健康に生き、よく死ぬ。
私の部屋は妙に寒い。
今日など、日曜日ゆえ外出しない生活を選択したのだが、夕方の冷え込む時間にどうしても外に出なければならなくなり、少々ばかり鬱々とした気分で玄関を抜けたら思わず「あったかい?」と声が出た次第だ。
昨日はとある山奥で野外ライブがあり(この時点でかなりおかしいが)、寒いと思い込んで真冬の防寒対策をしていったら日差しが強く逆に大汗をかいて風邪をひきかけた。
いずれも、自分の内側だけでものごとを決めつけ過ぎたせいだ。
一応、経験からくる行動の根拠はあるのだ。
重ね着をして暑ければ脱げばいいのだし、汗をかく可能性も考えてちゃんと着替えとタオルも持って行った。
それはそれとして、外気を感じるセンサーは鈍麻を続けているとは思う。
外気、文字通り“外”の“気”である。
この気を感じられないのは何かといえばつまり“内気”なのだな。
気持ちが内にこもる、心身の心ばかりが気になって身体感覚が弱くなってしまっている。
実は、というほど重大なことではないが、今現在、少し喉が痛い。
見たら、できたことのない位置に口内炎ができていた。
唾を飲み込むたびに刺すような痛みがある。
非常に面倒だが、これを大事にしたいと思う。
気持ちが精神もしくは観念的に寄り過ぎていた己を身体が戒めているのか、と考える。
なんらか、身体の面でおろそかにしていた部分があるからこうなったのかもしれない。
そして思い出したのは、ここ数ヶ月の食事の仕方だ。
一日二食、朝と昼のどちらともいえない時間に両方を兼ねたような食事で済ませていた。
理由は単純で、こまめに食べるのが面倒くさかったからだ。あとは、朝まったく起きられない。9時などに起きたらもう朝食に向かうのを諦め、11時くらいに一気に食べてしまう。
果たしてそれが悪かったのかは分からない。
何もしなくたって身体は日々悪くなる。
我々は生まれてこのかた、まるで二十歳くらいまでは成長しているかのように思えるが、実際はいつ何時もただひたすら死に向かっている。健康などは偶然の産物に過ぎない。
とはいえ、身体を雑に扱っていた可能性がある。
定期的に胃腸を動かさないことで内気になっていたかもしれない。
健康でいられるのはたまたまだ。
だが、健康でいなければぱったりと死ぬこともできない。
己の外を意識できないとき、人は死に対して鈍感になっている。
よく死ぬため、また明日からちゃんとしていこうと思う。
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