第48話 アーサーズ


 真白の空間、口を開けた大きな立方体だけが鎮座している。

「まさか耐性が中途半端な検体を入れるだけで、あそこまでおかしなイレイザーになるなんて!」

 軍服の少年サードが笑い転げていた。

「どうしてこの可能性に気づかなかったんだろう……そうだ

 自ら箱の中の椅子にタイプ:ライター・バックスペースを付けたまま座るサード、自らの腹を撫でる。

「僕には封鎖核ボックスがあったんだ。まだその残滓が残っているはず……マススターロットとしての力を手に入れる……!」

 プシューという音と共に箱が閉まっていく。暗闇に包まれた。


 AoB本部の医務室、ベッドに眠るのはねんだ。はじめが心配そうにその手を握りしめている。

「あの子、寝ずにずっとああしてるのよ」

 そう言うのはアーサー・ツーだ。それを見ていた彼女もまた寝ずに看病していたのだろう。

「いつもありがとうございます」

 れんは軽く頭を下げる。

「急にどうしちゃったの聯君」

「いや、いつも俺達が無事に戦えるのはツーさんがサポートしてくれたおかげなんだなって再確認して」

「もう、褒めても何も出ないわよ……それにね、これは私の仕事なの。仕事を全うするのが大人ってもんでしょ?」

 そう言ってウインクするツー、その力強い言葉に感激する聯。

「でも問題はスリー君の方よねぇ」

「なんかあったんですか?」

「そりゃあったでしょ、デュアル・タイプ:ライターの完全攻略されちゃったんだから」

「あれは……」

 突然、ツーに背中を押される。

「ちょっとスリー君の様子見てきて頂戴……かなり落ち込んでると思うから」

「え、えぇ……俺、人を励ますとか苦手ですよ……?」

「いいからいいから」

 半ば無理やり医務室を追い出される聯、仕方なく開発室へと向かう。こんこんとノックをする。

「……………はい、どーぞ」

 しばらくの間があってから許可が下りた、扉を開ける。

「うわっ暗っ!?」

 電気一つついてはいなかった。地下で日の光も入らないここではなおの事暗い。

「で、電気付けますね……?」

 扉の近くにあった電源ボタンを押す。明かりがつく。そこには椅子の上に体育座りするスリーの姿があった。

「あ、あの……」

「君には本当に申し訳ないと思っているんだああもレスポンス差で勝てると豪語しておきながら一瞬の隙も生み出せず完全に模倣されるだなんてしかもあんな不完全なイレイザーにだこれはもう私の失態大失態でしかないああもう私はこの職を降ろされて当然のはずなのにワンの恩情でここにいるだけの使えない……」

「使えないなんてことありません!」

 聯は強く宣言した。

「……え?」

「俺、あなたの開発したタイプ:ライターに何度も助けてもらいました! そんなあなたが使えないなんてことあるはずありません! 俺、すっごく感謝してるんです!」

「れ゛れ゛ん゛ぐん゛……!!」

 大の大人が泣き始めてしまった。聯はこういう場合どうすればいいか知らない。そうする間に勝手に涙を拭きテーブルの上に置いてあっティッシュを取り鼻をかむ。

「ずびび……私が間違っていた! 技術で負けたなら更なる技術を生み出すまでだ! それが研究者だ! うおおおおおおおおお! 僕はやるぞー!!」

「げ、元気になって良かった……じゃ、じゃあ俺はこれで……」

 そう言ってそっと開発室を後にした。


 ふと出た廊下でアーサー・ワンと出会う。

「あ、どうも」

「ふむ、任務ご苦労だった……どうかね、少し話していかないか」

 そう言ってワンは談話室を指さした。


「あ、ありがとうございます……」

 職員の人がコーヒーをいれてくれた。そっと口にする。

「どうかね、こう見えてもコーヒーに凝っていてね」

「おいしいです! こんなおいしいコーヒー飲んだの初めてです!」

「そうか、それは良かった。……さてまどろっこしい余談は置いて本題から入ろうか」

 思わず緊張する聯。姿勢を正しくする。

「君はなんのために戦う。戦っている?」

「……? 今更なんです? そんなの平和のため……」

「そんな正義感を聞いているのではない。君自身を突き動かすモノは何かと聞いている」

「そ、その正義感ですよ。当たり前じゃないですか」

「本当にそうかね。今までの君はイレイザーという名のトラウマと戦っているように見えたがね」

「っ!」

 図星だった。あのれいとの決着まで、自分は『白が怖い』というトラウマと戦っていた。世界を白と染めようとするイレイザーはトラウマの塊だった。

「昔はそうでした。でも今は違う」

「そう今は違う……今の君に戦う理由足りえるモノが無いのではないのかね」

「!?」

 戦う理由がない? その言葉に聯はひどく動揺した。そんなはずはないと必死に否定しようとする。そして見つける一つの答えを。

「ハクを、ハクを守りたいからです!」

「それもまた正義感だな……今の敵はどうやらタイプ:ライター・バックスペースにご執心のようだ。ハクを狙ってはいないんじゃないか?」

「そんなわけ……それは……」

「ハクが狙われやすいのは事実だ。しかし絶対ではない。再度問おう、君は何のために戦うのか」

 思考が暗闇に落ちていくどうしてワンはそんな事を聞くのだろう。自分が戦う理由。誰かを救いたいから、それじゃ正義感か、自己満足か。自分だけの自分を突き動かす理由。正義感じゃない身勝手な理由……それはもう理由ではない。そうだ理由じゃなくていいんだ!

 思考に光明が見えた。

「正義感でも自己満足でも何でもいい。俺がやりたいからやってるんです。それじゃダメですか!」

 強く突き付けた。ワンは動じない。しかし少し口角が上がった気がした。

「よろしい。ならばその欲望のままにAoBに協力してくれ、お願い出来るかな?」

「もちろん!」

 戦う意思は決まった。次、サードがどんな力を身に着けていようと勝ってみせる。聯はそう誓ったのだった。

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