6. 生殺与奪を握られる
幾重にも踏み荒らされた痕跡の残るエルフの森の南東部は、乱雑に伐採されたがために動物の気配がなくなっていた。
こうなってしまった原因と、こういう事態を引き起こした奴らの考えていることは、容易に想像がつく。
エルフの捕縛――それが狙いだ。
エリザベートは知らないようだが、この森にエルフが棲み着いているのはわけがある。単にこの森を愛しているからでも、隠された秘宝を守るためでもない。
この森は、エルフたちが『魔技』を使うことのできるアスラステラに点在する数少ない環境なのだ。
行為によって相関する結果を模倣し、その目的を達成させるために自然現象へ干渉する『魔術』
大気中に漂うマナを消費することで超常現象を引き起こす『魔法』
そして、アスラステラを真に統べるといわれるアスラ神が持つ神秘の力を引き出す『魔技』
遙か昔から『魔術は人に、魔法は魔に、そして魔技は妖精に』と言い伝えられ、それぞれにその秘技が伝えられてきた……というわけだ。
魔技には制約がある。それが、環境。
かつてエルフに教えてもらったのだが、神の息吹を感じることのできる場所でなければ魔技は発動できないらしい。人間の感覚でいうなれば神秘的だの幻想的だの圧倒的大自然なんて表現するような前人未踏の土地や遺産、人や魔物が容易に近寄れない山脈の頂上付近、山林の奥地、そしてこの森のように何百年何千年と太古の昔から存在し続けてきた聖地でなければ、エルフはその力を十二分に発揮できないというわけだ。
そして、それが破壊される事態になれば黙っているはずもない。俺がかつて世話になった知古のエルフが旅の途中で離脱したのは、まさしくこうした環境破壊をしでかす輩を締め上げる警邏隊のメンバーに抜擢されたからだった。
「…………一応、警戒しながら進むぞ。エルフの警邏隊には見つかりたくないしな」
「なぜじゃ。我とお主の敵ではなかろうよ」
「言っておくけど、三幻神やら四天王やらを倒したのは俺じゃない。エルフだ。あん時の俺はまだ半端者だったから大して活躍もできなかったし。旅の途中で離脱した知り合いがいるっつったろ? そいつがほとんど単独で手玉に取っちまったわけ。いくら俺が強くなってエリザベートに勝てるようになったからって油断してたら簡単にこの首を取られる」
「……そんなに強いエルフがおるのか…………我も現を抜かしてはおれんな……」
「おう、気をつけてくれ。死んでも復活はさせらんないからな」
あらゆる脅威へ真っ先に敵対しなければならないために、その戦闘力はエルフのなかでも折り紙付き。
まぁ強い。スキル開発を極めたに等しい今の俺でも対等に渡り合えるかは未知数、といった具合には。
「……そういえばお主、魔術は使えるのか?」
「使えたら苦労して徒歩でこんな場所までこねぇよ……」
そもそも魔術を使いこなすには相当勉強する必要がある。術式を覚え、魔術を発動させるための詠唱を暗記し、大魔術を使う場合には相応の依代や道具を準備する手間も掛かる。
異世界召喚(というか転生)してたかだか二年で魔術使いこなせるようになったら天才ってレベルなんだよなぁ……。それだけの頭脳あったら現世でも苦労しなかったわ。一人前に魔術が使いこなせるようになるまで五年、魔物と相対しても自己防衛ができる魔術を使えるようになるまで七年、なんて言われているなかで習得しようって気概なんざノミの心臓ほどの気持ちも湧かなかった。幸い俺には転生召喚したときに授かったスキル開発の異能があったからそれを上手く使って生き存えてきただけで、これ自体もまぁまぁの規格外って位置づけなのでぶっちゃけ生き抜くって観点では苦労もしなかったし。
「そいつはまた苦労してるの、お主……」
「憐れみの目線を向けられても悔しくなんかないぞ」
「知っておるか? 魔術は勉強すれば誰でも使いこなせるようになる。いまは人間どもは魔術を前提とした生活を営んでおるし、使えない者は職もなければ日銭にだって苦労するのだぞ? お主はたまたまその異能があったからよかったものの、もっと使えない力だったらどうするつもりだったんじゃ」
「んな仮定の話に意味はねぇし、そもそも魔王を倒すために授かった異能がクソザコナメクジだったらマジでこの世界の神とやらは救いようねぇじゃん」
「……く、クソザコ……ナメクジ…………って、なんじゃ?」
「あー……いや、こっちの話。……って、駄弁ってないで先急ぐぞ。はやく悪者どもをとっ捕まえないと――」
――――ひゅん!
「――っ!?」
「な――!?」
俺の眼前を何かが掠め、近くで木々が木っ端微塵に爆砕する。
「……あ、これはバレたな」
「…………なんじゃ、この威力は。なんとか目視できたが、何の変哲もない木製の弓矢が大樹を爆砕など……サイクロプスが弓を引いたとて、こんな馬鹿力は再現できぬぞ……」
「言ったろ。これがエルフの魔技を宿した一矢だ。こんなのはただの牽制。これ以上進めば、文字通り身体を消し飛ばされる。ってなわけで、とりあえずやることは決まったな」
長い溜息を一つこぼして、俺はゆっくりと両手を挙げてみせる。いわゆる降参の合図だ。敵意はないことを示すには最も手っ取り早いし、エルフと確実に対面できる方法でもある。やりたくはなかったが、こうする以外に命の保証がないのだから本当に仕方ない。
やがて周囲に静寂が訪れると、視界の先、辛うじて新緑の葉をつけた木々の隙間から警戒するように現れる一人のエルフ。弓矢を引き絞ったまま、その鏃を俺に向け、警戒心を顕わに近づいてくる、褐色の肌を見せつけるように顕わにした絶世の美女こそが――
「……おう。久しぶりだな、エルフィリア」
「…………レオ……………………貴公、だな――」
翡翠の瞳に懐疑の揺らぎを滲ませながら、久々に再会した知己がさめざめとした声音で続けた。
「――この森をこんな有様にしたのは」
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