第50話 天使


 夜空に浮かぶ真白の天使、その光輝く羽根がソレを見た者を「あれは天使だ」と思わせるに値した。

『アレが……ファクター……?』

『ファクターレーダーはそうだと探知しています!』

 職員の無慈悲な声が飛ぶ。

 虹色の戦士と真白の天使。その構図は美しかったが、そんな事を考えている場合ではなかった。

 天使が動く。

 指をスーッと動かした。それだけだった。

 地面が真白に一閃される。それにファクターも飲まれダメージを受ける。

『ぐああああああああっ!?』

『聯ーッ!』

 ハクの叫びになんとか膝をつく。倒れずに済む。

『何だ……今の……!?』

 もう一度、天使が動こうとする。止めなくては。聯は考える。

『gun』

 銃で狙い撃つ、もうあの攻撃を撃たせてはならない。しかしこちらの攻撃をいくら喰らおうとその動きを止めようともしない。

『rocketlauncher』

 トリガーを引く、天使目掛け擲弾が空を飛んでいく。そして花火のように爆発した。

『よっしゃあ!』

 文字列の煙が晴れる。そこに居たのは――

 無傷の天使だった……。

『クソッ!』

 今度は縦に指を動かす天使、川が引き裂かれていく。もちろんファクターを巻き込んで。その絶大な規模と威力で、全てを飲み込んでいく。絶望のまま仰向けに倒れるファクター。虹色のマントがぶわぁとたなびく。

『聯!? 大丈夫!? 返事して聯!』

(ああ、ハク……俺もう……)

「君は何のために戦うのかね?」

 アーサー・ワンの言葉が蘇る。ここで諦めてたまるか。自分は自分のために戦っている。あんな天使如きに折られるほど俺は弱くない。

『ハク! 強そうな伝説の武器の名前! 適当に挙げてくれ! 何でもいいんだ!』

 タイプ:ライターが本当に何でもありなんだとしたら――

『えっ、えっ、えっと。エクスカリバーとか!?』

 念じる最強の武器、エクスカリバー。どこかで聞いたことがある確かアーサーっていう王様が使ってたとか……。

『俺達にピッタリじゃないか!』

『Excalibur』

 光輝く西洋剣がその手に収まる。天使目掛けて振り下ろす。刃自体は空を斬る。しかし。天使に動きがあった羽根に傷が入ったのだ。羽が舞い散る。

『そんな……まさか……』

『ようやく声が聴けたなサード……本番はこっからだ』

 もう一度エクスカリバーを振るう、今度はもう片方の羽根目掛け斬撃を飛ばす。すると天使が初めて回避行動を取った。そのまま飛んでこちらへと向かって来る。

『直接対決か! 望むところだ!』

 こんな感じのセリフをいつかも言った気がするとふと思った。

 しかし天使は一定以上は近づこうとしなかった。空中から降りてこずに、指を一閃する。光……いや白の奔流。それを剣一本で受け止める。

『こんな……もんかよお!!』

 バリィィィン!と白の奔流を砕いてみせたファクター。

『馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!』

『うらぁ!』

 剣をバットのように振るう、斬撃が飛んでいく。天使にクリーンヒットする!

『がっ、あああああああああああ!?』

 斬撃が天使を削り取る、白が迸る。ファクターは剣を振るうのを止めない。ひたすらに天使を削り取るために斬撃を飛ばし続ける。

『まだまだァ!』

 剣をぶんぶん振っているだけなのに敵が傷ついていく。これがタイプ:ライターの真の力なのかもしれなかった。

『舐めるなぁ!』

 激高し、天使はその羽根の数を増やす。そこから光が、白が溢れ出す。世界を溶かすような量の白が溢れ出る。

 それでも。

『負けねぇ!』

 横一閃。一文字に空間を切り裂いた。すると全く同じように斬撃が飛んでいく。

 羽根が切り裂かれる。増やした羽根は根元から切り落とされた。天使自身の腹からも真白が溢れ出す。思わず墜落する天使。

 最初のあの圧倒さは、もうどこにもなかった。

『諦めろサード、親父は、糺は死んだ。もうお前を強制するものなんてない』

『強制するものだと……!? それが存在理由だったんだぞ!』

 ふらふらと立ち上がる天使。ファクターと地面と対峙する。

『だったら新しい存在理由を探せばいい……俺も手伝う』

『ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! 手伝うだと!? だったら世界を書き換えて見せろ! そのために僕は……』

『もういい、もういいんだサード』

 虹色の剣士が天使を抱きしめた。

『ふざけるなァ!』

 天使から光が迸る。白に染まった剣と盾を構えこちらに向き直る天使。

『決着だ! それしか望むものはない!』

『分かり合えないってのかよ……!』

 再びエクスカリバーを構える。

 両者斬り結ぶ。しかし斬り合う度に天使の剣が壊れ、再生成を繰り返す。

そのせいで生まれた隙は盾でカバーした。

 それは空しい戦いだった。一方的に相手を削り取るファクター。一方的に削り取られていく天使。

 時に徒手空拳で天使は挑んで来た。指五本を全て横薙ぎに振るう。莫大な量の白紙化現象を引き起こす。しかしそれを縦一閃して斬り伏せる。

 今度は蹴りだ。強烈な一撃が剣を振った隙を狙われ、ファクターの腹へと入る。

『貰ったァ!』

 足の五指からも光の白紙化現象が巻き起こる。思い切り吹き飛ばされるファクター。

『やった! やったぞ!』

 しかしファクターはむくりと立ち上がる。

『デュアル・タイプ:ライターの真の効果はレスポンスの速さじゃない。思ったことを現実に変える力だって事だ!』

『まさか……僕の攻撃が効いていないというのか!?』

『そう俺が考えれば、タイプ:ライターは読み取って実現してくれる』

『嘘だ……そんなの、もはや神じゃないか!』

 そう言いながら両手の五指をまとめて振るう天使。

『そんな大層なもんじゃないさ……ただの皆の願いの結晶だよ』

 碁盤の目のように迫る白紙化現象を斬り捨てていくファクター。

 ファクターが駆ける。天使の下へ。

『お前と送った学園生活、楽しかったぜ……!』

『あ……』

 袈裟斬りだった。白紙化現象が溢れ出てもう出なくなる。

 ファクター状態が解かれる。軍服の少年が現れる。

『終わったんだよな……』

 そこにハクからの通信が入る。

『聯! タイプ:ライター・バックスペースを早く外して!』

 非常に焦っている声。

『え?』

 サードの腕を見やるタイプ:ライター・バックスペースが無い。辺りを見回すとそれはあった。それは宙に浮いていた。

『まさか自立稼働!?』

 エクスカリバーで斬り伏せようとするも躱される。

『なっ!?』

『ようやく復活出来たぜ馬鹿息子ォ!』

 そこから聞こえてくるのは死んだはずの糺の声だった。

『タイプ:ライターは思った通りの事を実現出来る装置……いい事言うじゃねぇか馬鹿息子。そうだ白紙化現象とタイプ:ライターはワンセットだ。世界を塗り替える力と書き換える力でワンセットなんだよ! つまりこのタイプ:ライター・バックスペースはその完成形ってわけだ!』

『亡霊がごちゃごちゃと!』

 必ず当たれと念じて斬りかかる、しかし躱される。

『お前、今、必ず当たるように念じて斬りかかってんな? だったら俺は必ず当たらないように念じればいい』

『亡霊だかAIだか知らない機械が念じるだと!?』

『出来るとも思考するプログラムがAIだ!』

『未来のためにお前はここで俺が倒す!』

『出来るかなぁ? お前満身創痍だろ?』

『そう思わせようとしても無駄だ!』

『いや出来るんだなそれが』

 思わず膝をついていたファクター。

『お前よりタイプ:ライター・バックスペースは進化しているんだよ。優先順位が俺の方が上ってわけ! お分かり?!』

『もう追いつけないってのかよ……』

 糺の高笑いが響き渡る。

『そうだもっと絶望白、もっともっと絶望して弱くなれ! そこを殺してやる!』

 まだだ。と気を張るファクター。まだ負けるわけにはいかない。何とか立ち上がる。エクスカリバーを構える。自分の勝利を信じる。

 剣に光が灯る。

『お? やる気か? いいぜぇ? 来いよォ!』

 剣を振るう、斜めに一閃。必ず当たる。そう願った。必ず敵を壊せる。そう願った。

 だが結果は――


『ザーンネン……デシ……タ?』

 タイプ:ライター・バックスペースの端っこが切れていた。完全に躱す事が出来なかったのだ!

『フッ、フザケンナ!! コンナ、バカナ! ユウセンジュンイハオレノホウガウエノハズ! ハズナノニ!』

 まだ完全に倒した訳ではない。しかしその時だった。

「聯ー! これを受け取って!」

 バイクに乗ったハクがこちらに向けて何かを投げた。タイプ:ライター・バックスペースが混乱している隙を狙ってそれを受け取る。

 それはどこかで見覚えがあった。そうだ初めのタイプ:ライターの強化アタッチメントによく似ている。書かれている記号はよく分からなかったが使い方は分かった。

 タイプ:ライターにアタッチメントを取り付ける。

 すると虹色の戦士と化していたファクターが星に銀河に宇宙に包まれていく。宇宙色とでも言うべき煌びやかなオーラを纏いタイプ:ライター・バックスペースの前に立つ。

『ナッ! ナンダソノスガタハッ!? ヤメロ! チカヅクナ!』

『これで終わりだよ

 宇宙色のオーラを纏ったエクスカリバーでタイプ:ライター・バックスペースを、父をファクターは、聯は斬り捨てた。

 真っ二つにされたタイプ:ライター・バックスペースは物言わぬガラクタと化した。

「終わったね……聯」

 ファクターを解除する聯、がらくたとサードを見つめる。

「ああ、終わったよ全部」

 そう言って聯は気を失った。

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