3. 魔王に命乞いされる

 翌日。


「久しぶりに贅沢なベッドで寝られて気持ちよかったわ」

「もう、いかれてしまうのですね……」


 伏し目がちにそう呟くアリスの声はもの悲しげだ。


「……まぁ、魔王をどうにかしたところで旅が終わるわけじゃないし、なにより俺は俺でこれからどうやっていきるか考えないといけないからな」


 トラックに跳ねられて現世で死んでしまっている(だろう)以上、アスラステラで生き抜いていかなければならない。幸いにしてスキルは多方面で使えるようだし、ヒモにならないと生活できないわけでもないので先行きはそれほど昏くない。

 むしろ現世に戻ったところで青春真っ盛りに失った二年ものブランクを取り戻すことのほうが辛いまである。想像するだけで吐きそう。大学の勉強についていける自信もないし卒業したら老人になるまで会社の奴隷に……慣れる可能性だって100%ってわけじゃない。就職できるかも怪しい不景気なんだし。


 とりあえずこのままエピローグを楽しんで、この世界に骨を埋めるのも悪くないかな、と思えるまでにはなってきている。


「なに、急にどこかに消えるわけじゃねぇしさ、気が向いたらいつでも戻ってこられるんだから心配はいらねぇよ。立ち寄ったときには挨拶くらいするから」

「レオ様……またこうして会える日を楽しみにしております……どうか、どうかご無事で」

「おうっ」


 こうして俺はサレイン城を後にした。



「さて……」


 高貴な城も遙か遠くに望めるまで距離が開けてきたところで、俺は緊張の糸を解く。

 そして、一直線に目的地へ歩みを進めながら考えることにした。

 議題は勿論、アリスの告白のことである。


 正直なことを言えば、俺は年下が大の苦手だ。

 理由は、現世に置いてきた妹との軋轢。

 これが原因で年下の異性を根本的に信用していない。


 名字は桐生という格好いい感じなのに、親が血迷って『獅子王レオ』なんてつけやがるから妹には馬鹿みたいになじられ三昧だった。なーにが獅子王だよ、痛々しすぎるわ。心殺してへらへらしてなきゃとっくに鬱ってたところだし、大学でもあの子ちょっとやばーい、みたいな視線が痛くて痒くて耐えるのも苦労したのだ。こんな名前、聖人君子でもなけりゃあモテるわけねぇだろ。


 その点アスラステラは凄い。レオなんて名前はかなりポピュラーだし決まって戦士や格闘家に多いしでモテる。なんでか知らんけど。魅了バフでもかかってるんじゃないかってくらいにモテまくる。マジで素晴らしきアスラステラ。だって一国の城主に惚れられるんだから。


 ……俺も薄々勘づいてはいたのだ。アリスに好かれていることは。なんなら一方的にだが裸を見せつけているし、それでもああやって健気に接してくれている時点で好意がないわけないんだよな。勇者としてとりあえず世界は救ったし。

 俺だって別にアリス本人のことを嫌いなわけじゃない。


 だけど、やっぱり、俺は彼女の期待に答えてやれない――そう、真正面からはっきり伝えるのはどうしても躊躇われた。決してたぶらかしているわけじゃない。ただ、考えたって立場が違いすぎる。はたまた一国の主で、はたまた異世界から召喚されてきた一般人だ。これまでの女性経験に負の側面が多すぎて、年下の異性から好意を寄せられても浮かれることも調子づくこともできやしない。ましてアリスの地位とか名誉とか将来なんかを考えれば考えるほど、俺なんかじゃ不釣り合いだと思い知らされる。彼女に好かれて悪い気だってしないけど、状況を考えれば、気が引けるってもんだ。

  

 そして。

 はっきり振って関係が断絶してしまうのが怖い。臆病なのだ、俺は。


 だから昨日、彼女が返事を急がないとフォローしてくれたのは助かった。あそこで決断を迫られていたら俺はきっと知恵熱でぶっ倒れていたに違いない。


「どうするかなぁ…………」


 アリスとの今後をぼんやりと考えているうちに、目的地が見えてきた。

 壮大な草原のなか、蜃気楼のように積み上がった、頽れた瓦礫の山々。

 その瓦礫の前で茫然自失とばかりに項垂れている、一人の女。


 魔王エリザベートだ。



「ううう……なんということだ……我の畏敬が……威光が…………」

「…………」

「勇者よ……貴様……どうして我を殺さずして城を破壊したのだっ! こんな有様になるならば死んだ方がマシだった! 数百年の生きた証そのものだったというのに! どうしてこんなむごい真似ができるっ!? 鬼かっ!? 悪魔かっ!? 閻魔大王かっ!?」

「魔王に言われるほどじゃねぇよ……」


 なんかもう、見るに堪えないほど泣き腫らしていたっぽい。


「というかさ、マジで数百年も生きてんの? その外見で?」

「証拠ならいくらでもあるぞ。瓦礫になってしまった城の地下には我の偉業を記した数々の伝記も保管されている。人間どもには長らく恐れられたものだった……というのに……ああも崩れてしまっては掘り返すことすら一苦労だ…………」


 俺の貧弱なボキャブラリィではその魅力を的確に言い表すのが難しいほど美人でグラマラスなのに庇護欲をちょっとそそる感じのデビルな魔王エリザベート。頭に生える牛角とか尻尾さえなければ成人したての人間っぽさもあり、こうして冷静に見てみるとと案外威光もない。

 普段の態度がでかかったので年相応の迫力があったんだろうが、今はもう火事で家が全焼して途方に暮れている就職二年目のOLみたいな有様だ。なんかもう本当に今夜の晩飯くらいは驕ってやるから元気だせよって言いたくなる。まぁ、俺そんな偉そうなこと言える立場じゃねぇし金もないんだけど。


「やだ、もう死にたい……」

「城がぶっ壊れたくらいで大げさな」

「壊した張本人がそれを言うのか!!!」

「キレられる筋合いはあるかもしんねぇけど俺勇者だし。容赦なんかするわけねぇし。というか、俺にふっかけてきたときなんか『ロール的に!』とか叫んでたじゃねぇか。だからご要望通りのロールプレイしてやった結果だぞ、これは」

「お主がやるべきことは我を討ち滅ぼすことであって城を壊すことではなかろうが!!!」

「そんなキレかたある!? え、というか、なに、死んで楽になりかたった的な? 希死念慮ってやつか!?」

「そ、そういうことでは……し、死ぬのだけは…………」

「別にここで倒すことだってできるぞ? なんなら俺のスキルで痛みを感じさせずに一瞬で昇天させてやれるが」

「い、嫌じゃ……それだけは…………」

「はぁ……残念だなぁ。魔王ともあろう奴が、なんともみっともない姿を晒すとは……」

「ぐっ……」


 魔王、案外おちょくれるな……。


「命だけは見逃してやってもいいぞ?」

「ほ、本当か……? た、頼む! どうか今生の願いだ! 我はこの生をまっとうしたい! 魔王業も辞めるから!」


 魔王業って辞められるのか? え? そういうもんなの?


「それじゃあ魔王は今日で卒業して、まっとうな人生を歩めよ。あ、それと見逃すかわりに持ってるあり金の半分くれる? お情けで残りの半分はこれからの人生で必要な軍資金になるだろうし、それは勘弁してやるよ。ざっと数億ガルドはあるだろ? 魔王なんだし」

「……それ、は」

「うん?」

「……そ、そうじゃ! 金の代わりに、我をお主の旅に同行させてもらえぬだろうか!?」

「う、うん?」


 おっと、どうしたこの展開は。


「旅もなにも、俺の目的はエリザベートを倒してこの世界に平和をもたらすことだったしな……で、こんな状況だし、俺は俺でこれから自分探しの旅ってやつをするもんで、同行っつったってなぁ……」

「わ、我も……これから新たな自分の生き方を模索しなければならぬのだ……どうか、一緒に探してくれないか!!」


 うわー……これ、絶対面倒なやつじゃん……。


「お願いだ! 後生の頼みだ! いくらでもこき使ってくれて構わないからっ! 魔王をやめて生きていくだなんて、そんな……どうして他人と接していけばいいのか分からぬ! 殺さなかった責任を取れ! 拒否はさせぬぞっ!!」


 なんかもう後半は命令というか脅しになってやがる……。

 確かにこんな態度じゃあこの世界で真っ当に生きていくのは難しいのかもな……。


「……わかったよ。とりあえず俺の言うことは絶対服従だからな」

「……っ! 恩に着るぞ!」


 こういうわけで、





 まおうエリザベートが仲間になった!


 ……いいのだろうか、これで。

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