最後の大勝負

「聞こえてますか?」

 

 返事をしたら声でバレる。かと言って、このまま返事をしないのも――


「173cm」

「……え?」

 

 思わず、声が漏れていた。


「身長173cm、体重57kg、歩幅はおおよそ75cmだし、歩き始めの時に首をぐっと下げて少し猫背になる特徴がある。人とすれ違う時に会釈をする癖があるし、炭酸飲料は嫌いだから、購入した飲み物は全て100%の果汁系。いちいち、曲がる時に前髪を上げて視界を広げる素振りを見せるのは、ウィッグをつけなれていないから。女性用の靴を履き慣れていないせいで、何度か足をくじきそうになる場面があった。女性にしては肩幅が広すぎるし、スカートに気をとられているのか、動作にぎこちなさがある。同じような顔をしたアキラくんの偽物にはほぼ目を向けず、その場から逃げ出すかのように足を速めた」

 

 振り向いた瞬間、俺の胸に水無月みなつきさんが飛び込んでくる。


「なんで、女装なんかしてるの?」

 

 こちらを見上げる彼女は、黒々とした両目で地獄に誘うかのように、前のめりで覗き込んでくる。


「ね、なんで?」

「ゆいは、俺のことを信じてくれますか?」

 

 疑問系に疑問系で返した俺に対し、水無月さんは「うん、もちろん」と寸分の躊躇ためらいもなく答えた。


「なら、俺も覚悟を決めます」

 

 見つかった時点で、〝最終手段〟のカードを切るのは決めていた。ならば、後は祈りながら駆け抜けるしかない。


「でも、その前にデートを終わらせましょう。

 閉園時間まであと少しですし……最後に、なにか乗りたいものはありますか?」

「それなら――」

 

 水無月さんは、観覧車を指さした。


「わかりました、乗りましょう」

 

 最早、逃れられないなら、こちらから突っ込むしかない。




「というわけで、水無月さんと観覧車に乗ることになった」

「さよなら」

「やめろ、殺すな」

 

 普通に通話が切れたので、もう一度かけ直す。


「で、どうすんのよ?」

「スケジュール表の〝最後の行〟を実行に移す。最早、観覧車からは逃れられないからな」

「いや、冗談抜きで死ぬわよ、正気の沙汰とは思えないから……そもそも、あんなの策とは言えないでしょ」

「だが、水無月さんに見つかった時点で、残り時間を逃げ切るのは不可能となった。由羅ゆらは俺が女装しているのを知っているし、このまま水無月さんと女装姿のままデートを続ければ、俺を探し回っている淑蓮すみれに気取られる可能性も高い」

「まぁ、待ち合わせ場所とアトラクションを指定することで、上手いこと直接的な接触は避けられてたし……園内を動き回られたら、逆に危険ってことね」

 

 意図していないヤンデレ同士の接触は、危険どころか一発アウトの恐れがある。だからこそ、今までは、三重予約トリプルブッキングがバレないように立ち回っていたんだ。


「その……骨くらいは、拾ってあげてもいいよ」


 ヤンデレが、骨を残すわけないだろ。


「後は出たとこ勝負ってところだな。勝率10%を切ってると思うが、俺はこういった時に強いんだ。

 それに〝切り札〟がある」

「切り札? そんなものあったの?」

「お前の携帯」

 

 数秒間の沈黙の後、声にならない声が受話器から吐き出される。


「ふざ、ふざけんな!! あ、あんた、携帯を物的証拠にして、あたしのことを身代わりにする気!?」

「お前の敗因は、俺との携帯交換に応じたことだ」

「なに格好つけてんのよ、死ね!!」

「俺たち、相棒だろ……?」

「あんたの相棒パートナーは、ヤンデレでしょうが!!」

 

 いや、最早、アレは背後霊の類だから。


「冗談だ。今更、お前の携帯を出しに使うつもりはない」

「今の録音したからね!! 絶対よ!! 裏切ったら警察の人に言うから!!」

 

 可哀想に……この短期間で、人を信じられなくなっている……。


「わかったわかった。じゃあ、そろそろ切るな?」

「あ、ちょ、ちょっと待って」

「なんだ?」

 

 「あー」とか「うー」とか、マリアの苦しそうな呻き声が響き、たっぷりとした間の後に照れくさそうな声音が聞こえてくる。


「あ、あんたなら……その……大丈夫よ……頑張れ……」

「いや、急にデレるなよ。気色悪いぞ」

「死ね、バーカッ!!」

 

 鼓膜が破れんばかりの大音量に仰け反って、目を白黒させながらも画面に目を戻すと、既に通話が切れていた。


「やれやれ」

 

 トイレから出ると、既に辺りは夕暮れに包まれていた。

 

 オレンジ色の太陽光を受けて、遊園地は寂しげなノスタルジアに包まれ、アトラクションの稼働音がどこか無理してはしゃいでいるように聞こえた。遊び疲れて眠った子どもを背負った家族連れが、俺の横を通り過ぎていき、遊園地の各所に設置されたスピーカーから哀情を誘う音楽が流れ始める。


「アキラくん」

 

 橙色と黒色のコントラストにエスコートされているかのように、昼間と夜中の中間地点に染まっている水無月さんは、人気のなくなった観覧車の前で、可愛らしい出で立ちを保って俺を待っていた。


「……乗ろっか?」

 

 彼女は、白い手を差し出し――


「いえ、まだです」

 

 俺はそれを拒否した。


「なんで?」

「あと〝二人〟、来ていないから」

「え?」

 

 水無月さんは驚愕で目を見開いて――忌々いまいましげに、俺の背後を見つめた。


「お兄ちゃん、コレ、どういうこと?」

「あ、アキラ様?」

 

 呼びつけておいた淑蓮と由羅が困惑しながら、俺へと理由ワケを尋ねてくる。それを無視して、俺は観覧車へと乗り込んだ。


「ほら、なにしてるんだ?」

 

 笑顔で、俺は三人に手招きをする。


「せっかくなんだし、〝四人〟で乗ろうぜ」

 

 さぁ、始めるか――


「観覧車」

 

 最後の大勝負クライマックス

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