ストーカーの極意

「『雲谷渚を愛している人を先に見つけた方の勝ち』……か」


 電車に揺られながら、水無月さんはつぶやく。


「確かに、渚く……雲谷先生にとっての“得意分野”ね」


 俺が先生に提示した勝負方法は、『雲谷渚を愛している人を先に見つけた方の勝ち』……実の兄のことだから、先生の得意分野であることは間違いない。


 だが、そんなにも、簡単な話ではないことも確かだ。


「さすがは、お兄ちゃん。雲谷先生にとって、存在しないものを証明しろなんて、無理に決まってるもん。勝負を飲んだ時点で、先生の敗けでしょ。

 あ、フィーネ先輩、8切りで一回、山消えるから」

「What!? どういうこと!? なんで、8を出したら山が消えるの!? この大富豪ってゲーム、合理性の欠片もないわよ!?」


 四人用のボックス席。


 俺の隣には水無月さん、対面には淑蓮、対角線上にはフィーネが座っていた。テーブルを出して、大富豪を始めていた俺たちは、“遊び”をまともに知らないフィーネに遊び方を教えている。


「スミレ、どういうこと!?」

「いや、だから、そういうルールなんだって……なんで、ポーカーは死ぬほど強いのに、大富豪はクソ弱いのこの女性ひと……」


 もたつきながら、悪戦苦闘しているフィーネを横目に、手を組んでいる水無月さんと手札の交換にいそしむ。


「…………」

「浮かない顔ね、アキラくん」

「思ったよりも、先生が、あっさりと勝負を飲んだのが気になって」


 俺の『最小3』が、水無月さんの『最大2』と交換される。


「あまり、気にしないほうが良いと思う。たぶん、どんな内容であろうとも、雲谷先生は条件を飲んだんじゃないかしら。

 このカードゲームみたいに、引くに引けない時もある」


 場に『7』を出すと、水無月さんは『9』を出した。カードを出す時に、折り曲げた指の本数で2進数を表し、次に自分がなにを出すのかを教えてくれる。


「追い詰められていたからじゃなくてですか?」


 フィーネが『Q』、淑蓮が『K』と刻んで、俺はそれ以上の数字が存在しない『2』を場に出した。


「こんな風に」

「大概、そういう場合には――」


 水無月さんは、最強JOKERを差し出した。


「追い詰められてない」

「…………」


 静かに、水無月さんの独壇場になる。


「引けなくなった人間ひとは、自制ブレーキを踏まない」


 水無月さんは、四枚の『3』を出して――革命――場の優位がひっくり返って、最大の代わりに最小が最も強くなる。


「あの女性ひとは、鼠じゃない。きわまったら、なにを噛むかわからないわよ」

「悲劇の王妃様Marie-Antoinetteね」


 自らの敗北を察したのか、フィーネは手札を放り捨てる。


「Place de la Concordeに首を飾られるのは、フィーたちの方かも」


 水無月さんは、俺に優位な場を作り出した。


 一位で俺が上がった後に、微笑を交えて二位で上がる。淑蓮が続いて上がって、膨れた面のフィーネはカードを拾いもしなかった。


「それで、アキラくん、これからどう動くつもり?」

「雲谷渚が、腎臓を提供した少女に会いに行こうと思ってます」


 意外だったのか、淑蓮が、前のめりで突っ込んでくる。


「え、なにそれ、会ってくれるの?」

「俺って男は、サプライズが好きだから……」

「さすがに、アポイントメントもなしに会えないんじゃないかしら……下手したら、不審者として通報されるかも……」


 お前らは、慣れてるから大丈夫だろ。


住所Addressは?」

「これから調べる。

 淑蓮」

「…………」


 目を閉じて、唇を突き出してきた妹の口に、トランプを差し込んでスキャンする(特に意味はない)。


「雲谷渚の生家で、手に入れた個人情報をまとめておいた。この電車が、次の駅に着くまでに住所を割れ。

 あと、3分くらいだ」

「「「…………」」」


 『目的地の検討もついてないのに、なんで電車に乗ったんだろう』と言いたそうな三人に、心の中で『駅弁が食いたかったから』と答える。


 淑蓮に個人情報をまとめた手帳を手渡すと、妹は膝の上にラップトップを広げる。片手でキーボードを打ちながら、もう片方の手でみっつの携帯端末を弄り、画面を高速でスクロールしながら微笑を浮かべる。


「アキラくん、さすがに3分で住所までは――」

「割れた」


 淑蓮の快活な返事。


 珍しく、水無月さんが、眉をひそめることで動揺を示す。


「ガバガバだね。SNSで近辺の駅を書き込んでる時点で、大方の予想はついてたけど、ありとあらゆる面で情報漏洩の散弾銃リークス・ショットガン。時系列順に並べ替えソートしながら、投稿写真の位置特徴を前提に、凍結済みの裏垢の情報を統合化しつつ探ったらバイト先から恋愛遍歴まで丸わかり。

 男の趣味、悪いね、コイツ」

「で、住所は?」


 俺は、淑蓮から手帳を受け取る。そこに記載されていた住所には、今までの引っ越し歴まで書かれていた。


 何歳の時にはココに住んでいて、こういう理由で退去して、現在いまはこの県のこの市のこの街のこの番地の、二階建ての家の角部屋が彼女の部屋で……ぬいぐるみの位置情報がXY座標で記載されており、監視カメラを仕掛けるのに最も適しているとアドバイスまで書き込んである。


 俺のスマホに写真が送られてきて、家の外観(5方向。衛星写真付き)まで手に入る。


「お兄ちゃんの好きなゲームの予想クリア時間を、秒単位で予測する遊びの方が難しかったかな。

 そっちは、音情報しかないし」

「…………」

「お兄ちゃん、高校入学したての頃に32文字の挨拶を書き込んで、結局、投稿まではしなかったSNSアカウントにはログインしないの?

 忘れてるんだと思うけど、パスワードは『Acira0000』だよ。1年3ヶ月と6日前、3回ログインに失敗して、アカウントロックがかかってると思いこんでるよね。でも、大丈夫だよ、私がアカウントのパスワード変更しておいたから、言ってくれれば使えるもん」

「…………」

「あっ」


 恥ずかしそうに、淑蓮はうつむく。


「ごめん、パスワード、勝手に『SumireLoveLove』に変えちゃった……セキュリティ能力0……でも、仕方ないよね……私の心は、お兄ちゃん専用でガラ空きだもん……」


 お前の常識やら倫理観は、根こそぎ、空き巣にとられちゃったの?


「お兄ちゃんのために、桐谷淑蓮は開きっぱなし……侵入し放題だよ……」


 地獄の門が開いてても、誰も入らねーよ。


「まぁ、とりあえず、よくやった。さすがは、俺の妹だ。今後とも、俺のためによく働けよ」

「ぁあ~! お兄ちゃんの音ぉ~!!」


 適当な言葉で、淑蓮を褒め称えてから、俺たちは下りる駅を決める。


 そして、雲谷渚が心臓を与えた少女を見つけ出そうとし――


「……あ?」


 なぜか、雲谷先生のアパートに着いた。

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