古事記にだって、ヤンデレが出てくる
「腕時計、交換したでしょ?」
風呂から上がった俺は、彼女と
フィーネは、子供っぽいもこもことしたパジャマを着ている。
俺にピッタリと寄り添ったフィーネは、早くページをめくるようにと俺の腕を揺すった。仕方がないので、俺は、張り切って『シンデレラ』を読む。
「もぉもたろさん!! もぉもたろさぁん!!」
「パパ、それ、『桃太郎』」
いつものハニトラかと疑ったが、フィーネは、純粋に俺とのコミュニケーションを楽しんでいるようだった。ぱたぱたと両足を振って、ニコニコとしている分には、人間の形をした悪魔ぐらいには視える(普段は、悪魔の形をした地獄)。
「ねぇ、腕時計、交換したんでしょ? Look at me!」
抱きついてきたフィーネが、あむあむと脇腹を甘噛してくる。
「腕時計って、なんの話だ? 変なことを言うフィーネには、もう、シンデレラは読んでやらないからな?
「パパ、それ、『古事記』」
テディベアを胸元に抱えたフィーネが、くすくすと笑う。
「一緒にチェスで遊んだ時、フィーの腕時計と偽物の腕時計を交換したじゃない。意図がない行動なんて存在しないもの。
だって、この
だから、これ」
俺は、一緒に賭けゲームをして遊んだ
自分の手首から外した腕時計を、フィーネは、これ見よがしに振ってみせる。
「素材も部品も異なるから、重量で
「バカ言うなよ。
善人が
「……
鬼気迫るほどの美貌で、フィーネは微笑して――俺の首を掴む。
「で――」
「ごめんなさい!! 調子にのりました!! 大変、申し訳ございませんでしたぁ!!
舐める気なんてないので、素足をこしょこしょとくすぐるに留めておく。
笑わせれば、こちらのものだ!! 感情をコントロールしてやるぞ、あばずれが!!
「…………」
わ、笑ってよ……あんたが笑ってくれないと……わたし……
「ねぇ、パパ。パパはパパなんだから。パパらしくてしてよ。本当に。そろそろ。パパにパパでいてもらわないと、無理矢理にでもパパになってもらうよ。パパがパパらしく
ここで、視聴者プレゼントだ! フィーネが何回パパと言ったのかを記入して、ヤンデレ研究部に送ってくれ! 抽選で一命様に、『死んで覚える、ヤンデレの落とされ方』をプレゼント! ドシドシ、応募してくれよなっ!!
「……頭、撫でて」
オラッ!! 惚れろ!! 惚れろ、オラッ!!
命を懸けたナデナデによって、フィーネの表情が、少しずつ緩んでいく。どうやら、まだ、
「……フィーの腕時計を手に入れて、ゆいを勝たせるつもりだったの?」
異様なくらいに艷やかで、さらさらと指の間を流れる髪の毛。されるがままのフィーネの髪を
俺は、まだ、選べていない。
「もし、腕時計を交換してたとしても」
長い
「さっきの浴槽で、また、すり替えたんじゃないのか? 今、俺がつけてる腕時計には、お前の愛が詰まってるような気がするが」
「さすが、パパ」
テディベアを枕元に置いたフィーネは、俺に抱きついて鼻先を擦りつけてくる。
「その腕時計はフィーのだよ……フィーがつけてるのも、同じのだけどね……コレで、お揃いだよ……」
そっと、フィーネは、俺の手首に自分の手首を重ねる。
視えるわけもない赤い糸を幻視しているかのように、合わさった腕時計を視て、彼女は恍惚とした表情で笑んだ。
「……嬉しいよ」
間違いなく、コレは、フィーネの腕時計そのものじゃない。
なにせ、勝利のために必須となるのは、俺の腕時計とフィーネの腕時計だ。敗北するつもりでもなければ、フィーネの腕時計をそのまま渡すわけがない。
罠……なのは、確実だ。なにが仕掛けられているのか。
だとすれば、俺がすることはひとつ!!
「あの……ちょっと、腕時計の鍵を外してもらってもいいですか?」
「ダメ。投げ捨てるつもりでしょ?」
まぁ、だろうね(天才的微笑)
「浴槽ですり替えたパパの腕時計は、その時がきたら戻してあげるから。それまでは、その特別製を身に着けててね」
可愛らしい笑顔を浮かべたフィーネが、俺の両腕にすっぽりとおさまる。
「それじゃあ、おやすみパパ……また、明日ね……」
電気が消えて、数分もしないうちに寝息が聞こえてくる。
真っ暗闇の中、単調な音の連続を聞いていると眠気を覚えた。
俺は、掛け布団を胸元までたくし上げて、安眠に落ちていこうとして――足先が、柔らかなものに触れる。
俺は、ゆっくりと、掛け布団を開いた。
闇。
闇の中。
闇の中に、爛々と光るふたつのナニカが――
「アキラさま……アキラさま……」
闇の住人は、粘つくような声で、俺の呪言をささやく。
「おむかえに……おむかえにあがりました……アキラさま……アキラさま……」
俺は、そっと、掛け布団を被せ直して目を閉じた。
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