4. 元魔王を連れ立って西へ行く

「さて……とりあえずこれからの予定だけど」


 魔王職を自己都合で退職した(ってことでいいんだろうか)エリザベート(年齢不詳)を仲間にした俺は、あらためて行き先を確認する。


「とりあえずエルフの里に向かう」

「……あのいけ好かん長寿の連中か」

「…………はぁ」

「な、なんじゃその反応は!?」

「いや、それはこっちの台詞っていうかさぁ……。ついさっき、絶対服従って約束したよね? それで行き先告げたらその態度はなに? なんか文句ある? それとも頭鶏なんかな? ああいや、別にさ、嫌ならついてこなくても良いんだけどさ? というか、ね? そういうことなら普通にここで絶好って感じだし……気の合わないやつと仲間でいる気ないし、勝手にしたらどう? みたいな」

「ごめんなさいほんとすいません申し訳ありませんでした嘘です冗談ですやだなぁ本気にならないでくださいよ本当は大好きだし尊敬してるし昔はこれでも結構仲良かったりした時代もあったんですだからお願いこんなところで見捨てないでっ!!!」

「流石にさぁ、結構仲いいってのは盛りすぎだと自分でも思わないかな? あんたがエルフを奴隷にするためにこれまでなにやってきたか、忘れたわけじゃないよね? 大量の魔物をエルフの森に送り込んだの、俺もばっちり知ってるし……」

「あ、うう……いや、それは言葉の綾というか……奴隷にしたくなるほど尊すぎて、側におきたかったっていうか……まぁ、実のところは延命の秘薬とも言われていたその生き血を啜りたかっただけなのだがな…………」

「…………………………………………うわぁ、ドン引き。流石の俺もそれは無理だわ。吸血鬼の思考じゃん、それ」

「や、やめろぉ! そんな白い目を向けないでくれぇ!」


 なんとも御しやすくなっちまってまぁ……。

 威厳の欠片もねぇな。


「……ついてくるならじっとしていろよ? 俺もなんだかんだでエルフたちには世話になったし、一時的だったけど一緒に冒険してくれた知己もいるしな」

「約束しよう。まぁ、我の姿をみて威嚇や敵意を剥き出しにしてきた場合は別だがな」

「待て待て。それはあんたのこれまでの行いが悪かったしっぺ返しだろ。俺に迷惑かけてくれるなよ?」

「そればっかりは約束できんが善処はしよう」

「…………あ"?」

「ひっ…………いや、しかし、世の中には不可抗力というものがあろうよ…………」

「……………………」


 ……あれ、もしかしてこれ、よく考えなくてもかなりデバフな感じじゃないか?

 いや……まぁ、なんか憐れみ勝った勢いで仲間にしてあげちゃったけど、もっと色々考えるべきだったかもしれないなこれ……。


 まぁ、なにはともあれこれから向かう目的地は決まっている。エルフの里だ。


 エルフ――厳密には妖精族という呼称なのだが、俺がもといた世界でもある程度統一的な印象そのままの外見だ。寿命はざっと人間の十倍ほどで、弓矢や魔法を得意とする種族。耳が尖っていて、聡明で警戒心が強く、他の種族との交わりもあまりなく、プライドが高い。かのエレベスト山脈よりも高い。雲すら貫き、紺碧の空を掠めるような刺々しさまである。


 俺も初対面の頃は随分と警戒された。なにぶん異世界人だったのでこの世界のことに疎かったこともあるし、エルフに近づくにあたってのしきたりみたいなものを知らずに森で遭難した末に行き着いたのがエルフの里だったってこともある。そしてまぁ、色々と迷惑をかけながらこの世界の真理やら原理やらを学ばせてもらったという経緯もある。此処だけの話、俺の調べでは、プライドが高い故に知能指数が低い相手にはどういうわけか知識をひけらかしたがる性格だ。まぁ、教えを授かる代償に罵詈雑言が未だに脳裏で再生できるほどにはメンタルぼろぼろにされたのだが……。


 ともかくそういうテンプレートな(っつったらいいのか知らんが)アスラステラのエルフたちは心の懐に入り込んでしまえばしめたもので、いざ仲間になってくれときは本当に心強かったのだ。

 あの頃はまだスキル開発も半人前で、魔王エリザベートが送り込んでくる三幻神やら四天王やら五柱獣とか七賢神とか、強そうな頭文字の魔物を倒すのに片っ端からサポートしてくれたし。

 長い旅路で苦楽を共にし、けれど冒険を続ける最中、里に帰らないといけなくなってしまった彼女と泣く泣く別れて早一年。


 魔王も無事にこうして無害になったわけなので、友人に報告にいかなければならないな、というのが俺の嘘偽りない気持ちだった。



 ……ほら、エピローグってそういう感じじゃん? いままでお世話になった人たちに会いに行って旅の成果を報告したりするの。一回やってみたかったんだよね。あっちの世界ではそういう別れを惜しんだりとか同じ釜飯を食った友人とかいなかったし、真面目に彼女には世話になったので。


「……つうかさ、念のため確認するけど、エリザベートって本当はエルフの森に入っちゃいけないんじゃない? お互い何百年も生きてるんだったらそこらの顔見知りより付き合い長いじゃん」

「本来ならばそうであろうな……しかしいまは魔王を辞めた身であるから、多少は融通も利くであろう……こちとらもう害意もないわけだし」

「そんな都合よくいくもんかな?」

「実際に対面してみんと分からんがな……まぁ、最近はそれほど危害を加えるような余裕もなかったしの……」


 確かに、俺が魔王討伐に精を出さなくなったあたりから、魔物たちもまた鳴りを潜めていたかのように静かになっていった。街を襲うこともなければ人を殺めることもなく、食糧確保のために家畜を襲うことはあれど、その程度の被害で済んでいた日々が続いていたのだ。

 それこそ、俺が三やら五やら七といった数字のつく上級の魔物をあらかた屠り終わった頃から……。


「…………あー、そういうことかぁ」

「ん? どうしたのだ急に」

「いや、こっちの話」


 もしかして家臣や配下がごっそり減ったからエルフも襲われなくなって、魔王エリザベートの力も薄まって、ついでも魔物も静かになってたのか……。ああ、なるほど。

 あの頃はなんとか死ぬまいと踏ん張ってるだけだった記憶だけど、なんだかんだで俺、ちゃんと勇者みたいに誰かの危機に立ち向かっていたんだなぁ……。


 そんなことをしみじみ思ってしまうあたり、本当に自覚なかったのは反省しないといけないのだろう。

 無自覚勇者なんて、一番質が悪い。俺が嫌いとする勇者像そのものだ。



「…………まぁ、あれこれは気にしても仕方ないか。とにかくエルフの森へ行くとしよう」

「うむ、そうじゃな」


 そうして俺たちは魔王城跡地から北西に位置するエルフの森へ向けて出発するのであった……。




「……ちなみに移動魔法でさくっとならんのか?」

「……知らないのか? 俺は移動魔法が使えないんだぞ??」

「偉ぶることでもなかろう…………というか、お主……得意のスキル開発でどうとでもなるんではないのか」

「生憎、そういう方面の便利さは皆無なんだよなぁ……」

「不器用なスキルじゃな」

「…………もっぺんなんか壊してやろうか?」

「ごめんなさい謝ります土下座でもなんでもしますからどうかこれ以上我からなにかを奪わんでくれっーーー!!!」


 だだっ広い草原に元魔王の懇願が谺した。

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