Ribbons and Laces and Sweet pretty faces
「フィーね! 大人になったら、パパと結婚する!」
「それは嬉しいな」
お日様の光で、ほんのりと温かい書斎。
安楽椅子に座って、本を読んでいたパパは、眼鏡を外して微笑んだ。
フィーが膝に縋り付くと、両手を広げて迎え入れてくれる。それがとても嬉しくて、笑いながら飛びついた。
抱きついて息を吸い込むと、パパは陽だまりの匂いがした。たぶん、いつも、お日様を吸い込んでいるからだ。パパはひなたぼっこが好きで、天気の良い日には、太陽の光を浴びていたから。
「結婚してくれる?」
「あぁ、もちろん。でもね、フィー、ひとつ条件があるんだ」
「なに?」
フィーのおでこにキスをしたパパは、微笑を浮かべながら言う。
「もし、フィーに、好きな人ができたら……その時は、パパじゃなくて、フィーの想う好きな人と結婚して欲しい」
「パパより、好きになる人なんていないわ!」
「Sugar and Spice and All things nice」
「なぁにそれ?」
どこか、傷ついたような顔で、パパは笑う。
「
「どんな歌?」
問うた瞬間。
パパの口元だけが、歪んだ。
「Ribbons and Laces and Sweet pretty faces」
女性はなにで出来ている――リボンとレースと甘い顔。
「きっと、女の子はね、成長の過程で、素敵ななにかを失ってしまうんだ……振りかけられたお砂糖もスパイスも……まるで、味がしなくなって、装飾ばかりが派手になる……誰も、手をつけようとせず……見た目だけで、判別するようになる……」
「フィーは違うよ! ずっと、パパのこと、好きでいるもん!」
「でも」
悲しそうに、本当に悲しそうに、パパはフィーを抱きしめた。
「キミは、
耳元に、そっと、ささやきが閉じ込められる。
「まるで、
その固く強張った腕には、愛を感じなくて。フィーは、どんどん息苦しくなっていく。
もがけばもがくほどに沈んでしまう、底なし沼みたいだった。果てのない苦痛を覚えながらも、必死の思いで口を開く。
「憶えたよ! フィー、憶えたよ! 今、パパに教えてもらって、ぜんぶ、憶えたよ!」
フィーは、歌う。
パパの前で、パパに教えてもらった
でも、パパは、悲しそうにフィーを見つめるだけで、一緒に歌ってくれはしなかった。まるで、自分がゼンマイ式の自動人形になったみたいで、硬直した口元だけが機械的に動き続けている。
「フィーネ、僕の優しい子。どうか、その慈愛だけは失わないでおくれ。きっと、いつか、本当のキミを見つけてくれる愛しい人に
だから、その日まで、“女の子”として生きていて欲しい」
「パパ……約束よ……将来、フィーと結婚するって……約束よ……」
「……フィーネ」
床に下ろされたフィーは、大きくなっていく不安と戦いながら顔を上げる。
笑って、パパに問いかける。
「パパ、遊んで? いつもみたいに、チェスで遊んでくれるでしょう?」
「ごめんよ、フィーネ」
椅子から立ち上がったパパは、疲れ切った表情で、ゆっくりとフィーの頭を撫でる。
「もう、僕は、キミに勝てないんだ」
「そんなこと……ないわ。
だって、フィーは、パパに勝ったことなんてな――」
「そういう」
まるで、廊下に飾られた、無価値な壺を視るみたいな目で――
「そういう……ままごとだけは……するんだね……」
パパは、
パパは部屋を出ていって、突っ立っているフィーの耳には、
「パパ……」
ぐちゃぐちゃの頭の中で、フィーは計算する。
どうすれば、愛されるのか。
計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算して計算する。
でも、答えは出ない。
カオス理論が解っても――愛は理解できない。
「どうして、愛してくれないの……?」
泣きながら、フィーはつぶやく。
「
涙が、落ちる。
「なんで……パパは……フィーを褒めてくれないの……愛してくれないの……愛して……お願いよ、パパ……フィーを愛して……パパ……パパ……」
その日、パパが、家に帰ってくることはなかった。
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