第10話 ハク細胞


 イレイザーと化した腕、広がる感覚は宇宙を映す。全てを白にしてしまえという感覚。書き換えろという衝動が止まらない。もう耐えられない。こんな世界消えてしまえ――


 またも飛び起きるれん。起きた場所は同じくAoBの医療部門のベッドだった。

「なんなんだよ……あの幻覚……」

「それは私の細胞のせい」

 返ってくると思っていなかった答えに驚き顔を上げる聯。思いのほか近くに彼女、ハクが居た。黒かった髪はもう白くなっている。

「髪戻したんだね」

「違うの……勝手にこうなるの」

 染めても白に戻ってしまうという事だろうか。聯はハクの事を何も知らない事に今更気づく。自分を強化したというハクの細胞。自分の父親であり敵の首領であるれいが狙う彼女の事を何も知らない。

「ハク……聞かせてくれないか、君の事を」

「え?」

「そうしたらこの感覚も、少しはマシになる気がするんだ」

 嘘だった。しかし他に言い訳が思いつかなった。

「……私はいわゆるデザインチャイルドなの」

「デザインチャイルド?」

「遺伝子の段階から設計された子供の事」

「っ!?」

 自らの父親がそんな研究にまでてのを伸ばしていたとは知らなかった。

「私はとにかく感覚を強化されて生み出された。宇宙規模のホワイト・ゼロを引き起こすために」

「超感覚……」

「そう、だけど失敗した。BOX……イレイザーを産みだす装置でも私の超感覚を封じる事は出来なかった」

「それで俺が選ばれた……」

「……ごめん」

「いや、ハクが無事で良かったよ……そりゃ俺のせいで犠牲は出た。けど、ハクが犠牲になってたらそんな規模じゃなかったんだろ?」

「それをそうだけど……聯はひどい目に遭った」

「気にしてないとは言わない。だけど今、因縁に決着を付ける力を貰えて俺はすっごく感謝してる。俺はやっと過去を乗り越えられる。そんな気がするんだ」

 ハクは俯く。どうやら期待する答えは出せなかったみたいだ。いや初めからそんなもの存在していないのかもしれない。けれど聯は本心を語った。理解されなくてもいい。それはただの自己満足なのだから。

「聯、私は自分の感覚をコントロール出来るの」

 唐突な言葉だった。しかしそれは有益な情報に違いなかった。

「教えてくれるのか? コントロールする方法」

「聯に出来るか分からないけど。出来ることはする」

「そっか助かる」

 素直にそう言った。

「聯、あなたは自分がイレイザーになる幻覚を見た?」

「ああ見た」

「まずはそれを受け入れて」

 驚きに目を見開く聯。

「えっ!? 本気か!?」

「ええ、本気よ、そしてイレイザーになったつもりになって自分の感覚を白で上書きするの」

「自分の超感覚を白紙化するって事か?」

「そう理解が早くて助かる。早速やってみて」

 思わず首を傾げる。頭を掻く。

「急にやってみろと言われてもな」

 自分がイレイザーだと思い込む。ノズル状の頭、腕。身体中を這い回るパイプ。しかしそこで思考を止めては行けない。その先の宇宙規模の感覚。それを白で塗り替えていく。ノズルから白が噴出する。無論、幻覚だ。しかし。その効果はあったようだ。白く染まっていく宇宙。それにより脳に重しが乗っていたような感覚が徐々にだが消えていく。

「おお、おおおお!」

「もう出来たの? もう少しかかると思ったのに……やっぱり聯には適正があるのね」

「みたいだな。だいぶ楽になった……楽になった……ら」

「ら?」

「……腹が減った」

「ちょっと待ってて今、食事持ってくる」

「いや自分で行けるよ」

「しばらく安静、いいわね」

 強い語気で指を刺された。思わず気圧される。

「は、はい」

「よろしい」

 そう言って部屋を出て行くハク。その背中を眺めながら。再び自らをイレイザーだと思い込む聯。感覚がクリアになっていくのを感じる。

「だけど、あんまり気分のいい方法じゃないなこれ」

 その時、ふと自分の前髪が目に映る。

「あれ?」

 その髪の一房が白く染まっていた。

「……ただのメンタルトレーニングじゃないのかこれ」

 思えば自分の中にはハクの細胞が入っている。勝手に白く染まるハクの髪。ハクいつもこのトレーニングをしているのか髪が全て真っ白になるまで。

 デザインチャイルド。それはとても残酷なものを産みだしたのではないかという思いに捕らわれる。自らの父を憎む気持ちが強くなる。

「でも……」

 父がハクを産みださなかったら、自分はハクとは出会わなかった。一生白に怯えて生きていた、黒い部屋に閉じこもって生きていた。

 今は外に出るのも大分平気になった。全部ハクのおかげだ。

 正確に言えばAoBのおかげなんだろうけど聯はハクに感謝したかった。

 あの時、最初に聯がイレイザーに会った時。自分に勇気をくれた彼女に感謝したかった。

 ハクが食事を持って戻って来た。

(いつか、全部が終わったらお礼を言おう)

 聯は心の中でそう誓った。この戦いが終わったら、ハクに精一杯の感謝を伝えたいと。

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