幽霊専門相談社

ままこ

幽霊専門相談社

朝からホラー?

黄色い軽自動車の脇で腕組をする。

どー見ても…

可愛い黄色の軽自動車の助手席側である。

ドアミラーからずーっと下に黒いような茶色っぽいような液体が垂れた跡。

ドアの溝には―─血溜りよね──

そのまま目線を下に移すと、駐車場の砂利の上にも赤黒茶色の血痕らしきものがぽたぽた落ちた跡。

ため息がでる。

「昨日の夕方車検から戻って来たばっかりなのよ。綺麗に磨いてもらったんだから……」

サイドミラーの汚れに気がついたのが運のつき。

─いや気づいて良かったのよ、良かったの。私の"車ちゃん"が血で汚されるなんてありえないでしょ!それにしたって一体なんなのよ。なんで血?

てか、誰の血?てか、なんでここ?場所なんて他にいーっぱいあるじゃない。私の可愛い"車ちゃん"がびっくりしてるわよ!─

独り言には大きな声でブツプツ呟く。

ダッシュボードから除菌ウエットシートを取り出す。アパートの部屋まで戻るなんてのはもどかしい。

バッグからペットボトルのミネラルウォーターを取り出すとバシャバシャかけた。

「ちょっとぉ」

不意に背後から声がしてぎょっとする。

不機嫌丸出しで振り返ると、制服を来た女の子が立っていた。腰まで届きそうなツヤのある髪が逆光に透かされて美しい…ちょっと透けすぎじゃないか?

相手もひどく仏頂面でこっちを睨んでいる。

「…どちら様?」

「それ拭いちゃったら証拠がなくなっちゃうじゃない」

「はい?」

「それよ、血。除菌しようとしてるでしょ、失礼ねぇ」

「は?…当たり前でしょ!拭くわよ、ぬぐうわよ、洗うわよ、消毒するわよ。血よ、血よ?血!不気味でしかないわ。あたしはホラーとか大嫌いなの。なのに見て!朝っぱら”ホラー”よ。なんで血?ていうかなんで私の”可愛い車ちゃん”に血なの?」

…… あなた、一度落ち着いてもらってもいいかしら?」

なんとも言えない目つきをして、制服の女の子が言った。

「落ち着いてるわよ。私の大事な車ちゃんに知らん誰ぞやが触ったのかと思うと、胸くそ悪くてゾッとしただけ。私にとってこの子がこの世で一番可愛い存在なのよ。なんかご意見でも?あ、一般論聞きません。で、あんたは誰?」

「あ、そ…お好きに。あたしはその血の持ち主よ···流し主?」

そこ訂正せんでいい…

「あんたの…?」

そういやあ、制服の右袖が破れて血がでて…たっけ?さっき……

あれ…?

「昨日の夜、帰宅途中にいきなり頭殴りつけられて車で拉致られたのよ。びっくりしたわー痛かったわ~」

あ…

「車が止まった隙に何とか転がり出たんだけど、ここまで来て力尽きて──死んじゃったらしいのよね、あたし」

ああ…

「だから、その血拭いちゃったら私がここで血を流していたって証拠がきえちゃうでしょ」

「…警察が調べてくれるでしょ、襲われたならね」

「警察ねえ…」

「とりあえず私の前は通り過ぎてって。止まらず真っ直ぐスーッとそのまま、いいわね」

「薄情者」

「ホラーとか幽霊とか、もう本当にダメなの。ピーマン食べられない子にピーマン食べなさいって無理強いしたら可哀想でしょ?それといっしょ」

「全然わかんないわ」

「苦手だって言ってるの、他当たって」

「私、今のままじゃ単なる家出でおわっちゃうわ―」

人の話をきけよ…あーーもうっ!

「家出って…何でよ」

女の子はパッパッとやぶれた袖を払った。

やぶれた制服は何事も無かったように綺麗になった。


普通に話しかけてきたり、服を破ってみせたり、なのに気配はかんじなかったり…変わった幽霊ね。

「…あなたの本体からだはどこ?」

「さあ、気がついたらここにいたし。多分どこか水の中」ほら、と伸ばした腕からしずくがパタパタとたれてくる。しかも服の中から腕を伝って…

「…殴られたて拉致されて命を落とした上に水の中に沈められた…と?」

「そ、しかもバラバラになってる」

女の子は頭をずぽっと取ってみせた。

「腕も取れるわよ、足も…」

ううっ──結構。と、手で遮った。

「苦手ならどうしてこんな仕事やってる訳?」

「あっ、私の名刺」いつのまに…

「まだ十九歳なのよ?私。バラバラにして海にでも捨てられたら魚の餌になって死体なんて見つからないんでしょ? 完全犯罪成立じゃない。そんなの冗談じゃない訳。

もうちょっとで先輩とラブラブになれそうだったのに……」

…そこか?気にするところは──

「しかも理由も全然わかんないし。だから”ここで事件にあいました”って証拠を残しておいて欲しいわけ、わかる?」

「いやよ。悪いけどこれは洗い流させてもらうわ」

「…話聞いてた?ちょっと―」

「ハイハイ、『先輩とラブラブ』でしょ。さっきスマホで写真も動画も撮ったし、なんなら送信済みだし。サンプルも採取したからちゃんと調べて貰うわ。まずは人間の血かどうか …。

そのポタポタたれる水もちょうだい。成分調べりゃ何かわかるかも、それでどう?」

「…やけに協力的」

「職業病。それに―あんた危険度レベルは未知数だけど、幽霊っぽくないからあんまり怖くないし…」

幽霊との付き合いは人間との付き合いよりも多いと思う。

きし 彩宮さいみや

”黄色い車ちゃん”を愛して止まない「幽霊専門相談社」の社員である。


「幽霊専門相談社」は、名前の通り幽霊が困り事を相談に来る会社である。

彩宮はそこの相談員という職についている。幽霊は苦手だが…

じゃあなぜ?、と聞かれれば……そりゃあ… 幽霊が見えてしまうから……

困っている人を放っておけない。

放っておいたら後ろ髪を引かれる思いがして気持ち悪い。

──実際に引くやつもいるが──

後々ずっと悩むし。

後悔するし、

「あーーーっ!!」って髪を掻き回したくなる。

つまりはそういう性分なのだ。仕方が無い。

綺麗な言葉で片付けよう。

『人がい』のだ。


「黄色い車で通勤じゃないの?」

「徒歩よ、職場まで遠くないし。車には特別な時しか乗らないわ。毎朝点検もかねて、行ってきますの挨拶をしてるのよ」

「かなりの重傷ね…」幽霊にため息をつかせる女、岸彩宮。


「今日はまたエラい美人さんをお連れで」

都会のビル群の中にひっそり置かれた幽霊専門相談社。

ドアを開けると笑顔のおじさんがそう言った。「おじさん」もとい、幽霊専門相談社の社長、大國おおくにが言った。

美人?そう言われれば整った顔立ちの綺麗な子だわね。

「まあ、私の車ちゃんにはかなわないけど」

「『車』とくらべないでもらっていいかしら」

「アハハ、彩宮ちゃんは”車ちゃん命”だから」

「何かおかしいですか?社長」彩宮は至って真面目だ。

「あなた変人なの?」

幽霊に変人っていわれたわ…なんだかちょっとヘコむのは気のせいかしら…

「まあ…だいぶ変?」仲間たちの評価は散々である。

「私は普通よ、それより自称19歳の女の子が”学生服を着てる”っ方が変でしょ。留年でもしたの?」

「これ?クリーニング店で拝借してきたの。気づいたら服着てなかったし? 微妙にコスプレだけど一番だったのよ。裸で外を歩くほど勇気無いし、流石にね」

「だれも見えてないと思うけど…」

「あんた見えてるじゃない。その人達も」

「まあ、見えなきゃ仕事になんないからね…」社長が苦笑した。

「洋服は用意するから制服は返してあげたらどうだろう?ねえ、彩宮ちゃん…」

私に振らないでくださいよ…社長…

「…服によるわ」

…っとに、この幽霊は。


着替えた幽霊が鏡の前で自画自賛している。

「なかなかじゃない。サイズも私にぴったり」

「妹のワンピースよ、細身で身長あるからいけるかと思って」

「英国老舗ブランド。趣味いいじゃない」

「…服飾関係の仕事をしてたの」

「…ふうん… 気に入ったわ」

「それはよかった。わざわざ家まで取りに行ったかいがあったわ」

「彩宮ちゃん電話だよー」

検査の結果が出たらしい。

「あれは人間の血液だったよ、岸 彩宮」

明神めいしんさんがそう言うならそうなのだ。

この人の鑑定眼は並外れている、と、大國のお墨付きだ。相談社の検体は全て明神が引き受けている。


「グッドモーニング エブリバディ!ありったけのデータにアクセスしてみたねっ!」

通話に割り込んできたのは通称オタクくん、得意ジャンルはハッキング。

幽霊専門相談社の社員である。

「今、画面切り替える」

彩宮はスクリーンにオタクくんを映し出し、音声をスピーカーに切り替えた。映し出されたのはアニメキャラクターの着ぐるみだったが…

「暇かよ、サイバー犯罪者」

「やかましいね、実験中毒医。ボクは美しいものがすきなんだね」

「どっから見てんだ?盗撮マニア」

「奇妙な渾名あだなを増やすのはやめようかねドクター メイシン。防犯カメラだね。レンズをとおしても美しさはバッチリつたわってるねえ、幽霊さん」

「あら、ありがとう。オタクのお兄さん」

「何者もボクに隠し事は出来ないね、くすのき財閥ご令嬢 くすのきりかん殿」

「ご丁寧な紹介いたみいりますわ、オタクさん」

「楠財閥…極貧生まれの創業者が自分のカンだけをたよりに起業、大財産を築いたって言うアメリカンドリーム的な胡散臭うさんくさい逸話のあるあの楠財閥?」

「ご丁寧な説明どうもありがとう。その胡散臭い逸話の人物は私のそう祖父よ」

「どんな人だったの?」社員の相談員君が身を乗り出す。

「…さあ?知らないわ」りかんはぷいっと視線を外した。

「美しい上にご令嬢様でしたか」

大國が、りかんをソファへ促す。

幽霊にソファが必要かどうかはわからないが―大國はジェントルマンなのである。

胡散臭い大財閥のご令嬢のバラバラ死体の幽霊………

「今すぐ成仏してもらっていい?」

「ひどいわあ、可哀想な幽霊を路頭に迷わす気?」

「迷ってるから幽霊なんでしょうが…」

めんどくさ過ぎる予感しかしない。

「彩宮ちゃんは”ひき”が強いねえ」

それほめ言葉になってません 社長。

「ご愁傷さま、よろしくね“彩宮ちゃん“」


幽霊がワンピースをひるがえして見せた。


―もうひとつ気になる事があるんだね─

かすかに生体反応を感じるんだね。

ご令嬢はどこかでまだ生きていないかね?―

電話を切る前、オタク社員がそうささいた。

まさかでしょ。

だって、首とれてたじゃん…。


「オタクのお兄さんはここには来ないの?」

「彼は在宅勤務だから。パニック障害が高じて部屋から出られないの、私も直接あったことは無いわ」

「そうなの……ふぁぁ」

「あくびしながら聞く話ではないと思うんだけど」

「申し訳無いわ…なんか急に……」

りかんのからだがスローモーションみたいにゆっくりと床に倒れ込んだ。

音一つしない。

目の前に見えているものなのに、実態がない。そんな実感の瞬間…

「ここまで自由な幽霊ってはじめてみたわ」

彩宮は呆れた声を出した。


大財閥のお嬢様幽霊は夜になっても目を覚ます気配はなく、かと言って目に見える手前放って置くわけにも行かず…

大國が事務所に残ろうかと言ったのだが、「この子女の子ですよ?」と口を滑らしたがために、自分が事務所へ残る羽目になった。

まあ、それは百歩譲っていいとしよう。

相談を請負ったのは自分だし。

幽霊相手なら泊まり仕事になることは珍しい事でもない。

なにしろ丑三つ時を好む癖に、時間の感覚が無いのだから。

それよりも問題なのは、どう見たって死体が転がっているようにしかみえないところだ。

息もしなけりゃ寝息もたてない、身動き一つしないのだ。こんなの人気のない事務所で、不気味以外のなにものでもない…しかしまあ……

「幽霊ってこんなに無防備なものだったっけ?」

おかげで苦手意識が薄くて済んではいるけれど。

「ふぁぁ」 夜は更けてゆき、疲れもあって彩宮も目を開けているのがだんだん辛くなって来ていた。


はっとした。

物音がした、気がした。

いつの間にか眠りこんでいたらしい。

事務机に突っ伏したまま……腕が痛む…首も肩も―

にゅ~っ と脇から顔が覗いて悲鳴をあげた。

つられて相手もキャーと悲鳴を上げた。


「よーく寝た、気がするわ…」

「気がする、じゃないわよ。寝すぎよ、日付け変わってすっかり丑三つ時よ」

驚かされた彩宮はすっかり不機嫌だ。

が、ご令嬢様はしれっとしたもので……

「さすが幽霊って感じ?あら、ワンピースのままじゃない。どーして着替えさせてくれなかったのよ」

「私が?なんで?どうやって?大体あんたがこの世の服を着られるメカニズムがわからない」

「んー 気合い?」

適当ね……


パッとパソコンがたちあがる。

画面の向こうでアニメキャラの被り物が元気良く手をふっていた。

丑三つ時を好む奴がここにもいたか―

「ご令嬢のDNAを照合していたんだけどね~ 血友病の患者にいき当たったんだねえ」

「けつゆうびょう?」

「”ち”の”とも”の”やまい”と書いて血友病。先天性の血液の病気だね。しかも遺伝子的に『男』にしか発症しないという特徴的な病気ね」

「オタクのお兄さんいい腕ねー、それ結構隠された情報のハズなのよ」

フワリとりかんがパソコンに近づいた。


「私、オスとしての生殖機能が欠落したまま生まれてきたの。生殖器が無いとパッと見は女児。

世間体の為に”女が生まれた事にしようじゃないか”、と言ったのが曾祖父らしいわ。

私は美人だしスタイルいいし、見た目完璧に女子だし、戸籍も女。

でも遺伝子は男だから血友病にもかかるってこと。

襲われたのも病院受診の帰りだったのよ」


「……待って…あなた男なの?」

「そうね」

「私は『初めまして』の”男”と、一夜を共にしたと?」

「まあ─そうね」

「早く言いなさいよ!女の子だと思ったからわざわざ私が残ったのよ」

「あら、優しい」

この幽霊~!


明神の鑑定結果が正しいと、あらためて証明されたわけだ。

「あの血液は男のものだよ」あの時、明神はそう言った。

どういう事なのかわからなかったけれど―

この子、相当ややこしそうだわ…

「ふふふ、ご令嬢様は面白いね」

オタクくんは興味を惹かれたらしかった。

これは中々の珍事だ。

「微妙な生体反応も追ってみたね」

「何かわかったの」

「追跡の途中で気づかれたらしいね〜ぷっつり痕跡じょうほうが途切れたね」

「途切れたって事は…生体反応はあったってことよね?」

「あったね、ありありだね。隠されるとえるんだねえ。ふふふふ…」しゃべりながらもキーを叩く音が絶え間なく聞こえて来る。

、じゃなくて燃えようかねオタクくん

「おやおや?―ふふふっ… 見つけたねえ〜。何者もボクに隠し事は出来ないね」

「え、見つけたの?ねえ、オタクー?」

突然通話を切るなっての。

話の途中なのに…りかんとパチッと目があった。

お嬢様幽霊は彩宮をじっと見据えると、

「ロイヤルミルクティーが飲みたいわ〜」とのたまわった。



「 我社断トツの大惨事だな」―大國が腕組をする。

呑気すぎです社長…

昼になり珍しく人間の客人が来たのだが…

大國が席を外した隙に、彩宮が人質にとられたのだ。

ひょろりとして青白い顔色の男だ。

どこの誰だかみんなサッパリ分からない。

喉元には、輝いて良く切れそうなメスが突きつけられていた。

「幽霊専門相談社…?お前達何者だ?何を企んでいる。何をどこまで知っているんだっ!」

「ふふふっ、自分は悪いことをしていますって白状しちゃってるねえ」オタクくんは勝利の笑みだ。

この男、オタクくんの仕掛けにまんまと誘導されてここまで来てしまったらしい。

りかんの死に深く関わった人物だけに迫るトラップ―

仕掛けは……オタクくんにしか分かりません…

「ボクは痕跡を残したりはしないねえ。それはプロとは言わないねえ―ふふふっ―」

そう、残っていたのはわざと残したと… 。

そして今に至る、のだが……追いつめらた人間は何をするか分からない…故に迂闊に逆らえなかった。

ゆらっとりかんが揺れた。

だからってメスとか…ちゃんと頭使ってるのかしら?」

こんな時でもマイペースだわこの幽霊は…

ゴーという音と共に、何もかもがすごい勢いで吹き飛びはじめた。部屋の中に竜巻でも起きたのかと思うほどだ。

それでも元医師は彩宮を離さない。こいつの目つきも相当やばくなっていた。

「 りかんか、りかんがいるんだな!」元医師が確信したように言い放つ。「おかしいと思ったんだ。いつも誰かに監視されているようでね。この前はうっかり事故死する所だったよ。でも残念だったな、私が一枚上手だ」

メスを突きつけながらもう一方の手でポケットから御札おふださぐりだす。

「やれるもんならやって見ろよ、りかんお嬢様」

「だから私じゃないっての…」りかんがため息をついた。

御札から強い気を感じる。元医師が本気で危機を感じていたあかしだろう。

元医師はニヤニヤと笑っていた。

竜巻はいっそう荒れ狂う。

そんな中でも彩宮を連れ、元医師は後ずさりをする。

解放するつもりなどもとから無い。いらなくなったら喉をかっ切ればいいだけだ。

元医師の前に女が立っていた。

荒れ狂い飛んでくる物がことごとくその体を通過して行く。竜巻で押し開けられていたはずのドアが静かに閉まる。女は無表情で元医師を見据えた。

「お前は 誰だ…」元医師の声が震えた。

「あんたこそ誰よ」女がもう一人姿を現した。

「っ―お前…りかん―」

「だから~ 『ど~ち~ら~様』」背後から耳元で低く囁く。イラついた美人もなかなか美しいが、心臓には悪そうだ。

「覚えてないか…―あんたのに病院をクビにされた医者だよ」

「知らないわね」即答。

「チッ」

「でも、あんたの顔を見て思い出したことが一つあるわ」

――あんた、私を殺したわね―─


元医師の腕がひねりあげられる。持っていたメスはあっという間に竜巻に持って行かれた。

元医師の顔色が見る間に青白くなって行く。

無表情の女─の幽霊─が言う。

「この男は患者を実験材料としか見ていない最低な医者だったの。違法な人体実験をして、事が公に なって病院は解雇。医師免許も剥奪されたはずだわ」

「ふうん…―お勉強は出来ても《《心は出来そこなった》のね」

「でもそんなヤツを後押しするやからもいる。人体実験のデータは貴重なのよ」

「そうだ……『違法』だの、『頭がおかしい』だのと、私の素晴らしい実験を――。

新しい実験にね、心臓が一つ必要だったんだよ。お前を、この私がね!!」元医師が叫ぶ。

「私をどうしたの―」りかんが低い声をだす。

「心臓が必要だったんだ、血友病患者のね…ちょうど良いのを私は知っている。特殊なDNAを持っている。これは素晴らしい実験になる──―他は…要らないよなあ──だからね、捨てたよ海にね。切り刻んでおいたから魚が喜んだだろう―」

元医師は恍惚としていた。

「─そんな事で私は殺されたの?体を切り裂かれ心臓をえぐり取られて、手も足も頭までバラバラにされて海にすてられ魚の餌になったって、そう言うのっ―」

「りかんさん―」無表情の女の表情が崩れる。

「私の心臓はどこ?」

「―――」もはや 元医師は何を言っているかわからない。完全に精神崩壊状態だ―変わりに答えたのはあの女だった。

「移植をされたわ にね」女は続ける「実験台にされたのよ、その女の子も」

「…心臓は 動いてるのね…」

「拒絶反応は強くは無かったらしいわ…」

少し間があいた……

「唯一の救いだわ…」

不意に落ちていた御札が舞い上がり、りかん目がけて鋭い矢に変化へんげした。

──危ない!──思わずりかんに抱きつく彩宮だったが、体はりかんをすり抜けた。

矢はりかんと彩宮を目がけて真っ直ぐに飛んで来る。

りかんが彩宮を押し倒した 。ザッと音がした、気がした。

りかんの長い髪が…バッサリと切られてしまった。

矢は御札に戻り、御札は青い炎となりあっという間に燃え尽きた。

切られた髪は勢い良く宙に舞い……落ちてくることはなく消えていった。

「いたた、なんであんたはあたしを触れるの!」

「んー?気合いよ」


元医師は社員達におさえ込まれたが、もう抵抗する様子も見えなかった。

「彩宮…大丈夫?」

乱れた髪から覗く真剣な瞳。

「聞くのはこっちよ。あんたこそ髪が…」

「あら?そうね……幽霊になっても髪の毛ってのびるのかしらね…?」


いや……それは知らんわ……


「まあ、私ならなんでも似合うけど」

「元気そうでなにより」

やれやれである。


警察手帳を見せながらスーツ姿の男女数人が事務所に入って来た。

「やあ、迎えが来たね」大國が笑顔で迎える。

「警察?幽霊絡みの話なんて信じるのかしら?」りかんは怪訝な顔つきだ。

「それは大丈夫。我社は警察庁の管轄下なんだよ」

大國の言葉にぽかんとしたりかんの顔は思いのほか可愛らしくて、彩宮はクスッと笑いをもらした。

それを見たりかんがいった。

「……決めたわ、私成仏なんてしない」

え?

「だって納得してないもの。て、言うか…どうして死んだのかは分かったわ。生きたいって言ったってそんな事、無理なのもわかってる…つもり…頭ん中では…

医者なんて恨みもしないし祟りもしないわ、極刑にしてくれればね。

無理でしょう、すぐに理解しろってそんなの無理じゃない…いつもと変わらない普通の帰り道だったのよ?気がついたら死んでたなんてあんまりじゃない…」

うつむいたりかんは泣いているようにみえた。

「…小さい頃『六年五組魔界組』が大好きだったわ、最終回みて泣いちゃったのを思い出した。もう見られないんだなーって思って悲しくなっちゃったのよね…」

「ちょっと、りかん。何言ってんの?大丈夫?」

「成仏しない、だって私──

あなたの事が気に入っちゃったんだもの。もう会えないとか悲しいわ」

ん、何?

「言ったでしょ、私ジェンダーレスよ。見た目『kawaii』だし女として育てられたけど、中身は男よ。DNAも男だし?」

ん?? なんだ?「えっと、でも確か先輩とラブラブ…とかなんとか…」

「そうよ、大学の先輩。私、年上好みなの。 相手が男だなんて言ったかしら?」

いやいや…なんか話がおかしな方へ行ってないか?

「何よ、偏見でもあるの〜」

「無い、偏見は無い…けどなんかいろいろ違う気が……ちなみに…その先輩はあんたのその複雑な生態を知ってたの…」

「さ~あ、どぉかしら?」意味深にニコッと笑うりかん。

コイツ怖っ 。

「今度一緒に買い物いきましょ~、お洋服選んであげる」

「ちょっと、誤魔化されないわよ」

「まあ、いいんじゃないかな。仕事手伝ってもらえると助かるし」

社長~

「成仏するだけが幸せじゃないのかもしれないし、時間が必要なのかもしれないし、ね」

「まあそれは……」

短くなった髪を『褒められて当前あたりまえがおのりかんをみていると、『変わるという事がそんなに怖くはない事なのかもしれない』と思えてくる。

「不思議な子…」幽霊は成仏する事が一番幸せだと思っていた。

でも、本人が幸せだと感じるなら暫くはこのままでもいいかも知れない。

何が幸せなのかは本人次第なのかも。

あの子も、妹も幸せなのかな?


りかんの前にさっきの女が立っていた。

表情にまだあどけなさを残している。

自分と同じ位の年齢かな……どこかで会ったような?

「ワンピースよく似合ってるわ」

女は可愛らしい顔で笑う。

「ありがとう、気に入ってるよ」

「それにしても……服を着がえる幽霊っているのね?」

「毎日同じ服とか考えられないの、私」

「そうなの…?ねえ、家にまだ袖も通してない洋服が結構あって…私は着替えられないし……よかったら着てもらえないかしら?私と私の洋服たちの供養のために、どう?」

「…あなたセンス良さそうだし、いいわよ。けど……変な話しよね?”幽霊”が”幽霊と幽霊の服の供養”とか?…」

「ほんと、ややこしいわね」

幽霊女子二人、賑やかである。

「いたいた~、りかんちゃん、ハルちゃん」

大國が手を振りながらやって来た。

「君たち神出鬼没で、探すのが大変だ」

「ハルちゃん?」

「ハルちゃん」”ハルちゃん”が自分を指さした。

「改めまして、彩宮の妹です。岸 春宮はるみやと言います」

「で、通称ハルちゃん。紹介が最後になっちゃったね。ハルちゃんもうちの社員、得意分野は神出鬼没とポルターガイスト!」大國がハルちゃんを紹介すると、ハルちゃんはちょこんと頭を下げた。

「あら、びっくり」棒読みのりかん。

「してない感じだね〜」

「まあね」

まいったね~と、大國が頭をかいた。


「お姉ちゃんと仲良しなのね」

「どうなのかしら?私は仲良くなりたいと思ってるんだけど」

「うふっ、頑張ってね」

妹の幽霊はにっこり笑うと手を振って消えていった。

「さすが、神出鬼没。さて、妹公認になった事だし…どーやってめようかしら?」

何やら不穏な気配が…彩宮が振り返った。


大國の携帯が鳴って事務所内は一気に仕事モードを取り戻した。

早速だけど出動たのめる?」大國がりかんを見た。

「りかちゃん?」りかんが大國を見つめ返す。

「あー、りかんちゃんじゃ呼びにくいから端折はしょって『りかちゃん』じゃどうかなって、みんなでね。嫌かな?」

りかんは大きな目をパチパチさせた。が

「おっけーです」

うふっ、と不意打ちなウィンクに事務所中が、いや画面の向こうのオタクくんまで顔を赤らめたに違いない。

ごフッ、と変な咳がスピーカーから聞こえたし…

美形の笑顔は最強の凶器だ。


お気を確かに…皆様…そいつ思考は男です。













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