桐谷彰、らしさ

 深夜。


 サービスエリアのフードコートには、俺と先生くらいしかいなかった。


 閑散としている店内には、エアコンダクターの音が響いている。屋内に軒を並べる店は、半分くらいが閉まっていて、物静かな券売機だけは勤勉に働き続けている。


 俺たちは、安っぽいテーブルに、向かい合わせで座った。


「先生、独身なのに、ラーメン食べるんですか……?」

「なんだ、その偏見丸出しな疑問は? 独身になにを食えと言うつもりだ?」

「冷や飯」


 普通に、頭をぶん殴られる。


 俺は先生のラーメンをおかずに、ソースカツ丼を食べ始める。『正気かコイツ』という顔で、先生がこちらを視ていた。残念なことに、同じテーブルに置かれた食べ物は、すべて俺のモノだという理解がないらしい。


「桐谷」


 プラスチックのコップに注がれた水を飲みながら、俺は顔を上げる。


「なにかあったか?」

「別に、なにも」


 足を組んだ先生は、飯を食べ続ける俺を見つめる。


 数分間の沈黙の後、俺がラーメンを食べ終わったくらいの頃合いに、彼女はゆっくりとささやいた。


「モモ姉は、なんて?」


 スープに映る自分の顔を見つめながら、俺は答える。


「しあわせだったってさ」

「……そうか」


 微笑を浮かべて、先生は哀しそうにつぶやく。


「そうか」


 近くにある自販機から、動作音が聞こえてくる。沈黙が張り詰めているせいで、ちょっとした身動ぎの音さえも耳に届いた。


 外はもう真っ暗闇で、一筋の光さえも見当たらない。。


 ただ、先生は、微笑んでいた。


「……先生」

「無理だ」


 彼女は、言う。


「今さら、もう、引き返せない……私は、やり遂げる……兄の想いとモモ姉の願いを叶える……お前を幸せにするよ……」


 ソースカツ丼のどんぶりを置くと、先生からハンカチを手渡される。口元を拭けと言いたかったらしい。


 なので、手袋代わりに、先生へとソレを叩きつけた。


「…………」


 次いでに、水もぶっかける。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 この女、水がしたたっても、良い女にならねーな……。


 先生は、暴力のプロフェッショナルだった。人体構造を知り尽くしてる。ありとあらゆる苦痛を経験させられたにも関わらず、俺の身体には傷跡ひとつつかず、一切の後遺症も残らなかった。


 仕切り直して、俺は、先生にハンカチを投げつけた。


「宣戦布告だ、ゴラァ……!」

「決闘の申し込みにしては、白くもないし手袋でもないんだが……まぁ、相手に水をかければ、敵意を示す意味合いには繋がるか」


 苦笑した先生は、ハンカチを小さく丸める。


 丸めたハンカチをコップでかぶせて――消えた。


 とんとんと、先生は、自身の胸を指で叩いた。俺も真似して、先生の胸を指でつつくと、へし曲げられる。


 どうやら、自分の胸ポケットを確認しろという意味らしい(知ってる)。


 胸ポケットに手を入れて、布切れを取り出すと……白い手袋が、姿を現した。


「桐谷、お前じゃ私に勝てないよ」

「そいつはどうかな」


 俺は、丸めた手袋をコップでかぶせて――消えなかった。


「先生、あんたじゃ俺に勝てないよ」

「…………」


 この女性ひと、どこか冷たい目をしてる……独身の目……孤独を抱いてる女性ひとの目だわ……。


「本当に、私に勝つつもりなんだな」


 先生は、楽しそうに笑った。


「いつもの桐谷彰だ」


 知ったかぶっている先生の前で、白色の手袋を弄びながらつぶやく。 


「勝つつもりなんてないですよ」


 相対した俺は、先生に笑いかけた。


「もう、勝ってますから」

「送って行こう」


 車のキーを手にした先生は、ジャケットをもってから立ち上がる。長身の彼女は、すらりとした体躯を魅せつけながら不敵に笑った。


「コレで、本当に最後だ」


 俺は、ゆっくりと立ち上がる。


「先生、物語には、定形テンプレートってものがあるんですよ」


 振り向いた彼女は、俺の視線を受ける。


 眼差しが、交錯する。


 立ち尽くした俺たちは、目と目を合わせて、長い長い時を共有していく。目の前にいる敵を見据えて、仇敵へと至らせていくかのように。


 眼前の存在を、ただ、捉え続ける。


「物語の最後ラストは、愛のあふれるキスシーンって相場が決まってる」


 立ち上がった俺は、改めて――先生の足元へと白い手袋を叩きつけた。


「せいぜい、結末エピローグまで目を逸らすなよ」

「……楽しみだよ」


 微笑んで、先生は歩き始めた。




 生まれ育った街に、俺は戻ってくる。


 目の前に立っている三人組は、驚愕の面持ちで、こちらを見つめていた。海外に高跳びしたと思っていたのに、先生に送られて車から下りてきたのだから、その驚きようは想像にかたくない。


「面倒なことは抜きにする」


 水無月結は、俺を見つめる。


「どんな結末エピローグに至るかはわからない。お前たちの望むような終わり方はしないかもしれない。辛くて悲しくて、胸が張り裂ける可能性だってある。

 もしかしたら、お前たちは、永遠不変の呪いを受けることになる」


 桐谷淑蓮は、俺を見つめる。


「でも、ココで、お前たちに俺が言えることはひとつ。たったのひとつ。たった、ひとつだけの愛の言葉だ」


 フィーネ・アルムホルトは、俺を見つめる。


「黙って、俺に利用されろ」


 まるで、俺の頭をでるように、風が髪の毛を撫で付けていく。


 ――アキラくんを信じてる


 苦笑交じりに、俺は微笑んだ。


「負けられねぇんだよ、俺……」


 三人は、俺を見つめて――頷いた。


「さぁ」


 風が止んで、俺は笑う。


「らしくないことしようぜ」


 結末エピローグへの幕が上がる。

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