そして、再会

「勝利に乾杯!!」

 

 俺の音頭に合わせて、淑蓮すみれ由羅ゆらが盃を上げる。

 

 盗んできたカニ缶を用いての祝賀会、悪しきヤンデレから救った魑魅魍魎ちみもうりょうどもと、ささやかながらも勝利宣言を交わした。


「さすが、お兄ちゃん!! この世界で最も偉大で格好良くて、私の旦那様だけあるよ~!! 好き好き大好き~!! 死んでも一緒にいよーね?」

「ハハハ、帰ったら、旦那の意味を辞書で調べてみような?」

「あ、アキラ様……そ、それで、コレからどうするんでしょうか……ふぃ、フィーネ・アルムホルトに一泡吹かせましたが……完全勝利にはほど遠いかなって……」

 

 由羅の言葉に、俺は頷く。


「あぁ、これからが本番だ。具体的には、フィーネの提示したルールに則って勝利するために、アイツのつけている腕時計を奪う」

「う、腕ではなく、腕時計を……な、なぜでしょうか……?」

 

 なんで、ナチュラルに疑問が狂気帯びてんの?

 

 俺は、ふたりに水無月みなつきさんと一緒に辿り着いた“結論”を話す。


 フィーネが提示した『アラーム音を手がかりにして、ターゲットを追いかけ、先に捕まえたほうが勝ち』という勝利条件、そしてそのアラーム音が、フィーネの腕時計だけは異なっているのではないかという仮定を。


「……うん、お兄ちゃんの言う通りだと思う。本来の意味通りだったら、とっくの昔に決着はついてるもん。フィーネ・アルムホルトが約束を守るかどうかはともかく、脱出方法を封じられた今、アイツにゲームで勝利するのが最善かな」

「フィーネは」

 

 なぜか、離れたところで、体育座りをしている水無月さんが、膝頭の間からそっとささやく。


「ゲームのルールだけは守る。恐らく、父親とそう約束したから」

「……そういうことだな」

 

 一瞬、静まり返った後、由羅がおずおずと口を開く。


「ほ、本人をぶっ殺そうにも……武装した傭兵集団に囲まれてたら……む、無理そうですよね……」

「その観点で言ったら、腕時計を奪取するのもだよね? 一分間に700~900発の5.56x45mm NATO弾を吐き出すM4カービンが何十丁も……民間軍事会社PMCを雇うような化物イカレクズ相手にどうすればいいんだろ?」

 

 うーんと唸りながら、俺の腕を抱き込み、ぐいぐいと胸を押し付けてくる淑蓮。平常運転過ぎて安心する。


「……策がないこともない」

「あ、アキラ様……さすがは、神と等しき御方……!」

「俺がフィーネの手に渡る」

「「「絶対にダメ」」」

 

 反応速度が、人智を超えてる……なんで、そこまで綺麗にハモれるの……ヤンデレの声帯は共通化していた……?


「本気でフィーネの手に渡るわけじゃない。飽くまでも、アイツに接近するために、密偵スパイとして行くんだ。

 俺と水無月さんの考えている通りなら、このゲームの真の勝利条件は、『俺が誰かを愛すること』……つまり、俺が誰かに“心理的”に捕まることだからな」

「あー、つまり、お兄ちゃんに愛してもらっている人が、フィーネ・アルムホルトの腕時計を身につければ勝利ってことだよね?」

 

 満面の笑顔で、淑蓮は水無月さんと由羅に振り向く。


「ごめん、勝った!!」

 

 少年漫画みてーな爽やかさで、人の好意を捻じ曲げるのはやめろ。


「だ、黙ったほうがいいよ……は、敗北した後に惨めだから……あ、アキラ様が愛してるのは……」


 服の襟元を寄せ集めた由羅は、ちらちらとこちらを視ながら、必死になって真っ赤になった顔を隠そうとしていた。


「ごめんね、淑蓮ちゃんに衣笠さん……時を超えて結ばれちゃってて……」


 乙女ゲームみたいな設定で、好き勝手に結ばれるのはやめろ。時を超えてんのは、テメーの脳みそだけだ。


「それはともかく(自然な話題転換)、なにをするにしても、フィーネの傍に近づくのが最優先事項だ。そして、アイツと一緒にいても、無傷が保証されてるのは俺だけである現況、最早一択といっていいだろ」

「で、でも、ソレがヤツの狙いだとしたら……き、きっと、アキラ様が自分の手に戻ってくるのがわかりきってるから……あんな簡単にボクたちのことを逃したんですよ……」

「そ、そうだよ!! ソレに、私のアキラニウムの摂取はどうするの!? 最愛の妹が口から泡吹いて、カニと化して死んじゃうよ!?」


 ごめん、原子番号何番か教えて、その不気味な元素? そんな元素、あるわけないですよね?


「お、落ち着いて、淑蓮ちゃん……ほら、アキラニウムを吸って……うん、そうそう……上手だよ……」


 目の前で、妹が謎の元素を吸入している件について(20XX年発売予定)。


「ごめん、アキラくん。ちょっと、席を外すね」


 離れたところで、座り込んでいた水無月さんが、深刻そうな顔をして席を立つ。


 ――懐かしいな……わたしに優しくしてくれた人なんて、あの人くらいだったから……よく男の人の声を出して、笑わせてくれ――


 その固く張り詰めた表情を視て、俺はフィーネの別荘で、見事な“男声”を披露した水無月さんのことを思い出す。


 ――まさか……そんな……だとしたら、アレは…


 その手には、携帯電話が握られていた。




 ひとりになったゆいは、深呼吸をしてから番号を呼び出す。


 ――フェアじゃないからな


 雲谷渚がフィーネの携帯から抜き出したというSIMカード、そこに入っていた死んだ筈のフィーネの“父親”の電話番号。


 ――だ、だとしたら……で、電話口の相手は誰……ふぃ、フィーネ・アルムホルトと、どういう関係……?


 ――二日前の夜、その番号にかけたら〝男〟が出た


「…………」


 ワンコール、ツーコール、スリーコール――繋がる。


「お久しぶりです」


 水無月ゆいは――言った。


「モモ先生」


 電話口の向こうの相手は、息を呑んで――


「本当に久しぶりね、ゆいちゃん」


 彼女に教えてくれた“男声”で、そう言った。

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