東京独立戦争(だれも書かなかった日本)
上松 煌(うえまつ あきら)
東京独立戦争(だれも書かなかった日本)
1
「あっははぁ、いる、いる」
警視庁特別機動隊所属のUH‐1N (ツインヒューイ)からはるかに見下ろして、東京都都知事、川村不比等(かわむらふひと))が爆笑する。
「九場 (くば) 島がまるでアリ塚だ。・・・もうちょっと下りてくれ。高みの見物は画角が大事だ」」
隣の警視総監が、知事の要望を伝える。
「大丈夫だろ?ちょっと下りて知事にサービスしてくれ」
真下にいるのは敵だ。
指揮官が慎重に目視してから承諾し、機が垂直に下降する。
高度なアビオニクス(運航電子機器)を搭載し、サーモグラフィ形式のFLIEを装備するも、肉眼に勝るものはない。
コトの発端は衛星画像だった。
なにやらあやしげな船影が日本の領海を越え、ワラワラとやってくる。
拡大してみると国籍不明の船団で、漁船に偽装したつもりらしい強襲揚陸艦が見えた。
とたんに監視員の顔がかがやく。
「来ました。来ました。数から見て、今回は本気っぽいですよ」
九場島は尖閣諸島のひとつで日本の領土だが、1971年に中共(中国共産党)政府が世界に向けて尖閣諸島領有権を主張した。
大阪万博の次の年だ。
いきなりのそんなゴタクを、はいはい聞く国家はない。
また、同盟国アメリカも、諸島のうち「九場・大正」の2島を射撃場として日本国より借用している経緯もある。
日本の主権は明白だ。
当然、日本国は中共の主張を蹴った。
ところが、アメリカは尖閣諸島については態度を保留した。
理不尽な主張に、飼い主の協力を信じたポチに与えられた言葉は「ハウス!」だったのだ。、
当時の世論は紛糾した。
「ちくしょう、アメリカは日本の味方ではないんだな。本性見たり!」
そのあたりから、アメリカ大好き、アメリカ礼賛の国民感情にもかげりが見えはじめ、
「ロシアの占領じゃなくて、アメリカでよかったんだ。ロシアだったら日本人は絶滅させられていた」
という戦争体験者の切実な託宣にも疑問符がつくようになっていった。
だが、実際にロシアの占領だったなら、ただの絶滅だけでは済まないから恐ろしい。過去の大戦でロシアが日本のみならず、ヨーロッパ各国に何をしたかは、永遠に忘れられることはないだろう。
要するに、いわくつきの島なのだ。
川村の乗るUH‐1Nのはるか頭上には、早期警戒機EV‐22(オスプレイ)がひかえている。ともに後方待機のヘリ空母「曉龍(ぎょうりゅう)」から飛び立ったものだ。「暁龍」のまわりには打撃群を形成する各種艦船が艦隊を組んでいた。
EV‐22の背中には米軍の「ホークアイ」を思わせるレドームが乗っかっている。これが刻々と収拾するデータや画像は内閣府にも同時中継され、首相の矢部新蔵(やべしんぞう)の目に届いているのだ。
九場島に群がるアリの大群は、UH‐1Nや EV‐22の出現を目視しているのだが、いっこうに頓着しない。
甘く見ているのか、手の施しようがないのか?
その両方だろう。
「知事?」
恰幅のいい警視総監の榎戸昌典(えのきどまさのり)が尋ねる。
「そろそろ、やりますか?旗でもおっ立てられちゃ、業腹ですよ」
「そうだね。わたしとしては旗ぐらい立てさせてやりたいが…。でも、あんまり時間がかかると燃費がかさんで都民にもうしわけないな。なにしろ、血税で飛んでるんだから」
言いながら、軽くうなづく。
たちまち指令が飛んだ。
「認可。よし」
その声の後、UH‐1Nの高度が上がったものの、数秒は何事も起きなかった。
いきなりシュギギョォォオオオっというような風切り音の入り混じった轟音が聞こえた。キラッと反射する何かが、瞬間的に視界をかすめて降下する。
「曉龍」から発進した戦闘機F‐35B(ステルス)だった。
「うはははっ」コクピット方向から失笑が聞こえ、操縦士が声をかけてきた。「都知事、ベルトを締めなおしてください。機を傾けますよ。戦闘機の動向ががよく見えます」
「ありがたい!」
まるでガンシップだった。
高く俯瞰するUH‐1N(ツインヒューイ)は右傾しながら、九場島上空を悠然と一周したのだ。
下は大混乱になっていた。
F‐35Bの出現は、アリどもにかなりの恐怖を与えていた。
1飛行小隊の4機のすべてに、戦車でも叩ける25ミリ4砲身のガトリング・ガンを装備している。
腹には速度マッハ5を超え、飛距離200キロ以上、アクティブ・パッシブ誘導で飛来する最新型ステルスミサイルを隠し持っているのだ。しかもこの日本開発の長距離超音速対艦ミサイル XASM-3は、現状では回避不可という恐るべきシロモノだ。
船着場および橋頭堡を作ろうとしていた連中が、とにかく遮蔽物を探そうと血眼になって争っている。
低空を2機づつ、縦列編隊のまま縦横無尽に飛行し、排気や空気抵抗で砂塵を巻き上げ、ガレキを崩し、石や岩を人間を叩きつける。地形をものともしない見事な飛翔に、武器を取って反撃しようなどという健気なヤツは皆無だ。
指揮命令系統も完全に忘れ去られ、もう、軍隊の形態をなしていなかった。
「アイヤー、あれ、なにアル?なにアル?攻撃してこないアルかぁ??隠れるアルよろし」の叫びがこっちまで聞こえてきそうな惨状だった。
川村不比等は哀れになった。
「これで発砲したとしたら、大東亜戦争時の米軍の、七面鳥狩りもかくやとなるんだろうなぁ」
後ろに立っていた、まだ若い指揮官が憤然と反論した。
「いえ、七面鳥狩りはもっとひどい。米軍は武器を持たない無辜の民衆に対してやったのです。国際法違反、人道違反です」
もと軍事学者の川村にとって、それは百も承知のことだった。意地の悪い疑問がわいて、彼は質問をたたきつけた。
「そうだ。人道もいいさ。だが、君の論調では逆の立場になった時、君は指揮官として攻撃を指示できまい?」
相手は仰天したポーズをした。
「なにをおっしゃる?どんでもない。平和主義者が、戦争反対者が、手をこまねいているとでも?戦争を憎めばこそ、自分は志願したのです。戦争を嫌い憎む者は絶対に死の商人にはなりえない。全力で、万難を排して、戦争の早期終結に尽力するからです。そのための攻撃なら、鬼にも蛇(じゃ)にもなります」
仰天のポーズをとったのは、今度は川村だった。
「東京都知事として、いや、警視庁特別機動隊の全権者として、わたしは君を高く評価する。君こそ、わたしの希望だ。君の考えを周知徹底するんだ。ありがたい!、警視庁特別別機動隊は世界最強の軍隊になる」
彼の感激に対して、指揮官は冷静なものだった。
「お言葉ありがとうございます。ただ、自分の申し上げたような話は部隊では日常茶飯事です。お褒めくださるお気持ちがあるなら、警視庁特別機動隊全員が対称となるべきです」
川村は困惑したように頭に手をやった。
が、その実、うれしそうだった。
「あはっ、君の反撃はキツイな。いいとも。お礼を出すよ。そうだなぁ、ポケット・マネーと知事報酬を1年半くらい前借りすりゃいいな。知事選出馬で物入りでさ。都知事はあんがい貧乏なんだ」
「そこまでなさらなくても」
と、榎戸が笑って口を出した。
「わたしも応援しますよ。だから、褒美の熨斗紙はわたしと連名でね。ったく、警視庁特別機動隊は今のところ、防衛官の移官だらけでしょ。警視総監直属部隊のくせにわたしの名前を知らんヤツばかりなんですよ」
話の間にも、眼下の中共軍は算を乱して逃げていく。
たった4機の戦闘機F‐35Bの低空飛行でこの有様だ。日本国がいかに甘ちゃんに見られていたかが明白で、こっちのほうが恥かしくなる。
装備は75発ドラムマガジンの03式自動歩槍・ベルト給弾型67式汎用機銃・69式火箭砲(ロケットランチャー))などの小火器で、人数と武器数だけは一人前にそろっているようだった。
それにしても他国の領土を占領する装備にしてはオソマツすぎる。
第一、 真昼間だ。
せめて、夜陰に乗じてほしかった。
ダメ押しで姿を現したヘリ空母「曉龍」の勇姿は、両軍の戦力の格差を如実に示していた。
甲板に美々しく並んだ最新鋭の艦上機。
その頭上に誇らかにはためく東京都のマーク。
警視庁特別機動隊の初陣は、まさに鎧袖一触を地で行った。
この映像を世界に拡散すれば、アヘン戦争以来の眠れる豚が周知の事実になる。
中共の歯噛みする顔が目に浮かんで頬がゆるむが、最高指揮官の川村には内閣総理大臣にかわって、国際社会にむけての答弁が待っている。
早くも草案の推敲をはじめる都知事を乗せたUH‐1Nは、超然と「曉龍(ぎょうりゅう)」甲板上に着艦した。
2
川村は都庁にもどる前に、乗員の閲兵と「曉龍)」の積載装備を確認すべく、わざわざ時間をとった。
総員300名は従来の防衛隊仕様よりかなり少ない。
それだけハイテク化されているということだが、彼はそれをさらに削減する気でいる。
艦載機の内訳は、
F‐35B ×12 戦闘機(ステルス)
MV‐22 ×8 通常仕様(オスプレイ)
AV‐22 ×4 ガンシップ(オスプレイ)
EV‐22 ×2 早期警戒機(オスプレイ)
AH‐1W ,×4 (スーパーコブラ)
UH‐1N ×4 (ツインヒューイ)
SH‐60F ×4 (オーシャンホーク)
計38機となる。
MV‐22には給油ポッドをつけて空中給油に、また、AV‐22には25口径の4砲身ガトリング砲を積載して対戦車および地上攻撃用に、UH‐1Nは捜索・救難・連絡用に、SH‐60Fは対潜哨戒・対潜攻撃用にと、それぞれ幅を持たせてあるのだ。
「暁龍(ぎょうりゅう)」はヘリ空母としては、防衛隊の出雲型よりさらに大型になる。
近接防御火器CIWS(シウス))も設計時にはすでにおりこみ済みで、NK15ファランクスとゴールキーパー、小型多連装ミサイルRAMが搭載されている。
矢でもテッポでも持ってこい、という気概が感じられてうれしかった。
再びUH‐1N上の人となった都知事に、想定内のすばらしい報告が待っていた。
コトの顛末をかいつまんでマスゴミに流してやったのだが、画像を見た彼らの反応はゴキブリの巣をひっくり返したよりひどかった。
出るわ、出るわ、政府と都知事の川村不比等に対する批判・誤解・曲解・悪口に、世論誘導の解説・コメント・レポート。
野党も、とくにあの二重国籍の袁峰(えんほう)が耳まで口にしてわめきたてる。
「総理も都知事も警視総監も日本国を戦争にみちびくおつもりですか!さぁ、どーする、どーする?」
どーすると言われても、やったことはやったことだ。。覆水は盆に帰らないのだ。
警視庁特別機動隊構想には、どっかから鼻薬をもらったか、大した反対もなかったのに、ちょっと袖を払っただけでこのありさまだ。
「野党の方々は心得違いをなさっている」
川村は袁峰を名指しで言った。
「責任はわたくし、東京都知事が取ります。しかしながら、今こそ、国益のために与野党団結の時です。そのために政党があり、議会があるのです。主義主張で日本国の利益を忘れるならば、あなたには日本人の自覚がおありなのかと問いたい!」
袁峰(えんほう)は言葉につまった。
後になってから、いかにも悔しげなペラペラがはじまったが、取り合うほどのものではなかった。
世論も当然、両論にわかれた。
「都も警視庁もよけいなことをする。戦争になったらコワイぞ」
という懸念や、
「今までそうだったのだから、今回も放っておけばよかった」
という意見や、
「やっぱり、警視庁特別機動隊なんか作らなければよかったんだ」
という反対論。
これが一番多かったのだが、
「よくやった。これでこそ独立国日本だ」
という賛成派、
「このまま中共に攻め入れ」
という極論まであった。
時がたつにつれ、マスゴミの意図に反して賛成派はさらに増えていった。
やられっぱなしの日本外交に不満を募らせていた国民は多かったのだ。
「youtube」などでの中共のお体裁軍備を閲覧して、内心「今のうちに一泡」と思っていた者すら少なくなかった。
長年の溜飲を多少なりとも下げた彼らは、せっせと憲法を変えたがっている首相の矢部新蔵に疑問をいだいた。
「憲法は遵守したままでいい。日本の国境が都有地になった今、国境線の小ぜりあいは都が処理すればいいんだ」
これは実にわかりやすかった。
やがて「東京都都知事、川村不比等を総理に」という意見まで飛び出した。
これは彼にとって危険なことだった。
川村はSNSをつうじてこれらを否定し、とくに2チャンネルでは工作員を出して慎重に火消しに努めた。
全世界に向けては、日本の弁明のほうが早かった。
中共軍は「領土問題では、日本は死んでも手をださない」という従来どおりの甘々の予測でちょっかいをかけ、今度ばかりは手痛い反撃をくらったのだ。
いや、反撃らしい反撃はなかったのに、あれほどの醜態をさらしたのだ。その証拠映像を世界中にバラまかれて、見事に面子をつぶされた。
いや、彼らの言うメンツなど、とっくに消え去っているのだが。
東京都知事、川村不比等の声明冒頭の、
「中共は東京都ならびに、日本国の体面をつぶし、長年の信頼を裏切った」。
は、中共を痛烈に皮肉っている。中共にメンツがあるなら、当然、日本にもタイメンがある。
呼びかけは世界中というより欧州各国を意識していた。
「わたしはヨーロッパの方々ならば賛同なさると確信する。なぜなら領土問題は、領土を接する双方の信頼と良識によって未来に先送りされているからだ。欧州しかり、日本もしかりなのだ」
これを聞いて中立を提唱しつづけている古き小国家や北欧の各国が、ちらほら賛同の意を示しはじめた。
彼らの現状は、まさに川村の言うとおりなのだ。
国家間の信頼と良識で、かろうじて現状を保っている。団結し、同じ価値観を共有することによって、無駄な紛争や軋轢を回避してきた。
ユーロなどの団結の英知が崩れはじめた今、ヨーロッパのどこが中共になってもおかしくはない。
我が身に引き換えたとき、彼らは中共を非難せざるを得なかった。
「九場(くば)島は東京都の管理地である。あなたがたが州兵、あるいは国境警備兵、武装警察を持つように、東京都もまた警視庁特別機動隊を擁する。映像でご覧のとおり、まだまだ微弱であり、今後の補充・拡張整備を待つものである」
これには死の商人のフランスやイギリスが食指を動かしてきた。
中共人民の大量消費も魅力だが、目の前のエサには食いついておいたほうがいいに決まっている。
彼らは相次いで声明を発表して、中共を非難した。
3
今回出動した艦はヘリ空母「曉龍(ぎょうりゅう)」だけではない。
非特化護衛艦(駆逐艦)・補給艦各2隻、・イージス護衛艦・対潜戦闘護衛艦・潜水艦各1隻がヘリ空母打撃群を組んでいる。通常の運用を確保するために、同じものがもう一組用意されているが、なけなし二組であることには間違いがない。
世界に向けて発信したとおり、これを徐々に拡充していくのだ。
日本国の声明に先を越されたからだろうか?中共はダンマリを決めこんでいた。
それでも腹に据えかねたらしく、六月の初めに一つの手を打ってきた。東シナ海で行う軍事訓練を、西太平洋まで拡張すると言い出したのだ。
「遠海域訓練」と銘打っている。
これでは中共訓練空母「安寧(あんねい)」を中心とする一団の艦隊が、沖縄本島と宮古島の間を通過することになる。
嗤ってしまうほどの露骨なイヤがらせだった。
目ざといアメリカ軍事衛星からその報を受けた東京都は、さっそく早期警戒機EV‐22(オスプレイ)を出し、3千メートル上空から鳥瞰した。また、海中では警視庁特別機動隊のヘリ空母「暁龍(ぎょうりゅう)」・「盤龍(ばんりゅう)」付き潜水艦2隻が追尾し、まもなくシミュレーション上でこれを撃沈している。
日本ですらとっくに忘れ去った「重厚長大」策を未だに採り続ける中共は、巨大エンジンを作成できない欠陥を持つ。
結果、訓練空母「安寧」の足は遅く、護衛する潜水艦はディーゼルエンジン仕様だ。
中共の潜水艦は「鐘やドラを鳴らしながらやってくる」と揶揄されるのも、あながちウソではないのだ。
せっかくの機会だ。
中共艦隊の防衛力を打診してみるのもいい。
この国も近代戦を想定して海空戦力の拡充につとめ、戦略的野心を隠さないからだ。
問題の訓練空母「安寧(あんねい)」には、通常ありえない奇妙な経緯があった。
前身が旧ソ連製空母「ワリャーグ」なのは、まだ許せる。なぜかウクライナで製造中止になった艦であってもだ。
だが、中共政府は鉄くずとしてこれを購入し、あろうことか再生し、最新鋭空母として世に送り出したのだ。
この変則はいったい何を意味するのか?
東京都は再び戦闘機F‐35B1飛行小隊を出し、わざわざ「安寧」上を低空飛行させた。暗夜ではない。
視認性のいい真昼間の挑発行動だ。
当然、キャタピラー(射出機)のないスキージャンプ甲板から、艦載機がスクランブルするはずだった。まわりのチャイニーズ・イージスや護衛艦からも、何らかの手段があってしかるべきだった。
電子的妨害はなにも起きなかった。
作戦的に爪を隠した鷹なのか?
拍子抜けの小隊は2度、3度とくりかえした。
3度目の時、艦上戦闘機J‐15が2機、もうしわけ程度に飛び立った。中共でも早期警戒ヘリと連動して運用するが、このときはヘリすら飛んでいない。
都側が仰天したのは、その着艦時だった。
機は装備を満載していたのだが、どう見ても沈み込みが少ない。通常、ありえない軽さで「安寧(あんねい)」に舞い降りる姿は、明確にある事実を示していた。
重装備はハリボテだったのだ。
これでは22あるという機が、装備装着時には離艦できないことを意味する。戦闘機がカラ身で飛んで、いったいどうしようというのだ?
川村はこの映像をアメリカと共有しただけで、世界には流さなかった。わずかに台湾にはポイント部を送ったが、防衛隊にすらほっかぶりしたのだ。
これは時が来れば、中共を敵国とすることすら辞さない意思を思わせる行動だった。
「緊急連絡、緊急連絡。日本空航ボーイング787‐9・425便東京行きはただいまハイジャックされたもよう」
この一報に、だれもが耳を疑った。
6月の心地よい梅雨晴れの日だった。
便はインドネシアのスカルノ・ハッタ国際空港と羽田東京国際空港を7時間30分で結ぶ直行便だ。
乗員乗客290余名を乗せたまま、八丈島上空で何者かに乗っ取られ、そのまま羽田を目ざしている。
到着までは55分ほどで、ためらっている暇はない。
羽田空港は即時閉鎖の厳戒態勢に入り、着陸便は次々と最寄の空港に回避していった。
空港格納庫にテロ対策本部が置かれ、都知事を中心に警視総監・日銀高官・外務省・特殊急襲部隊(SAT)幹部が集結した。
防衛隊方面隊内にも対テロ組織はあるが、空港は「重要防護施設」(原子力発電所・石油コンビナート・政経中枢地区等)には該当しないため除外されている。
外務省幹部が今回のハイジャックは、
「イスラム過激派組織であり、すでにビット・コインでの1兆円の身代金支払いと、イスラム国の経由地到達に充分な給油を要求しています」
と報告した。
ありそうなことだ。
近頃、イスラム過激派の凋落は著しいものがある。人員・人心の離反に加えて、資金の枯渇も焦眉の急だ。
スカルノ・ハッタ国際空港の警備は決して手薄ではないが、整備士や乗務員を巻き込めば充分可能だ。おまけに乗客のほとんどを占める日本人は従順でおとなしい。
人質をとられたら最後、身代金をいそいそと差し出す日本政府の弱腰では、狙われないほうがどうかしている。
現に2015年1月、イスラム国は「悪夢が始まる。日本は撲滅の対象だ」とした声明を発表しているのだ。
ついにこの日が来たと思えば、なんらあわてるに値しない。それでも課題はあった。ビット・コインは流通を含めても2兆円がせいぜいだ。
それをおいそれと集められるのか?
ビット・コインとは仮想通貨のことで、2008年に誕生した。仕掛け人は外資系財閥企業だが、この先のセキュリティ強化にともない金融企業の続々参加が期待される。
日本でも2017年に改正資金決済法が施行された新しい「通貨」なのだ。
「とにかく、借りても買ってもいい。要求額を早急に集めてくれ」
都知事の言葉に、日銀高官と外務省がうなづいて席をはずしていく。
文官が去って武官だけになった今、川村不比等はもと軍事学者の本領を発揮する気でいる。
「きみらはテロ対策三原則の1つ、『絶対阻止の原則』を知っていると思う。これには武力行使も含まれる。わたしは一歩も引かないつもりだ」
全員が即座に賛同した。さすがに逡巡するものはいない。
「知事にご提案があります」
警視総監の榎戸昌典(えのきどまさのり)が、まず口を切った。
「制圧には特殊急襲部隊(SAT)に加え、警視庁特別機動隊有志をご配備ください」
「なんですって?」
SAT幹部が瞬時に目を吊り上げる。
榎戸はチラリと見て言った。。
「失敗は許されん。警視庁特別機動隊はアメリカでの訓練中、すでに海兵隊特殊部隊とともに実戦経験があるのだ」
それでも幹部は、今にも食いつきそうな目を向ける。
岡っ引き根性と揶揄される縄張り意識には、彼らの誇りと面子も含まれている。
天下のSATがなぜ、にわかづくりの特別機動隊などと…、という怒りで警視総監相手に立ち回りでも演じそうだ。
「承服できません。SATはチームです。異分子の混入は作戦の齟齬をきたしかねません」
「だからさ、あくまでも補助だ」榎戸は部下をなだめる口調になった。「実戦で援護支援部隊が来たとき、きみらは作戦行動を共に出来ないというつもりかね?」
「い…。…いえ…」
4
まもなく、問題の機が目視できた。
真南から千葉県富津市の砂嘴(さし)上をかすめ、千葉沿岸にそって回りこんでくる。羽田には4本の滑走路があるが、海に突き出した南端のD路を目指していた。
16時07分、舞い降りた425便は、即座に給油車に加えてトーイングカー(牽引車)を要求していた。
給油が終わればD路上を牽引されてバックし、そのまま飛翔し去る魂胆なのだ。
日本側は当然要求を呑む。人質の無事救出は警察組織の悲願だからだ。
犯人側は定石どおり、女子供・病人・高齢者・余分な男たちを降ろしてくる。日本側はタラップの用意などて手間取りたいのだが、相手はリコウだった。
さっさと緊急時脱出シュータをふくらませて、そこから不要な人質を次々にすべり落とす。
地上に降りた乗客たちは互いに助け合いながら、ターミナルにつづく桟橋を目指していく。
先頭の数人がつまづいて転んだかに見えた。
それを避けきれずに後続が将棋倒しになる。
違う!
突撃銃カラシニコフAKSの連射音が、そのすべてだった。
これがイスラム過激派のやり口だったのだ。
恐怖を煽るための冷酷な示威行為。
だれもが硬直する日本側を尻目に、掃討を完了するやいなや、シュータを切り落としてドアを閉めた。
機の腹の下には穴だらけでしぼんだそれが、空しくバサバサしているだけだ。
首相の矢部新蔵(やべしんぞう)がそのとき口走った言葉には、側近すら耳を疑った。
「え?ボクのせいじゃないよぉ」
特殊急襲部隊(SAT)6名、警視庁特別機動隊有志3名は、日本空航ボーイング787‐9同型機を使い、突入制圧のシミュレーションを、たった1度だけだが完了ずみだった。
55分の短時間では、それだけでも賞賛に値する。
D滑走路は空港建物からははるかに離れた海上ため、途中までは他船にまぎれたハシケ、その先はゴムボートで海側から接近していく。
旅客機の背後はめくら状態だから、D路の東端の突堤下に場を占め、状況把握のため2機のドローンを飛ばしていた。ボーイング機は窓の大きな最新型だが、ブラインドはすべて下ろしてある。
これは想定内であり、犯人側は狙撃の恐怖と内部状況を把握されないために、当然そうする。
犯人確保のための、警察主導の次の手をくりだそうとしたその矢先の、突然の殺戮行為だったのだ。
特殊急襲部隊(SAT)は、やはりプロだった。
即座に警察組織側から、軍隊組織側に指揮権の移譲がおこなわれた。実戦を経験済みの警視庁特別機動隊3名に、すべてがゆだねられたのだ。
2機のドローンは電波遮断の役割も担っている。
テレビ・ラジオなどの周波数帯をめくら・つんぼ状態にし、日本側が要求する時だけ交信できるようにするためだ。
今や、突入隊の隊長となった警視庁特別機動隊の伊藤芳樹(いとうよしき)は、無線でどこかに何かを要求している。
同時に目顔ではるか滑走路上を指した。
787‐9機の下に複数のうごめくものが見えた。つぶれひしゃげたシュータの陰。
「行くぞ」
鋭いが、静かな行動命令だった。
瞬間、全員がD路上にいた。
9つの影がひきよせられるように機に接近していく。
「安心しろ、味方だ」
の声に、
「あっ、ああっ、ここ、ここですぅ」
数人が必死で手を振ってくる。運よく掃討を逃れた4人の生き残りだった。跳弾による軽傷で、無傷の女性もいた。
手早い情報聴取の結果、過激派の数は5名。1人が操縦室を占拠し、4人が客室を抑えている。人質は機の前部に集められているようだった。
また、トイレ天井部が武器庫で爆弾などはなく、カラシニコフAKSが装備のすべてらしかった。ここでも日本は甘く見られていたのだ。
情報はこれで充分だ。
特殊急襲部隊(SAT)4名がそれぞれけが人を背負い、すばやく撤収していく。
バラバラと独特のローター音が上空にせまっていた。
787‐9機のコクピット内には操縦士・副操縦士・過激派の3名がいた。
窓にはブラインドがないから、視界は開けている。
右から反時計回りに飛行物体がやってきていた。機体下部が割れ、円筒状の金属塊が下りてくる。
パイロットの視線に連動するのだろう、筒先が自由に回転し、それがピタリと照準を合わせてきた。
悠然とホバリングする、ガンシップAV‐22(オスプレイ)だった。
警視庁特別機動隊の伊藤芳樹(いとうよしき)が、木更津にスタンバイしていたのを呼び寄せたものだ。
制圧にはあらゆる手段が用いられる。当初は補佐であったが、警視庁特別機動隊は念のための準備を怠らなかった。
同時に投降の呼びかけが送られる。
これにはさすがのイスラム過激派も激しく動揺した。日本はすでに、昔の日本ではなかったのだ。
東の滑走路はじにも新たな変化があった。
病院のストレッチャを思わせる機材が2台陸揚げされていた。しっかりとしたゴムタイヤで、上部の棚部分は頑丈に折りたたまれている。
胴体下に到達すると、巨獣が立ち上がるように伸びた。1台に2人づつの隊員が左右の前部ドア前に待機する。
上空にはUH‐1N(ツインヒューイ)が静止していた。ロープが下り、突入隊長の伊藤芳樹が素早くそれを確保する。まるであやつり人形のようにコクピットの窓近くに吊りあがると、機体に足をふんばった。
投降の意思表示は未だにない。
デザートイーグル.357マグナムの発射音。コクピットのガラスが一瞬で飛散する。
スタングレネード(音響閃光弾)の激しい爆裂。
同時にM6ICの一方的な銃撃音。
拍子抜けするような静けさがきた。
まもなく、無傷の5隊員たちが平然と地上に降り立った。
現代の旅客機はある操作で、簡単に外部から開けられる。
突撃隊長伊藤の、デザートイーグル発射音が突入の合図だった。
AV‐22(ガンシップ)とのデータリンクで、眼前に装着したゴーグル内で映像共有ができる。それにより操縦室の賊の正確な位置を把握していた。
制圧は一瞬なのだ。もし長引けばそれは作戦の齟齬破綻を招く。
その迅速で正確な攻撃に、さすがのイスラム過激派も手も足も出なかった。
不可抗力で痛恨の偽牲者は出したものの、コインもとられずに相手を殲滅した。成功ではなくとも失敗ではないだろう。
夕日にきらめく日本空航ボーイング787‐9は牽引車に引かれ、ターミナルをめざして遠ざかっていった。
「いや、あちゃぁ~、と思いましたね。構えた瞬間には相手が吹っ飛んでる。銃弾は2発。正確に眉間と心臓です。特機(特別機動隊)さんは敵には廻したくないですよ」
機動隊員の後ろについて、ドアからの攻撃をともにしたSAT隊長のもらした言葉は、まさに至言だった。
目つきがすでに違う。
警察組織のSATは人質の安全と、犯人の検挙を主眼とする。が、警視庁特別機動隊は軍隊だ。実践を経験ずみの彼らは、文字通りの殺戮者だったのだ
このニュースには世界中が湧いた。
あの弱腰日本が、イスラム過激派のハイジャックを撃滅したのだ。
不幸な人質殺害はあったとしても、世界の国々は日本国を手本にすべきだ、というのが各国の論調だった。
一挙に警視庁特別機動隊の名声は高まった。
若者のなかに特別機動隊入隊熱が加速し、女性部隊を望む声すら聞かれた。閉塞感に悩む彼らには、それくらいカッコよかったのだ。
国民が手放しで褒め称えるなか、苦虫を噛みつぶした連中もいた。
総理の矢部新蔵(やべしんぞう)をはじめ、与野党。これらは嫉妬が中心で、出る釘は打たれる通例なのだが、それだけにとどまらない者たちもいた。
特殊急襲部隊(SAT)や防衛隊員だった。
「自分らの存在意義がなくなる。やがて、警視庁特別機動隊に駆逐されるのでは?」
つまり、職場や地位を失うかもしれない恐怖。利用価値がなくなれば、ソレは消え去るしかない。
はたから見ればただの杞憂でも、疑心暗鬼は彼らの心に暗雲のように広がっていった。
5
都知事の業務も、はや1年1ヵ月。
思い出されるのは、就任直後の総理官邸でのやりとりだ。
「警視庁特別機動隊構想、知らないわけじゃないよな?」
通りいっぺんの祝福や激励のあとにいきなり問われて、東京都都知事、川村不比等(ふひと)はとまどった。
この間の知事選で当選したばかりの新米だ。煩雑な引きつぎの中に、たしかにその一項はあった。だが、彼にとって、知事としての重要事項は、もっと都民生活に密着したもののはずだった。
「はぁ、存じてはおります。竹島をはじめ、日本国の島嶼部をすべて東京都に編入する。自衛隊ではなく、東京都が独自の都兵を編成し、管理・運用権をもつ。アメリカの州兵同様、都の主権を守るために発動する」
「あはは、おリコウさん。そういうことだ」
日本国内閣総理大臣、矢部新蔵(やべしんぞう)は子供のように手ばたきした。
「それから?」
「はぁ、この警視庁特別機動隊構想は、もともとアメリカ合衆国の発案によるもので、日本国の用兵が、日本国憲法に抵触しないよう、東京都に指揮権をゆだねたと聞きおよびます」
「うん、そんなところだ。アメリカは自国の草案による日本国憲法制定に誇りをもってる。時の英知や当時の良心の定める、不戦の誓いをこの条文にこめたとウタってる。日本国憲法改悪はけしからん、と、そう仰せだ」
「それは当然でしょう。現在でもなお、世界に冠たる平和憲法といえるでしょう。改憲はすなわち改悪です」
矢部はちょっといやな顔をした。
「君らしい学者的見解だ。都知事くん」
声にも不快の色があった。矢部が改憲派なのは周知の事実だ。
「ま、わたしとしてはね、そんなコトはど~でもいいんだ。一国の憲法は、国民でなく、われわれ為政者を規制するものだからね。変えようが変えまいが、効力さえ発揮しなければそれでいい!」
矢部は最後を力を入れて言い切った。
そしてねっとりと川村を見た。
「きみはわたしの後輩だ。山岳部では一年だけいっしょだったなぁ。覚えてるかい?」
「はぁ、もちろん」
にっこり答えたものの、矢部新蔵にはいい印象がない。
『矢部の雲助』と陰で呼ばれていて、信用はまるでない男だった。雲助は昔の街道の駕籠かきのことだ。
つまり、人をかつぐ。かつぐは騙す意味もあるから、『矢部の雲助』はとんでもないアダナ
なのだ。
「さっきも言ったが、川村くんには期待してるよ。今度の選挙、きみは自力で当選したなんて思ってないよねぇ?」
ゾワッと総毛立った。
口ごもったが、川村は黙っていられなかった。
「はい、本来なら、自分は落ちたでしょう。あの選挙集票計。つまり、日本国の首相であるあなた自身が、株主を務めるあの、ムサ」
「おっとぉ、それから先はいわぬが花。あははは、川村くんはこれから、スゥェーデンの国家予算に匹敵する金を動かす。ま、わたしも目付けのしがいがあるというものだ」
官邸の執務室で、首相の矢部新蔵はイスにふんぞり返り、都知事の川村不比等は新入社員よろしくかしこまって立ちっぱなしだ。
後輩だ、期待しているだ、言うわりにはイスもすすめないとは、底意地の悪さも首相級だ。
「さて、話はおしまいだよ。行ってよし」
矢部はハエでも追うように、顔の前で手をひらひらした。同時にぐるんと窓を向き、大あくびを一つする。
川村は無言で一礼して部屋を飛び出した。
廊下の待合にいた上級防衛官の高谷公正(たかやひろまさ)が、さっと合流する。
「ったく、呼びつけておいて何のつもりだ。大の男がイヌ畜生みたいにマウンティングしやがって」
大声で言う川村に、高谷は笑って肩をすくめた。
「私なんか、部屋にも入れてもらえない。急いで持ってきた資料がすべてムダですよ。でも、知事、矢部さんはああいうヒトなんです」
「一国の総理たる者が礼儀も知らんとは。学生時代はまだ、マシだった。政治屋なんかになると、うぬぼれは山より高くなるらしいな」
プリプリと歩を進める都知事に、防衛官はたしなめる口調になった。
「まぁまぁ。ココは官邸、まだ敵の内ですよ」
「5階のおれたちを警備室がモニタしてるよな。あ~あ、また出口でX線と金属探知機でナデナデか。被爆しそうだよ」
新宿都庁に向かう公用車の中で、高谷はクスクス笑った。
「知事はホント、捕まらないヒトだから。あなたが今日、首相に会うっていうんで、急遽、割り込んだんです。適当に用件をでっち上げてね。ミッションは達成です。あなたとこうして話せたのだから」
あけすけな物言いに、川村も笑顔になる。高谷は自分よりいくらか年下だから40そこそこか。
手を伸ばして彼の資料を確認する。
警視庁特別機動隊構想のもので、アメリカで特別幹部訓練をうけた防衛官30名が近々帰国する。その後の人事や待遇などが示されていた。
ごていねいに、直属の司令官となる警視総監の印も押してある。
まぁ、事後報告でもいいような内容で、都知事の川村と邂逅するためにでっち上げた用事というのは本当らしかった。
高谷は軍人らしいせっかちさで目の前のPCを立ち上げ、開く前から説明を始めた。
「クラウド・ファンディング、ご存知ですか?ネットでやる物乞いなんです。たとえば、あるものを研究開発している。でも、資金不足。で、だれかぁ、援助してぇ、と声を上げるんです」
「あはは、起業家や研究技術者どもの援交か。玉石混交だろ?あぶない、あぶない」
「ところが、そうでもないんです。ほら、これ」
新着プロジェクトコーナーを指差す。
たいして興味もなさそうに覗いた川村不比等の目の色が変わった。もどかしくクリックをくりかえす表情が真剣になる。
「この人は生き物の飛翔、とくに昆虫の羽根の動きに強い研究意識を持ってるんです。小さくて軽くて、どこにでも飛んでいき、しかも発見や対処がしづらい。」
「高谷くんは、防衛隊員だったよなぁ」
川村がわざわざ意味深な確認をするのを、高谷公正はうれしそうに見守る。
「やっぱり、知事は話が早いです」
6
アメリカ主導の、警視庁特別機動隊構想は今に始まったことではない。
川村不比等が都知事になる3年前に、すでに精鋭防衛官が幹部候補生として渡米している。
訓練は当然、極秘だ。
国家に対する強い忠誠心、各種最新兵器・火器の取り扱い、操縦・メンテ、格闘術に医療、心理学に人心掌握、サバイバル術に作戦行動史まで、息もつかせず叩きこまれる。
拠点は米海兵隊特殊部隊「MARSOC」あたりだとささやかれているが、だれにも確証はない。
その年季が明けて帰ってくる30人はそのまま警視庁特別機動隊の指導教官幹部になるのだ。
川村といえども、やはり心が躍る。
彼が総理の矢部新蔵と同じ大学に在学したのはわずかで、すぐにアメリカ・ワシントンDCの「ジョージ・ワシントン大学」に移籍している。
この大学がコリン・パウエル、ダレス国防長官などを輩出していると言えば。特殊性がわかるだろう。アジアからの留学生も多く受け入れるなど、国際色も豊かだ。
川村はそこで軍事を学び、博士号を取って「軍事学者」となった。
日本ではあまり耳にしない称号だが、それは日本が特殊なだけだ。欧米では軍事は学ぶべき重要事項なのだ。
日本では肩身の狭そうな軍事学者が、なぜ都知事に?
だれもが思う疑問は案外単純なことだった。川村不比等は「twitter」「youtube」に持論を展開していたのだ。
曰く、
「日本は戦争を、軍備を直視しなければならない。地球に国家がある限り、紛争や軋轢はさけられない。国を愛するとは、まぎれもない現実を見ることだ。日本国はアメリカ合衆国とすら戦い、勝利する覚悟を持たなければならない。真の自主独立とはそういうことなのだ」
ネット民がぶっ飛んだのは言うまでもない。
炎上し、賛否両論がうずまき、暴言・極論が飛び交った。「軍事学者 川村不比等」の名前は社会現象のように人々の口に上った。
マスゴミが面白がって取り上げ、突つき、いじりまわし、それで視聴率を稼いだ。
しまいには国会の答弁にまで取り上げられた。名声は広まったが、川村は嫌われ者に過ぎなかった。
そんな折、都知事の改選選挙がきた。
知事選出馬を要請したのは、総理の矢部新蔵だった。ニコニコと電話し、『矢部の雲助』ぶりを発揮して甘言で口説いた。
辞退する川村を先輩ヅラして引きとめ、母校の名誉まで出して追いつめた。
根負けして彼が承諾すると、矢部新蔵は陰で吐き捨てた。
「最初っから、素直に聞けってんだよ。だれが口利いてやってると思ってる?下層民め」
矢部のオモワクでは、川村など最初から都合のいい手駒に過ぎない。
ジョージ・ワシントン大学に学び、アメリカの現状にくわしく、しかも学者だけに、軍部や政治家にも親交がある。
警視庁特別機動隊構想が順調に具体化する中、東京都知事は、いわゆる事情通でなければならなかった。
都民生活安定のために心を砕いたり、景気や雇用を改善したり、福祉や医療制度向上にまい進する知事など、アタマから求めてはいない。
ジャイアンたるアメリカと上手に折り合いをつけ、願わくば、ちょっと鼻を明かしてやれるような小才のきく人間。その程度で充分だった。
それを知ってか知らずか、川村は元都知事の秘書や側近をそっくり手元に置き、当初の業務をこなしていった。可もなく不可もなく、波風も立たない退屈な日常だったが、彼にはたった一つ、奇妙な行動があった。
消えるのだ。
いつのまにか知事室にいない。秘書も側近も運転手も所在を知らない。公用車もポツンと鎮座したままだ。携帯は執務室に放り出してあるから、連絡を取ろうにも机の上で空しく鳴るだけだ。
こういう場合、よほどの緊急時でなければ、しゃかりきで探したりはしない。
周囲は「あ、野暮用ね~」とささやきあうだけだ。酸いも甘いもかみ分けた、大人の世界。
歴代のどの都知事にももちろん、これはあった。
どこに行くのか、何をしているのか、伝統的に詮索しない暗黙のルール…。
これは都庁職員にとって、歓迎すべき不在だったのだ。
政治的にも行政的にも不慣れな都知事。当選したとはいえ、シロートに指示され、かきまわされたくはない。日常業務には自分たちのほうが精通している。
この職員のお役人気質を、川村不比等は熟知していたといっていい。
7
ブ~~~~~~ン。
小さな甲虫がまつわりついてくる。
「ねぇ、手で払っちゃっていいの?」都知事の川村不比等(かわむらふひと)が、ちょっと困惑して訴える。
「どうぞ、思い切りやってください。できればの話ですが」
ベージュの作業服の男は、茂原康之(もばらやすゆき)教授だ。
おだやかで陽性な風貌だが、乱れた白髪頭がマッド・サイエンティストをおもわせる。
都内某所の学内研究室だった。
虫はちょうど、「コガネムシ」ほどの大きさ。飛翔は素早く敏捷だ。そのうちにピタッと首筋にとまった。トゲトゲのついた6本の足が痛い。つまんで引っ張ってもとれない。
「は~い、知事。一巻の終わりで~す」
茂原の声に、やっぱりドキッとする。
「知事、これはもっと小型化できるんですよ。テントウムシぐらいにね。いいんですか?こんなハンパな大きさで」
「いや、充分だよ。仕込み針でチュゥ~ッと注入ね」
「もちろん」
川村は自分の車を運転してここにきている。SPも第一秘書すら連れていない。いつもの野暮用だ。
あの総理官邸からの帰り道、上級防衛官の高谷広正(たかやひろまさ)と、公用車の中で見たクラウド・ファンディング。それが茂原教授のこの研究だったのだ。
東京都は災害時の医療目的や果樹・野菜の受粉用と銘打って、これを支援していた。
「おそくなってすみません」
高谷公正(たかやひろまさ)が駆け込んできた。
「いいよ、上級防衛官くんはいそがしいんだろ」
川村が鷹揚に答える。
「茂原先生のムシムシが最高だよ。もう、量産に入ってるしね」
「早いですね、さすが東京都」
「あはは、高谷くんたちのおかげで、警視庁特別機動隊は士気高いよ。この間なんか、UH‐1Nの中で『戦争を憎めばこそ、自分は志願したのです』って言う士官がいてさ。『戦争の早期終結のためなら、鬼にも蛇(じゃ)にもなります』って。しかも、自分だけじゃなく部隊のだれもがこの覚悟だっていうんだ。うれしかったよ、よくぞ最高の兵士を防衛隊内から選りすぐってくれたね。ありがとう」
「どういたしまして。選抜には慎重を期しましたから。でも、志願者のレベルも高かった。防衛隊の現状に疑問や反発、改善を望むものが殺到しましたもの」
「そんなにひどいの?」
「ええ、バブル崩壊以前は防衛隊は人気がなくて、暴走族上がりなんかを入れてました。『少年院行くか、防衛隊行くか』なんて脅して。そんな不良どもを相手にしていると、防衛大卒だって、水は低くきに流れちゃう。そんな連中が今は幹部、上級防衛官ですよ。あいかわらず自分の息のかかったものを舎弟にして横車(よこぐるま)押してる。訓練にかこつけたイジメや薬物、横流し・怠慢・レイプ。不祥事だらけですよ。しかも、自浄作用がない」
「おっそろしいな」
「ええ、奸国人がふえてますからね。日本人でも迎合するバカはいるから、マトモな少数派はみんな苦労してます。このままでは国防軍でなく、国が亡びる国亡群ですよ」
「う~ん問題だな。川崎市の人口が突然、急激に増えて神戸を抜いたよ。同時に千葉の船橋市の人口も同じくだ」
「カリアゲくんと手札(てふだ=トランプ)さんの鼻っぱし争いの影響もあるでしょうね。朝鮮戦争時と同じです。『アイゴー・キョキョキョ』で不法入国でしょう。親類縁者・友人知人・その他非合法…方法は腐るほどあります」
川村は笑った。
「なんだい?キョキョキョってのは」
「チョンの悲哀をあらわす接尾語かなんかでしょ。知りませんよ、そんなの」
「あははは、ま、これでわかった。君が最初、無用な用事まででっち上げて、偶然わたしに会った体裁を取ったのが」
「お分かりいただけて、うれしいです」
「うん、君をぜひとも私設秘書に欲しくてここに呼んだんだが、止そう」
「ええ、そうしてください。自分はあくまで陰の細作でいたいんです」
「で、話は変わるが・・・」
しばしの沈黙のあとに川村が声をかけた。
「高谷くんに行ってもらいたいところがあるんだ。都民の税金に甘えていてはいけない。東京都も商売しようかと思ってさ。小さなゲ・ン・パ・ツってヤツなんだ」
前代未聞の発言に、高谷が不思議そうに首をかしげた。
「総監、奸国軍の海洋演習ですが、日本側に近すぎませんか?」
側近にたずねられて、警視総監の榎戸昌典(えのきどまさのり)が顔をしかめる。
7月13日のことだ。
「うん、そうなんだ。でも、矢部さんに報告しても『同盟国なんだから、多少は大目に見ろ』の一辺倒でね。内閣府に問いあわせても『中共に続いて、奸国ともコトをかまえる気か?』ってご立腹でさ。都知事に泣きついたら、急遽、「暁龍(ぎょうりゅう)」以下打撃艦隊を佐世保入りさせとけって」
「はぁ、なるほど…」
「ま、杞憂であってほしいがね」
「このごろ、防衛隊さんが通ってにぎやかだねえ」
日本海東北自動車道の沿道住民から、そんな話がもれていた。
「柴田の31普通科連隊がね、今年で65周年ってことで、記念に演習をやるらしいよ。あちこちの駐屯地からも集まって、みんなで堰山ってとこに行くみたい」
「へ~、堰山は尚江津(なおえつ)に近いよ。ま、たしかに柴田の日原(にっぱら)よりは演習場が広いワ。台風が来てるってのにわざわざ行くんじゃ、ご苦労さんだよねえ」
のどかなウワサ話だった。
もう、7月14日で例年のように台風が通過する時期だ。まぁ、中型で並の台風というから、演習には大した影響はないようだった。
それでも日本海は荒れている。
沖合いを通過する大型貨物船から尚江津港湾事務所に緊急連絡が入った。尚江津(なおえつ)は新潟県の重要港湾だ。
なんでも大波によるエンジントラブル修理中、船員が重傷を負ったという。、とにかく緊急入港したいといっている。
当然のことながら、入港予定はまったくない船舶だ。
なんと、北小鮮船籍だった。
大海の向こうに追い払いたい気分だが、そうもいかない。治療と修理が終わり次第出航という約定で入港を許可した。
日本側はポート・ステート・コントロール(寄航国安全検査)をおこなう。これは船舶への立ち入り検査で、船および人命の安全や環境保全のため、様々な国際基準によって定められている。
検査技師の外国船舶監督官は、乗船前に船の塗装やサビ、喫水線状況などを見るが、何か異常を発見したらしかった。あわただしく乗り込んだきり、手間取っているらしく、夜半になっても降りてこない。
岸壁と船体の間、暗い海面に水色と紺の物体がプカプカしている。それが外国船舶監督官と同じ数というのは、奇妙な一致だった、
昇降板をふみならす音とともに軍装した者がおりてくる。
防衛隊員だろうか?
みるみるその数は増え、警備員しかいない深夜の港湾施設へと消えていく。
あちこちから単発的な花火の音が聞こえ、それに呼応するかのように防衛隊車両が集結してきていた。それが関越道を東京方面に向けて、ぞくぞくと進行していく。
尚江津港は石油や電子機器のコンビナートがひかえている。広大な敷地に防衛隊員らしき影が散らばるのは、不思議で不穏な光景だった。
草木も眠るうしみつ時だ。
この夜、日本海を通過中の台風も東京には影響が薄い。
警視庁特別機動隊所属の小野俊道(おのとしみち)二等陸曹は、立川の兵舎でのどかに寝ていた。
曹は一応個室住みだが、部下の6人とは壁一枚へだてただけだ。
突然、私物のスマホが鳴った。
飛び起きて出た。
「なんだよ、吉川か。びっくりしたぜ、こんな夜中に」
「小野、変なんだよ。おかしい。絶対おかしい。防衛官でない防衛官がいる。しかも複数。尚江津の石油コンビナートだ」
「・・・なんだって?」
吉川栄治(よしかわえいじ)は、柴田の31普通科連隊に属する三等陸曹だ。ともに警視庁特別機動隊移管を願ったが、おしくも吉川は落ちた。
それでも親友であることにはかわりがない。
「わかった。至急、指導教官幹部と代わる。いったん切るぞ。すぐだ、待っててくれ」
何かが風雲急を告げていた。
岸壁にもやう緊急避難の貨物船からは怪しげなシロモノが鎌首をもたげていた。大した大きさでもない3基だが、それがすべて首都方向に向いている。
いったいなんなのだろう?
たとえ防衛隊演習のためだとしても、真夜中の避難船から?
しかも、北小鮮船舶から?
おまけにそれを守る兵士らの戦闘服は、よく見れば防衛隊とは似て非なるものだ。
まぎれもない北小鮮製・地対地短距離巡航ミサイルだった。1基に4発、計12発が夜陰にまぎれて、日本国土を侵略しようとしている。
尚江津(なおえつ)から東京までは約200キロ。巡航ミサイルの射程に関東全体がすっぽり入るのだ。
事、ここにいたっても日本国矢部政権は沈黙していた。
野党も右にならえだ。マスゴミにも状況を流さないから、国民は知る由もない。
当然、優秀なアメリカ軍事衛星からは、北小鮮船舶が日本海をコソコソ渡ってくる様が報告されている。
公海上で演習していたはずの奸国軍も日本の領海を越えた。
中共も日本に一番近い空軍基地に輸送機を集結し、最新鋭とうたう艦船を自国領海ぎりぎりに待機させようとしている。
これでは全国に点在する防衛軍基地からは、質問と出撃要請が矢のような催促のはずだが、奇妙なことに全くの沈黙を守る部隊や、不可思議な粛清をおこなった隊すらあった。
唯一、東京都の警視庁特別機動隊だけが一丸となって、この異常事態に対処しようとしていた。
8
新宿都庁の会議室だ。
東京都知事の川村不比等(かわむらふひと)のまわりには警視総監の榎戸昌典(えのきどまさのり)、高級防衛官の高谷広正(たかやひろまさ)ほか、警視庁特別機動隊指導教官幹部が集結している。
「米軍与古田基地の司令官を通じて、アメリカさんが打診してきてるんだ。『ちょっとだけど、お手伝いしましょうかぁ?』って」
不穏な緊急時でも、川村の口調も声色も普段となんらかわらない。
教官の一人が、安堵したように川村に答える。
「おそらく仕掛け人はアメリカでは?東京都を武装させたことが、すでに今日この日ありきだったのです」
「可能性は否定できないが、むしろ中共だな」
言葉を引き継いだ榎戸は自信ありげだ。
「赤っ恥をかかされ面目丸つぶれ。子分の小鮮と奸国に『どうだい?日本で民族融合ってのは?後押しするよ』ってさ。たぶらかすのはお手の物。諸葛亮の国ですもん。ロシアもとっくに噛んでる。あの大国どもはお互いにお互いがコワイんだ。歴史を見れば、常にうまく折り合おうとする。2強の後ろ盾があれば、わたしだって実行するね。静岡・糸魚川ラインで仲よく半分こ。まして首相の矢部新蔵(やべしんぞう」は南チョンだ。オモニの何とかって、日本人では絶対書かない駄文書いてる」
あきれかえった失笑がもれた。
川村は指導教官幹部を見わたした。
「今の日本国の状況はきみらが一番よく知っているはずだ。きみらがさんざん苦しんだ防衛軍の実態が、今の日本社会の現状だ。格差だけじゃない。日本人は搾取の対象でしかない。若者も老人も自分がどうなるのか、希望も先の見通しも持てないんだ。日本国自体が日本人を守らない。そんなの正常な社会と言えるかい?」
重苦しいため息が一同を支配していた。
「日本政府は動かないよ。ミサイルが首都をねらい、尚江津(なおえつ)住民が人質にとられてるからだけじゃない。おそらく政府自体が呼応したんだ」
現在の状況はまさしくそれを示していた。
だれもが薄々感じながら、あえて口に出さない痛恨の事実だった。
「ずいぶん前から言われていた、『日本が日本でなくなる日』がついに来たんだ」
彼は言葉を切った。苦渋の表情がその顔にあらわれていた。
「いいか、きみたち。心して聞いてくれ。わたしは北小鮮とも奸国とも闘う。それが何を意味するか?われわれは日本国政府に反旗を翻すことになる」
だれもがハッとした。
そうなのだ。
日本国内閣総理大臣以下、政府為政者が北小鮮と奸国をうけいれる以上、その意に逆らうのは反乱とみなされる。
たとえ、日本国を侵略者から救うためであってもだ。
「警視庁特別機動隊の最高責任者の都知事としては、きみらに反逆者の汚名を着せたくはない。だが、手をこまねいているわけにはいかない。そこで、この場にいる警視総監殿に人質になってもらう。きみらは総監殿を無事奪還するために、やむなくわたしにしたがったことにしてくれ」
「あははは、都知事はもと軍事学者だけあって、悪知恵がはたらきますねぇ」
重い空気を笑い飛ばしたのは榎戸だった。
「すばらしい。わたしは今日、この日のために警視総監でよかった。どうぞ、どうぞ、喜んで人質になりますよ。さて、人質様の初仕事としては、横須賀の「盤龍(ばんりゅう)」からF‐35BとAV‐22を飛ばして北チョンのミサイルを叩きます。さぁ、早くしないと『東京は火の海ニダ~』が現実になっちまう。・・・あとの攻防は津島(つしま)だろうね?」
うながされて高級防衛官の高谷が答えた。
「はい、撃ってはこないと思いますが、叩くべきはやはり、鼻っぱしのミサイルからですね。現況では群馬の鷹崎の防衛軍戦車中隊が東京都の傘下に入るといってます。ほかは北海道の部隊も。最前線では津馬守防隊が携帯で連絡してきています。あとはもめてますね。国家の一大事というのに、やっぱり保身もあるようで・・・。それから残念ながら、壱ヶ谷は頼りになりませんよ」
夜明け直前の闇の濃い時間だ。台風のせいでさらに暗い。
その二重の暗闇の中を、特徴ある静かなローター音が通過していた。上越の山ひだを巧みにかすめていく。
気づいて目覚めた県民がふたたび寝もやらぬとき、狂暴な轟音が通り過ぎた。それでも騒音を気づかってだろうか、かなりの高高度だ。
北小鮮軍がそれを認知したときには、機はP&W‐P135のさらに強力派生形のエンジン音をとどろかせて貨物船の真上にいた。
さすが演習時、ステルス性が高すぎると嘆かれる戦闘機F‐35Bだ。
「ただの波状飛行ニダ。脅しニダ」
と北小鮮軍は思ったらしい。
一応、虎の子の対空ミサイルを引っ張り出したが、発射を惜しんで撃ってはこない。
飛来した4機は、まるで展示飛行のように陣形を刻々変えるから、あたりはつんざくような轟音に満たされ、難聴になりそうだ。
さほど遠くない街中に大きなスーパーがあった。
地形にそって低くやってきて、駐車場の只中に泰然とホバリングする2機。その音は蹂躙するF‐35Bの爆音で全くかき消されている。
一瞬、ホワンと浮き上がった機から、美々しい閃光が流れた。
ステルス戦闘機F‐35Bの陽動の陰で、ガンシップAV‐22(オスプレイ)は、ついに日本国防衛の火蓋を切ったのだ。
瞬間、船上の北小鮮製地対地短距離巡航ミサイル1基が四散する。25ミリガトリング砲連射の威力だった。
たちまちあたりは叫喚地獄だ。
爆発に積載ミサイルが誘爆する。黒煙と閃光。船内隔壁がやぶれ、火炎が噴出する。
船体は急激に右舷にかしいでもどり、甲板上の兵器・人員を左右にバラまいた。悲鳴と狂声、怒声と罵声が恐怖にひきつりながら交錯する。
甲板をはいずる負傷兵を健常兵が踏みにじって逃げる。舷側に取りつこうとするものの、そこはすでに火の海だ。
無理に進んだものは、たちまち燃えさかる火柱になる。
間髪をいれず、米国スティンガー・タイプのF‐35B対艦ミサイルと機銃掃射が痛打する。
喫水下に海水がなだれこむ。
幻獣の咆哮に似たきしみ音とともに水煙が吹き上がった。
北小鮮は対空ミサイルをぶっ放すも、レーザー照準では当たらない。
対空機銃での必死の応戦も、ギリギリの高度で燕飛するF‐35Bをかすめもしない。地を這う生き物同様、水に浮く船舶も空からの攻撃にはおどろくほど弱い。
攻撃の反動で船体が岸壁を咬み、自ら亀裂を深めていく。内部に残された大気が圧縮空気のように噴出し、武器・人員を枯れ葉のごとく吹き飛ばす。
多くの肉体は原形を保っていない。それがバラバラとあたり一面にふりそそぐ。
さしたる間もなく、北小鮮船籍の貨物船は轟沈した。
日本海を渡り、日本領海12海里を超え、もうそこまでにせまっていた揚陸船団が急変した。夜明けの薄明かりの中で、次々と船首を転舵する。
死んでも攻撃はしないはずの日本。日本政府自体が呼応したはずの上陸作戦だった。
日本は無血開国のはずだ。これでは話が違う。
後で日本には法外な賠償要求をくらわせるにせよ、ここでの損害は手痛い。一点豪華主義の大陸間弾道弾は金食い虫で、他の軍費を圧迫し続けているのだ。
北小鮮もカラバカではない。
目的の半分は警視庁特別機動隊がどう出るか?の打診だった。このアメリカ主導の新規編成軍は、彼らから見てどうにも胡散臭いのだ。
はっきりと敵対の意思を示してきた以上、傷の浅いうちに引き上げるに限る。
同時侵攻の奸国や、うしろだての中共の手並みを拝してから態度をきめる。それが国際社会というものだ。
あきれるほど早い逃げ足を見て、港湾上でも異変が起きていた。
北小鮮軍に応じていたはずの一団の兵員が、口をぬぐったように生き残りの小鮮人の探索に転じていた。
おそらく彼らは今一度、防衛隊内に潜在化するつもりなのだ。
9
事故かなにかで閉鎖にでもなったのだろうか?
閑散とした関越自動車道を長い車列が進んでいく。やがて関越トンネルに吸いこまれて視界から消えた。
道案内のために先頭を進んでいた防衛隊の高機動車が、いきなり急ブレーキで停止する。
後続は一瞬、算を乱し、追突ではじかれる車両もあった。
飛び交いかけた怒声が、不安そうに鎮まる。
関越トンネル内の天井付ライトは間違いなく点いている。だが、抜けた先の東京口道路灯はすべて消え、その闇の中に複数の何かがいた。
高機動車の連中が暗闇をすかし見る。
そしてギョッとなった。
交通規制で一般車を排除した高速道路の真っただ中に、他を圧した10(ひとまる)式戦車の雄姿があった。しかもパッシブ式赤外線暗視装置を装備し、劣化ウラン装甲を持つ最新型だ。
腰が抜けるほどの動揺が北小鮮・防衛隊連合軍に走る。
進路をふさいだのは、いちはやく東京都に呼応した群馬鷹崎の防衛隊戦車中隊だった。
北小鮮軍の中には、本能でグレネード・ランチャーや無反動砲に手を伸ばした者もいた。
すばやく発射された1発が10(ひとまる)をかすめる。
あさっての方角での爆裂音。が、次の瞬間、そいつらは脱糞していた。
ククンッと左に砲塔をまわした筒先から、目もくらむ閃光がほとばしる。
ほとんど同時の発射音と着弾音。
大地が震え、約100メートル先、左前方ななめ上の山が粉砕される。関越道の擁壁が一部吹っ飛び、めらめらと木々が燃え上がった。
広範囲の敵を叩ける榴弾装填の44口径120ミリ滑腔砲の威力だ。
むせかえる硝煙と焦げた岩や泥、コンクリートと木々の異臭が濃厚に立ちこめる。
車列前部の防衛隊や北小鮮軍が耳をやられたらしくのたうちまわっている。
「近すぎる、バカ。擁壁ど~すんだよ。道路公団からおこられるぅ」
軽口をたたきながら。キュラキュラと前進する。
やり口の荒っぽいのはご愛敬だ。
飛び散り、おりかさなる堅い岩やコンクリートが、無限軌道下でもろい砂岩のごとく破砕する。
砲身を正面にもどし、関越トンネル内を照準する。
巨大で長い煙突状の内部は大混乱だ。
10(ひとまる)の滑空砲でねらわれては、兵員輸送の装輪装甲車などひとたまりもない。
いまにも2発目をくらってトンネルが崩落しないかと、全員が尻に帆をかけて逃げたいのだ。閉所恐怖症の何人かが、脱出の気力すらなくして泣き叫ぶ。
「後退~、後退~」
とにかく引き返すしかない。
北小鮮軍は、たのみの大型貨物船が警視庁特別機動隊の攻撃により、すでに沈没し去っていることを知らない。
降伏の意向を示したほとんどの防衛隊員と半数の自軍兵を置きざりにして、バックギアで踏み込み、ぶつかったり、こすったり、追突したりしながら上越側出口に殺到する。
いつのまにか、天井灯はすべて消えている。いやな予感がヒシヒシと迫ってくるものの、さしあたってトンネルを抜けるのが先決だ。
関越トンネル東京口には、降伏した兵員が集められていた。
群馬県人の多い鷹崎の防衛隊戦車中隊は、任侠で有名だ。
裏切り者の防衛隊員は白眼視され、侮蔑の罵声をつぎつぎとあびせられて、小さくなっている。
当然ながら自国軍とはみなされず、小鮮人と同様の捕虜として扱われていた。
一方、新潟側にのがれた北小鮮軍も逃げおおせたわけはなかった。
今や先頭となった最後尾が、関越トンネルを抜けようとしていた。スピードを落とし、外部をうかがおうとしても、あせる後続がそれを許さない。
車列の中央部には96式装輪装甲車(改)や73式装甲車、73式大型トラックもいるから、たちまち押し出されて混乱する。
遠くで重いローター音が連続するのが、擁壁を伝わって聞こえる。いぶかしく確認するかしないかだった
突如、眼前が真っ赤に染まる。グァラガラと耳を弄する破壊音。地上に鎮座する入間所属の大型輸送ヘリCH‐47(チヌーク)後部から35mm2連装高射機関砲 L-90が放たれたのだ。
仰角が自由にとれるから、北小鮮軍の鼻っ先数十メートルの道路が四散する。
アスファルトが一瞬で溶け流れ、道路が地割れのように深くえぐれ、コールタールの悪臭で吐き気がする。
もうもうたる砂塵の中に、またまたなにかが配備された。まだ侵略者と行動をともにしている少数の防衛隊員が、薄明かりを透かし見て肝を冷やす。
「え?こんなのまで持ってるの?」
無理もなかった。
特徴ある角ばった形状の、Mk19自動擲弾発射筒(グレネード・マシンガン)は米軍御用達で、防衛隊すら配備していない。
それが2基。左は40mmグレネードを毎分300~400ぶちかませる通常仕様、右は催涙ガス装填だ。侵略軍の動向によっては、最初は右、次いで左で掃討する気十分だ。
団子状態の先頭部がたまらず、死に物狂いで後退する。
多くが73式小型トラック(パジェロ)だから、なんとか隙間をぬけてむりやりトンネル内におさまる。軍人どものくせに完全に毒気を抜かれて、放心状態でおびえているのが滑稽だ。
関越トンネルの前後をおさえられて、小鮮ネズミは文字通りフクロのネズミとなったのだ。
台風一過の夜明けだ。日付は変わって7月15日になっている。
波はまだ高いが、樫和崎(かしわざき)港から何隻もの日本商船が出航していく。
彼らの根城は海だ。商売人として納期に遅れるわけにはいかない。
「あれ、今日はなんかの解禁日だっけ?」
やけに漁船が多いのだ。それがいっせいに北西方向をめざしている。
そこに突っ込んだから、自然に囲まれるかたちになった。
まわりじゅうに手入れの行きとどかない薄汚れた船体。よくみると貨物船のようなものや、小型タンカー風のものまで混じっている。
それが偽装したコルベット艦やミサイル艇だとは、乗組員はだれも思わない。
こんなことは初めてだ。
恐らく大規模な密漁船団だろう。海上保安庁に通報する。
火の玉が炸裂した。立て続けに集中砲火の轟音。
それが戦車でもぶち抜く、北小鮮製RPGと気づく船員は一人もいない。
船首がつんのめるように波間に消え、船尾のスクリューが大気を噛んで異様に震えた。
「退避、退避、退避~」
緊急脱出の緊迫した叫びが火柱と黒煙に巻かれ、バリバリと掃射される機銃弾が赤く映える。
何一つ武器を持たない商船を標的に、あたりは小さな戦場となっていた。
異様な黒煙りと沖でとどろく爆裂音。
何が起きたか、即座に察知できる。
戦闘機F‐35B(ステルス)はすでに帰投したが、尚江津(なおえつ)にはまだ、ガンシップAV‐22(オスプレイ)2機がいた。
追撃指令を受けるももどかしく、北小鮮軍を追う。
黒煙は全部で4つ。積み荷その他が散乱する海面に執拗に撃ち込まれる機銃弾。
「やりやがったな!相手は民間人だぜ」
強いものには弱く、弱い者には強い小鮮人気質にはへどが出る。
AV‐22に気づいたらしいオーサ級ミサイル艇数隻が、初期量産型携行防空ミサイル9K32(ストレラ)を撃ってくる。
ロシア製9K38(イグラ)もそれに混じるが、前者の赤外線誘導に対し、これは2波長光波誘導で妨害電波にたいする抗堪性がやや高い。
コルベット艦からは中国製の12連装ロケット砲も放たれる。
追撃されてファビョっただけでなく、撃沈の恐怖もあるのだろう。
なかなかにぎやかな抵抗だ。
しかし、空はガラ空きで、北小鮮のご自慢のSu‐35(スホーイ)やMIG‐29を出してこないのは航空燃料不足だけでなく、整備不良や訓練不足、機体の老朽化などのお家の事情がある。
空を舞うオオワシのように、AV‐22は飛翔し、旋回し、静止し、自在な攻撃の手をゆるめない。小鮮人根性そのままに汚れきった船舶が、翻弄される枯れ葉のように逃げ惑う。
海上保安庁が商船の生存者救助に現れたころには、戦場は西に移っていた。
AV‐22胴体内からの滑空型ミサイルが、一撃必殺で北小鮮船を仕留めていく。小鮮ネズミの駆除は、彼らが日本接続水域、約45キロを離脱するまで続けられた。
200海里の排他的経済水域まで追うと、他国の一般船を巻き込む可能性があるからだ。
東京都反撃の報を受けたとき、総理の矢部新蔵(やべしんぞう)はモノも言わずにトイレに駆け込んだ。
驚きと怒りのあまり、お腹がゆるくなったらしい。
長い立てこもりの後、
「あいつ・・・。勝手なことしやがって」を繰り返すだけで、なんの手も打たない。
見かねて、
「懲戒しますか?防衛隊を出して警視庁特別機動隊を叩きましょう。たった2組の艦隊を持つだけです。あとは防衛隊あがりのチョボチョボの兵員と装備ですよ」
と進言しても、
「え?でも。でも、だって、そうなったらこっちも狙われる。川村はキチガイだよ。日本のコトなんかアタマにないんだよ。国内でドンパチはまずいでしょ。内乱になる」
とラチが開かない。
北チョンの大泉が国家の基盤の郵政を売り渡して日本経済を壊滅させ、南の矢部がヤベノミクスで雇用を破壊した。
疲弊し困窮した一般市民は政府の方針を批判はしても、それに対抗し改善する気力も手段も持たない。
矢部の想定では、日本国民は羊のように無能・無力だった。為政者や権力者に唯々諾々と迎合し、批判も反発もしない。
わずかなアメを与えてやれば、さっさとムチの痛みを忘れる下級民どもだ。
その代表の都知事ごときが反旗をひるがえすなど、予想だにしなかった。
万が一にもありうべからざることだったのだ。
東京都から約9,000キロの東京都。
太平洋上の硫黄島は、川崎C‐1「改」の飛行試験場となっていた。もととなった輸送機川崎C‐1は戦後初の国産機であり、多くの期待を担った名機だった。
が、70年安保直前の世情もあって、野党の追及に屈し、返還前の沖縄を除外した航続距離に設定せざるをえなかった。
積載量も6,5トンと少なく、すべてにおいて中途半端で「悲劇の川崎C‐1」と呼ばれる。
東京都知事川村不比等(かわむらふひと)は、この経緯を思うにつけ、個人的な愛惜をいだいていた。
防衛隊から退役を知らされるや、さっそく8機をタダ同然で買い取り、川崎C‐1「改」として新たな命を吹き込んだ。
つまり、胴体・翼をストレッチして燃料・貨物の積載量を増やし、ジャンボ並みのエンジン2つを高く翼上にかかげた。下部にはフロートをつけ、翼先にはウィングレットを装着する。鼻先の給油ノズルも忘れてはいない。
これが東京都の誇る飛行艇川崎C‐1「改」だった。
名機は改良しながらとことん使い倒す。アメリカ方式のこの思想を川村も身につけていたのだ。
10
「ミャォ。ミャォ~」
密林の陰から、小さく優しい声が聞こえる。
そっと近づくと奥に移動し、さらに「ミャ・・・」とささやく。
津馬(つしま)に生息する絶滅危惧種「ツシマヤマネコ」だった。
沖縄のイリオモテヤマネコ同様、ツシマヤマネコも昔から津馬の守り神だ。
観光客なら大喜びするのだろうが、地元では、「猫神が鳴くときは津馬に変事がある」と言い伝えている。
それくらい、ヤマネコは鳴かないのだ。
300名中、地元出身者が5割を占める津馬守防隊内でこの話がささやかれた時、守防隊長、加賀聡介(かがそうすけ)一佐はいやな予感を持った。
呼称こそ一佐だが、連隊長扱いで、同じく駐屯する防衛大臣隷下連隊とは別の指揮権を発動できる。
権限を利用して、独自に何度も幕僚と連絡を取った。
軍事訓練中の奸国艦船がこれまでになく近い。日本側として看過すべきではないはずだ。そのための守防隊ではないか?
更に津馬の軍事基地周辺は奸国企業や奸国系日本人に買い占められている。それに規制すら加えない政府は、為政者として国を売る行為ではないのか?
当然の疑問が得た答えは「静観すべし。政治的スリあわせはついている」だった。
加賀は承服しかねた。
彼の軍人としてのカンは、事態の異常性を警告している。もう、日本国総理や防衛大臣、総合幕僚長にも打診しなかった。
旗下の精鋭とともに密林に潜伏したのだ。
別名『山猫部隊』とよばれる津馬守防隊は言い伝えどおり、猫神の神託に服したのだった。
日本領空内に奸国軍対艦対地上攻撃機F‐16 k24機が飛来したとき、ヘリ空母「曉龍(ぎょうりゅう)以下、東京都打撃艦隊はすでに津馬(つしま)に向けた洋上にいた。
奸国機が基地を発進するや否や、即座に捕捉していた。
津島南西沖では、F‐16k は積載燃料の関係で戦闘可能時間は数分でしかない。なにしろ、空中給油機を持たないうえに早期警戒機もない。
早期警戒管制機だけは4機保有するも、性能はおよびもつかない。
それでも飛んできたのは、イージス護衛艦×1、非特化護衛艦(駆逐艦)×2、対潜戦闘護衛艦×1、補給艦×2、ヘリ空母×1、積載ヘリ×38の、都の微弱な戦力が美味しかったのだろうか?
横須賀に同様のひと組を持つも、それは首都防衛のため動けない。
奸国のおもわくには、遁走した北小鮮よりなんとか戦果を上げて、今後の立場を優位に保ちたいという痛切な願いも垣間見える。
「日本のF‐15より優秀ニダ、ホルホル」とうぬぼれる戦闘機F‐15k(スラムイーグル)を出してこないのは、単に航続距離が足りないためなのだから情けない。
東京都側は当初、電磁波による無力化を志向した。
だが、現場パイロットからの猛烈な反対にあった。血気にはやる彼らは実戦経験を希望したのだ。
すでに報告された「盤龍(ばんりゅう)」艦載機の樫和崎(かしわざき)での戦果が、その意欲に火をつけていた。
実戦経験は必須だ。ケンカも軍隊も場数を踏んだほうが強いのだ。
作戦司令部はこれを了承した。
小さな軍隊の警視庁特別機動隊は、兵員の要求をかなえられる軍団でもあったのだ。
奸国軍も電子化は進んでいるといわれる。
だが、個々を網羅するシステムがなければ黄金は糞にかわる。
衛星と同調できないイージス、形ばかりのレーダーサイトや妨害システム網は穴あきだらけの防空傘にすぎないのだ。
やはり、北小鮮同様、奸国軍にも「日本は抵抗しない神話」は生きていた。
警視庁特別機動隊戦闘機影を認めたとき、奸国軍F‐16 k24機はかなり動揺した。
それでもノイズをたどって8機だけなのを知ると大胆に接近してきた。めくら蛇におじずを地て行くつもりだ。
これには嗤えた。
このノイズ・ジャミングは、かれらの目標物「暁龍(ぎょうりゅう)」を隠すためでなく、ステルス機のF‐35B自体を発見させるためのワナだった。
奸国のレーダー網なら、距離・方位欺瞞でたくさんだからだ、
追撃する奸国機をさらに何もない洋上に引っぱると、真っ先に奸国早期警戒管制機を標的にする。
E‐737(ピースアイ)、この高価な1機は現況奸国軍が稼働できる唯一の機体だった。
上部にMESAレーダーを装備するこの機は、米軍依存の旧体制から脱した画期的なものとされる。
方向や距離を自由に変化させ、目標に自在にビームを放射できる最新電子式レーダーは、たしかにホルホルだろう。360度・370キロを監視でき、空中にある約1,000の飛行体を同時に探知できるというのだ。
うたい文句はまさに立派きわまりないが、現実はそれほど甘くはない。。
自衛電波妨害装置を持つも機器習熟度にかけるから、F‐35Bの前には丸裸も同然だ。
たちまち補足され、空対空ミサイルをくらって堕ちていく。
残るF‐16 kは、自慢の電波補足型対レーダーミサイルとハープーン対艦ミサイルを装備するも、あっという間にめくら・つんぼ状態だ。
警視庁特別機動隊はここでも楽勝かに見えた。
F‐35B(ステルス)がワナを張ったとき、奸国軍F‐16 k、2個小隊8機がそのまま南下していった。
データリンクの不備か、作戦か、パイロットのカンででもあったのだろうか?
そして偶然、ヘリ空母「暁龍」以下、一団の艦隊を発見したのだ。
現代戦であっても目視は強い。
即座に放たれた対艦ミサイルハープーン16発が、低く波間を縫って亜音速で飛来する。
警視庁特別機動隊イージス護衛艦「碧玉(へきぎょく)」が、イルミネーター全自動ミサイル迎撃システムを発動する。
シースパロー・Mk45,5インチ砲・IWS (レーダー付きバルカン砲)で弾幕を張るのだ。
F‐16 kは、万が一を懸念してすでに空中にあったF‐35B4機が高い旋回能力とステルス性を発揮して迎え撃つ。
このとき「暁龍」は物資補給中で、補給艦が寄りそうようにそばにいた。これは乾舷が高く、上部構造物が大きい作りをしている。
ハープーン1発が補給艦を通して「暁龍」に迫る。どんな場合でも撃ちもらしはある。そくざに「暁龍」CIWSが対応する。が、補給艦がじゃまだ。
「ミサイル接近。補給艦は離脱せよ」
「暁龍」からの指令に、補給艦の艦長は叫んだ。
「動くな!もう、動いてもムダだ」
瞬間、爆裂の轟音。
警視庁特別機動隊に、ついに犠牲が出たのだ。当然だが、水上艦船は推進力を作動しても、慣性により急には動けない。
小型軽量2基の高出力ガスタービンを持つも、構造上、後進タービンはない。減速ギアでは、やはりとっさの逆推進には限度があるのだ。
補給艦「五十里(いそり)」は「暁龍」の盾になるかのように被弾、誘爆のために沈没した。
大きな痛手だった。
津島戦にそなえての物資補給だった。そのほとんどが海の藻屑となった今、物資調達は焦眉の急になる。
こんな事態でなければ防衛隊の援助を得られる。だが、現時点では、日本政府の出方によっては、防衛隊すら敵に回るのだ。
「しまった!」
このとき、警視総監の榎戸昌典(えのきどまさのり)は後悔のほぞをかんだ。運が悪すぎた。
恐々、報告する彼に、東京都知事川村不比等(かわむらふひと)は悠然と言った。
「だいじょうぶ。都下の与古田(よこた)基地は補給基地だ。アメリカさんからもらう。今、川崎C‐1「改」の半分は北海道に飛んでいるけど、残りは横須賀にいる。心配するな」
そのとおりだった。
飛行艇川崎C‐1「改」8機はすでに硫黄島から呼びよせられていた。
4機は都に加担する北海道串路(くしろ)駐屯地、第28普通科連隊員を満載し、途中1度の空中給油をうけて津島(つしま)に向かっている。
残り4機を米軍与古田(よこた)基地に送ると、戦場慣れしたアメリカ軍はやることが早い。
たちまち積載完了、そくざに離陸となった。
11
奸国軍は洋上演習の体裁をとっていた関係上、津島(つしま)への重火器の陸揚げは少ない。ロケットランチャーや迫撃砲あたりが主流を占めている。
艦隊編成は第三艦隊(津島方面艦隊)の護衛艦「虫南」「工明」に、イージス艦「世相大王」、最新型揚陸艦「毒島」、潜水艦、駆逐艦、輸送艦、ミサイル艇などの陣容で、体裁は整っている。
夢の戦艦とご満悦の「世相大王」は、16発の奸国産艦対艦ミサイル「会星」を搭載のほか、128セルものVLSミサイル、SeaLAN近接防空ミサイル併設CIWS30ミリゴールキーパー、5インチ単装砲、4連装対艦ミサイル発射筒、3連装短魚雷発射管その他を装備する。
一方、揚陸艦としての「毒島」は戦車こそ持ち込まなかったものの、海兵隊員300名,AAV7水陸両用車10両,通常艦載および指揮機能搭載ヘリ計8機の満艦飾だ。
津島はほとんど抵抗もなく奸国軍に呼応した防衛隊の手に落ちていた。
よりそうように暮らしていた港湾近隣住民は容赦なく奸国企業の敷地内に集められた。巖原(いわはら)町の一部住民500余人が、人質として難民のように追い立てられる。
このときに数件の病人、老人、「冗談じゃねぇ」と抵抗した壮年の殺害が起きた。在日奸国人による十数件ものレイプもささやかれた。
窃盗や強盗、略取なども報告されている。防衛隊ですら、このありさまだ。
奸国軍が上陸したらどうなるのだ?
やつらはベトナムですでに悪名高い。
島民は今更ながらに、島の立地の危険性に思いを致さざるを得なかった。
「平和ボケ」は隠れたリスクの上に成り立っているのだ。
海中ひそかに忍び寄るものがあった。
標的を掌握すると89式長魚雷、艦首6門の発射管を開いた。その先、はるかに奸国孫元1級潜水艦4隻がいる。
発射音に反応し、奸国艦は電波妨害に努めるも、ろくに捕捉もできないまま魚雷をぷっぱなす。。
警視庁特別機動隊「蜃(しん・虹を吐くという龍)」は即座に回避し、レーダー映像とともに、海水を通した爆裂音で3隻の戦果を確認した。
孫元1級潜水艦は推進力に燃料電池を搭載し、AIP(非大気依存推進)機関で潜航する。
従来型より進化はしているが、得られる出力は少ないために鈍い。
残り1隻も蛇に見こまれたカエル同様、逃れるすべはなかった。
奸国イージス艦「世相大王」は当然、これを掌握していなければならなかった。
だが、SPY‐1(レーダー統合システム)を保持するも、探知能力や運用習熟度に劣る。
さらにソナーや潜水艦探知システムに不備がある。
ついさきほど、奸国軍F‐16 k24機がきれいさっぱり消え去った事実すら、正確に把握してはいなかった。
信頼度の低いご自慢のレーダーシステムにくわえて、僚艦・艦載機とのデータリンクにもウソ寒いものがあった。おまけに各艦とも魚雷防御システムには劣化がある。
実戦となった今、「世相大王」から指揮機能搭載ヘリが飛び立ってなお、各艦船はそれぞれ独自に、対空・対艦・対潜水艦に励まなければならなかった。
アジア最大、しかもレーダー・ゴーストで有名な、奸国強襲揚陸艦「毒島(どくと)」はその名のとおり、港湾施設のない海岸にも兵員や物資を陸揚げできる。
「毒島」が津島の北西、海岸線に迫ったジャングル地帯に揚陸していれば、密林に散開した津島守防隊「山猫部隊」は、呼応した防衛隊によって腹背に敵をうけるはずだった。
だが、どういうわけだろう?
この揚陸艦は僚艦とともに、ぐるっと回った南東の巌原(いわはら)港をめざしていた。さらにご丁寧なことに、国際ターミナル付近のきれいな岸壁に接岸し、そこに300名ほどの兵員を上陸させていた。
戦艦が、観光ででもあるのだろうか?
津島空港周辺に陣をはった防衛隊とは別の基地を構築するつもりらしかった。
武器兵員の揚陸を達すると、威容を誇示するかのように、港の入口に陣取った。
潜伏する潜水艦「蜃(しん)」の眼前にこの巨大艦が現れた。
突然、怒涛の水煙が「毒島」から凶暴に吹き上がる。
欠陥無人作動砲ゴールキーパーを恐れて、中央甲板に集約されていた艦載型Mk.99ヘリ(リンクス)が海面に転げ落ちる。
脆弱な装甲、高い重心、舵の効きにくい前過重、外洋を想定しない設計は、こうなったときが恐ろしい。
たった1発の長魚雷で、艦載発電器4基が浸水をうけてたちまち停止する。
「蜃(しん)」は搭載の対艦ミサイルハープーンをぶちかますまでもなかった。
バランスを失った艦体は左舷に大きくかしぎ、破壊された艦躯体・兵器装備が兵員上にガラガラと降り注いだ。
復元力の弱い艦体はそのまま激しいピッチングにもまれる。「アイゴー、アイゴー」の狂声と哀音がわきあがるように艦を取り囲む。
視覚や聴覚を失った者が、恐怖に狂ったように手足を振り回す。血脂でよごれ、焼け焦げた軍服から露出する異臭を放つ肉体。
ゾンビさながらにうごめく重症者の下にわだかまる、もと兵士だった肉塊と臓器。ぬるぬると流れしたたる赤黒い油状の液体にはばまれ、タラップをつかめない欠損した指。
艦内に飛散した揮発性の強い刺激臭で、たちまち呼吸器がただれ、視力が低下する。ひしゃげ歪んだ迷路のような通路。飴細工さながらに垂れさがり、ねじまがったダクトに張りつく人体とは思えない何か。
重い鉄塊、鋭い裂断面の鋼板、複雑に絡みつく配線が、脱出を絶望的にさまたげる。
多くの兵員を艦内にだきこんだまま、「毒島」は非情に海中を目指そうとしていた。
広い甲板が地割れのように裂けやぶれ、重油で濁った海水が鋼壁を引きむしりながらなだれ込んだ。
重い海水にはじかれた乗員が、フィギアのように艦壁に激突して飛び散る。塩水に洗われて妙に白々した幾つもの人体が、幽鬼のごとく波間を浮遊する。
ドミノ倒しに似て、次々と隔壁を破壊する水圧が、冷酷、確実に艦内の空気を奪った。海水の突入につれ、ドウン、ドウンと、艦壁は巨大な動悸さながらに脈打つ。揚陸艦最後の秒読み段階に入ったのだ。
浮力を失った「毒島」は横腹を見せ、波にくぐもって軋んだ。
こうなっては艦の存在自体が、乗組員の敵になる。
黒々とした渦がゆっくりと回転し、逃れようとする兵員を次々に引き込んで拡大していく。
空しく海面をたたくのは、死者か生者か?
配線に海水が触れたのだろうか?突如、ゴールキーパーが作動する。
やがて奸国自画自賛の高性能自動砲は、無駄にミサイルをバラまきながら、艦躯体とともに華々しく波間に沈下していった。
最強とうたう強襲揚陸艦「毒島」に対し、「蜃(しん)」は止めを刺すことすらしなかった。
轟沈の勝利を祝うこともなかった。
瑞祥をあらわす虹を吐く龍は、敵艦撃沈を確認するや、冷静に次の標的に爪を向けていた。
潜水艦4、強襲揚陸艦1の損害を受けて、奸軍はやっと「蜃(しん)」の存在を探知していた。
艦隊こぞっての大反撃が予測された。
警視庁特別機動隊作戦司令部は、戦力の逐次投入を志向した。「暁龍」艦隊に1隻しかない潜水艦を万が一にも失ってはならないからだ。
現実には考えられないことが起きていた。
奸国艦隊が我先に敗走を始めたのだ。
まったく、相手が強いとみると、このていたらくだ。北小鮮も奸国もやり口はまったく変わらない。
第三艦隊(津島方面艦隊)の護衛艦「虫南」「工明」が俊足を生かして真先に逃げ出せば、駆逐艦、輸送艦、ミサイル艇などが必死に追従する。
貪欲に武器弾薬を積載して鈍足化したイージス艦「世相大王」は、たちまち置き去り状態になっていた。
警視庁特別機動隊イージス艦がかけ続けていたレーダー・ジャミングすら不要だった。
「蜃」はためらいなく、2発の魚雷を発射した。
命中の衝撃波と1歩おくれた轟き。
割れ裂け、ひしゃげ、引きちぎれる金属音が、アポカリプティック・サウンド(終末音)に似て、耳を圧して響き渡った。
自ら満載した弾薬による誘爆に次ぐ誘爆。
これほど短時間での危機的状況への推移は、おそらく弾薬庫の基本である、庫の隔絶と、何重もの隔壁がなされていなかったのだろう。
「世相大王」の、中型LNG(液化天然ガス)タンカーにも匹敵する爆発力は、はるか海中にいる「蜃」すらグラグラと揺るがした。
それがこの奸国艦の最後だった。
「武器満載見世物主義」の犠牲になった哀れなパレード艦は、強襲揚陸艦「毒島」同様、ろくな反撃もできないまま津島沖に没したのだ。
12
津島上島(つしまかみしま)、下島(しもしま)の人々は港に近い巖原町の不穏な状況を見て、自ら亜熱帯樹林に逃れていった。
高齢者が多く着の身着のままだが、勝手知ったるジャングルの中だ。下島住民たちは次々と「山猫部隊」と合流した。
「とにかくたくさんの奸国兵」
恐怖のためにそんな証言が多かったが、冷静に分析すると、大体2~300名らしい。
奸国強襲揚陸艦「毒島」は本来なら、海兵隊700名を積載できる。
この程度の人数なのは、防衛大臣隷下連隊400名と連携のうえで、島を制圧するつもりなのだろう。
防衛隊は足回りとして各種トラックはもちろん、高機動車や軽装甲気動車を持つ。
火砲も84mm無反動砲、中距離多目的誘導弾、120mmRT迫撃砲などを所持する。
自分の足と小火器のみの津島守防隊「山猫部隊」は、装備の面でもはるかに劣るのだ。
巖原港沖の異様な爆発音は矢立山北東に散開する守防隊の耳にも届いた。
「世相大王」と「毒島」の撃沈に続く奸国軍の敗走は、上陸した奸国マリーンに最も大きな衝撃を与えていた。
さしあたり頼りになるのは、呼応した防衛大臣隷下連隊400人しかいない。
敵地に置き去りの恐怖が、本来の凶悪ぶりを露呈した。
脱走しようとしたという理由で巖原(いわはら)住民に弾幕を張り、多くを殺傷した。老人や子供にも容赦なかった。考えられないような年齢の女性にも、レイプの魔手が伸びた。
国境の島、対馬の陰惨な歴史は現代にいたってなお繰り返されたのだ。
まだ奸国揚陸兵器や物資が雑然とする巖原港周辺から北の位置に、津島空港がある。
普段は観光の拠点だが、今は参原(さんばら)から進軍した防衛大臣隷下連隊400名の基地になっている。
その背後とも言うべき位置に、あまり見ない形の航空機が接近していた。
北海道串路(くしろ)駐屯地・第28普通科連隊員を積載した飛行艇川崎C‐1「改」4機だった。
空港北西の三津町黒脊(みつまちくろせ)あたりの複雑な海岸線にまぎれて、フロートで優美に着水する。
そのままゴムボートで溺れ谷のなかを南下し、ユウレイ鼻を回った先の、人気のない密林につぎつぎと上陸した。第28普通科連隊200名はひそかに、約10キロ先の津島空港を目指したのだ。
不思議なことに、その一隊から分岐するように2台のカワサキKXL250バイクが南下して行く。
隊員の背中には銃身の長い、スコープ付き50口径バレット対戦車ライフルが見える。
先頭を行くのは下田啓太(しもだけいた)、続くのは栗塚容(くりつかいるる)だ。
都の開発飛行艇、川崎C‐1「改」の飛行試験場でもあった硫黄島は、さまざまな市街戦を想定したキリング・ハウスをもつ、特殊部隊養成基地にもなっている。
彼らは米軍と合同で激烈な訓練を乗り越えてきた。
優秀な狙撃手として成長した2人は、人質の巖原町民を奪還すべく、ジャングルの小道をひたすら下って行った。
それに呼応して津島守防隊「山猫部隊」の反撃がはじまろうとしていた。
ゲリラ部隊の彼らも優秀なスナイパーを養成している。
港湾部に進撃した300名の本体とは別に精鋭3名が厳選され、巖原(いわはら)住民が隔離される奸国企業敷地周辺にひそむ。
そのスナイパー・ライフルはレミントンM700で、スコープなしの30口径だ。隠密部隊の「山猫部隊」はレンズの反射を嫌って、基本、スコープはつけない。
奸国企業用地は広く、港の1等地から山側までを占めている。こうした敵地が防衛隊基地周辺にもいくつもあるのが実情だ。
まだ、陽は傾いた程度だ。
敷地内は、町民の一部を殺戮したせいだろうか、なんとなく荒れた感がある。
周囲は高い網目フェンスに囲まれていて、裏側の緑濃いあたりにいくつもの怪しげな穴が掘られていた。
なにかを引きずり出してはそこに放り込み、重機でさっさと埋めていく。建物内部からは押し殺した泣き声や小さな念仏の唱和も聞こえた。
警戒のためだろう、奸国兵や奸国人従業員らしき影が、いくつも周りをうろついている。
いきなり、パタパタとそいつらが転がった。
電池の切れた木偶人形そのままだ。
驚愕のちいさな悲鳴をあげて、建屋に逃げこもうとした数人が、たちまち同じ運命をたどる。
敷地外部からの正確な狙撃だった。
かなりの遠距離で、しかもフェンスの網目を通してだ。
そのあたりの植生を使ったギリー・スーツが、たくみなカムフラージュを可能にする。
知らずに出てきたいくつもの人影が、また地面に昏倒する。静かで冷徹な殺戮は気付かれることなく、着々と進行していった。
港のほうから物資を満載した73式大型トラック2台がやってくる。
高機動車と同様のシャーシを持つ防衛隊の新型だ。
奸国企業ゲートを抜けると、倉庫のある東に向かった。
「山猫部隊」狙撃手3名から見て、逆方向だ。
倉庫のシャッターを開け放し、奸国兵が誘導する。バックで侵入していくトラックが、相次いで倉庫内に収まった。
瞬間、閃光とともに、引きちぎれたいくつもの肉片があたり一面に散らばる。
鉄骨がゆがんでねじれ、抜け落ちた天井からは黒煙が猛然と噴きあがった。
かなり離れた一般道から、特徴あるカワサキKXL250のエンジン音が肉迫し、あっという間に2メーター50のフェンスをはね超える。
下田啓太(しもだけいた)と栗塚容(くりつかいるる)だった。
彼らが73式大型トラックを網目フェンス越しに認めたとき、まだかなりの距離があった。
敷地に並行する路上ではあったが、バイクを止めて右方向に狙いをつける時間はない。
とっさにハンドルを固定し、背の50口径バレット対戦車ライフルを引き下ろすと、サドル上に立ち上がり1発づつ騎射したのだ。
弾丸は正確にトラックのエンジンをぶち抜いた。
満タンの燃料は、予想どおりに倉庫を吹き飛ばした。
突然の爆発に、大あわてで群がってくる奸国兵および奸国人は、バイク上の人物を視認する暇もなく血しぶきのかたまりになる。
敷地内を縦横無尽に蹂躙するカワサキKXL250の機動音が、死神の哄笑のように響き渡った。
津島巌原地区の人々の悲劇は3人の「山猫部隊」狙撃手の証言を経て、東京都知事、川村不比等に伝えられた。
普段温厚な彼が顔色を変えた。
「奸国兵は殲滅する。一兵も残すな!」
警視庁特別機動隊の最高指揮官として、否、日本人としての当然の心情だった。
300名の津島守防隊「山猫部隊」本体は忠実にそれを実行した。
港湾を確保する奸国部隊もほぼ同数の特殊部隊だが、M60機関銃・AT4携行対戦車ロケットランチャー・81mm中口径および120mmRT迫撃砲を所持している分、火器には恵まれているかに見える。
が、市街戦でも「山猫部隊」は忍者さながらだった。
神たるツシマヤマネコに守られた神兵たちは、気配や所在を消し、すばやく隠密裏に敵地に侵入した。
連携を密にとり、ドローンを飛ばし、狙撃し、軍服をうばって岸壁の複数の迫撃砲を確保する。
侵略兵どもは、さっきのトラックの爆発音に反応して、韓国企業敷地内に関心が向いている。
外港に筒先を向けていたはずの迫撃砲が、いつのまにか自分たちに照準を合わせていた。
気づいた奸国兵数人が死に物狂いでAT4携行対戦車ロケットランチャーに飛びつく。
M60機関銃の発射音とともに機銃弾が山猫隊員の周囲を蹂躙する。これは200発が銃身交換のタイミングだが、加熱のため手間取る。
つまり、機銃が息をする間が長いのだ。
「少しは骨があるか」
嗤って物陰から狙撃する。
機銃手は無力化し、ランチャーははるかに逸れる。
狙撃はきわめて的確で有効な殺戮手段だ。
声もなく倒れていく味方に震え上がった奸国兵が、われさきに港湾施設の中に転げこむ。それに向かって81mm中口径・120mmRT迫撃砲をぶちかます。
投降降伏は許さない。
津島守防隊「山猫部隊」にとって、建物や施設、空き地や木の茂みにいたるまで、勝手知ったる我が庭だ。
侵略者どもの逃れようとするすべは、すべて徒労に終わった。
地の利を十二分に生かした殲滅は冷徹で迅速に進行した。
津島住民に地獄を見せた奸国兵は、その所業ゆえに壊滅したのだ。
津島空港に陣を張った防衛大臣隷下連隊400名には別の運命が与えられた。
進軍した北海道串路駐屯地・第28普通科連隊はまず、投降の呼びかけを行っていた。
その上空を戦闘機F‐35B・ガンシップAV‐22・戦闘ヘリAH‐1Wが航空祭さながらに飛行する。
滑走路のはるか南東には「暁龍」以下の艦隊が垣間見える。その威容は戦意をくじくに十分だった。
防衛大臣隷下連隊は一兵も損せず投降した。
もとより、防衛大臣命令に忠実に従ったに過ぎない。そのため奸国軍には呼応したものの、別の作戦行動をとっていたのだ。
ただし、複数件起きた防衛隊の住民殺害と、在日奸国人による十数件ものレイプは看過できない。
防衛大臣隷下連隊は、警視庁特別機動隊の監視のもとに犯人の割り出しを義務づけられた。有事であっても自国一般人の殺害は重大犯罪であるからだ。これは防衛隊警務部により一般の刑事裁判にゆだねられることになる。
国防軍は国亡群であってはならないのだ。
在日奸国人も当然、厳正な法のもと、悪辣外道な大罪をつぐなうのだ。
13
そのころ、川村不比等は都庁執務室から、はるかに東京の街々を見渡していた。
車が走り、電車が動き、空にはヘリや航空機も見えた。
新潟や津島でおきた変事のニュースに驚きながらも、東京の街はいつもの顔を見せていた。
都知事になって一年三カ月、思えば感慨深いものがあった。
川村は東京都知事としての本来の業務に、少しづつ自らのアイデアをプラスしていた。
プライドの高い上級公務員どもに自分の構想を理解させ、おだて、すかし、てなづけ、時には取引してまでだ。
彼は日本各地をつなぐ新幹線網に目をつけ、まず高速鉄道輸送に着手した。
その昔、鉄道を利用した「チッキ」という輸送方法があったが、それを応用し、道路を使わず駅と駅で荷物の受け渡しをする。
当初は新幹線車両に貨物車を連結し、やがて貨物車のみを増発する。それだけで、渋滞も事故もなく、時間に正確な流通が確保できる。
もちろん、トラック輸送も併用する。
過重労働にあえぐ運転手には余裕ができ、安価で確実な鉄道輸送は運送会社にも歓迎されていた。これには新幹線路を持つ県たちがこぞって賛同した。
東京都主導で民間に委託し、すでに軌道に乗ったと言っていい。
それと同時進行のかたちで、さらに大きなプロジェクトが進んでいた。
「小さな原発」計画だった。
このほど、中共ではコンテナに収まる小さな原発を開発したが、川村はすでにこれを、さらなる遠大な計画のもとに着手していた。
いわゆる「一家に一原発」政策だ。
都がが東京都民全世帯に、原発を一個づつ提供する。
それで生活に必要なエネルギーすべてを、さしあたり30~40年程度まかなう。そして3、40年たったら、順次総入れ替えをおこなう。
今は人里はなれた過疎地域は、東京都にだっていくらでもある。
そこで燃料の入れ替えと廃棄物処理を集中して行なえば、なにも制御しにくい巨大原発に執着することもないのだ。
地域に雇用を生み出し、東京中から送電線と電柱がすべて消えれば、それこそ「美しい東京」の実現ではないか。
そもそもこの構想の基盤は、現実にある「東芝4S」をもとにしている。
が、実際問題として、中共のコンテナサイズを待つまでもなく、原発は「手の平サイス」以下が実現できるのだ。
ほんの小指の頭ほどの核燃料を密閉し、わざとエアコン室外機ほどの大きさの機器にする。金庫並みの重量と取り出しにくさで、犯罪に使おうなどというバカはいなくなる。
第一、それっぱかしの核で何ほどのことができるのだ?
あつめる危険と労力の困難を思えば、家庭用のガス管に火でもくっつけて歩いたほうが、よっぽどテロになるだろう。
先の中共艦上戦闘機J‐15のハリボテの件もそうだが、川村は肝心なところは黙して語らない。
ひとつだけ明かしておくなら、鉛装甲の厚い小さな原発は、電磁パルス攻撃などでは影響をうけないのだ。
これは今後、非常に重要な国家戦略となる。
着々と進行する「小さな原発」構想はすでにメドが立ち、都民家庭に配備計画のほか海外にも打診していた。台湾その他の国々が大いに興味を示し、開発には弾みがついている。
各国の注目は経済性だけではない。小さな原発によって大量に余る銅と鉄はそのまま武器弾薬に転用できるのだ。
この種々の構想は東京都知事川村不比等の就任時からの悲願だった、
都の財政は都民の税金だけに頼らない。
東京都が率先して画期的な産業を立案し、着手する。都の金看板を背負ったエージェントが世界市場に打って出て需要を確保する。
都が営業し、商売をするのだ。
成功すればやがて、都民は税金の呪縛を脱する。うまくいけば都が利潤を都民に還元できる。つまり都が都民に税金を支払うようにもなれるのだ。
この発想の逆転こそ政治ではないか!
川村の構想は都知事就任後、一年三カ月になんなんとする現在、当然ながら東京都民の圧倒的賛同を得ていた。
歴代の都政に失望しきっていた彼らは、ここにきてやっと自らの将来に希望を持ち始めたのだ。所得税・消費税をはじめとする何重もの課税に苦しむ都民たちのなかに、
「なんか、将来がちょっとは明るくなったよね」
という会話が生まれてきていた。
だが、これを聞いてぶっ飛んだ業界・財界は多くあった。利潤を独占し、利権をむさぼり、権力と結託して財政国政を私物化していたシロアリどもだ。
シロアリは何も、官僚だけには限らない。
現行社会構造のすみずみにはびこり、国家の屋台骨を食い荒らしているのだ。
執務室の電話が鳴った。
そばにいた第一秘書がさっと取って、丁寧に応対する。意味ありげに微笑して、黙って受話器を渡してきた。
「もしもしっ、あの、防衛大臣ですけどっ」
ヒステリックな声が耳に当てる前から響いてくる。
まるで町内会のオバサンなみの態度と言葉遣いだ。
「ああ、今田良美先生。お久しぶりです」
川村が悠長に返事をする。
今田は落ち着くどころか、よけいイラ立ったようで、
「あのね、あなた、とんでもないことしてくれたわねっ。わたしの立場はど~してくれるのよ?防衛隊をさしむけるわよ。当然でしょう?おとなしく出頭しなさいっ。自分のやったことわかってるでしょっ」
とたたみかけてくる。
「もちろん、承知しております」
「っじゃ、ないでしょ?あなた、防衛隊と一戦交えるなんてことはないわよね。自国の軍隊と戦うなんてことはしないわよね。あたしが、あたしが困るのよ。あなたがこんなことして、あたしが黙ってるわけにはいかないのよっ。立場、わかるでしょ?あたし、防衛大臣なんだから。約束してっ。防衛隊が行ったら、おとなしく武装解除するって」
「ええ、約束します。警視庁特別機動隊は防衛隊には何もしません。防衛隊は侵略軍ではないからです」
「侵略って…。あなたが勝手なことしなければ、侵略なんかじゃなかったのよ。ま、とにかくいいわ。絶対、何もしないってことねっ」
電話は一方的に切れた。
「やれやれ、防衛隊が来るって。矢部チョンは臆病だなぁ。ま、こっちを本物の反乱軍に仕立てあげる腹積もりもあるな。マスゴミからバンバン嘘ながすつもりだよ。こりゃ、都知事は国家反逆罪で死刑確定だなぁ」
川村の笑顔に周りの秘書たちも笑った。
「日本国にとっては、矢部政権や野党こそ反逆者じゃないですか」
「うん、でも歴史ではよくあるやり口さ。だが、君たち、反逆の汚名を着るかもしれない都知事に、本気でついてくる気なの?もちろん、君たちは罪には問われないけど、出世は遅れるぜ」
「いいんです。今の東京都のほうがずっと面白い。同じ仕事ならやりがいがあったほうが、絶対いいです。東京都は現行政府から独立しましょうよ」
第一秘書の山口匠(やまぐちたくみ)が冗談めかして言う。
彼は川村とかわらぬ40代だ。
「あれっ?東京都独立なんて、ど~して知ってるの?山口、おまえ、スパイしたなぁ?」
「そんな。わたしたち5人はあなたの秘書ですよ。警視総監さんや与古田基地の司令官さんとの密会密談。いくらわたしたちを排除したって、そりゃピンと来ますよ。全員があなたとともありたいんですから」
「う~ん。雇い主の秘密すらあばいちまうほど優秀な、公設秘書を持ったってことか。喜んでいいのかなぁ?」
川村がわざと憮然とすると、その場の全員が爆笑した。
秘書たちも生きがいとやりがいに飢えているのだ。
低次元に閉塞し、言動や結果に責任を取らず、やったもん勝ちがすべての日常は、なにも政治経済の世界だけではない。
社会全体が腐臭まみれの身勝手主義に堕ちている。
その行きつく先は国家の疲弊と社会の弱体化だ。向上心に富み、能力ある人間ほど、安易な堕落にはがまんができない。
心ある人々は老いも若きも、新生日本を志向しはじめていた。
14
「いやぁ、壮観ですな。横須賀の海が船でいっぱいだ」
ムシムシ制作者の茂原康之(もばらやすゆき)教授がはしゃいだ声を出した。
相変わらずの乱れた白髪頭を、海風になびかせている。
たった二組の艦隊しか持たない東京都は、武装解除と兵器兵員引き渡しのために横須賀に待機していた。
ヘリ空母「暁龍(ぎょうりゅう)」艦橋上には、最高指揮官の東京都知事、川村不比等(かわむらふひと)」がいるから、これが旗艦になる。
防衛隊や警察組織が続々到着して来ているので、彼はここから逮捕投獄となり、人質の警視総監は救出される筋書きなのだろう。
「防衛海軍さんはおヒマなんですね。舷側は兵隊さんでいっぱいですワ」
警視総監、榎戸昌典(えのきどまさのり)も目を見張って苦笑いする。
「国家反逆なんか、やるもんじゃないですねぇ。艦載の大砲やミサイルがみんなこっちを向いている。まるでオーバーな品評会だな、観閲式なんかとは段違いですよ。怖い怖い~」
「防衛大臣が女性だからね。われわれの反撃を懸念しているというより、全軍に指揮する自分に酔ってるんだろうね。セレモニーになってる。本当は戦車や航空機も動員して、示威に励みたいんだろうけど、道路や空を占拠すると経済界からブーたれられる。だから、手のあいている戦艦を引っ張り出したんだろう。こうしてみると防衛隊さんの兵力、かっこいいじゃないか」
川村の言うとおりだった、
警視庁特別機動隊に対抗するつもりだろうか、イージス艦「愛宕」に新鋭の「足柄」、ヘリ空母「出雲」。
このほか横須在駐護衛艦の「旗風」「村雨」「雷」、遠くには第二護衛群の「霧島」「照月」「高波」「大波」あたりが見える。
マニアやオタク、好きモノでなくとも、この威容を見れば心がおどるはずだ。
「暁龍」の足下の岸壁に数台の黒塗りの高級車がやってくる。
先頭はなんと防衛大臣、今田良美を乗せたオープンカーだ。観閲式に時の総理を乗せるアレに今田が乗っている。この日のために女性用の最高指令礼服を新調したのだろう、白に金の縫いとりがキラキラと美しい。
整列し敬礼を送る海軍防衛隊員に答礼しながら静々とやってくるありさまは、反乱軍武装解除というより、おいらん道中に見える。
実に平和な光景だ。
それを見つつ都側は艦橋を降り、甲板に向かう。
「う~ん、おばさん、すっかりアイドル気分だね。無防備すぎると狙撃しちゃうぞ」
でっぷりとした腹をさすって榎戸がつぶやいた。
人質のはずの警視総監が狙撃とは、おだやかでない。
やがてタラップを上って防衛大臣がやってくると、都知事以下、警視庁特別機動隊の高官がいっせいに挙手の礼をとる。
それが合図だった。
ブゥワヮヮヮワワワワ~~ンン。
東京都艦隊のあちこちから、白っぽいグレーの煙のようなものがわきあがり、たちまち防衛隊艦船に広がった。
あちこちで隊員たちが露出した顔や手足を振り回したり、何かをつかもうとしているのが見える。
この「暁龍」上でも白の夏用礼服の高級防衛官が、帽子をふりまわしたり、手を打ち合わせたり、足踏みをし始めた。
せっかくの厳粛な晴れ舞台をジャマされた防衛大臣、今田良美が不機嫌に目を吊り上げる。
そのうちに防衛高官たちがパタパタとその場に倒れ始めると、彼女の顔は恐怖に変わった。
「なにあれ?蜂?やだっ、怖っ」
尻込みして逃げ出そうとするのを、隣にいた榎戸が引き止める。
「怖くはないですよ。ほら、防衛大臣にもおひとつプレゼントします」
彼女は震え上がった。
「いやぁ~。虫っ、虫きらい~~」
手に握らされたムシムシは彼女の指にくっついて離れない。おもむろにチクリとやられたのだろう。
今田はしばらく朦朧としてあくびをひとつするなり、榎戸に倒れこんだ。
「はい、お姫様だっこ。あ~、この人、案外重いワ」
「う~ん」
茂原教授がしかめつらしくうなづく。
彼はこのコガネムシ大のムシムシ攻撃を、立派なロボット戦闘と位置付けている。
アタマにセンサーを持ち、画像処理で目標兵を探し出し、露出した皮膚にくっついて静脈に麻酔液を注入する。
目的を果たし、あるいは果たさずとも、セットした規定時間内にはさっさと帰投して、自分から充電器に吸着する。
成人男性を基準にした麻酔の効きは1時間ほどで、女性はそれより10~20分ほど長くなる。もとより軍服にしか反応しない設定にしてあるから、一般人には無反応で無害だ。
「どうですか、教授。成果は満足できましたか?」
川村に問われて、茂原はにんまり笑った。
「さらに小型化すべきですな。そして、愛らしくね。ラメでもつけるかな。女大臣が怖がっとったですよ。今は女性兵士も多いんでしょう?ご婦人を怖がらせちゃいかんです」
どうやら教授の関心事はそっちのほうらしかった。
「なんなんだよっ、えっ?なんなのっ?」
総理の矢部新蔵(やべしんぞう)の金切り声が響いた。
報道ヘリこそ出していないものの、ドローンやイントレ上のカメラからは、東京都艦隊の武装解除と降伏の様子が刻々と伝えられている。
このまま川村を始末し、新しい東京都知事を例の選挙集計機をつかって不正に選出すれば国内は丸く収まる。
都の人質になったらしい腑抜けの警視総監は解任すればいいことだ。
中共、北小鮮、奸国は目を吊り上げてくるだろうが、総理の自分にへそを曲げられては、無血開国どころか本物の流血戦になる。
基本、臆病なこの国々は、そんな事態は避けるに決まっている。
業腹なことに都知事、川村不比等は都民に人気だ。だが、マスゴミを使ってくりかえし洗脳すれば、愚かな国民はいともたやすく手の平を返す。
褒美に消費税でも下げてやれば、たちまち川村の業績など忘れ去る連中なのだ。
(無事、落着しそうだな)
と、内心安堵したばかりだった。
「毒ですかね?…死んでません?」
側近が怖々聞いてくる
「まま、まさか?そそそそんなことはないだろ」
言いながら、声が震えだす。
川村は本気でクーデターを起こす気なのか?
得体のしれない灰白色の霧が、今にも総理官邸にも湧きだす気がして、及び腰で窓を見まわした。
「総理、このような事態になりましたが、いかがいたしましょう?」
いきなりモニターから川村に問いかけられて、矢部はビクンと飛び上がった。
顔色が青くなっている。
予想外の事態に、TVカメラマンたちは当初、あわてはした。だが、カメラさえあれば、崖からでも転げ落ちる連中だ。意外な展開にはかえって心が躍る。
インカムで語りかけてくる都知事をいっせいにドアップにする。
東京都はいつの間にか、とんでもない武器を手にしていたのだ。
矢部新蔵にはそれが、悪魔以上の恐怖に見えた。川村はいつもニコニコ如才ないくせに、やることは恐ろしいのだ。
口をきこうにも、言葉が出ない。あわあわと唇を震わせるだけだ。
「ご心配なく」
彼の心を見透かしたように川村が微笑する。
「みなさん、いい気持ちで寝ているだけです。業務中ですが、叱らないでやってください」
矢部のひきつった顔が、それでいくらかゆるんだ。
「こんなことして、ど、どうする気なんだ?え?なにがしたいんだよ?」
首相官邸からの中継はないから矢部のことは見えないはずなのに、川村は自分の口に指をあて
「シーッ」
と、矢部を制した。
「東京都独立を希望します!」
「は?ええっ???な、なに言ってる?いきなり」
再び、矢部新蔵の声には震えが来た。
現場のTVカメラマンもさすがに動揺したらしく、三脚上の固定カメラがグラグラとゆれた。
「東京都は新たな核抑止力の用意があります。必要な実験データは、すべてアメリカ合衆国から提供されました」
「ウウウ、ウソだっ、ウソに決まってる。ありえないっ。せ、世界が承認しないぃぃっ」
矢部の金切り声は絶叫に近かった。
矢部の頭の中には核兵器が浮かんでいるのだろう。
無理もない。
アメリカの構想としての日本核武装論は、かなり前から浮上している。おまけにウソかホントか、ついさきごろ、北小鮮も核弾頭の保有を明言したからだ。
川村がこの場で核と言うからには、東京都独立を拒否すれば、核を行使するという含みだろうか?
だが、抑止力には電磁誘導を利用した、超電磁砲(レールガン)などもあるのだ。
15
いきなり、ホットラインが鳴る。
日本国内閣総理大臣、矢部新蔵はもう一度飛び上がった。
ビビりながらも急いで体裁をとりつくろう。。
TV電話は現在、直通回線だ。東京都知事川村不比等の画面がそくざにアメリカ合衆国大統領、ドナルド・ジョン・トランプに切りかわる。
英語のできない矢部のまわりを語学に堪能な秘書や側近が取り囲んだ。
「ヘ、ヘロー、プレジデント。あ~。ハ、ハ、ハワァユー」
矢部はトランプが決して好きではないが、今は悪鬼の川村から解放される気分だ。だが、いつのも仏頂面からの第一声はコレだった。
「矢部くん、我が軍に艦載砲を向けるとはなにごとだね?USAは同盟国だが」
「はぁ???」
矢部はとまどって素っ頓狂な声を出した。
トランプの顔がイライラとけわしくなる。
「きみの防衛隊どもの筒先が、わたしの横須賀前進基地に向いているのは、どういうことだと聞いているんだ」
矢部はとっさに警視庁特別機動隊の旗艦「暁龍(ぎょうりゅう)」の停泊位置を思い出した。
狭い湾内だ。岸壁のすぐ後ろには米軍艦船がひしめいている。
いわれてみれば、たしかに米軍基地を狙い、牽制しているかに見える。
「あっ、まぁ、その。そう見えるだけです。わたしはこの鉄壁の同盟を強固に維持していく心づもりです」
「そうだろう?」
トランプは歯をむき出して笑ったが、目は笑っていない。
「では、それを証明し給え」
そばにいた防衛副大臣が、飛び出すように部屋から消えた。
「顔色がよくないね、矢部くん。さて、今の東京都独立の話だが、都知事の話は事実だよ。4人のわたしの忠実な側近もすべて承認済みだ」
二度目のカウンター・パンチだ。矢部のノミの心臓はこれでぶっ飛んだ。
クラクラとめまいがした。
4人の側近とは、ホワイトハウス付ジョージ・マティス国防長官(元海兵隊大将)、ジョン・F・ケリー大統領首席補佐官(元海兵隊)、ハーバート・マクマスター国家安全保障問題担当補佐官(陸軍)、米軍付ジョゼフ・ダンフォード米統合参謀本部議長(海兵隊司令官)のことだ。
いくら大統領権限が強いといっても、彼らの承諾がなければトランプはただの裸の王様だ。それが承認をとったと言っている。
つまり、この件に関しては、トランプは最強の権限を持つということになる。
アメリカはついにポチたる日本国を蹴り飛ばし、東京都という新たなドーベルマンを手なづける気なのか?
突っ立っていた矢部は耐えきれず、ヨロヨロとイスにへたり込んだ。
周りがガヤガヤとやかましい。
閣僚、官僚もぞくぞく駆け付けているようだった。
「内政干渉ですよ!わたしはいったいどうなるんです?日本国には政府慈民党(じみんとう)があるのに、いきなり東京都独立なんてキチガイ沙汰だ」
部下の大臣たちの前でとりみだすわけにはいかない。
矢部は強いて落ち着いた声を出したつもりだったが、あきらかに裏返って震えていた。通訳の声もうわずっていたのが、やけにカンにさわった。
「いやいや、ヨーロッパ・アフリカ・アジア・ロシア圏ですら独立を望み、果たした国々は多い。国連は基本、それを支援・承認するからね。矢部くんだって、知らんわけじゃないだろ。それともチェチェンに対するロシアのような態度をとる気かな?得策ではあるまいよ」
チェチェン共和国はソ連邦崩壊とともに独立を希望したが果たせず、内乱状態になっている。独立させない理由は、その豊かなパイプラインにあるといわれているのだ。
茫然となった矢部に、トランプはニンマリほくそ笑んだ。
「おっと、これ以上はそれこそ内政干渉だ。さぁ、今から横須賀に飛んで、都知事とよくよく話し合い給え。最高の判断と結果を待っているよ」
ホットラインは氷のような空気感を残して切れた。
16
内閣総理大臣、矢部新蔵は防衛隊ヘリで、文字どおり空を飛んでやってきた。
「暁龍」甲板上に降りると、両手親指を結束バンドで拘束された防衛隊員の群れがいやでも目に入る。
気の小さい矢部はそれだけで冷汗が出るのに、指令官室前では側近の入室を禁じられた。
半分心配そう、半分侮蔑的な秘書やSPたちの目の前で、ドアは非情に閉じられ、
「総理、ご足労ありがとうございます」
という東京都都知事、川村不比等の慇懃な声が聞こえた。
「どうぞ」
かたわらのイスをすすめられて、汗をふきつつ座り込む。
「い、いつから、あの赤ら顔オヤジと連絡をとっていたんだ?」
どもりながらの、性急な質問が少し笑える。
「手札(てふだ=トランプ)さんとですか?いやいや、ほとんど話してはいませんよ。仲介者は米軍与古田基地司令官のマイケル・C・ヘブンさんです。。総理のあなたより、よっぽど日本びいきですよ」
さっそくのイヤミに、矢部はふくれっかえる。
「じゃ、今回の件はマティス国防長官以下の、あの4人の取り巻きか。そういえば全員、軍出身だった…。うかつだったよ。おまえは知事の前は軍事学者だものな」
不機嫌極まりない声を川村はやんわり受け止める。
「まぁ、犯人探しはそれまでにして、現実を見ましょう。東京都の都有地はご存知のように、日本の島嶼部・辺境・国境部をぐるっと網羅しています。つまり、200海里の排他的経済水域では日本国の中に東京都があるのではなく、東京都の中に日本国があることになる」
「……」
矢部はしょっぱなから返事に窮する。
「仮に今、東京都を東京国と呼ぶことにして、日本国は東京国の領空・領海を通行しなければ外にも出られないのが現実になります」
「はっ!なにを言って、」
「おっと、まだあります。総理のあなたも、防衛大臣さんも、東京国は微弱な兵力しか持たないと思っておられる。しかし、本日のムシムシはロボットです。東京国はこれを、すでに東京国の総人口以上に保有しています。今日のところは麻酔薬でしたが、それが他の劇物だったら?」
矢部新蔵はやたらに顔面にハンカチをこすりつけた。
「東京国がまったく新しい技術産業に従事していることはご存知ですね。今のところシロアリはいません。クリーンな国政はそのすべてを、そのまま東京国民に還元できる利点を持つのです」
シロアリの言葉が、ちょっと耳に痛かった。
矢部は吐き捨てた。
「シロートがなにを言っとる?理想論が聞いてあきれる。そんなことをして、仮に日本国民が東京国がいいって殺到したらどうする。たちまちインフラはパンク、狭い土地には人がひしめき、土地価格や物価は急上昇、混乱と怨嗟の声が高まるだけだ」
彼は為政者として、十分な反撃をしたつもりだった。
だが、小面憎いことに川村はクスッと笑った。
「聖書をご存知ですか?『神の国は招かれるものは多いが、選ばれるものは少ない』。東京国は来たれるものには門戸を開くつもりです。ただし、憲法違反の『在日特権』は即刻廃止します。多額の財源が浮きますからね。そして、奸国人は東京国民以上の課税対象にします。当然でしょう。世界を見なさい。同様のことをしている国々は多い。だからみなさん、困難であっても市民権をとりたがるのです。これで在日奸国人は日本国のほうに流出しますよ。いいじゃないですか。だって、あなたは…」
川村は言葉をにごして、意味ありげに総理を見る。
南チョンの矢部はとぎまぎと視線をそらした。
「どうやって、アメリカを抱き込んだんだ?」
「モーションは向こうからです。すでにあなたも気づいていることですが、警視庁特別機動隊構想自体がすでに伏線でしたね」
「じゃ、おまえが都知事になったのも、それか」
「はぁ?なにをいってるんです?それはあなたが望んだことでしょ?あなたが株主を務めるムサなんとかで、落ちるはずの私を当選させた。あなたにとって都合がよかったからだ。口をぬぐって、なんでもアメリカさんのせいはよくないですよ」
川村は本当にイヤなやつだ。
矢部は今さらながらに、コイツを都知事にしたことを後悔した。
「わたしは最初、日本国首相のあなたのもとで、東京都の改革だけに努めていこうと思っていました。だが、あなたのやり方はひどすぎる。在日奸国人の飢え死には聞かないが、日本人の餓死は多く報告されている。なぜか日本人の生活保護申請は通らないからだ。日本国民は収奪される一方だ。日本人を守らない日本国などありえない。わたしは思う。あなたは日本人ではないのだと。だから、わたしはあなたとの決別を決意したのです。日本人の、日本人による、日本人のための政治こそ、すべての日本人が求めるものなのだと」
「ふんっ」
矢部は鼻先で笑ったが、それは小心者の虚勢に過ぎなかった。
「総理はご存知でしょう?昭和40~50年代にかけて、日本人の間でアメリカの51番目の州になろうという気運があった。でも、わたしも今の都民も、望んでいるのは自主独立(インデペンデンス)です」
「安易すぎる。そんなに簡単にいくものか。政治なんて、にわか知事のおまえが考えるようなもんじゃないってことだ」
「いや、わたしは単純な利害関係が政治であり、国際関係だと思っています。アメリカは東京都独立を支援する交換条件として、ムシムシと超電磁砲(レールガン)、小さな原発を要求しています。彼らの言うなりに日本で生産開発して、安価で引き渡す形式です。いいじゃないですか、生産技術の練磨ができるんです。原発なんか、処理は東京国ですよ。でも、わたしはそのほうが安全だと思っている。日本人の緻密で正確、しかも勤勉な国民性はアメリカ人にはまねができないからです」
「夢物語だ。すぐに破綻する」
「さぁ。どうでしょう?民族性でしょうね。アメリカ人は細かいものの生産は苦手なんです。どうしても重厚長大になってしまう。艦船なんかどんどん巨大化してる。材料費も製作費も維持費も膨大だ。小さなものはそうじゃない。東京国にはそういった小企業や家内工業のオーソリティがゴマンといるんです。わたしはそれが江戸期からの職人の町であったことに起因してると思います」
「甘いなぁ。せっかく考えたグッド・アイデアをみんなアメリカに吸い上げられて、文句も言えない独立か。あははは、大笑いだよ、シロートくん」
矢部の精いっぱいの侮蔑も、川村には屁でもないようだった。
「そうでしょうか?アメリカとは協調協力路線で行きますよ。なにも最初から敵対することはない。それに名案など窮すればいくらでもわいてくるものです。事実、人類はそうして高度な文明を築いてきました。わたしはこの英知を、本当に人間をはじめとした生き物にそそぎたい。生きとし生けるものにね。今の進歩は人間性を阻害し、不幸にし、スポイルするものです。今、人々はとてつもなく不幸だ。でも、ほら、昔からいうでしょう?『猫ちゃんが幸せな世の中は、人間にとっても幸福』だって。谷中や根津、千住だけじゃない、世界のあちこちに数多くある猫の街や猫の島が、東京国の理想なんです」
「はっ、さぞかし観光客がゾロゾロ集まるだろうよっ」
総理の矢部新蔵(やべしんぞう)は処置なしのポーズをしながら、都知事川村不比等(かわむらふひと)の知能程度を疑った。
たしか、めったにいないIQ170だとは、1年だけいっしょだった山岳部で聞いていた。
だが、こんな夢物語ばかりを語る男のどこが高IQなのだろう?
「ご理解いただけたようですね」
矢部の心情には全く関知せずに結論を押しつけてくる。
「理解も何も、独立なんてロシアや中共が承認しやしないよ」
「中共はそうでしょうね。でも、武力をもってでも『うん』といわせてみせますよ。だが、ロシアはちがう。ロシアバブルが意外に短期間で終了して以降、この国は振るわない。なぜか?技術格差ですよ。西側、とくにアメリカとの差がひどい。ロシアは最新技術に飢えている。東京のハイテク技術力をちょっと披露しただけで、あのプーチンさんがおあずけくらったイヌ畜生みたいな顔してました。承認しないワケがない」
川村はいつロシアの大統領などと接触したのだろう?
まぁ、画像のやり取りでいどのこどだろうが、ことあるごとに消えるという都知事の野暮用がそれだったのか。放し飼いにするのではなかった。
矢部は今さらながらに腹がたったが、すでに後の祭りだ。
「では、最初に戻りますが、日本国は東京国の領空・領海を通行しなければ外部に出られないという地理的条件をどういたしましょう?東京都は部分的に日本国に便宜をはかる用意があります。」
「ああっ??なにをバカな。世迷いごとは聞きたくないっ。独立しなけりゃいいだろっ。そんなこと勝手に決めないでほしいね」
ったく、川村は腹の立つほどバカ男だ。
矢部は目の前の茶を思い切りぶっかけてやりたかった。
「いえ、そうはいきません。賽は投げられたのです。これまでの対中共・対小鮮・対奸国、そして対防衛隊戦。連戦連勝の東京都と雌雄を決するおつもりですか?」
「だぁかぁらぁ。いくら首相だって一存じゃ決められないよ。こんなところにボクを引っ張りこんで詰問したってムダってこと。おまえが議会に提案しなきゃ。それでみんなが審議して、結論がダメなら独立もダメってこと!」
「矢部総理」
川村がちょっと言葉を切って微笑した。
「アメリカのジョージ・マティス国防長官以下の知恵袋が、あなたのたぶん忠実な大臣たちになにもしないとでも?あなたのお友達内閣はどれほど強い結束で結ばれているのでしょうね?」
「えっ?は?な、なにをいうんだ?」
「さぁ、早くお帰りなさい。そして、大急ぎで東京都独立賛成派に回るのです。そうすれば総理大臣は失脚しても、平議員でいどには残れるかも?」
「なっ」
矢部は今初めて、ここに入室拒否された時の側近の、あの心配と軽蔑の半ばした顔を思い出した。
彼らは知っていたのだ、自分がこうなることを!
口をぬぐって自分を横須賀に送り出しておいて、裏でしゃあしゃあと本人たちだけ生き残り人事をする。文句は言えない。矢部自身、そうしてのし上がってきたのだ。
ガタタタッと応接イスを蹴り飛ばすように、矢部が立ちあがった。
口をほとばしった言葉は、まさに彼ならではのものだった。
「トイレ、トイレどこだっ?」
17
「やはり、習近平が難色を示していますね」
外務大臣の山口匠(やまぐちたくみ)が言ってくる。彼は東京都時代、忠実な第一秘書だった。
今でも自ら物事を考えるというよりは、指示を仰ぎ、それをさらに発展させる形で業務をこなしてくる。
「中国共産党中央委員会総書記の彼だけに権力が集中してますものねぇ。せっかくの3本柱も習近平の兼任じゃ意味なさないです」
「有事にそなえてだよ。独裁が一番手っ取り早いし、何かあっても対処が早いから強い。民主主義だとそうは行かないからね」
東京国首相、川村不比等(かわむらふひと)は想定内といった顔だ。
「アメリカさんが、超電磁砲(レールガン)の実戦データをほしがってるよ。自分たちじゃ、レールガンは失敗だ、役立たずとかいってるくせに、裏ではこっそり手を出してる。まったく冗談がお上手だよ。同じく日本開発の対艦ステルスミサイル XASM-3も早く現実的なデータよこせってさわいでるし」
「中共に対して使えってことですかね?」
「うん。東京国という盾がどれほどのものか知りたいんだ」
「じゃあ、あんまり手の内を教えちゃ、ダメですね」
川村が笑う。
「そんなことはない。あらいざらい、さらけ出すつもりだよ。世界中に東京国の実力を示す絶好の晴れ舞台だ。過去も現在もロシアと中共は表面はどうあれ、絶対に敵対しないだろ。恐いからだ。東京国は世界中をそうさせるよ。実際にできるんだ」
山口は目を輝かせてうなづいた。
東京国首相、川村不比等には湧き出る泉のごとき豊富なアイデアがある。
都のころにすでに着手していた流通をさらに整備し、雇用を安定させ、有名無実だった労働基準法や独占禁止法をよみがえらせた。
新たな事業は東京国が補助・指導し、経済を格段に発展させた。
小さな原発により公共料金はタダ同然になり、医療費をはじめ社会福祉予算は倍増し、教育は高度な人間性をしめすEQ(精神成熟度数)が重視された。
かつて希望なき日本に蔓延していた「死にたい病」は一掃され、リタイヤ組も第二の青春を保障されていた。
内需は拡大の一途をたどり、意欲ある若者は国家の支援で積極的に海外に出て、能力を発揮し、貢献し、交流し、そこに生活の基盤を築く者や、新しい家族を引き連れて戻るものもいた。
建国間もない現時点では、税金を国民に還元するまでにはいたっていないものの、川村はいづれそれをやりとげるだろう。
新生東京国は沸き立つような進歩前進の息吹に満ちていた。
かつて警視総監だった榎戸昌典(えのきどまさのり)は今では副総理だ。
この地味な地位は彼自身が望んで得た役職だった。
あいかわらず野暮用に忙しい川村の女房役を務めるのだ。この温厚な大人物は、その気苦労の多い勤めを見事にこなした。
榎戸の助けを得て、川村不比等(かわむらふひと)は憂いなく東京国内閣総理大臣としての職務に邁進し、さらに発想に磨きをかけていった。
「高谷くん、ちょっと」
この声に、防衛大臣となった高谷公正(たかやひろまさ)は喜々として応じる。
またまた、川村の斬新な着想だろう。
「いっしょに行ってよ。面白いものがあるんだ」
川村のかたわらには茂原康之(もばらやすゆき)教授がいた。そしてその隣には、なかなかチャーミングな妙齢の助手がよりそっている。
無欲な教授はそれだけで大王の膳に連なったくらいのご満悦ぶりだ。
今は首相官邸となった新宿都庁を出る彼らの行く手に、晴れ渡った大空が広がっていた。
東京独立戦争(だれも書かなかった日本) 上松 煌(うえまつ あきら) @akira4256
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