第5話 悪意≠敵意

 

「クソッ! また失敗した! しかもまたにじゃまされた!」

 パイプ椅子を蹴り倒す白衣の男性。

 白い部屋、白い立方体。

「だが、次は違う……改良型イレイザー……次こそは……!」


 廃ビルの一室。

 息を乱した青年が一人。

「はぁ……はぁ……クソッ、たったあれだけの戦闘で……結局、俺は……!」

 壁を殴りつける然、その表情にはどうしようもない悔しさが滲んでいた。


 黒いファクターが現れて数日、イレイザーは現れなかった。

 平和なのはいい事だ。

 正直、れんとしては日常を監視されているという事実が気になって仕方がないのだが。

 今日は特に予定もない。

 れんはいつイレイザーが現れてもいいように自主的にパトロールすることにした。

 街中をゆっくりと散策する。

 そこでふと思った。

 自分のトラウマの事だ。

 すっかり症状が軽くなっている。

 少しの白に怯えていた自分が、白塗りの家の横を、通り過ぎていた。

 イレイザーとの戦いを経たからだろうか、ファクターという力を得たからだろうか。

「どっちにせよ、お前のおかげか」

 腕のタイプ:ライターをなでる。

れん、何一人でぼそぼそ言ってるの?」

「うわっ」

 ハクが後ろから声をかけて来た。

 れんは思わず後ずさる。

「い、いや、ちょっとタイプ:ライターにお礼を……」

 ハクの視線が怪訝なものになる。

「なにそれ、変なの」

 そう言うと、ハクは自分の前へと歩いて行ってしまう。

 何とかそれについて行くれん

「変って……別にいいだろ、助けられてんのは本当なんだから」

「それは道具として当たり前の事をしてるだけ、私に対してもだけど、れんはおかしい」

「そんなに頑なに拒否する方が変だろ、当たり前、当たり前ってイレイザーとの戦いは俺にとっては当たり前じゃないんだ」

「……それは考えてなかった」

 意表を突かれたような顔をするハク。

 何とか受け入れてもらえたのだろうか。

 彼女にとっての当たり前と、自分にとっての当たり前。

 違う世界。

 この溝を埋める事が出来るだろうか、そんな事を考えていた時。

 タイプ:ライターから警報が鳴り響く。

 通信が繋がる。

『イレイザーが現れた、指定した場所に向かってくれ!」

 ワンからの指示、ハクのスマホに位置情報が知らされる。

「近くにバイクを止めてある。急ごう」

「分かった」

 心中では、何故まだ自分は十五歳なのだと嘆いていたのが内緒だ。


 場所はストーンヘンジのようなオブジェがある公園だった。

 居たのは、なんと二体のイレイザーだった。

 腕の形状は糸が垂れ下がった車輪のようになっていた。

「ハク、あのイレイザーの腕、なんだ?」

「……多分、糸車。糸を紡ぐための道具」

 聞いてもいまいちピンとこなかったが、敵の武器はどうやら糸、白で塗り替えるには非効率的な気もするが、糸から垂れる白見るにそうでもないらしい。

「とにかくやるしかない!」

 ――overwrite

『OK overwrite to the factor』

 

 黒い文字列から銀の鎧が現れる。


れん、今までとはだいぶ違うタイプのイレイザー、気を付けて」

『おう!』

 swordとタイプ:ライターに打ち込む。

『OK sword born』

 剣を手に持ち、イレイザーへと向かう。

 一閃、斬りかかる。

 しかし、阻まれる。

 剣は糸に絡め捕られていた。

『斬れない!?』

 もう一体のイレイザーが動く、まるでスケートでもしているように、地面を滑って移動する。

 ファクターの周りをぐるぐる、ぐるぐると移動し続ける。

『なっ!? コレ、俺に巻き付いてんのか!?』

 どんどんとファクターに纏わり付く糸がその厚さを増していく。

れん!」

 ハクの心配そうな声、しかしこれではタイプ:ライターに文字を打ち込む事も出来ない。

(どうすれば……これってヤバいんじゃ……!?)

 万事休す、命の危機にトラウマまでも復活を始めようとしていた。

『はっ、はぁ……はぁ……クソッ! こんな糸、どうして!?』

『そこでじっとしていろ

 ――bomb

『OK bomb born』

 デジャブ、というかこの前起きた事の再現だ。

 飛んできた球状の物体が炸裂する。

 糸車イレイザーとれんが吹き飛ばされる。

『……痛ぇ……あれ、糸が取れてる……?』

『貸しにしといてやる、俺の邪魔をするな』

『意味分かんねぇ……』

 ――spear

『OK spear born』

 槍を携え、糸車イレイザーへと向かうブラック。

『待てよ、お前にだけやらせるか!』

 剣を持ちなおし、後を追うファクター。

 二対二、しかし片方は完璧な協力体制、対してもう片方はまるで喧嘩しているかのような状況だ。

 

 しかし、効果はあったらしい。

 二体のイレイザーは標的を選べずに混乱しているようだった。

 ファクターとブラックがそれぞれ、違うイレイザーに攻撃を加える。

 怯むイレイザー、だが倒すにまでは至らなかった。

 それどころか。

『傷が……』

『修復していくだと?』

 互いの糸車イレイザーが放つ糸が、互いの傷を塞いでいく。

『……ッチ、厄介な、オイ後輩、さっきの借り早速返してもらうぞ』

『どういう意味だよ?』

『二人同時に必殺技を放つ、それでしか奴らは倒せない』

『……なるほど』

 互いを修復するイレイザーに対応するためにはそれしかないという事か。

 不承不承ながらも納得して、早速、必殺技を打ち込もうとした時だった。

『仕掛けてくるぞ!』

 ブラックの叫び。

 イレイザーから糸が放たれる、公園のオブジェがあっさりと切断されてしまう。

 声をかけられていなかったられんがああなっていたかもしれない。

 イレイザー達が再びスケートのような滑るような動きで近づいてくる。

 二体がこちらを挟み撃ちする形だ。標的はれんに決定したらしい。

『ナメられたな後輩』

『クソッ!』

 何とか相手の糸の範囲外から抜け出そうとする。

『加速とか出来ないのかファクターって!?』

『accelerationって打ち込んで』

 ハクからの通信、文字列が表示される。

『よし!』

 ――acceleration

『OK acceleration start』

 速度が増す、イレイザーより速く、前へと進む。

 イレイザー同士が互いにすれ違う時には、ファクターはすでに少し遠くにまで逃げていた、

『危なかった……あれって交差の中に居たら切断されてたって事だろ……』

『安心するな、チャンスを作ってやるから、必殺技の準備をしておけ、これも貸しだ』

『貸し貸しって、アンタなぁ!、同じファクターなんだから普通に協力するとか――』

 ブラックはファクターの言う事など聞かない。

 何かを打ち込む。

 ファクターも慌てて準備する。

 ――flash

『OK flash born』

 辺りが閃光に包まれる、それも一瞬。

 必殺技はもう打ち込んだ。

 ――writing smash

『OK writing smash start』

 文字列が乱舞する。

 もう一度打ち込みの音が鳴り響く。

 ――over light

『OK over light born』

(またダジャレかよ……っ!)


 文字列の乱舞が片方のイレイザーを捕らえる。

 極光とでも呼ぶべき光の奔流が、もう片方のイレイザーに向かって飛んでいく。

『OK writing smash』

『OK over light』

 ファクターが駆け出す。

『思いっきり、書き殴る!』

 ブラックが放つ光がその勢いを増す。

『全て、書き換える!』

 

『writing smash end』

『over write end』

 爆発。

 二体のイレイザーは修復の暇もないまま、倒れ伏した。

 ――restoration

『『OK restoration start』』

 二つのタイプ:ライターから同時に音声が鳴る。

 しかし、ブラックのタイプ:ライターからは『error』という音声が続けて流れる。

 そしてファクターの復元は続行される。

 イレイザーの中身は制服を着た女子高生だった。

 女子高生

 ファクターの鎧が解除される。

「二体で一つのイレイザーだったのか……」

の技術も上がってきている……急がねば……ぐっ!?』

 ブラックが膝をつく。

「おい、大丈夫か……? アンタ負担が……」

『それだよ、それが妬ましい! どうしてお前は必殺技を放っても平然としている!』

 そう言い残して、ブラックは再び跳び去った。

「そんなの、知らねぇよ」

 虚空に向かって言うれん

 アイツとは誰だ、俺はなぜ負担に耐えられる、イレイザーとはなんだ。

 ハクがこちらへと向かってくる。

 疑問は尽きない、ワンに聞いても大した答えは返ってこない。

 いつか自分の手で、秘密を暴かなければいけない日が来るのだろうか。

 れんは思う。

 それとも、今まさに、ブラックがその状態なのか。

 自分の進むべき道はどこにあるのか、れんはようやくソレを考え始めたのだった。

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