水無月ゆいの墓参

水無月みなつき

 

 パパが迎えに来るまでの間、なぎさくんは、よくわたしと遊んでくれた。


「マジック、見せてやろうか?」

「うん」

 

 渚くんは異様に手先が器用で、様々なマジックを習得していたらしく、暇を持て余していたわたしによく披露してくれた。


「ほら、このカードだろ?」

「……すごい」

 

 彼は何でも知っていた。わたしの知らないことを何でも知っていて、フィーネの話をすると「そりゃ、俺と同じだな」と笑った。


「時々、いるんだよ。無闇矢鱈にスペックが高いヤツが。俺も昔は神童、神童、呼ばれてたが、今じゃただの〝不良〟だ」

「それ、なに?」

「あ」

 

 見慣れない白い箱を取り出した渚くんの手元を指差すと、バツが悪そうな顔をして、それを懐に仕舞う。


「煙草って言うんだ……肉体を蝕む魔法の道具だよ。見かけても、絶対に触るなよ?」

「うん」

「良い子だ」

 

 笑顔でわたしの頭を撫でてくれる彼に、わたしは二つの目を向ける。


「渚くんって、格好いい男の子だね」

 

 わたしなりの賛辞だったのだが、彼はきょとんとした後に大笑いして、腹を抱えて大袈裟に爆笑した。

 

 何が何だかわからないわたしに対し、渚くんはひぃひぃ言いながら、ようやく呼吸を整えて喋りだす。


「あぁ、そうだな。俺は格好いい男の子だ。そう視えるだろうな」

「渚! また来たの!? ダメだって言ったでしょ!?」

「あ、やべ」

 

 わたしの口が動いているのを視て気づいたのか、モモ先生の死角にいた渚くんは、慌てて立ち上がって走り出す。


「じゃあな、水無月! またな!」

「うん、じゃあね」

 

 モモ先生が逮捕された後、渚くんは煙のように消えた――と、わたしは思い込んでいたのだ。




「お、お墓……?」

「はい、その筈です。以前、雲谷うんや先生に、相談にのってもらっていた時、頻繁に電話をしてたんですが……念仏? みたいな声がよく聞こえてきてましたから。あと、時々、他の人の会話も耳に入ってきましたし、会話内容からしても、先生がいたのはお墓だったと思います」

 

 スピーカーにした由羅ゆらの携帯電話から、しどろもどろながらも、はっきりとしたマリアの声が部屋に響き渡る。

 

 マリアから、雲谷先生の話を聞いたことがある――そう語った由羅の手でかけられた電話により、今までに聞いたことのない情報を手に入れ、事情を聞き出そうとするマリアを制して通話を切る。


「ダメだ、出ない」

 

 爪を噛みながら、雲谷に対して、再三に渡るリダイヤルをかけていた淑蓮すみれは、舌打ちをして由羅を視た。


「聞こえましたよ。お墓ですよね? 誰のお墓って、言ってました?」

「そ、そこまでは、わからないって……」

「彼女、平日に会話したことあるって?」

「う、うん……あるらしいけど……」

 

 ゆいからの質問への答弁をきいた瞬間、一度は仕舞ったスマートフォンを取り出し、淑蓮は高速でタッチパネルを叩いて、検索結果を出した画面を見せつける。


「雲谷先生の自宅近辺にある墓地です。平日、教員の仕事が終わった夕方から、墓参していたと考えれば、自然と極近辺にあるこの三箇所に絞られます。

 で、水無月先輩はどうします? 尻尾巻いて、逃げ出しちゃいますか?」

「……行くわよ。ここまできたら」

 

 覚悟を決めたらしいゆいが立ち上がり、由羅は準備を整えて外に出て――『新鮮なアキラ様』を載せた荷台へと二人を誘う。


「の、乗って……!」

「……ツッコんでいいのかしら?」

「やめましょう。お兄ちゃんのベッドに、一緒に入った仲じゃないですか。今は、協力体制ですし、お相手の深淵を覗き込むのはNGです」

 

 由羅が電話をかけると、ぞろぞろと〝アキラ印〟がついたメンバーが湧いて出て、車輪のついた冷蔵庫の上に腰掛けた三人を荷台ごと引っ張り始める。


「……ツッコんでいいのかしら?」

「要は人力車ですよ。なにも珍しくなんてありません。

 でも、到着は明日になります」

 

 ノロノロと動く冷蔵庫から三人が下りるのは当然で、バスに搭乗した後、彼女たちは一言も言葉を交わさなかった。




 森林に囲まれた墓地は、夕焼けを浴びて、橙の郷愁色に染まっていた。

 

 ココだけが別の時間が流れているような、どこか静粛な気配が漂う墓地に三人は足を踏み入れ、由羅は辺りを見渡して墓参客がいないかを確かめる。


「ま、マリアの言い方だと……う、雲谷先生は、頻繁にお墓参りに来てたんだと思う……よくココに来る人を見つけて、雲谷先生を視たかどうかを尋ね――」

「その必要はないわ」

 

 どこかで知りながらも、嘘であることを祈っていたかのように、確定された哀しみに沈んだ顔でゆいはささやいた。


「このお墓よ」

 

 ゆいが見つめる先には、ひとつの墓があった。

 

 そこには、彼女の名前を模した果物と生前好きだった甘い物が供えられ、まだ目新しい線香が立てられている。

 

 墓には――西条〝桃〟と刻まれていた。


「やっぱり……そうだったんだね……雲谷先生……いえ……」

 

 深刻な痛みを誤魔化すように、ゆいは顔を歪めて、夕焼け空を見上げた。


「〝渚くん〟」

 

 涼し気な風が吹いて、髪の毛が揺れ――彼女の泣き顔が隠れた。

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