7. 元魔王が力の片鱗をみせつける

「ちげぇよ。この命をかけて、そう断言できる」


「……………………私たちが貴公の言葉を信用するに値する状況とでも思っているわけ? そこの女の面構えを知らないはずもないだろう?」


 そう問われると弱い。なにせこっちには顔の割れている元魔王がいる。事実、エルフィリアの視線はエリザベートに注がれ、もはや殺気だけで心臓を穿ってしまうのではないかと錯覚してしまうほどだ。そしてこの状況。客観的に見れば俺がエリザベートに敗北し、奴隷か、あるいは傀儡として完全に支配下に堕とされてしまった――なんてみられてもおかしくないというわけだった。


 しかもこの連れはエルフの森に部下を差し向けて散々やらかしているわけで、軽く見積もっても懲役1万年はくだらない大罪をやらかしている。牽制されるだけまだ運が良い、と言わざるを得ない。いやホント、どうしてまだご健在でいらっしゃるんでしょうね……。


 兎にも角にも誤解を生む要素が三倍満くらいなわけでして、考えるまでもなく大ピンチ。いやぁ不思議だなぁ……。魔王討伐の旅をしていたときですらこんな危機感抱くことも稀だったんですけど……。頼り甲斐のある仲間がいざ敵になるととてつもない脅威になるってやつ、よく分かる。なまじその実力を知っているだけに、対峙しているだけで肌が粟立っちゃうよね。


「貴公、魔王側に寝返ったか。あるいは魔王に絆されたか。世界の半分でもくれてやるなどという甘言にでも乗じたか」


 いや、そんな某国民的有名RPGのような展開はなかったですね。あったら魔王城ぶっ潰すときに多少の容赦はしてあげてもよかったかもだ。まぁ、なかったのでifなんですけどね。そんでもってこの世界を自分のものにしたところでやることもないので俺にとっては効果もなし。


「なんにせよ、魔王エリザベート……そして、勇者レオ……貴公らはこのエルフィリアがまとめて葬ってくれよう!!」


 エルフィリアが後方へ大きく宙返りしながら背負った円筒から矢を手に取り、まるで機械じみた精確な狙いで俺とエリザベートの心臓を射貫こうと矢を放つ。


「――――っ!? あっぶねぇ!!」

「中々の名手じゃな……しかし、このエリザベートに牙を向けてよいほどの力ではないなっ!!」


 木々や岩石を砕きながら突き刺さっては爆裂魔法ばりの超火力を伴った爆砕がそこかしこで巻き起こる。当たれば確実に死んでしまう遠距離攻撃を必死に躱す俺。対照的に、土魔法で石の飛礫を矢に被弾させて機動を逸らし、指先一つでいなしてみせるエリザベート。だってのにエルフィリアの弓矢には必中の加護でも宿っているのか、逸れたはずの弓矢は全部が全部俺の死角から懐へ正確無比に飛び込んできやがる。端から俺目がけて向かってくる分だけならまだしも、対処する数が倍になってしまえば意識を回避と対処へ集中せざるを得なくなるし、反撃の糸口すら見つからない防戦一方ではこの状況を好転などできやしない。完全に後手に回ってしまっているのだ。


「エリザベート!! 避けるくらいなら撃ち落としてくれ!! 狙いが逸れたやつ、俺のほうに飛んでくるんだけど!?」

「お主ならなんとかなると思ってそっちに振ってやったまでのこと。現に軽々避けているではないか。遠慮するでない、ありったけをくれてやろうぞ?」


 一瞬みえた、したり顔。こいつやっぱりわざとやってやがるな!? この事態が片付いたら覚えていやがれっ!


「エルフィリアの誤解を解かなくちゃいけないのにこれじゃあ近づけないでしょうが!! この場をどうにかする気があるんだったら致死級の攻撃の相手をお前がやってくれないと困るっての!!」


「なんじゃ、だったら最初からそう言えばよかったろう。てっきり、この当たればあの世行きの驟雨アトラクションを楽しんでいるものとばかり思っておったわ」


「この顔のどこにそんな表情が張り付いているんでしょうかねぇ!? とにかく連携するぞ!! エルフィリアの説得は俺がやるから、エリザベートは俺が死なないように援護してくれ!!」


「魔王をサポート役に任命するとはな……いやしかし、これもまた新たな挑戦か……よかろう、不慣れではあるがやってみせようではないか。なに、心配するでない。部下が日頃この我にしてくれていたようにすればよいのだからな。日頃の恩を忘れていない我であればこそ完璧にして――」


「話が長いっ! いくぞっ!」

「ああおいっ!? まだ心の準備が――」


 んなもん待ってたら日が暮れちまう。俺は半ば強制的に会話を切り、あえて標的になりやすい開けた場所へ躍り出た。攻防を切り分けてしまえば、俺のやることはただ一つ。彼女との対話のためにこの一瞬を命を擲つ。放り投げたもんをエリザベートがしっかり守り通してくれると信じて。


「あの世へ行く覚悟ができたか」


 氷点下を下回る冷え切った声音のエルフィリア。すでに悪寒で全身はひどい脂汗に塗れてしまっているのだが、それでもまだ足りないとばかりに脳が警鐘を鳴らす。耳鳴りがおかしいほどに聴覚を支配し、そのくせ全身が貝殻にでも包まれたかのようにはっきりと血流の音が聞こてくる。はっきりいって俺の五感は命の危機を前にバグってしまっていた。なんだか時間感覚もおかしいというか、やけに周囲の流れがゆったりしているし、視界は明瞭で普段だったら見えるはずのない遙か彼方の景色まではっきりと拝むことができる。


「一体どうしちまったんだ俺は……ま、まさかこれは……新たな力の解放……っ!?」

「なにやら愉快な期待を抱かせてしまったようじゃが、我の魔法じゃ……」


 微かな夢を土足で踏みにじるようにエリザベートが口にした。


「五感の鋭敏化と周囲の時間そのものの停滞、まぁ、そんな魔法の組み合わせじゃな。エルフの森のマナ濃度が高いからこそできる秘中の秘ともいえよう」

「…………すげぇチートじゃん」

「とはいえ、無限に保てるわけでもない。時間にして心臓の音の二十拍ほどしか続かぬゆえ、急ぐが良い」


 感心して駄弁ってる場合じゃなかった。

 彼我の距離にして、時間の停滞が元通りになるのとほぼ同時、


「な――、瞬間、移動!?」

「悪い。とりあえずこの場はこうさせてくれ」


 俺はエルフィリアの懐に入り込む。

 そして握りしめた拳を、その水月へ突き入れた。


「が、はっ……」


 頽れるエルフィリア。俺は彼女を咄嗟に抱擁して、そのついでに円筒に入っていた矢やら腰元に忍ばせていた苦無クナイや、一見して髪飾りにも見える、けれど実際にはヒュドラの毒が仕込まれたダガーを即座に抜き取り、彼女を完全に無力化してみせる。


「不覚……を、とった、か…………」

「ありゃあ一種のチートだ。魔術ならまだしも、魔技じゃあ対処のしようもねぇ……ってなわけだ」

「我がエルフを相手にして後手に回るわけがなかろう。魔王だったのだぞ?」


 容易に形成逆転せしめる魔法を幾つも持ち合わせているのだから、やはり魔王というのは格が違う、ということなのだろう。いまでこそこうして俺の付き添いみたいにしているが。


 じゃあなんでこいつ、俺が城を破砕した程度のことで潔く降参なんてしたんだろうか……と疑問も浮かぶが、それを追求するのはまた今度。


 いまはエルフィリアの誤解を解かなければならない。


「痛恨の一撃を見舞った俺の言葉を信用しろ、なんて言えた義理じゃないんだが……とにかく俺は魔王の家臣に成り下がったわけでもなければ操られているわけでもない。ましてエルフの森を破壊しようなんざ寝返ったってやるわけがない。というより、俺もいまさっき久々にやってきたわけで、この惨状が信じられないわけなんだが……、知っているなら教えてくれ。一体何が起きてるんだ」

「……貴公を、信用して、よいのだな……………………?」


 俺はあえてつくった神妙な面持ちで頷いてみせた。


「……っ、なら、話をしよう。この惨状の、はじまりを」

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