恋するティータイム

 指定された喫茶店に入ると、既にフィーネ・アルムホルトは着席していた。


 ハンチング帽をかぶって、袖余りのシャツとチェックのスカートを着ているフィーネは、真剣な表情で本を読んでいる。


 まるで、そこらへんの女子高生みたいな格好だったが、彼女の座る席の周りには、男女問わない“群れ”が出来ていた。どう考えても、あの島だけ、人が密集している。まばゆい光に群がる蛾みたいだった。


「……で」


 水無月ゆいは、フィーネの対面に腰を下ろす。


「なんの用?」

「その前段階Stepは必要かしら、お嬢様My Sweet

「……アキラ君の行方は知らないわよ」


 ストローを咥えたフィーネは、じっとこちらを見つめて、ぶくぶくとクリームソーダにあぶくを立てる。


「知ってる」

「なら、なんで呼んだのよ」


 店員を呼んで、ゆいは、コーヒーを注文する。


「そもそも、フィーネ、貴女はわたしを憎んでる筈でしょ? わたしは、貴女の父親を奪い取った女の、たったひとりの娘なんだから」

「別に……ゆいが奪ったわけでもないし……あの崖から落ちてから、自然と、他の女への憎悪が安らいで……アキラくんに近づく女は殺すけど……」


 全然、安らいでないわねこの子。


 と思いつつも、発言すれば面倒事を引き起こすとわかっているので、ゆいは微笑みをたたえて無言を貫いた。


「フィーたちとウンヤには、因縁FATEがある」


 渚くん。


 ――マジック、見せてやろうか?


 母からは捨てられて、父からは見捨てられたわたしに、おもしろおかしい魔法マジックを見せてくれた人。男性用の制服を着ていて、髪を短くしていたから、てっきり男の子だと勘違いしていた。


「正確に言えば、モモ先生とでしょ。わたしとフィーネ、そして、アキラくんは、同じ『さくら組』の出身者だったんだから」

「……偽物パパは、モモだったの?」


 店員が置いていったコーヒーの、真っ黒な水面を眺める。なにも映し出したりはしない、暗黒面ディスプレイを見つめながら、ゆいはそっとつぶやいた。


「えぇ……少し、話せたわ」

「なんて?」

「わたしの役目は終わった」


 ストローから口を離して、フィーネは、ぼんやりと右上の空間を眺める。手持ち無沙汰になった両手で、見もせずに、紙ナプキンを複雑な幾何学模様に織り込んでいた。


 そして、ふと、ささやく。


「Succeed……」

「後継者? わたしが?」

「Nein……そうであれば、別の言葉を選ぶ……恐らく、後継者は……」


 ゆいは、驚愕から、両目を見開く。


「アキラくんか」

「Maybe.

 フィーは、電話口の相手が、偽物だとわかりつつも、精神安定剤パパとして服用を続けていた。数年間にも渡ってモモが偽物パパを続けていた理由は、フィーを救うため以外に有り得ない。

 恐ろしくも狂おしい愛情ね」

「でも、それは、暫定対策に過ぎない……フィーネの父親に対する依存は、いつか、決定的な過ちを導く……そこから脱却するには、自分以外の救世主が必要だった……その後継者こそが……」


 返答の代わりに、フィーネは笑顔を見せる。


「モモ先生と渚くんは、アキラくんを利用したの?」

「Nein,Nein」


 机に腕と頭を寝せたフィーネは、クリームソーダのアイスクリームを、指先で突き崩しながらつぶやく。


「飽くまでも、相互作用の一様態。共生の一種ね。

 数の多い餌種を学習して集中的に捕食し、数の少ない餌種は見逃される……多種共存の『スイッチング捕食』に近い。宿主と寄生虫が互いに食いつぶさず、助け合う懐古的愛情論Love Storyみたいな、とっても夢物語Romanticな共依存関係よ。

 フィーたちとアキラくんは、非常に相性が良いの」

「アキラくんが傍にいることで、わたしたちは救われ……わたしたちが近くにいれば、アキラくんが救われる……?」

「そう」


 じゅわっと、アイスクリームが、緑色の酸ソーダにとろけ落ちる。


「だから、モモは、フィーたちの前で、繰り返し繰り返し……『監禁』という言葉Wordを口にしていた」

「幼子に対する条件付け」

「悪く言えば洗脳。良く言えば貢納」


 頭痛がしてきたゆいは、一気にコーヒーを口に運び、フィーネのもっていた本の題名タイトルが目に入り――真顔で、吹き出した。


「ちょっと。なに、どうしたのよ、ゆい」

「貴女」


 フィーネが、真剣な表情で読んでいた『ふたりのラブ相性~血液型編~』を指し、ゆいはあまりの驚きで身体が震える。


「な、なんて、本を読んでるのよ……て、天下のフィーネ・アルムホルトが……!」

「なにって、血液型占い」


 本で口元を隠したフィーネは、顔を赤らめて、小首を傾げる。


「だけど?」

「だ、誰と占ったの?」

「え……だ、誰にも……言わない……?」


 本当に恥ずかしそうに、声を潜めたフィーネが近づいてくる。どうやら、耳を貸せという意味らしい。


 キョロキョロと周囲を見回したフィーネは、意を決し、ゆいの耳にそっと唇を近づけた。


「あ、アキラくん……」

「…………」


 ゆいは、自分が卒倒しそうだと気づき、慌ててテーブルの端を掴んで耐える。


「じょ、冗談よね? 冗談でやってるのよね、フィーネ?」

「い、いや、ち、違くて! た、ただ、たまたま? たまたま、本屋でみ、みかけて? ま、まぁ、き、気分転換に良いかなって? そ、それで、た、たまたま? たまたま、アキラくんとの相性は、どうかなって……これって、当たる?」


 顔を真っ赤にして、尋ねてくるフィーネに、適当に首肯してやる。


 恋する乙女である彼女は、ぱぁっと笑顔になって、真っ赤な顔のままでこくこくと首を縦に振った。


「ど、どうしよ。あ、アキラくんとフィー、相性、ばっちりだって。け、結婚しちゃったら、フィー、幸せ過ぎてどうにかなっちゃうかも」


 敵意が、湧かない。


 ゆいは、ニコニコと笑いながら、目の前の純粋な子供を見つめていた。


 まるで、小学生を相手にしているみたいで、まるで嫉妬心が湧いてこない。ただ、妙な、微笑ましい気持ちがあるだけだ。


「よ、良かったわね……」

「う、うん!」


 また、キョロキョロと周囲を見回したフィーネは、ちょいちょいとゆいを手招きする。なにかと思って耳を貸すと、はにかんだフィーネは、ひそひそと耳打ちをしてきた。


「あとで、ゆいにも、こっそり貸してあげるね」

「う、うん……」


 なんだか、気が削がれたゆいは、ため息を吐き――着信。


 発信者の名前を視て、固まった。


「どうしたの?」


 問いかけられ、ゆいは答える。


「電話がかかってきた」

「……スピーカーにして」


 ゆいは、スピーカーに切り替えてから――


「もしもし」


 電話に、出た。

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