論理的な愛
屋根の上。
満点の星空の下で、俺は、ぼんやりと海を見つめていた。
月明かりを浴びて、
「あ、アキラ様……」
上がってきた由羅が、俺の隣に腰を下ろす。
「き、聞きました……あ、明日、フィーネ・アルムホルトとの結婚式を執り行うと……ど、どうなさるおつもりですか……?」
「どうなさるおつもりなんだろうなぁ」
俺は、身につけている腕時計に指で触れる。
動きに反応した由羅は、市販品のカタチをしている時計に目をやった。
「う、腕時計は……特別製のものとすり替えられてしまったんですよね……つ、つまり、アキラ様の腕時計は、フィーネ・アルムホルトが所持していて……しょ、勝利条件を満たすには、“鍵”が足りていないのでは……」
「この
指を一本立てて、俺はつぶやく。
「組になっている腕時計……俺とフィーネ、それぞれの腕時計を互いに身に着け、鳴らし、“愛”を証明すること。
つまり――フィーネは、明日、決着を着けるつもりだ」
そうだ、そうとしか考えられない。
恐らく、この
――浴槽ですり替えたパパの腕時計は、その時がきたら戻してあげるから
フィーネ・アルムホルトの
「やられたな……俺は、この
「え、え……ど、どういう、意味ですか……?」
「教会での結婚式だよ」
ピンとこないのか、由羅は小首を傾げる。
「キリスト教式の結婚式で、神父から新郎新婦に求められるものはなんだ?」
由羅は、ゆっくりと、目を見開く。
「誓いの……言葉……」
「そうだ、神の御前で誓うことで、
フィーネは、論理的に――俺の愛を証明しようとしている」
俺は、ため息を吐く。
「正直言って、盲点だった。愛なんて抽象的な概念を、論理的に証明するなんて、不可能だと思ってたからな。だからこそ、俺の側に選択権があると勘違いして、自分に
よくよく考えてみれば、愛という抽象概念を、契約という理論に置き換えるのは実に簡単なことだったんだ」
「ゆ、指輪の代わりに……時計を交換するつもりですか……?」
「そして、
仰向けに寝転がった俺は、ゆっくりと動く衛星を目で追いかけた。
「勝利条件は、完全に満たされる……お前らが幾ら騒いだところで、理の立たない論を、フィーネが
「ち、誓いの言葉を……口に出さなければ……!?」
「俺がちょっと考えただけでも、対策は幾らでも考えつくぞ。
アレが罠だった以上、『フィーネ、俺たち、結婚しよう』という発言は録音されているだろうし、腕時計にスピーカーでも取り付けて合成音声で『誓います』って再生すれば、つつがなく結婚式は進行する」
「だ、だったら、結婚式をめちゃくちゃにすれば……!?」
「無理だな。もう、封じられた」
眠たくなってきて、俺はあくびをする。
「結婚式っていう舞台を設定された以上、もう、奇襲の
敵がどこに攻めてくるか判明してれば、防衛側の難易度は著しく下がる。仕込みは、ほぼほぼ、不可能。あんな狭い箱の警備だったら、執事連中と
鼠一匹、入れないだろうな」
「……アキラ様は、抵抗する気が、ないんですか?」
片目を開けて、
「今のところ、俺は、フィーネの
「……
「もう遅い。流れは決まった。結婚式当日、俺が暴れ回って口を
だったら、もう、受け入れるしかない」
「…………」
「やめとけ」
渦巻いている不穏な気に向かって、俺は優しい言葉を吐いた。
「もう、勝負は着いた。終わりだ」
俺は、目を閉じる。
数分後、目を開いた時には、既に由羅の姿が消えていた。
「……後は、流れるだけだ」
夜空を――星が、流れていった。
『準備は?』
ゆいは、震える手を握り締める。
『わかってるとは思いますけど、一発勝負ですからね。その“爆弾”が、上手く爆発するともわからない』
「えぇ、わかってる」
薄暗闇の中、彼女は、無線機から流れる声に応える。
『正直言って、意外でした』
「なにが?」
『水無月先輩は、論理のみを信じる人間かと』
「……いい言葉を教えてあげる」
恐怖で震えている足を押さえつけながら、水無月結は、
「
深呼吸をして――踏み出した。
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