フラグを立てれば、そりゃ来るよ

「桐谷」

「え? なんですか?」

 

 俺の部屋に置かれた水槽の表面を叩き、ちょこまかと動き回るアロハ・カニオにちょっかいをかけながら雲谷うんや先生はつぶやいた。


「お前、結局のところ、誰が好きなんだ?」

「と言いますと?」

 

 マイベッドを占領し、足をパタパタと動かしている三十路は、首をぐるりと回して俺を見つめる。


水無月みなつきなのか、淑蓮すみれなのか、衣笠きぬがさなのか……それとも、フィーネなのか」

「雲谷先生ですね」

 

 無言で枕を投げてきた先生に対し、俺は黄金の右腕で対抗する。


「真面目に答えろ」

「いや、本当に雲谷先生ですよ。俺のことを養ってくれるなら、可能な限り、常人を選びたいですし」

「まるで、水無月たちが異常みたいな言い方だな」

 

 実際に異常なんだよ(経験談)。


「言っとくが、教員は薄給だぞ」

「そこがネックなんですよね……この島を丸ごと好きにしていいと言われると、フィーネの方に傾いちゃいますよ」

「つまり、金か?」

「女性に対して、ソレ以外に何を求めるんですか?」

 

 先生は、深いため息を吐く。


「どういう生き方をしていたら、そこまで捻じくれ曲がれるんだか……」

 

 人生、紆余曲折うよきょくせつってね!


「なぁ、桐谷。真面目な話をしてもいいか?」

「じゃあ、俺、面白い話をしてもいいですか? 妹が俺の部屋のゴミ箱に頭を突っ込んだまま外出して、家を出た直後に車に撥ねられ――」

「私を選べ」

「は?」

 

 開いた窓から潮風が入り込み、白いカーテンが揺れた。射し込む月光に照らされながら、先生は綺麗に微笑していて、俺のことを哀しそうに見つめる。


「誰も選べなかったら、私のことを選べ」

「先生……」

 

 真剣な表情で、俺は言った。


「あまりに結婚できないからって、生徒に手を出すのはどうかと思――すみませんでした!! 流木は勘弁してください!!」

「真面目な話だと、なんで前置きしたと思ってんだ? あん? 殺されてぇのか、クソガキ?」

 

 久しぶりに本気ブチギレモードになった先生は、砂浜から拾ってきた流木を振り上げ、俺は必死になって隅の方に逃げる。


「いいか、私が言ってるのは、お前が――」

 

 灯りが――消えた。

 

 唐突に、何の前触れもなく、真っ暗闇に取り残された俺が、月明かりの方に向かって進んでいると、ライターを点けた雲谷先生に胸元へと引き寄せられる。


「桐谷、無闇に動くな。じっとしてろ」

「先生、柔らかい」

「ば、バカ! 言ってる場合か!」

 

 ライターの灯りに照らされた先生の顔は、朱色に染まって目線が逸れる。実にうぶだ。だから、結婚できない。


「停電ですかね?」

「有り得ない。電気は海底ケーブルを伝って供給されているし、万が一に備えて予備電源がコレでもかと積んでいる筈だ。〝意図的〟でもない限り、この屋敷の電気が消えたりはしない」

 

 先生にガッチリと頭をロックされた俺は、胸に顔を押し付けられ、束の間のラッキースケベを堪能しておく。


「ふぇえ……しぇんしぇい怖いよぉ……」

 

 折角だし、おっぱい揉んだろ!


「き、桐谷! こら! バカ! 変なところを触るなっ!」

 

 積年の恨みつらみを胸部にぶつけていると、先生は焦ったように俺を押しのけ、息を荒げながら後ずさりする。


「窓と扉の鍵をかけて、この部屋にいろ。私は屋敷を見てくる。何か異常なことがあっても、絶対に部屋を出るんじゃないぞ」

「わかったな、アロハ・カニオ! 気をつけろよ!!」

 

 出ていこうとした先生の後についていくと、頭を軽く殴られる。


「お前に言ってるんだ」

「知っとるわ!! こんな暗がりに、可愛いアキラ君を置いておくとか正気か!? ヤンデレの幽霊が新キャラとして登場したら、間違いなく死ぬぞ!?」

「なんだ、桐谷。お前、こういうのダメなのか?」

 

 違う。俺はフラグと生存率の話をしてるんだ。


「大丈夫だから。直ぐに戻ってくる。じっとしてろ」

「ヤダ!! 絶対、フラグだって!! ヤンデレに連れ去られるヤツだって!! しぇんしぇい!! しぇんしぇい!!」

「わかったわかった」

 

 仕方がなさそうに、先生は俺を連れて部屋に戻ってきて――一瞬の隙をついて、猛ダッシュで廊下の彼方へと消えていった。


「ココは二階だ! 大丈夫だからな、桐谷!! 直ぐ戻る!!」

 

 わざわざ、フラグ立てて消えやがったよ、あの三十路。

 

 取り残された俺は、僅かな月の光を頼りに部屋の扉を閉め、それから窓を閉じようとして――ナイフを咥えたフィーネと目が合った。

 

 やっぱり、来たよ(諦め)。


「はい、いらっしゃい! なにか飲む? 今は蟹汁しかないけど!」

 

 両腕の力だけで上がってきたフィーネは、咥えていたナイフを口から手に移し、ニコニコと笑いながら俺に詰め寄る。


「ね、ダーリン」

 

 彼女は、満面の笑顔で言った。


「命を懸けて、ゲームしよっか」

 

 闇のデュエリストかよ。

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