第2話 協力≠取引

 

「なあ、本当に報酬は払ってくれるんだよな!?」

 みすぼらしい格好の男だった。

 髪の毛も髭も乱れている。

 彼がいるのはだ。

「ああ、もちろんだとも、というか、前金は渡しただろ。それでも信用ならないのか?」

 その男に相対するのは、白衣の男だった。

 こちらは打って変わって清潔感がある。

「い、いや、そういうわけじゃない。文句はない、少し……」

を見て怖気づいたか?」

 意地悪く笑う白衣の男、その男がコンコンと扉をノックするように叩いた代物。

 だった。

「だってよ、五感を封じるとか何とか……」

「全身麻酔みたいなものだ。安全面の問題もない、さあ始めるぞ」

 立方体が開く、中には椅子が入っていた。

 頭から足先まで乗る椅子、まるで手術台のようにも見える。

「や、やっぱ俺」

 白衣の男が凄む、その威圧感に、男は圧倒される、恐る恐る椅子へと座ってしまう。

「安心しろ、眠るようなものだ。良い夢を」

 立方体が閉じられていく。

 完全に閉じられ、なんらかの駆動音が部屋に鳴り響く。

「さあ、今度は上手くやってくれよ、俺の


 れんがハクに連れられ来たのはコンクリートで出来た小屋の前だった。

 鉄の扉には大きな南京錠がかかっている。

「これが秘密基地?」

「AoBの本部、地下への入り口」

 南京錠に手を当てるハク。

 すると、南京錠が音を立てて外れた。

「……生体認証?」

「そう」

「なんで南京錠……中入ったらどうするのさ」

「引っかけておけば自動で閉まる、扉も鍵も」

 なんて無駄な技術だとは言わなかったれん、恐らくカモフラージュなのだろう。

 勝手に動いて閉まる南京錠などホラー以外のなにものでもないが。

「さ、入って」

 扉を開けた先、階段の奥には暗闇が広がっている。

 ゴクリ、と思わず唾を飲み込む。

 やっと外に出られたと思ったら、今度は常識の外にまで出てしまった。

 だが、ここまで来たら引き返すという選択肢はない。

 意を決して階段を下りていく。


 長かった階段の先、またしても扉、今度は普通のタッチパネル式の生体認証でハクが扉を開ける。

 暗い階段側に光が差し込む。

 思わず目を細める。

 だが、白色の蛍光灯ではなく、暖色のLEDだった。

 部屋の様相は会議室と表現するのが一番近い。

 黒い壁に、黒い床、黒い大きな机があり、黒い椅子が並べられていた。

「ようこそ、対イレイザー作戦本部、通称AoBへ」

 出迎えてくれたのは、の男性だった。

 白衣が真っ黒になっているのだ。

「ど、どうも」

 ハクとは自然に話せていたが、なにせ久々の外出に、人との会話だ。

 思わず緊張してしまう。

れん君、キミの事を待っていた。『キセキの子供』であるキミを」

「その、そういわれるのあんまり好きじゃないんですけど」

 奇跡の少年、れんはその称号を疎ましく思っていた。

 家族と共に消えた方がましだったと思った事さえあった。

「すまない、つい、ね。私の自己紹介がまだだったね、と言っても機密保持のため、コードネームになるのだが、『アーサー・ワン』、ワンでいい、そう呼んでくれ」

「はあ、ワンさん、それで、その、説明してもらえるんでしょうか、イレイザーとかタイプ:ライターとか」

 奥にスクリーンがあった。

「ああ、説明するとも、椅子に座りたまえ、順を追っていこう、まずはイレイザーからだ、奴らの存在が確認されたのはごく最近の事だ。と言っても、今まではそのほとんどが勝手に自然消滅していた」

「自然消滅?」

「そう、現れたと思ったらすぐさま消えてしまっていた、そこに確認されたのは小規模の白紙化現象……」

 その言葉に、思わず身体を振るわせるれん

 知っている人がいたら、前から聞きたかったことが彼にはあった。

「そもそも、白紙化現象ってなんなんですか?」

 自分とその周りの人間を消し去った悪夢、その正体。

 知りたいに決まっている。

「……ふむ、れん君、君は『観測』という言葉を知っているかね」

「観測? そりゃあ、観て測る事でしょう、文字通り」

 思わず困惑するれん、しかしワンは、気にせず話を続ける。

「私も科学者の端くれとして、こんな理論を認めたくはないのだがね、白紙化現象とはにするという事だ」

「観測出来ない状態……? いや俺が聞きたいのはそういう事じゃなくて」

「原因原理に関してはまだ不明な部分も多い」

 ワンはれんの言葉を遮り、切り捨てるように告げる。

 突き放すような言葉だった。

「白紙化現象の結果しか今は分かっていない、だがそれでも立派な第一歩だ。そのおかげで対策が可能になった」

「タイプ:ライターとファクターですか?」

「そう、白紙化現象を研究している内に、観測不能の物体に、新たな観測状態を付加する事に成功した。それも小規模だったがね」

 いよいよ話についていけそうにないと思ったれんは、専門的な話になる前に話題を変える。

「じゃあ、俺がファクターに選ばれた理由ってなんですか?」

「それは、君の特異体質にある」

「特異、体質……」

 思い当たるモノなど一つしかない。

 唯一の生き残り。

「俺には白紙化現象に耐性か何かあるってことですか?」

「耐性か、その言葉で間違っていない、君はタイプ:ライターに使われている技術に対して、その影響を受けないという点で適格者だ」

 れんは思わず首を傾げる。

「影響?」

「タイプ:ライター及びファクターも。つまりは白紙化現象としている事は似ている、ほぼ同じと言ってもいい」

「なっ」

 白紙化現象と同じ技術、そう聞いて少し、腕にはめたタイプ:ライターに対して忌避感を抱きそうになる。

 しかし、これは同時に自分の命を救ったモノでもあると思いなおす。

「それじゃ、観測を書き換えるってのに耐性があった俺が選ばれた?」

「その通りだ」

「理屈は分かりましたよ、理屈は、だけどそれ以外さっぱりだ」

「今はそれでいい」

「どうして、今まで自然消滅していたイレイザーが、今回に限って消えなかったんですか?」

「分からない」

「どうして、特異体質の俺の前に、丁度よく現れたんですか?」

「分からない、しかし、それに関しては運が良かった。もしもイレイザーが自然消滅しなかった場合は君の家へ直接押し掛ける事になっていただろう、アレは完全に偶然だったが、ハクに関しては君の監視をさせていた」

「えっ」

 俺は女の子に監視されていた? そんな恐ろしい事実を突きつけられ、思わずハクの方を見やるれん

「好きな食べ物はコンビニスイーツ、だけどトラウマのせいでたまにしか買いに行けない」

「うわああああああああ!」

 思わず頭を抱えて叫んだ。

「大丈夫かれん君!? ファクターに何らかの後遺症が!?」

 違うわ唐変木! と言ってやりたがったが、羞恥心から復帰出来ない。

 ハク本人は飄々としている。

 

 その時だった。

 

 警報が鳴る、部屋が赤く染まる。

 スクリーンが起動する。

 そこに映し出されたのは――

「……イレイザー」

 腕が筆のようになった白の機械人形アンドロイド

「一日に二度も現れるとはな、聯君、行ってくれるか」

 少しの沈黙、だが意を決したようにワンを見つめるれん

「アンタ達の事、信用したわけじゃない。でもそんな事より目の前で白紙化現象に巻き込まれる人がいるなんて放って置けるわけがない!」

 聯は椅子から立ち上がり、扉の方へと走り出す。

「ハク、現場まで彼を送ってくれ」

「了解」


 バイクの二人乗り、前にハク、後ろにれん

 十六歳になったら免許を取ろうとれんは誓った。



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