三、山の霊
三、山の霊(1)
頭の中が真っ白になり、指先は微かに震えた。
「詳しく解るのか?」
ミツハの問いに、冷たい水を打ちかけられたように、
以上が、郷で起きたことのおおよその顛末であった。
——兄上の命が危ない。
幼少の頃から二人で支え合って生きてきた。かけがえのない家族の身が危険に晒されていると知って、平静ではいられない。
「そうか。では、行くぞ」
混迷する思考を中断する声に、多津野は戸惑いながら顔を上げる。
「待ってくれ。どうすればいいか考えさせてはもらえないのか?」
「何を考える必要がある?」
冷たくミツハは言い放つ。
「戻ってこい、とは言っていないのだろう?」
確かにそうだ。
「そなたの務めは赤星を射落とすことであろう。それが無事に遂げられるよう、そなたの兄は人質になったのだ。そなたが今ここで引き帰せば、折角の兄の犠牲を無駄にするぞ」
多津野は我に返る。ミツハの言うとおりだった。多津野が今すべきことは兄を心配することではない。
「……そうだな。兄上は、おれよりずっと賢い」
郷にとって最善となるよう、先を見通して動ける人だ。
今回だって、何か思うところがあって自ら宇都志に行ったに違いない。
信じて、任せよう。兄ならばきっと何とかする。
一人で何度も頷き、多津野はやっと己の心を落ち着かせた。
「ご苦労さま、
愛鷹の頭を指で撫でると、甲高い声で嬉しそうに
「お前にあげられるものがあれば良かったんだけど……」
荷の中を探りながら良い
「
え、と呟いて多津野はミツハと佐久を交互に見た。
「其奴は帰らずに、そなたの助けとなるつもりだぞ」
「佐久の心が解るのか?」
「同じ言葉でしか通じ合えぬのは人間くらいのものじゃ」
ミツハは呆れたように嘆息した。
佐久を
「あんた、やっぱりすごいな」
それは実に純粋な感想であり、称賛だった。ミツハが人ならざる者ならば、鳥や獣の心が解るのも不思議ではない。そうと解っていても、自分にできないことができるのはすごいと、多津野は何のてらいもなく思えるのだった。
羽ばたきは天高く舞い上がり、大きく
「先へ導いてくれるらしい」
またもミツハが佐久の動きを
多津野は鷹に導かれたという先祖のことを思い出す。
ここは
「行こう」
多津野は荷を背負う。川岸の脇を登り、木立の中の獣道へ分け入った。
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