2. 女王に惚れられる

「流石でございます、レオ様!」

「おう、まぁ、俺にかかればざっとこんなもんよ」


 魔王エリザベートの根城をぶっ壊して王女アリスのもと帰ってきた俺はさっくり報告を済ませていた。


「私もこの城からレオ様の活躍ぶりを見ておりました。魔王城が崩れていく有様を眺めながら、ようやくこの長きに渡る戦争に終止符を打つことができたと思うと、感無量でございますっ!」


 実は魔王城、この小国サレインの東を流れる大河を渡った先に建っていた。なので、屋上庭園や見張り塔から魔王城がよく見えるのだ。いまはもう瓦礫の積み上がったマチュピチュ遺跡みたいになっちゃってるけど。壊す前はサレインの三倍はゆうに大きな神殿じみたものだった。


「魔王城、近かったもんな。ちょっと時間かかっちゃったけど、これで城下町のみんなも一安心……かな」

「ええ、ええっ! 民衆も大変に喜んでおりました!」


 始まりの町と魔王城の配置が昔懐かしいゲームみたいだなぁと思いながら二年前は旅だったのも今は懐かしい思い出。


 迂回しても一ヶ月かからない距離にあるのだが、この世界に召喚された当時は魔王を倒してしまったらこの世界で俺の生きる意味がなくなってしまうと思っていたので、あれやこれやと文句を言いながら魔王討伐を先延ばしにしていたというわけだ。


 まぁしかし、これでとりあえず目的も果たしたので、俺の冒険の主目的は終わったようなもの。

 つまりこれはラスボスを倒したあとのエピローグだ。




「レオ様……今宵はどうされますか?」

「そうだなぁ……」


 特に考えていなかった。

 このまま現世に戻れるとも限らないし、かといってこのまま山篭もりの生活に戻ってしまうのは味がない。久しぶりに町まで出てきたし、既に祝賀ムードだから一緒に呑んで騒いで民衆に冒険譚でも聞かせてやるのがよいかもしれない。吟遊詩人も語る詩歌がねぇって嘆いてたし、そろそろ食い扶持になるもん提供してやらねぇとな……。


「おし、今日は祭りだな! とりあえず城下町で騒ぐとしようか!」

「ええ、ええっ、是非にそうしてくださいな! 今日ばかりは城も開放します故、お疲れになりましたら城の寝室をご自由にお使いください」

「お、気前がいいじゃねぇか。よかったよかった、金がないから宿屋にも泊まれないんでどうしようか悩んでたんだよな。で、姫君はどうするんだ?」

「浮かれたいところではありますが……」


 そう言って肩を落とすアリス。


「城の主としてやるべきことがあります故、夜まで執務室に篭もっております」

「なんだなんだそいつは勿体ねぇな……。そんじゃ、俺が戻ってきたら一杯やろうじゃねぇか。日が変わる頃に戻ってくるから、やんなきゃいけねぇことは片付けておきな」

「…………っ!」

 

 一瞬前まで気落ちしていたのが嘘のように、ぱぁっと明るい笑顔を見せるアリス。

 そうそう、可愛い女子は年相応に可愛くはにかむべきだ。


「食いたいもんがあれば屋台で適当に見繕ってくるけど、どうだ?」

「いや、レオ様をそんな小間使いのように扱うわけには……」

「別にこれくらい気にしねぇって。日頃から頑張ってる分の労いと、ちょっとばかりやんなきゃいけないことを先延ばしにしてた詫びってやつだ」


 勇者を前にして流石に代金せびる輩はいねぇだろう、と信じたい。

 まぁ、宿代と違って飯代くらいは懐に忍ばせてある。宵越しの金みたいな額ではあるが。


「遠慮せず、よいのでしょうか」

「おう、どーんとこい」

「では……サレインウルフのもも肉のたたきを、お願いします」

「ほぉ……いい趣味してるじゃねぇか」



 この近辺に棲息する狼――サレインウルフは煮ても焼いても旨い肉ってことで有名だ。

 そこそこ強いこともあって狩りの難度は高く、市場にはあまり出回らない。だが、流石に今日くらいは狩人も身体張って何体か狩ってるだろうし、心配ないはずだ。


「じゃあ、そいつに見合う酒も……って、まだ未成年だったか」


 この世界じゃあ酒は十八になってから。俺はイケるが、王女は弱冠十六歳。現世にいる小生意気な妹と同い年だ。未成年を付き合わせるわけにはいかない。


「ちょっとくらいだったら……大丈夫ですよ?」

「嗜むのも駄目だっての。アリスが法を犯すだなんて、皆に示しがつかないだろ?」

「そう、ですが……」

「別に酒なんかなくても楽しめるだろ?」

「むぅ……」

「そう不機嫌になるなって。それじゃあ城下町に行ってくるわ」

「お土産、期待してますからね!」

「へいへい」




 アリスに一時の別れを告げて城下町へ。


 夕暮れの生える小川が町の東西へ走るサレインは、小国ながらも豊かに発展した都市だ。農業も工業もあり、西に足を伸ばせば鉱山もあるので、貿易でうまいことやりくりしている。


 そんな街中にあるお店はどこも満員御礼とばかりに騒ぎまくっている。魔王が倒されたとなれば盛り上がるのも当然で、俺は広く顔が売れているためにさっそくあちこちで顔見知りに捕まっては冒険のことや魔王とのバトルを根掘り葉掘り聞かれた。


 実際そんなに苦労したことはないのだが、北の最果てに存在する氷河山脈でのプロトマンモスとの死闘や、西の果てに存在していた砂漠のピラミッドでの冒険譚、東にある黄金の国で金貨を掘り出して一攫千金したことや、南にある群島の海底にある火山に潜んでいた魔王の眷属との邂逅などなど、そりゃあ面白おかしく聞かせてやった。吟遊詩人は感謝感激とばかりに泣いて喜んでくれたし、聴衆も大いに盛り上がってくれた。おかげでアリスに頼まれていたサレインウルフの料理も手に入り、呑んで喰って夜を明かし、興奮冷めやらぬところでクールダウンついでに城へと戻る。


「仕事おつかれ」

「あ、レオ様……」


 薄暗い広間の中央にある謁見用の座椅子に腰掛けていたアリスは、湯気の立ち上る紅茶を嗜んでいた。


「ほら、無事にお土産ゲットしてきたぞ」

「わぁぁ! ありがとうございます! しばらく口にしていなかったので、本当に嬉しい!」


 はにかむアリスはさっそくにサレインウルフのたたきにありつく。頬が蕩ける柔らかさを堪能し、なんとも幸せそうに口元を緩めた。


「はぁ……おいしいですね……やはり絶品です…………」


 美味しそうに肉を頬張る彼女を眺めているだけでもお腹いっぱいになりそうだ。


「この世界を救ってくれるどころか、疲れているのにこんなに気を遣ってくださって、本当にどう感謝すればよいのか……」

「別にいいって。アリスが喜んでくれるならそれで充分だよ」

「レオ様……」


 頬を赤らめるアリス。

 濡れそぼった瞳を湛え、どこか恍惚とした表情で俺をみつめてくる。


「どうした? アリス」

「レオ様……私、レオ様のことを……お慕いしております…………」

「…………そいつは、なにかの冗談か?」

「まさか。レオ様をからかうだなんて、そんな気持ちはありません」


 そう訴えるアリスの瞳は嘘偽りなく、真剣そのものだ。

 まさか、こんな展開が待っていようとは……。

 唐突な状況に、俺は息を呑む。


「……答えは、いまでなくとも結構です。けれど、この私の気持ちだけは、知っておいてもらいたかった」

「…………」

「ご、ごめんなさい……、急にこんな告白をされても、ご迷惑、ですよね……」

「あ、いや、そんなことはない。ただ、ちょっと、驚いてるだけだ。まさか姫君から告白を受けるだなんて、想像していなかったからな……」

「困らせるつもりはなかったのです……、ああ、なんだか恥ずかしくなってきてしまいました……、私、ここで失礼いたしますね……」


 そそくさと姿を消してしまうアリス。

 取り残された俺は、呆然としながらも、残された土産を平らげた。

 どういうわけか、まったく味がしなかった。

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