BOOM
「……日が落ちる」
消え失せた愛しい人の捜索を開始して数時間、要所に配置された
「水無月先輩」
ゴールデンバンブーの隙間から、
「どうしますか、お得意の特攻します?」
「貴女が盾になってくれるならね。
ねぇ、アキラくんへの愛の下に、尊い犠牲になってくれない? よくいるでしょう、面白おかしい漫画の世界に。主人公の幸福を願って、泣く泣く身を引く女の子が」
「はぁ? ばっかじゃないですかぁ?」
爪を噛みながら、淑蓮は笑う。
「この世界でお兄ちゃんのことを幸せにできるのは、私だけですよ?」
ま、そう言うとは思った。
ゆいは、
「衣笠さんは?」
「見つかりませんよ。見つけるつもりもありませんし。見つからなければいいなとも思ってます」
「恩知らずだね。助けてもらったくせに」
ゆいは、ビーチサンダルを脱ぎ、足裏についた砂粒を叩き落とす(こうやって、アキラくんにくっつく、邪魔な女どもも叩き落とせたらいいのに)。
「まぁ、確かに、フィーネ・アルムホルトからは救ってもらいましたよ。金属製の開閉する梨を、下の口で食べさせられる寸前で。もちろん、感謝してますが、別に、恩を返すタイミングなんて人それぞれでしょ?」
「恩を返さない人間の吐くセリフよ、それ」
ふと、砂浜を落とすために、片足を上げていたゆいは気づく。
「ねぇ。衣笠さんは、どうやって、あのフィーネから貴女を助けたの?」
淑蓮の表情筋が強張って、リップを塗っている唇が割り開かれる。
「……交渉」
不穏な単語がまろび出て、つい、顔をしかめた。
「交渉? 衣笠さんは、フィーネと交渉をしたの? その交渉の内容は?」
「…………」
無言。知らないという意味。もしくは、情報を明かすつもりがないのか。
「余計な時間を使うのは、お互いにやめましょう。わたし、アキラくんに関すること以外に時を費やすのは、すべて
「……内容は、知りません」
嘘は、吐いてないな。
ゆいは、体表に出ている情報(発汗、声質、視線、言積、etc……)を読み取り、彼女に虚偽がないことを見て取る。
「だとしたら、その交渉によって、衣笠さんがフィーネに取り込まれた可能性もあるんじゃない?」
「有り得ない。フィーネ・アルムホルトの目には、“女”と付くすべてのモノは、“汚”の頭文字が映り込むことになるんですよ?」
「違う、わかってない」
ビーチサンダルを履き直し、ゆいはため息を吐く。
「フィーネは、語りが異様に上手い。特に、論理立てて奇術めいた嘘を吐くことに
「……トロイの木馬?」
こくりと、頷く。
「①衣笠さんが消えた。
②衣笠さんとフィーネとの間に特別な交渉があった。
③このふたつが、無関係だとは到底思えない」
みっつを上げて、ふたつを上げ直す。
「
「状況悪化の一手と犠牲良好の一手……」
――
まるで、フィーネの解説が聞こえてくるようで、ゆいは苦笑する。
「つまり、
「そうね。貴方を助けるには、状況が悪化するとわかっていても、衣笠さんは交渉を切り出す他ない」
「だったら、
「フィーネは、桐谷淑蓮という
例えば、
目を見開いた淑蓮が、冷や汗を流しながら爪を噛む。
「だとしたら、捕まっていた私と衣笠先輩を解放したのも……同じ
「たぶんね。十字架に縛られていた貴女たちを放置していたら、ふたりとも溺れ死んでいたんだもの。
助ける他ないでしょう?」
「あの女……どこまで、先を読んで……」
「たぶん、あの子、今頃は勝利後の
さすがの淑蓮も、してやられたと思ったのか、鬼気迫る表情で砂浜を睨めつける。怒気と称するよりも殺気と呼ばれる類の視線が、沈みゆく太陽の代わりに、黒い炎で海岸を焼き尽くそうとしているかのようだ。
「でも……なぜ、わざわざ、私たちを二度も見逃したんですか? どうして、二度も
問いかけられ、ゆいは気がつく――
だから、諦めと共に、ゆいは二本の指を立てる。
「一度目の
二本立てた指のうち一本を、ゆいはゆっくりと折りたたむ。
「なら、二度目の
桐谷淑蓮は、大きく、目を見開いて――
「
世界が、破裂する。
耳をつんざくような大音響、視界が白一色、全身が宙に浮いた。
閃光が迸ると同時、吹き付ける熱風、木々がへし折れて海面が波立つ。どこからか噴き上がった大量の砂が、背後に倒れ込んだゆいにどっと覆いかぶさる。明滅、耳鳴り、甚大被害、パニックに沈む。
熱・光・音。
無、無、無。
白、白、白。
絶無、純白、沈着し……ゆるやかに、静まり返る。
そして、なにもかもが止まった。
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