二、鷹の主(2)
話の口火を切ったのは
「空に妙な星が現れたのには気付いておるか」
「ええ。あの
真昼の空に赤い光を放つ星。
「あれが現れてから、夜天の星々が消えてしまいました。何か良くないことが起きるのではないかと、
「残念だが、
堅香子は片眉を上げ、鷹主彦の顔を見た。
「
歳を重ねて色の薄くなった嫗の瞳が大きく開かれる。
「更にこの者が視たところによれば、水が
嫗は息を呑み、
果たして信じてもらえただろうか。
星見の力は視えぬ者にとっては妄言にも等しかろう。実際に、弥守が星見の才に目覚めた幼い頃には、周囲の者達に気味悪がられることも珍しくなかった。そのため今では、弥守が星を読めるということは、鷹主彦と多津野、それと一部の側近だけが知る秘密となっている。
星を読んだとき、弥守は必ずその内容を父へ伝える。しかし父はそれをそのまま外に伝えるわけではない。星見の内容を元にして、郷の民が無事に過ごすための方策を練り、行動する。そうすることで、民にとっては鷹主彦が先を見抜く優れた
しかし今回ばかりは、星見を隠して民に事を説明するのは困難だ。
何も知らない
館にいるばかりで郷の民との関わりを持ってこなかった己を悔いる。信じてもらえるか解らないことを話すのは、恐い。しかし、それくらいせねば、鷹主彦の息子だなどと称するのは恥ずかしい。
「我らは再び郷を捨てねばなりませぬか?」
嫗の口から出た言葉は、弥守にとって意外なものだった。
彼女は弥守の星見を信じてくれたのだ。故に、どのような危機が迫っているのか思い至ったのだろう。鷹森の川は涸れぬとしても、自分たちの暮らしが守られるわけではない、むしろ危うくなるのだと。
嫗の訴えるような強い視線に、鷹主彦は返答に
「いいえ。そんなことにはさせません」
迷いなく言い切った弥守に、鷹主彦も堅香子も瞠目していた。弥守は更に言葉を継いだ。
「水を
嫗は弥守へ鋭い視線を向けた。皺の刻まれた
「それも、弥守様がご覧になったことでしょうか」
「ええ、
弥守が目を逸らさず頷くのを見て、嫗の目尻に柔らかく皺が寄る。
「ほんに、よく似ていらっしゃる」
堅香子の反応に、今度は弥守が驚いた。
「
「母上が……?」
星見の力を持っていた?
弥守は物問いたげに父を
しかし確かに目が合った筈なのに、鷹主彦は弥守に答えようとはしなかった。
「弥守様がご覧になったのならば、それは
無数の皺に縁取られた嫗の目は、弥守を越え、遠くの空を眺めていた。
「私は幼き頃、親に手を引かれて険しい山道を逃げ
畑の方から子供達の甲高い笑い声がする。
元気よく駆け回り、飛び跳ねて遊んでいる。
「そうですね」
無邪気な姿がひどく羨ましく、愛おしい。
自分には許されなかった幸せを、この子達から奪いたくない。
弥守と堅香子は同じ思いを抱いている。
「川より西の邑には、特に警戒をしていてもらいたい。郷の外の者が来るとすれば、西の山の向こうからであろうから」
鷹主彦が請うと、堅香子はすぐさま頷いた。
「
「かしこまりました。邑の者達にはよく言っておきます」
「儂はこれから
鷹主彦の言葉に堅香子の表情が少し強張る。
「弥守様もお連れになるのですか」
堅香子に問われ、鷹主彦は
「無論そのつもりだが。何か障りがあるか?」
「いえ……」
堅香子は言葉を濁し、心配そうに快晴の空を見上げる。その視線はそのまま弥守へ向けられた。
「あまりご無理はなさいませぬよう」
「え?」
何かを見透かされたような一言に、どきりと胸が
堅香子はそれ以上、弥守に言葉をかけなかった。
弥守も尋ね返す機を逸してしまい、父に促されるまま、堅香子の邑を後にした。
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