アキラ、分身する

「似てるけど、お兄ちゃんじゃない」

 

 兄と同じ背格好、似た服を着た男性たちの顔は、アキラの生き写しと言っても過言ではないほどに酷似していた。


「でも、近づいてみたら継ぎ目がある。

 コレは、マスク?」


 アキラ以外の男と喋るだけでも吐き気がしたが、淑蓮すみれは仕方なく一人の偽物に声をかけて事情を聞いてみる。


「え? い、いや、もらったんだよ。片目が隠れた可愛い子でさ、コレを着けてれば幸福がおとずれるって」

 

 案の定、衣笠きぬがさ先輩か。


 淑蓮は「この近くに美味しいレストランがあって、よ、よかったら――」と誘いをかけてくる青年を無視し、自慢の嗅覚を用いて兄を嗅ぎ分けにかかる。


「香水……どの偽物も、香水をつけてる……そういや、お兄ちゃんが流行はやってるとか言ってたっけ……だとしたら、香水をつけてないのがお兄ちゃんの筈……」

 

 アキラ欠乏症の症状が出始めた淑蓮は、不安感からパニックになりつつあるのを自覚し、爪を噛みながらベンチに腰を下ろす。


「さっき、衣笠先輩が配ったらしいマスクをかぶった子どもたちがいたし、あの人が配布したマスクが園内に流布るふされてると考えて間違いない……余計なことして……なんで、まだ帰ってないのあの人……」

 

 夕暮れが差し迫る空模様を眺めながら、淑蓮はどうすれば、兄を確保できるのかを考え始める。


「そもそも、どうして、お兄ちゃんは待ち合わせ場所に来ないの……メールも電話も返答はなし……そして、都合よく、お兄ちゃんの偽物たちが現れ始めた……無関係とはとても思えな――」

 

 偽物たちのつけている香水の香りに釣られて顔を上げると、真っ白なワンピースを着た長髪の女性が眼の前を通り過ぎる。


「衣笠先輩?」

 

 一瞬、そう思えたが、よくよく視てみれば違う。


 細身の体型で出るところが出ている彼女と違って、哀れみを覚えるほどのスタイルであるし、どことなく体つきががっしりとしている。


「服装と髪型が似てるだけか」

 

 浮かした腰を下ろし、淑蓮は「ふぅ」と息を吐く。


「とりあえず、お兄ちゃんかどうかは匂いでわかるし、一人ひとり当たっていくしかないか。下手に衣笠先輩と接触したら、お兄ちゃんとのデートがバレるかもしれないし」

 

 兄から盗んだハンカチを鼻に当て、呼吸を落ち着けてから、彼女は立ち上がって行動を開始した。




「……バレてないか」

 

 由羅の白ワンピースとウィッグで〝女装〟した俺は、淑蓮が座り直したのを視て、ホッとしながら足を速める。


「さすがの淑蓮でも、俺が女装しているとは思ってないようだな。生者顔アライブマスクを使った〝分身〟も、俺が主導したとまでは勘付いていないようだし」

 

 自分の匂いは香水で誤魔化しているし、バレるとしたら見た目くらいのものだが……元々、痩身そうしんなせいもあってか、今の所は男だとバレていないらしい。


エロ写メ三番勝負フォトバトルの勝者権利で由羅を操り、俺似の男たちに生者顔アライブマスクを配布させ、俺の着ていた服と自身の服を交換させる〝分身〟と〝意識逸しミスディレクション〟の二重策……既視感はあっても、俺の女装まで辿り着くのは難しい筈だ」

 

 元々、美形なこともあってか、俺の服を見事に着こなした由羅は、アホみたいに同性に持てはやされていた。今頃は、おどおどしながらも、女子高校生たちにひっつかれながら遊園地を楽しんでいる筈だ。


「男装している由羅は、今頃、俺の出した〝罰ゲーム〟に従って、大量の女子高校生に囲まれながら遊園地を一周中……女子高校生の集団でブロックされているから、由羅に接触するのはほぼ不可能。後は残り時間を逃げ切って『具合が悪くなったから、閉園時間まで、スタッフルームで休ませて貰っていた』とでも言えばいい」

 

 マリアの携帯で時間を視ると、今は16時54分……プレオープンだということもあって、閉園時間は18時。


 タイムリミットはもうすぐ、十分に逃げ切れるに違いない。


「勝ったな」

 

 俺は勝利を確信し――


「すみません」

 

 背後から聞こえてきた、〝聞き馴染み〟のある声に身体を硬直させる。


「ちょっと、お尋ねしたいんですが」

 

 振り向いた先にいるであろう〝水無月みなつきさん〟の声音こわねに対して、俺はどう応えるべきなのかと冷や汗を流し始めていた。

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