観覧車の中で、修羅場にはなりたくない

「おー! すげー!! 高いところからは、こう視えるんだな~!!」

 

 アキラくんの考えが読めない――こちらを睨みつけながら、ブツブツと何かをささやいている淑蓮すみれを前に、ゆいは深い思考へと沈み込んでいった。

 

 なぜ、この遊園地に二人がいるのか……アキラくんが呼んだということは、彼自身は、この二人が園内にいることは知っていたはず

 

 度重なる離席、アキラくんの偽物の発生、そして女装を行ったという事実からも、彼はこの二人の存在を隠すために、わたしを撹乱していたのは間違いない。

 

 だとしたら、なぜ、くだんの二人に引き合わせたのだろうか? 今まで隠し通していた事実を、公表するような真似をする意味がわからない。


「アキラくん、あんまり、はしゃいじゃ危ないよ」

 

 はしゃぐ彼をたしなめるために、ゆいがアキラへと手を伸ばすと――その右手を淑蓮に掴まれ、彼女は笑顔で口を開いた。


「お兄ちゃんは、大人ですから。気遣いは無用ですよ」

 

 淑蓮ちゃんは、わたしの存在に気づいていたのだろうか? 元々、演技の上手い子だ。わたしを騙すために、わざと驚いたフリをしたと考えても良い。


「あ、アキラ様……お飲み物はいかがですか……?」

 

 衣笠由羅きぬがさゆら。この子と淑蓮ちゃんの関係性も気にかかる。この二人は、あたかも、互いに遊園地にいたことを知っているかのように振る舞っていた。だとしたら、協力関係を結んでいる可能性もある。

 

 わたしがすべきなのは、愛するアキラくんへの追求?


 でも、そんなことをして勘違いだったら、アキラくんはわたしに不審を抱くかもしれない。そうなれば、この観覧車の中での彼へのアプローチが難しくなり、目の前の二人にアドバンテージを握られる。


 それこそが、淑蓮ちゃんと衣笠由羅の狙い?


「……アキラくんに、嫌われるのだけは嫌だ」

 

 様子見。様子見しかない。今、アキラくんに追求するのは、危険過ぎる。状況を見極めて、この二人から情報を引き出すしかない。

 

 地の利は人の和に如かず――彼女たち二人が協力体勢にあれば、この密室という優位性と力の差スタンガンを活かしても、単純に物量で負ける可能性もある。


「アキラくん、ちゃんと座って! せっかく、ゆい、じゃんけんに勝ったんだから、もっとアキラくんとイチャイチャしたい!」

 

 アキラくんは、ゆいを裏切らないよね? ね? 裏切らないよね? 信じてるから。信じてるよ。絶対に裏切らないでね?

 

 もし、裏切ったりしたら――


「……アキラくんの高校生活、おしまいにしちゃうから」




 お兄ちゃんの考えが読めない――女装している兄を眼前にして、淑蓮は彼の隣に座るゆいをめつける。

 

 デート出発前から、お兄ちゃんには、怪しい点が散見された。遊園地デート中にも、不審な点は多々見受けられていた。

 

 でも、コレは決定的だ。間違いない。お兄ちゃんは、水無月先輩の存在を、わたしに隠していた。


「……香水の匂い」

 

 水無月先輩とお兄ちゃんから、同じ香水の匂いがする。だとしたら、ショップエリアで、由羅先輩と一緒に見た二人組は、お兄ちゃんと水無月先輩だった可能性も十二分に有り得る。

 

 それが事実だとすれば、私は最初から騙されていたことになる。でも、重要なのは、お兄ちゃんが愛する私を騙す理由だ。そして、それ以上に重要なのは、隠し通してきた〝その事実〟を今になって公表した意味。


「お兄ちゃんの偽物……香水で私を誤魔化した意味……今更、水無月先輩の存在を明かしても、大事になるのは間違いないのに……わざわざ、事実を明るみに出す意味がわからない……」

 

 お兄ちゃんが、どこかで入手したマスクで偽物を大量に生み出し、彼らに香水を付けさせたのは、女装していた自分を隠し通すためのカモフラージュ。女装をせずにただ香水をつけるだけでは、ちょっとした匂いの加減で、私にバレるからだと考えたからに違いない。

 

 そもそも、どうして、お兄ちゃんと由羅先輩が、服を交換し合っているんだろうか? 二人で協力し合っているっていうこと? あの驚き方からして、水無月先輩は、私の存在を知らなかった筈なのに、なんでお兄ちゃんに言及しようとしないの?


「アキラくん、あんまり、はしゃいじゃ危ないよ」

 

 ゆいがアキラへと手を伸ばしたのを見た瞬間、淑蓮は反射的にそれを掴んでしまっていた。


「お兄ちゃんは、大人ですから。気遣いは無用ですよ」

 

 彼女を見つめたまま、ゆいは何も言わずに腰を沈める。


「あ、アキラ様……お飲み物はいかがですか……?」

 

 由羅先輩。この人に関しては、遊園地内を未だにうろついていて、お兄ちゃんの善意のお陰で、この場に招かれたということで一応の説明はつく。


「アキラくん、ちゃんと座って! せっかく、ゆい、じゃんけんに勝ったんだから、もっとアキラくんとイチャイチャしたい!」

 

 もしかして、お兄ちゃんは、水無月先輩に脅されているの? 


 送られてきたバスでのツーショットが頭によぎり、淑蓮は浮かんできた疑惑に焦点を合わせる。


「辻褄は合う……水無月先輩は、私がココにいるなんて知らない筈だし……そもそも、お兄ちゃんは、ココに来る前に先輩に捕まっていたわけだし……遊園地デートのことがバレててもおかしくない……」

 

 ゆいと目が合って――ニコリと笑った彼女に、淑蓮は微笑み返す。


「この観覧車の中で、見極めるしかない……大好きなお兄ちゃんが、私を裏切るわけないもん……大丈夫だよ、あの人の化けの皮、私が剥がしてあげるから……」




 思ってた通り、硬直状態になったな。

 

 俺は窓の外に目をやってはしゃぐフリをしながら、ガラスに反射している三人を観察して安堵の息を吐く。


「考えろ考えろ……お前らは、なまじ頭が良いから、絶対に〝意味〟だとか〝理屈〟を求める……疑惑があるうちは、俺への好意があるから、直接的な言及も避けざるを得ない……」

 

 結果として出来上がるのは、好意と疑惑のぶつかる〝停滞〟だ。

 

 四人。四人だからこそ、完成される〝空白〟。この場に二人きりであれば、意識するのは俺だけだろうが、四人となれば話は別になる。

 

 この場で最も好感度が高いのは〝俺〟……だとすれば、不審の目を向けるのは、自然と敵対者である他の二人になる。


「避けられない観覧車を避ける唯一の策。あとは、三重予約トリプルブッキングがバレないように場の空気をコントロールすれ――」

 

 この密室の中で、携帯のバイブ音はよく響き渡った。


「アキラ様」

 

 携帯電話を耳に当てた由羅は、微笑して俺に問いかける。


「どうして、マリアの携帯をもってるんですか?」

 

 全員の意識が――俺へと集中した。

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