の仲間にしては驚きすぎじゃない?」

唐「新人だからかな」

沙「こんにちは! あっ違うはじめまして!」

唐「今気にするもんじゃねえな」

沙「私は田村沙都子です! 好きな食べ物はシチューです!」

舞「素性明かしてんじゃないわよ」

沙「自己紹介しなきゃって思ってェ」

唐「しかし畜生、いいタイミングじゃねえか」

日「うん、狙い通り過ぎる。ドラマみたいだ」

舞「ドラマなら、私たちが助け出すのが筋書き通りってものかしら」

日「どうかな。私が主役かもしれないよ」

沙「おいお前! 誰だか分からないけどな、警察に通報しといたからな!」

日「見え透いた嘘言わなくてもいいよ。警察が来たら君らだって困るでしょ」

沙「ふん、困る事なんて何もないね!」

日「ご謙遜を。君らはもう警察に、顔が割れてるじゃないか」

沙「あっ」

唐「……えっ」

日「え?」

舞「……だから言ったのに」

唐「お前! マジで呼んだのか!」

沙「だってえ、誘拐って犯罪じゃないですかあ」

唐「俺たちはその犯罪で生きてるの!!」

舞「私は一応止めたわよー」

日「これは想定外だったなあ」

舞「すみません、この子空気読めなくて」

日「いえいえ、気になさらないでください」

唐「てことはもうすぐ、警察がここに来るのか?」

沙「住所言ったら十分で着くって言ってました」

唐「じゃあ今すぐ逃げねえとやべえじゃねえか!」

沙「あと、私シチュー作ってもらってるんです。早く帰らないとじゃがいもが溶けちゃう……」

唐「お前、盗みに入ったってのに何やってんだよ!」

日「唐沢くんだってカレーの買い出し中だったよね」

沙「えーー唐沢さんカレー作れるんですかあ??」

唐「お前後でしばくからな」

舞「ちなみに今で通報から五分」

唐「やべえ、このままじゃ全員まとめてお縄だぞ!」

沙「ということだ誘拐犯め! 捕まりたくなければさっさと」

日「やだよ」

日向は銃を沙都子に向ける。

舞「え、お嬢さんそれ、本物?」

唐「沙都子、舞子、逃げろ」

日「逃がすか。背を向けたら撃つ」

沙「あ、こんなシリアスな空気だったんだ~」

舞「銃刀法のご時世に、よく手にいれたものね」

日「苦労したよ。で、どっちから撃つ?」

沙「それ、脅し用とかじゃなくて?」

日「勿論、全員殺す用だけど」

舞「こんな所で人生終わるなんてね」

沙「な、なな何で舞子さん諦めモードなの」

舞「堅気じゃない生き方してるもの、いつかこんな日が来るって覚悟はしてたのよ」

沙「え、やだよ。私まだ死にたくないよ」

日「ごめんね。全部唐沢くんがわるいんだ」

沙「お前、唐沢さんに何の恨みがあるんだよ」

日「恨みなんて言葉で片付く代物ならこんな事しないよ。じゃあね、来世はまっとうに生きてね」

沙「……まっとうって。まっとうな生き方って何だよ」

日「犯罪に手を染めない生き方だよ」

沙「じゃあ、私はどうすればよかったのさ」

日「え?」

沙「私は生きてちゃいけなかったの」

日「……どういうことだい」

唐「よお、新人の弁護士先生。あんたの信じる秩序は、本当にまっとうかい」

日「まっとうだよ。決まってるじゃない」

唐「その割に、手元緩んでるぜ!」

唐沢は日向に体当たりして転ばせる。

落ちた拳銃を拾って日向に向ける。

舞「唐沢! 落ち着いて!」

唐「うるせえ! いいかお姉さん、俺は生きたかったんだ! 俺は日向を殺したよ、俺が生きるためにな!」

唐沢は銃を撃つ。

唐「外したか」

沙「もういいよ、もう逃げようよ」

唐「逃げたら、またこいつは俺を殺しに来る」

沙「そんな、」

唐「お前らはこの件に関係ねえだろ。さっさと失せろ」

舞「泥棒は計画的にって、あんたが一番計画性ないじゃない」

唐「ああ、だから、言い聞かせてたんだ」

舞「……じゃあね」

舞子は沙都子の手を引いて下手前方へはける。

日「どうして私が、こんな目に遭わなきゃいけないのさ」

唐「俺だって、何でこんな目に遭わなきゃいけねえんだ。泥棒になるつもりなんてなかった、あいつを、見殺しにするつもりなんてなかった」

日「身勝手だよ」

唐「身勝手だから、俺はずっと逃げてるんだ」

日「私はずっと、悲しみから逃げられなかったのに」

唐「だから、俺に捕まっちまったんだろ」

日「そうだ。今度は私が捕まえる。意地でも地獄に引き摺り込んでやる」

唐「……言い残すことは」

日「じゃあな唐沢。待っててやるよ。地獄でなあ!」

暗転


シーン10

明転、下手前方から舞子と沙都子が来る

舞「ここまで来れば大丈夫かしら」

沙「舞子さん、唐沢さんは、」

舞「そうね、そろそろあの場に警察が着いてる頃よ。まったく、自分の落ち度にこっちまで巻き込んで、だらしない男」

沙「じゃあ」

舞「あの女を殺して、それで捕まってるんじゃないかしら」

沙「そんな、助けないと」

舞「助けに行っても良いこと無いわよ」

沙「だからって見捨てるなんて」

舞「あいつが失せろって言ったの。無駄よ」

沙「もっといい方法があったかもしれないよ。ほら、泥棒は計画的に、じゃん?」

舞「それを言い出した奴が無計画で捕まったのよ。意味無いわ」

沙「……なんで舞子さんは冷静でいられるの」

舞「覚悟してたから、かしらね」

沙「覚悟?」

舞「いつかは捕まったり、殺されるかもしれない。そんな覚悟」

沙「そんな覚悟を、舞子さんはしてたんだ」

舞「そうね。沙都子は、これからどうするの?」

沙「え、どういうこと」

舞「答えて。カタギに戻る? 泥棒続ける?」

沙「……分かんない」

舞「そう。あのね、私一人じゃ新人教育できる余裕なんてないの。今日限りであんたとはサヨナラだわ」

沙「そんな、急すぎるよ」

舞「そんなに甘い業界じゃないのよ」

沙「舞子さんにとって私たちってその程度だったの?」

舞「程度も何も、最初から利益のための付き合いだったじゃない」

沙「私といると、舞子さんにとって利益にならないから?」

舞「まあ、あんたは元々利益にならなかったけどね」

沙「ならいいじゃん!」

舞「負担になるって言ってんのよ」

沙「なんで。私は舞子さんと一緒に居られて楽しかったよ」

舞「そう」

沙「一緒に食べて盗んで馬鹿やって、凄く楽しかったよ。へましたり、昔を思い出して辛いときに、舞子さんと唐沢さんがいたから乗り越えられたんだよ」

舞「そう。じゃあこれからは一人でどうにかすることね」

沙「そんな。それなら、そのくらいならカタギに戻るよ」

舞「戻れる?」

沙「え?」

舞「あんたがやってきた事は消えないのよ。一生償うの。それで生きていける?」

沙「それは、」

舞「一生消えないのよ。ずっと後ろ指。どっちみち太陽の下は歩けないわ」

沙「分かってるよ」

舞「ああでも、戻れる可能性はあるかもしれないわね」

沙「え?」

舞「あんた悪いことするの嫌そうだし」

沙「そんなことないよ」

舞「変なものばっかり盗んできたり、顔割れてるのに警察呼んだり。悪い子になりきれないのよ、あんたは」

沙「そうなのかな」

舞「それじゃあ一人で泥棒でなんて生きていけないわ」

沙「それは、やる気になればちゃんとできるよ」

舞「じゃあ、やる気になれる?」

沙「分かんないよ! 何が言いたいのさ!」

舞「私はね、もう堂々と日の光を浴びられる生き方出来ないの。あんたがどうかは、あんたで決めな」

沙「舞子さんだって、分かんないじゃん」

舞「分かるわよ。私は、生きるためにここにいるんだから」

沙「え?」

舞「沙都子、羅生門の話、知ってる?」

沙「……どういうこと?」

舞「羅生門の下人は、生きるために老婆の着物を剥いで、夜の都に消えた。唐沢だってそうよ。生きたくて、生きたいから、ものを盗んで、人を殺すの。そんな生き方しか、もう残っていないの」

沙「なんで、もうそれしかないって言えるの。まだ諦めるのは早いよ」

舞「他にあるなら、泥棒なんてしてないわよ」

沙「……舞子さんは、何があったの?」

舞「話してなかったかしら。心中にね、失敗したのよ。そうしたら、私が相手を殺したことになってた。それで逃げて、生きるのには金が要るから、泥棒になった。身勝手のなれの果てよ。自業自得だわ」

沙「ごめん、嫌なこと聞いた。」

舞「いいわ、もう気にしてないし。沙都子だって、出会ってすぐ話してくれたじゃない」

沙「うん」

舞「可哀そうに。誘拐なんてされなかったら、きっと今頃幸せだったのにね。ああ、それで堅気を諦められないんだ?」

沙「じゃあ舞子さんは? 舞子さんは元の生活を諦めきれるの?」

舞「そんな訳ないじゃない。でもこれしかないから、私は日陰で生きるのよ。……じゃあね。沙都子も、どうか生きてね」

舞子は沙都子を置いて上手前方にはける。

沙「どうすればいいのさ。一人は嫌だ。誰か、唐沢さん……そうだ、そうだよ、唐沢さんだ。きっとまだやり直せる。助けに行こう、助けに行かなくちゃ」

沙都子は下手前方にはける。

暗転


シーン11

沙「唐沢さん!」

明転、下手前方から沙都子が入ってくる。

上手から順に日向、倒れた唐沢、銃を構える田村。

沙「え、どういう状況?」

田「へえ、今日は随分憎い顔を見る日だね。ブタ箱が溢れちゃうよ」

沙都子は唐沢に駆け寄る

沙「唐沢さん! しっかりしてください、起きてくださいよ!」

日「無駄だよ、唐沢はそこにいる警官に足を撃たれて気絶してる。当分起きない」

沙「そんな、」

日「それに、今私が殺す」

日向は唐沢が手放した銃を拾って構える

田「日向さん、血迷ったことはやめて銃を置いてください」

日「いくら警察の頼みでも聞けません」

田「何故ですか。恨みを代わりに罰するのが我々警察だ」

日「分かりませんかね、それじゃあ意味ないんですよ」

沙都子は日向と唐沢の間に入る。唐沢は意識を取り戻す。

沙「やめて、唐沢さんを殺さないで」

日「どいてくれないかなあ! 君自身に恨みはないんだよ」

沙「そっちの都合は知らないよ! 私は唐沢さんがいなきゃ生きていけないんだ!」

日「そう。じゃ、先に地獄で待ってな!」

唐「させるか!」

唐沢は沙都子をかばって日向に肩あたりを撃たれる。

日向は撃った反動で後ろに倒れ、銃を手から離す。

沙「唐沢さん!」

唐「これは俺の問題だ。お前は手を出すな」

沙「でも、私は唐沢さんがいなきゃ……」

唐「なあ沙都子、お前は俺と同じだ。お前は、まだ間に合うから、生きて……生きてくれ」

唐沢は再び倒れる。

沙「唐沢さん! 待ってよ、何に間に合うって言うの。一人にしないでよ」

日「まだだ、足りない、あともう一発」

日向がまた銃を拾おうとしたところで、田村が上に空砲を撃って威嚇し、日向がひるんだ隙に日向を取り押さえる。

田「君、サトコっていうの……ねえ、どうしてこんな生き方選んだの」

沙「え、」

田「君もあだ討ち?」

沙「……私は、お父さんとお母さんのところに帰りたかっただけなんだ」

田「ちゃんと償えば、きっと帰れるよ」

沙「前科持ちなんて、きっと迎え入れてくれない」

田「分からないじゃないか」

沙「私もそう思ってた。でも、怖いよ。気づいちゃったんだ。戸惑ってるうちに、戻れない所まで来ちゃった」

田「そんな事ない! 君を救うために僕らはいるんだ!」

沙「嘘だ! ずっと助けてくれなかったくせに!」

田「やっと君に手が届いた! ここからなんだ!」

沙「……貴方みたいな人がお父さんだったら良かったのに」

沙都子は下手前方に逃げる。

田「沙都子……」

日「いいんですか、逃しちゃいましたよ」

田「逃がしちゃいましたねえ」

日「同情しましたか」

田「しちゃいましたかねえ」

日「彼女が、自分の娘だとでも思いましたか」

田「……どうですかねえ」

日「警察がそれでいいんですか」

田「はは、僕はぼんくら警察なんで」

日「じゃあぼんくらついでに、私を見逃してくれたりは」

田「しませんよ。銃刀法違反、誘拐、殺人未遂……探したらもっと容疑は出てきそうですね」

日「いくつ出てくるでしょうね」

田「貴方は、何でそんな生き方しか出来なかったんですか」

日「何故でしょうね。弟はきっと、こんな生き方を許してはくれないのに」

暗転


シーン12

明転、机椅子が復活している。

松島が座っている。

松「タナカさん遅いな。ああ、おなかすいちゃった。先に食べちゃおうかしら。いや、タナカさんと一緒に食べるんだから。我慢しなきゃね。うん、がまんがまん」

家のインターホンが鳴る。

松「あ、きっとタナカさんだわ! どうぞー! 鍵あいてますよ!」

沙都子は上手前方から無言で入ってくる。

松「おかえりなさい! シチューどのくらい食べますか? たくさんありますよ」

沙都子は黙っている。

松「タナカさん? どうしました?」

沙都子は尚も黙っている。松島はタナカさんが落ち込んでいると思い、言葉を探す。

松「私ね、タナカさんを待っている間、考えたんです。タナカさんと出会えたから、考えられたんです。あの子が今何をしていても、私はあの子の幸せを願っていたい。たとえ会えなくても、あの子がタナカさんみたいに幸せならそれでいい。あ、今でもあの子がシチューを好きでいてくれていたら、それは嬉しいですけどね」

沙「……松島さん」

松「はい!」

沙「もし娘さんが帰ってきたら、まず最初に何と言いますか」

松「え?」

沙都子はまた黙る。その様子を見て松島は考える。

松「そうですね、たくさん言いたい言葉があるから……おかえり、ありがとう、ごめんね……でも、うん」

松島は沙都子に近づく。

松「多分、何も言えずに、力いっぱい抱きしめると思います」

沙都子は松島を見つめる。

松「タナカさん?」

沙「じゃあ、もし、もしもです。娘さんが、犯罪者になって帰ってきたら」

松「犯罪者?」

沙「松島さんは、どうしますか」

松「そんな、あの子が。考えたこともありませんでした。……でも、やっぱり抱きしめます。だって、ずっと一人だったあの子を、あたためてあげたいもの」

沙「じゃあ、泥棒だったら」

松「抱きしめます」

沙「ヤクの売人だったら」

松「抱きしめます」

沙「殺人鬼だったら!」

松「抱きしめます! だって母親だもの! 娘が何をしたって守ってあげたいもの! そうでしょう、タナカさんのお母さんだってそうでしょう! 私はあの子を、抱きしめてやるの!」

沙「……叱ってくれよ!」

沙都子は松島を突き飛ばして転ばせる。

ポケットから小型ナイフを取り出して、松島に向ける。

沙「動くな! 動くと、これだぞ」

へっぴり腰でナイフを振り回しながら下手後方に行き、金庫を持って帰ってくる。

沙「いいか、警察には言うなよ。絶対だぞ!」

松「タナカさん、何でこんな事」

沙「何でって、あなたの言葉で確信したんだ。あなたがいる世界は私には尊すぎる。もう私には生きられない。覚悟なんかないよ、こんなつもりじゃなかったのに!」

沙都子はナイフを松島ぎりぎりくらいで一振りする。

沙「泥棒が計画的になんて生きていけるかよ!」

沙都子は上手前方に逃げる。


シーン13

下手後方から田村がメモをとりながら入ってくる。

田「これが、事件の全ての顛末です」

松「タナカさん、いえ、沙都子さんに、そんな事があったんですか」

田「ええ。昨日逮捕した一味の女から聞き出しました。これで、逃げてるのは田村沙都子だけだ。ね、不可抗力でも何でもないでしょう。強盗事件も、奴が選んだんですよ」

松「でも、沙都子さんにとっては、全部仕方のないことだったんですよね」

田「僕は選択肢を見せましたよ」

松「無理やりにでも引っ張れば良かったのに」

田「できるものならそうしたさ。でも、僕も奴を追い詰めた加害者かもしれない。奴は、あの子かもしれない。そう思ったら、できませんでした」

松「私が、私が沙都子さんに何かしてあげられたら、止められたでしょうか」

田「どうでしょう。貴方だって加害者かもしれませんよ」

松「そんな。どうするのが正解だったんでしょうか」

田「そもそも、正解なんてあるんでしょうかね」

松「私、やっぱり沙都子さんともう一回話したい。捜査に協力します。私も探します!」

田「それで見つかるなら、きっともう見つかってますよ。あれから霧みたいにいなくなっちまいましてね」

松「そんな。奪われた札束の番号は、全て渡しましたよね?」

田「それがまだ一度も使われてないんですよ」

松「え?」

田「一銭も使わずに逃走できる筈がない。奴は今どこで、何をしているんだ?」

松「ねえ。沙都子さんはまだ、生きてるよね?」

田「それすらも、もう、分からない。彼女の行方は、誰も知らない」

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