観覧車の中で、修羅場にはなりたくない
「おー! すげー!! 高いところからは、こう視えるんだな~!!」
アキラくんの考えが読めない――こちらを睨みつけながら、ブツブツと何かを
なぜ、この遊園地に二人がいるのか……アキラくんが呼んだということは、彼自身は、この二人が園内にいることは知っていた
度重なる離席、アキラくんの偽物の発生、そして女装を行ったという事実からも、彼はこの二人の存在を隠すために、わたしを撹乱していたのは間違いない。
だとしたら、なぜ、
「アキラくん、あんまり、はしゃいじゃ危ないよ」
はしゃぐ彼を
「お兄ちゃんは、大人ですから。気遣いは無用ですよ」
淑蓮ちゃんは、わたしの存在に気づいていたのだろうか? 元々、演技の上手い子だ。わたしを騙すために、わざと驚いたフリをしたと考えても良い。
「あ、アキラ様……お飲み物はいかがですか……?」
わたしがすべきなのは、愛するアキラくんへの追求?
でも、そんなことをして勘違いだったら、アキラくんはわたしに不審を抱くかもしれない。そうなれば、この観覧車の中での彼へのアプローチが難しくなり、目の前の二人にアドバンテージを握られる。
それこそが、淑蓮ちゃんと衣笠由羅の狙い?
「……アキラくんに、嫌われるのだけは嫌だ」
様子見。様子見しかない。今、アキラくんに追求するのは、危険過ぎる。状況を見極めて、この二人から情報を引き出すしかない。
地の利は人の和に如かず――彼女たち二人が協力体勢にあれば、この密室という優位性と
「アキラくん、ちゃんと座って! せっかく、ゆい、じゃんけんに勝ったんだから、もっとアキラくんとイチャイチャしたい!」
アキラくんは、ゆいを裏切らないよね? ね? 裏切らないよね? 信じてるから。信じてるよ。絶対に裏切らないでね?
もし、裏切ったりしたら――
「……アキラくんの高校生活、おしまいにしちゃうから」
お兄ちゃんの考えが読めない――女装している兄を眼前にして、淑蓮は彼の隣に座るゆいを
デート出発前から、お兄ちゃんには、怪しい点が散見された。遊園地デート中にも、不審な点は多々見受けられていた。
でも、コレは決定的だ。間違いない。お兄ちゃんは、水無月先輩の存在を、わたしに隠していた。
「……香水の匂い」
水無月先輩とお兄ちゃんから、同じ香水の匂いがする。だとしたら、ショップエリアで、由羅先輩と一緒に見た二人組は、お兄ちゃんと水無月先輩だった可能性も十二分に有り得る。
それが事実だとすれば、私は最初から騙されていたことになる。でも、重要なのは、お兄ちゃんが愛する私を騙す理由だ。そして、それ以上に重要なのは、隠し通してきた〝その事実〟を今になって公表した意味。
「お兄ちゃんの偽物……香水で私を誤魔化した意味……今更、水無月先輩の存在を明かしても、大事になるのは間違いないのに……わざわざ、事実を明るみに出す意味がわからない……」
お兄ちゃんが、どこかで入手したマスクで偽物を大量に生み出し、彼らに香水を付けさせたのは、女装していた自分を隠し通すためのカモフラージュ。女装をせずにただ香水をつけるだけでは、ちょっとした匂いの加減で、私にバレるからだと考えたからに違いない。
そもそも、どうして、お兄ちゃんと由羅先輩が、服を交換し合っているんだろうか? 二人で協力し合っているっていうこと? あの驚き方からして、水無月先輩は、私の存在を知らなかった筈なのに、なんでお兄ちゃんに言及しようとしないの?
「アキラくん、あんまり、はしゃいじゃ危ないよ」
ゆいがアキラへと手を伸ばしたのを見た瞬間、淑蓮は反射的にそれを掴んでしまっていた。
「お兄ちゃんは、大人ですから。気遣いは無用ですよ」
彼女を見つめたまま、
「あ、アキラ様……お飲み物はいかがですか……?」
由羅先輩。この人に関しては、遊園地内を未だにうろついていて、お兄ちゃんの善意のお陰で、この場に招かれたということで一応の説明はつく。
「アキラくん、ちゃんと座って! せっかく、ゆい、じゃんけんに勝ったんだから、もっとアキラくんとイチャイチャしたい!」
もしかして、お兄ちゃんは、水無月先輩に脅されているの?
送られてきたバスでのツーショットが頭によぎり、淑蓮は浮かんできた疑惑に焦点を合わせる。
「辻褄は合う……水無月先輩は、私がココにいるなんて知らない筈だし……そもそも、お兄ちゃんは、ココに来る前に先輩に捕まっていたわけだし……遊園地デートのことがバレててもおかしくない……」
ゆいと目が合って――ニコリと笑った彼女に、淑蓮は微笑み返す。
「この観覧車の中で、見極めるしかない……大好きなお兄ちゃんが、私を裏切るわけないもん……大丈夫だよ、あの人の化けの皮、私が剥がしてあげるから……」
思ってた通り、硬直状態になったな。
俺は窓の外に目をやってはしゃぐフリをしながら、ガラスに反射している三人を観察して安堵の息を吐く。
「考えろ考えろ……お前らは、なまじ頭が良いから、絶対に〝意味〟だとか〝理屈〟を求める……疑惑があるうちは、俺への好意があるから、直接的な言及も避けざるを得ない……」
結果として出来上がるのは、好意と疑惑のぶつかる〝停滞〟だ。
四人。四人だからこそ、完成される〝空白〟。この場に二人きりであれば、意識するのは俺だけだろうが、四人となれば話は別になる。
この場で最も好感度が高いのは〝俺〟……だとすれば、不審の目を向けるのは、自然と敵対者である他の二人になる。
「避けられない観覧車を避ける唯一の策。あとは、
この密室の中で、携帯のバイブ音はよく響き渡った。
「アキラ様」
携帯電話を耳に当てた由羅は、微笑して俺に問いかける。
「どうして、マリアの携帯をもってるんですか?」
全員の意識が――俺へと集中した。
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