一匹の爆弾
俺は、全裸だった。
「……そうきたか」
フィーネの邸宅には、古代ローマの
てっきり、拷問部屋にまで連れて行かれて、手足の数本はぶった切られるかと思っていたが、まさかの日本の心、風呂である。にごり湯の中から、スタンガンを携えた
しかし、コレではっきりしたな。フィーネは、俺に手を出すことはできない。
まぁ、正直、賭けは賭けだったが……まさか、五体満足でくぐり抜けられるとは。フィーネだったら、俺を芋虫にして、毎日青汁を飲ませるくらいは笑顔でやりそうだったのに。
俺の想像以上に、パパへの愛が深くて重いというこ――
「パーパ♡」
背中に柔らかい感触。
振り向かなくても、誰がいるかはわかった。
「一緒にお風呂なんて、久しぶりだね。ちっちゃい頃に戻ったみたい。
生やん……この柔らかさ、生やん……
ヤンデレとふたりで風呂に入るのは、そんなに珍しいことでもないが、生で攻めてくる猛者はあまりいない。
全裸で立ち尽くす俺の前で、必死でバタ足をしている由羅(スクール水着Edition)を思い出し、興奮感がスッと消えていく。全裸の父親を思い浮かべるよりも、あの意味不明な恐怖感のほうがよほど効く。
「で」
フィーネを振りほどいた俺は、湯船の中へと入っていく。
「目当ては、なんだ? 新手の拷問を加えるつもりなら、土下座するから、許してください。やめて」
「強気なのか弱気なのか、アキラくんはわからないね」
裸体を隠そうともしないフィーネが追いかけてきて、にごり湯の中に身を沈めてゆく。きめ細やかな肌をもつ白い肩だけが、雲間から覗いた月みたいに、怪しげな光をまといながら
「腕時計、すり替えたでしょ?」
「……あの、もうちょっと、離れてもらえませんか? さっきから、足を絡めてくるの、やめてください」
「
笑ってられるのは、今のうちだけだぞ!! 俺が!!
べたべたべたべた、寄り添ってくるフィーネの攻勢は見事だったが、俺には衣笠由羅という心強い味方がいた。俺の頭の中では、既に百人近い由羅がバタ足をしていて、あの時の冷えた感覚が蘇ってくる。
なんで、コイツ、人の家の風呂で
「…………」
「その虚無みたいな顔……Incredible!
フィーに迫られて手を出さないなんて、アキラくんくらいのものじゃないかな」
「もし、腕時計をすり替えてたとして」
当然、着けたまま入浴している俺は、これみよがしに腕時計を見せびらかして、
「水無月さんたちと接触できなければ、俺に勝ち目なんてないだろ? 勝利条件は、俺の愛する対象が、この腕時計を鳴らすことなんだから」
本当に愉しそうに、俺に寄り添ったフィーネは笑った。
「フィーの提示した勝利条件、ちゃあんと理解してるんだね。
ひとりひとりの
あのさぁ!! 腕時計の話しようよぉ、ガキじゃねぇんだからさぁ!!
「If you can’t explain it to a six year old, you don’t understand it yourself」
はいはい、アロハアロハ。
「つまり、お互いに感じてることは理解できないから、両者に通じる意味合いに置き換える必要があるってことかな」
最初からそう言えや裁判、開廷!! 有罪、死刑、閉廷!!
「それでね、アキラくん」
いつの間にか、外れている腕時計――驚きを隠せなかった俺は、指先でくるくると、
「今のが、
Three blind miceを口ずさみながら、
「Ok, here is the question」
フィーネは、ニコリとも笑わない目のままで笑う。
「フィーは、あの三匹の盲目ねずみのうちの一匹に“爆弾”を仕込みました……そして、もうそろそろ、爆発して死んでしまいます」
三匹の盲目ねずみ――水無月結、桐谷淑蓮、衣笠由羅――三人の顔が浮かんで、俺は腕時計が消えた辺りを見つめる。
「もしかしたら、アキラくんがその腕時計を諦めて駆けつければ、爆弾を解体して救うことができるかもしれません」
爆弾。それは、恐らく、比喩の筈だ。あの三人に爆発物を埋め込めるだけの時間も場合も場所も、存在しなかった。
なら、爆弾って……なんのことを言ってる?
「さて、それは、誰で――」
ぽかん。
フィーネ・アルムホルトは、唐突にあらぬ方向に目線を向けて、大口を開けたままで宙空をじっと見つめる。そこになにがあるのかないのか、不気味なまでの視線が注がれて、彼女は
そして、俺は、視る。
「アキラくん」
無――虚空が、こちらを見つめていた。
「ネズミって、共食いするんだよ?」
ささやくような
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