第四章 ヤンデレアイランド

人生、あがり

 ゴールデンウィーク初日、穏やかな波音で目が覚めた。

 

 睡眠と覚醒の間をたゆたいながら、俺はまどろみに足を引っ張られ、光に促されるように腕を引かれた。


「ぅ……ぅん……?」

 

 最初に視えたのは、丸みを帯びている天蓋。次いで横を視ると、薄い紗のような純白のカーテンが視界に入る。

 

 自分の全身を支えているのは、柔らかなマットレス……どうやら、天蓋付きのベッドで、俺は眠りこけていたらしい。


「……あ? なんで、天蓋付きベッド?」

 

 身体を起こして目を開くと――眼の前に海が見えた。


 見事なまでのオーシャンビュー。太陽と海原が網膜に焼き付いて、ココが俺の部屋ではないことを知らせてくれる。


「え?」

 

 俺の部屋の四倍はあろうかと言う高級感溢れる一室、白を基調としたアンティーク調の調度品の数々が室内を埋め、テラスにある天蓋付きベッドの上で横たわる俺の目に、異様なトリップ感を与えてくれる。


「いや、ココ、どこ――」

「ん……」

 

 真っ白なベッドがもぞもぞと動いて、布団をめくって中に目をやると、全裸のブロンド美少女が、俺に抱きついたまま身じろぎしていた。


「……あ、ダーリン」

 

 白金髪プラチナブロンドをもった彼女は、夢うつつのまま、うっとりと微笑して起き上がる。


「おはよ」

 

 挨拶の前に、名乗れや。


「えっと、君、どなた?」

「ダーリンの婚約者フィアンセだよ?」

 

 あぁ、ヤンデレね。


「とりあえず、朝飯でも食いながら話しましょうよ。腹減ったんで」

「オーケー……ふふ、ダーリンと朝ご飯だなんてうれし……」

 

 謎の美少女は謎のままだったが、今の俺(全裸)はそれよりも空腹感を優先し、適当にクローゼットを漁って衣服を身につける。

 

 その間に彼女もラフな格好に着替え、どこかに電話をかけると、給仕係らしい執事さんたちが、あれよあれよという間に大型の丸テーブルをセットし始める。


 彼らは手慣れた動作で、染みひとつない白白としたテーブルクロスを引き、ブランド品らしきもので統一された皿と食器を並べ、エッグカップに載せられた卵、黄緑のソースがかけられた一口サイズの料理、無駄に飾り立てられたフルーツなどで、テーブル上を覆い尽くしていく。


「ダーリン!」

 

 当たり前のように俺の横に陣取った彼女は、胸を腕に押し付けてきて、俺の代わりに食器を手に取る。


「なに食べる? なに食べたい? 欲しいもの、なにかある? なんでもあるの。ダーリンのために、なんでも用意できるんだから!」

 

 火星と木星で、ビー玉ころがしでもするかな。


「とりあえず、納豆で」

 

 笑顔で少女が指を鳴らすと、数秒後には、その手の中に納豆が握られている。


「はい、ダーリン」

 

 え、惚れそう。


「……ダーリン、納豆、好きなの?」

「え? まぁ、はい」

「なら、フィーも食べられるようにするね。ダーリンが好きなもの、フィーも好きでいたいから」

 

 試しに生ゴミが大好物とか言ってみるかな。


「とりあえず、事情を聞きたいんですけど」

「あ、ダーリン。フィーが混ぜるから」

 

 至福のかき混ぜタイムを阻害されキレかけるが、どうにか抑えて、俺は笑顔を保ったまま「ありがとうございます」と礼を言った。


「なんで、俺はココにいるんでしょうか?」

「フィーが空輸したから」

 

 意識のない状態で、空を飛んだのは初めてだわ。


「No need to worry! 他の女に触られないように、ダーリンのことはフィーが運んだから! 安心してね! フィー以外の女性菌は、ついてないから!」

 

 潔癖症(タイプ:ヤンデレ)。


「……なんで、俺のことを運んじゃったんでしょうか?」

「I Love you……愛してるから」

 

 I reject you……頼んでないから。


「というか、ダーリン! ぶ~!」

 

 名前も知らない美少女は、頬を膨らませて、俺の胸元に『イヤイヤ』と抗議を示すように頭を押し付けてくる。


「え?」

「敬語、ヤダ! なんで、フィーとダーリンの仲なのに敬語使うの! 婚約者同士なのに、オカシイ!」

 

 婚約者同士だと思い込んでる、お前のほうがオカシイよ。


「わ、わかった。敬語使うのやめる」

「ん~、ダーリン、素直で可愛い~!」

 

 甘えるように密着してくるせいか、薄着の彼女の全身の柔らかさが、ダイレクトに伝わってくる。


「で、ココどこなの?」

「ハワイ諸島にある、フィーが個人所有してる島だよ」

「個人……所有……?」

「うん」

 

 彼女は、笑顔で言った。


「ココで、ダーリンは死ぬまで、フィーと一緒に暮らすの」

 

 監禁のスケール、デカすぎない?


「ね、ダーリン」

 

 彼女の両眼が、病的な光を宿す。


「幸せになろ――」

「喜んでぇ!!」

 

 人生、あがったわ。

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