影は背に潜む

「淑蓮」

「……偽装情報ブラフ?」


 雲谷先生の住むアパートを見つめていた淑蓮は、ぼそりとつぶやく。


 くすのきあや……かつて、雲谷渚から腎臓を貰い受け、救済を引き受けた少女。


 雲谷渚の生家には、彼女の“母親”が書いた手紙があって、そこには個人的な話も記載されていた。アレだけの情報があれば、彼女の居場所を特定すること自体は、淑蓮にとって容易な作業の筈だ。


「アキラくんを騙すために、先生が情報を偽装していたっていうことかな」

「まぁ、有りえますが……俺との敵対を見越して、兄の遺品にまで手をつけますかね?」


 軋み音を立てる外階段を上がって、俺は、先生の部屋のチャイムを連打する。


「おい、ゴラァ!! 独身税、払えゴラァ!! 独り身の自由を謳歌したいなら、出すもん出してから孤独ねウラァ!!」


 淑蓮が鍵を外して、部屋の中を確認する。


 ものの見事に、もぬけの殻。


 念の為に踏み込んで、隅から隅まで調べてみるものの、孤独死した女教師の姿はなかった。帰宅しているような痕跡もない。空港での俺との勝負の後から、帰ってきていないようだ。


留守Absence

「落書きしたろ」


 壁に『アキラ参上!!』と落書きして、敷金を粉砕しておく。


 雲谷先生の部屋を漁ったことで得られたのは、俺が作ったダンボール・メイルだけだった。魔王・ウンヤの手で、聖剣・三十路殺しドクシンキラーは破壊されていたので、段ボールで出来た鎧を服の下に着込むだけに留める。


「コレで、何時いつ、刺されても大丈夫だな……」

「お兄ちゃん、それ、普通に貫通するから刺されないでね」

「収穫なし、ね」


 苦笑して、水無月さんは振り返る。


「まさか、くすのきあやが家出してたとはね。SNSの更新が止まったのは3年前、彼女が今、なにをしているのかは御両親にも不明。ただ、母親には連絡がくるので、捜索願いは出されていない。

 どっかの山奥で、バラバラになって埋まっててもおかしくないわね」

「周辺目撃情報等から、淑蓮が割り出した彼女の居場所が、ウンヤの住んでるApartmentなんて……Nice coincidence」


 お父さん指に描かれた顔にキスをして、フィーネは嫣然えんぜんと笑む。


「やられたわね。どの情報経路ルートを辿っても、雲谷先生の住むアパートへと辿り着くように細工されてたんじゃないかしら」

「どうする、お兄ちゃん? 私が、辿り方を間違えた可能性もあるし、もう一回、挑戦トライしてみる?」

「……いや」


 俺は、首を振る。


「時間の無駄だ。もう一回、練り直そう。時間はある。さすがの雲谷先生でも、そう簡単に対応策は思いつかないだろ」


 反対意見はなかった。


 俺たちは、連れ立って、階段を下りる。錆びついた手すりを伝いながら、階下に下りると、ばったりとご近所さんに出くわす。


「……衣笠由羅?」

「That’s wrong」


 目を細めたフィーネが、糸のように細まった殺意を発する。


 びくりと、身を強張らせたご近所さんは、手にもっていたビニール袋を取り落とし――大量のガチャガチャの容器カプセルが、地面に転がり落ちた。


 長い前髪で顔を隠した彼女は、おっかなびっくり、地面をコロコロと転がる容器を追いかける。


 カラフルな色合いの丸い容器は、地面にぶつかった衝撃で弾けて、四方八方に分散していた。地面に跪いた彼女は、汚れるのも厭わず必死に追いかける。


「…………」


 転がってきた容器を足で止める。


 拾いに来た彼女は、前髪の隙間から、恐る恐る俺のことを見上げた。


「……お前か?」


 そっと、前髪を掻き分けて、顔を確認し――俺は、息を吐く。


「なんだよ、別人か……何事かと思ったわ」

「本当だ、衣笠由羅じゃない」


 脇から覗き込んだ水無月さんが、彼女の顔貌を確認してつぶやく。


「前髪で顔を隠されると、背格好が似てれば、同一人物だと思いこんじゃうわね。顔を確認しないと、衣笠由羅だと思い込みそうになる」


 顔を確認する前から、興味を失していたのか、フィーネはつまらなそうな顔で手遊びしていた。


「フィーネ先輩? 威嚇しなくていいのぉ?」

「That’s wrong」


 フィーネは、鼻で笑う。


 暇だったので、恩でも売って金をふんだくるかと思い、ガチャガチャの容器カプセルを拾い集めてやる。


 季節外れのジャンバーに、ボロボロのジーンズを着ているご近所さんは、一見、浮浪者みたいに視えた。そんな格好で、ハイハイしながらカプセルを集めるものだから、汚れだらけになって薄汚い印象が強くなる。


「…………」


 必死に、地面を弄る彼女をうかがいながら、容器カプセルを開いた。


 中に入っていたのは、ソフトビニール製のヒーロー人形だった。見覚えのあるその出で立ちに目を奪われていると、勢いよく、人形を奪取だっしゅされる。


「返してっ!!」


 震えている彼女に、睨みつけられる。


 思ったよりも若い。雲谷先生よりは下、俺たちよりは上くらいだから、大学生あたりだろうか。


 その目を見つめて――繋がる。


「……淑蓮」

「ん? なに?」

「お前、間違えてないぞ」

「……え?」

「写真だ」


 瞬間、淑蓮は、驚愕で目を見開いた。


「お、お兄ちゃん!? え、そういうことっ!?」

「あぁ」


 俺の携帯スマホに、淑蓮から写真が送られてきて――目の前の彼女と並べる。


「ビンゴ」


 俺は、笑う。


「この女性ひとが、くすのきあやだ」


 雲谷渚から腎臓を貰い受けた少女……くすのきあやは、写真通りの顔を、疑念で歪めた。

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