次なる悪夢と次なる一手

「楽しかったな、淑蓮すみれぇ!!」

 

 蒼白い顔をした妹は、俺にひっついたまま、涙目でぶんぶんと首を横に振る。


「お兄ちゃんは、すんごく楽しかったから、もう一度入ってこようと思うよ! お前はぁ? どうするぅ?」

「お、お兄ちゃんが行くなら――」

「本当に?」

 

 俺は笑顔のままで、真っ暗闇の出口を指差した。


「本当に、もう一回、あそこに入れるのか? 今度は、お前を置いて走り抜けるけど? それでも良いのか?」

「ま、待ってる」

 

 計画通りに事が進んでいることにニヤリとして、俺は淑蓮と待ち合わせ場所のセッティングをしてからマリアへと電話をかける。


「マリア、こっちは順調に――」

「で、電話!! あんたに電話かかってきてる!! 大量に!! 水無月結みなつきゆいから!! 受信ボックスもパンクする!!」

 

 計画通りに事が進むなんて、あり得ないよね~!


「落ち着け、大丈夫だ」

「なにか、良い策でもあるの!?」

「落ち着け、大丈夫だ」

「『落ち着け、大丈夫だ』という台詞を繰り返す以外、何も策がないのね!?」

 

 察しが良くて助かるぅ!


「まぁ、落ち着けよ。最悪、分身すれば良いだけの話だ」

「現実を視なさい!! あんたにできるのは、分身(物理)だけよ!!」

 

 ちぎりパンになった気分だわ。


「どうしよう、たすけて」

 

 俺の心からの懇願こんがんに、電話口の向こう側から、数秒の沈黙の後に〝応え〟が返ってくる。


「……ひとつだけ、あたしに策がないこともない」

「マリアちゃん、大好き!!」

「あたしは、あんたが具足類並に嫌い。

 いい? よく聞きなさい、あんたは由羅ゆら先輩に――」

 

 マリアの〝作戦〟を聞き終えて、俺は思わず絶句していた。


「それっていけんの?」

「水無月結からの執拗しつような電話とメールは、あんたを待っている間の〝空き時間〟を意識しているからこそ起こっている事態とも言える。だったら、その持て余した時間を、こちらで〝楽しい時間〟にして、あの人に空き時間を感じさせなければいいのよ。

 何よりも優先されるデートの鉄則は、〝相手に飽きさせないこと〟。あんたは、今、エンターテイナーであるしかない」

「……由羅は、ノッてくるか?」

「あたしだからこそ言える。由羅先輩は、必ず『うん』と言うわ」

「なら、俺もノッた」

 

 即断して通話を切り、俺は由羅の元へと向かった。




「あ、アキラ様……!」

 

 雑草の中で一際目立つ高貴な白花エーデルワイス――一度、由羅を目の当たりにしていた俺が、思わず見とれてしまうほど、純白のワンピースをまとった彼女は愛らしく輝いて視えた。


「さ、先ほどは、も、申し訳ありませんでした……あ、アキラ様の慧眼けいがんに気づかず……で、でしゃばった真似を……」

「いいんだ、気にするな。淑蓮によく似た女の子の姿が、視えたような気がしただけだから」

「は、はい……ありがとうございます……」

 

 人の往来おうらいもそれなりにあったお陰で、淑蓮との合体に気づかれなくて良かった……視られていたら、今頃は阿鼻叫喚の大騒ぎだ。


「あ、あの、アキラ様、じ、実は視て欲しいものが……」

「え?」

「じゃ、じゃじゃーん!」

 

 大分無理をしている由羅が高らかに声を上げると、目の前に白いワンピースを着た〝俺〟が現れ――マスクを外した瞬間、恥ずかしそうにしている美少女の尊顔そんがんが露わになる。


「あ、生者顔アライブマスクです……」

 

 俺の生き顔からとった生者顔アライブマスク……由羅のもっているソレは、以前視たときよりも数段クオリティが上がっていた。


「あ、アキラ様を待っている間に……ぼ、ボク、発見したんです……こ、このマスクをつけると……」

 

 興奮で頬を染め、由羅はぎゅっと両手を握る。


「アキラ様になれるんです!」

 

 まーた、始まったよ。


「す、スゴイんですコレ……あ、アキラ様と一体化できるような……う、宇宙の深淵しんえんのぞくような……と、ともかく、スゴイんです……う、売れると思います……」

 

 間違いなく、お前に商才はな――


「さっきも売れました!」

「えっ」

 

 ニ、三人の小さな女の子たちが、俺の顔面アキラ・フェイスを模したマスクをつけて、楽しそうにキャーキャー言いながら横を駆け抜けていく。


「む、無料販売ですが……こ、顧客がついてくれば……しょ、将来的には、アキラ様の知名度は……お、大幅に上がると思います……」

 

 知名度 = 死亡率。


「由羅、今直ぐ、その販売をやめ――」

 

 バイブ音が鳴り、携帯を視ると『褒めて ※あたしが、唯一の協力者だということを忘れずに』と言う短文が目に飛び込んでくる。


「あ、アキラ様……?」

 

 期待で輝く目線を送られ、俺はつやめいている長い黒髪を撫でる。


「イイコ。オマエ、イイコ。マスクヅクリ、ガンバタネ」

「はい……ありがとうございます……大好きです……」

 

 嬉しそうに微笑みながら、俺の手に自分の手をそっと重ね、自身の頬へといざなった由羅を視て――俺は、マリアが考案した〝作戦〟を仕掛けるべきタイミングだと悟った。


「由羅。お前に、ひとつ、頼みがあるんだが」

「え……な、なんですか……?」

「お前に――」

 

 俺は、笑顔で言った。


「俺のエロ写メを撮って欲しいんだ」

 

 義妹に乳首を吸われた挙句あげく、美少女にエロ写メを撮られる男――それが俺、桐谷彰きりたにあきらだ! よろしくな!!

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