ヤンデレ好きの理想はクマムシ(地球が滅んでも、生き残って愛し続けてくれるぞ!)

偽装爆弾ブービートラップ


 真っ白な肌を優雅に泳がせて、フィーネ・アルムホルトは言った。


「日用品や貴重品といった、一見、無害にも思えるものに仕掛けられる罠……人はね、有用だと思い込んだモノに対しての防壁ガードが甘くなる。

 ベトナム戦争時、ゲリラが用いたパンジ・ステークなんかが有名だけど、最も馴染み深いのは『トロイの木馬』じゃないかな」


 ほんの束の間――振動を感じた。


 俺に寄り添っているフィーネは、耳元で「まぬけBooby」とささやいた。そっと、俺の肩に置かれた頭からは、得も言われぬ甘い香りが漂ってくる。


 風呂に入る前に、頭洗う派なのかな。良い子だね。


「ごめんね、アキラくん。もう、起爆BOOMしちゃった」


 フィーネは、微笑む。


「人間爆弾」


 比喩じゃないのかよ……本当に、人間に爆弾仕込んでたのこの人……こわ……


「いや、お前、こんな南の楽園で爆発騒ぎ起こしたら、ユナイテッドステイツの方々が黙っちゃいないだろ。銃社会舐めんなよ。アメリカの皆様方は、アサルトライフルで国歌斉唱するんだからな」

「アメリカは、確かに銃社会だけど、資本主義社会でもあるんだよ……偏見の度合いを、軽く超しちゃってるね……アキラくん、かわいい……」


 なぜか、慈愛溢れる視線を向けられて、幼子にするみたいにして頭を撫でられる。頭がおかしいヤツに、頭を労られるという図式が頭にくる。


「(C8H8)n、C6H6、C8H18……」

「は?」


 急に化学式を口ずさんだフィーネは、俺の指に自身の指を絡ませる。


「ナパーム弾は、日用品からでも簡単に作れるってこと……例えば、冷凍オレンジジュースとガソリンとかね……ふふ……」


 俺は、無意識に、簡単にヤンデレを作れるよ。材料は己自身だよ(人体錬成)。


「単純に疑問なんだが、どうやって、爆弾なんか仕込んだんだ? 開腹するタイミングなんてなかったし、人間の体内に爆弾を仕込める時間なんてなかったろ?」

「言ったでしょ……偽装爆弾ブービートラップだって……」

「あの、耳に唇つけて、しゃべるのやめてくれます?」


 隙あらば、息やら舌やらねじ込んでくるので、まったくもって話に集中できない。この程度のハニートラップでどうにかなるものでもないが、男の子としての本能が疼くので勘弁して欲しい。


衣笠由羅Booby

「……由羅?」


 眉をしかめたフィーネは、正面から俺の首に手を回す。


「他の女の名前なんて、発声しないで。パパは、ママとフィー以外の女は、歯牙にもかけたりしない。

 生物学上、メスと分類されてる塵芥ゴミまつわるモノには触れもしないで」


 あのさぁ!? そしたら、もう、一生、卵食えねぇよなぁ!? なら、お前が、卵産んでくれんのか!? 毎朝、新鮮な卵を、産み落としてくれるってのかぁ!?


「……返事は?」

「はーい!(なんてこと言ったら、死ぬのだっ☆)」


 殺意には敏感肌のアキラくんはね、こうして、ストレスから己を遠ざけることで、このたまご肌をキープしているんだよ。あとね、毎夜、誰かがスキンケアをほどこしてくれてるの……悪戯好きな妖精ヤンデレさんの仕業かな……?


「で、その由羅ゴミをどうしてやったんですか姉御」

「……順応、速いね」


 いつも、無慈悲環境ヤンデレ・ゾーンにいるからね。順応性が高くなかったら、とっくの昔にお陀仏領域カクリヨ・ゾーンにいるからね。


「衣笠由羅がね、桐谷淑蓮を助けるために、交渉を持ちかけてきてたの。だから、フィーは、条件を出しておいたんだよ」

「条件……?」


 湯の中で、フィーネは膝を抱える。


「入り江にね、隠しておいたの」


 上気させた頬をコントロールし、彼女はあでやかに笑った。


「エンジン付きの小型船ボート……指定した時間ぴったりに、それを使って、この島を離れろってね……」

「なるほど。それで、人間爆弾ね」


 合点がいく。


 由羅は、恐らく、フィーネの言いつけを本気にして、隠れ入り江に向かった。一度、島を離れたフリをして、戻ってくるつもりではあったのだろう。だが、なんにせよ、アイツは約束を守ってエンジンキーを回した。


 エンジンキーを回して、イグニッションをオンにするということは、船舶の配線に電流が走るということだ。


 ナパーム弾はものの例えだろうが、電気というトリガーさえ流れれば、配線にちょっとした細工をするだけで簡単に爆発させられるんだろう。


「15:1」


 くすくすと、フィーネ・アルムホルトは嘲笑わらう。


所謂いわゆる、理論空燃費だよ。常温で気化するガソリンは、燃料1に対して空気が15の時に一番良く燃えるの。

 それに、他にも、色々と仕込んでおいたから……爆発する時に近くにいたら、ハリウッド映画みたいに吹っ飛んじゃうかもね」


 厳密に言えば、人間爆弾じゃない。人間型時限爆弾だ。


 爆発という現象は、意外とデリケートなモノだ。事前に準備するにしても、ある程度の準備期間を要する。つまり、一朝一夕で考えついて仕込んだモノではなく、下手すれば、俺たちがやって来る前に備えられていた可能性すらある。


 フィーネと由羅の交渉が、いつ行われていたかは知らない。だが、フィーネの先読みの能力には、尋常ならざるものを感じざるを得ない。


 でも、恐らく、コイツにも読みきれないモノがある……その虚さえ突けば、あるいは……


「無駄だよ、アキラくん。フィーに“虚”なんてない」


 おほぉ♡ もう、無理ぃ♡ 心まで、読まれてちゃってるのぉ♡ 心も身体も、隷属れいぞくしちゃいそうなのぉ♡


「そそそそそそいつはどうかな(震え声)」

「もう、諦めたら……衣笠由羅が死んじゃったのに……まだ、続けるの……犠牲が増えるだけだよ……」

「えっ」


 驚いた俺は、目を見開く。


「なに言ってんの、爆発ごときで、アイツが死ぬわけないじゃん」

「……え?」

「アイツらが、この程度で死んでたら――」


 俺は、悲惨極まりない悲鳴を上げる。


「俺は、もうとっくの昔に、ヒモになってハッピーエンドだったんだよぉ!!」


 あの極悪生物ヤンデレたちは、地球が滅んでも、クマムシと一緒に生き残って俺への愛をささやき続ける。


 そういう類の、バケモノだ。





















「ぁ、い、いけない……」


 目を覚まし――


「つ、つい、うっかり……ね、眠りすぎちゃった……」


 衣笠由羅かのじょは、法被はっぴに着替えてサイリウムを取り出し、アキラの祭壇に日課コールを捧げた。

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