第9話 はじめ


 コンクリートが剥き出しの廃墟の中、少女は目を覚ます。

「こ、こは……?」

『俺の拠点だ』

 そこに居たのはファクター・ブラック。少女は敵愾心を露にする。

「あ、あなたにハク細胞は渡さない……!」

『残念だが既に採取済みだ』

 はっとなって自らの腕を見る。わずかな注射痕を見つけ顔面を青白くする。

「そんな……」

『これでお前もヤツの下には戻れないだろう』

「お前?」

『俺もAoBから逃げて来た身だからな』

「それならあなたとは違うっ!」

『いいや同じさ、俺はタイプ:ライターを持ち出し、お前はハク細胞を持ち出した』

「あ、あなたが奪った!」

『そんな言い訳をれいの野郎が聞いてくれるといいがな』

「うっ……糺博士は……」

 言葉に詰まる少女、反論が浮かばなかったようだ。

『俺に協力しろ』

「え?」

『糺もAoBも出し抜いて俺がこの力を手に入れる。そのために協力しろ。そうすればお前は自由だ』

 少女が首を傾げる。

「自由?」

『ああどこへ行くなり何をするなり好きにすればいい』

「……そんなものない……あなたが奪った」

『なら俺が与えてやる』

「えっ?」

『お前のやりたい事も行きたい場所も見つけてやる。だから協力しろ』

 しばしの沈黙。少女は考え込んでしまった頭を上に上げない。時折、首を傾げうんうんと唸っている。

 それを黙って待っているブラック。

 そして意を決したように少女が顔を上げる。

「本当に?」

『ああ本当だ』

「どんなモノでも? どんな場所でも?」

『ああ、お前の要求を飲んでやる』

 少女は真っ直ぐブラックを見つめる。いやはたまた見つめているのはブラックの黒い鏡面に反射した自分自身か。

「……分かったあなたに協力する」

『契約成立だな』

 そう言ってファクターを解除する然。

「俺は偶道然、お前、名前は」

「……マスターロット・ファースト」

 頭を掻く然。

「人に付ける名前じゃねぇな。……よし、今日からお前は『はじめ』だ」

「はじめ……?」

「安直だが許せ」

「私の名前、はじめ……」

 何かの感慨を感じているはじめ、然はそれを不思議そうに眺めていた。

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