遊園地で、綱渡り

「か、観覧車よりも、まずは他のアトラクションに乗りませんか? ほら、観覧車って、最後に乗るような印象がありますし」

「……観覧車、ゆいと一緒に乗りたくないの?」

 

 マズい。水無月みなつきさんと観覧車に乗るのは、危険性の観点からしても避けたいし、この後、由羅や淑蓮と合流する必要もある。

 

 プレオープン期間中の混み具合の推移からしても、まずは『ぐるぐる回転車』に乗るのがベスト……意固地になりつつある水無月さんの興味を、どうにかして観覧車かららさなければ。


「いえ、そんなわけありません。ただ、最初に観覧車に乗るというのも、あまり聞いたことがない話でびっくりしたんです」

「まずは、密閉空間上のアキラくんの吐息で、肺をリフレッシュしたいなって思って」

 

 俺の吐息は、アルプス高原かよ。


「……それだったら、別に観覧車に乗らなくても良いんじゃないですか?」

「どういうこと?」

 

 近くで売っていた飲み物を買ってきて、俺はストローの端を咥え、それからもう片方の端を水無月さんに咥えさせる。


「いきますよ」

「え、え、え!?」

 

 思い切り息を吹き込むと、水無月さんの肌が赤色を帯びてきて、こちら側に生暖かい吐息が流れ込んでくる。


「あ、あう、あぅ、あ、あ、あ、ああああ……!」

 

 水無月結バルーンアート


「どうですか? 満足しましたか?」

「ひゃ、ひゃい」

 

 呂律の回っていない水無月さんは、こくこくと頷いて、それから俺が咥えていたストローの端をちゅうちゅうと吸い始める。


「あ、アキラくんの赤ちゃんになったみたい……」

 

 俺は男だ。


「さぁ、そろそろ、行きましょう」

 

 アトラクションの駆動音や華やかな音楽が鳴り響き、マスコットキャラクターのきぐるみが記念撮影に応じている中、人混みで盛況さを示す遊園地内を、俺は水無月さんの手を引いて歩き始める。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!」

 

 どうやら、顔が書かれた風船を配るイベントが行われているようで、子どもたちやカップルたちが、それをお面に見立てて笑いあっていた。


「あはは、子どもたち、可愛いね。ゆいたちのアキラも、将来、こんな風に笑うのかな?」

 

 妄想で子どもを作って、俺と同じ名前をつけるのはやめろ。


「アッハッハ、どうでしょ――」

 

 警告音代わりのバイブでポケットが震え、俺が素早く目線を走らせると――キョロキョロと辺りを見回しながら、こちらに向かってくる由羅ゆら淑蓮すみれが目に入る。


「ま、マズい……」

 

 よくよく考えてみれば、俺と合流するつもりでいるアイツら二人が、仲良くアトラクションに乗って遊ぶわけがない。何よりも俺との合流を優先して、入場ゲートから近いショップエリア付近をうろつき回るのは当然だ。


「えぇ? どうして、急に耳塞ぐの?」

「ゆいの耳、整っていて可愛いんですよ。少しくらい、触らせて下さい」

 

 いちゃついているカップルのフリをして、俺が水無月さんの耳をやんわりと塞ぐと、彼女は嬉しそうに身をくねらせる。


「せっかくだし、風船でも貰いましょうか?」

 

 一瞬だけ、俺は耳から手を離す。


「え? うん、そうだね」

 

 俺達がバルーンアートの列に並ぶと、カクテルパーティー効果で、由羅と淑蓮の会話が聞こえてくる。


「なんだか、あの人、お兄ちゃんに似てません?」

「ど、どうなんだろう……あ、アキラ様、背格好と髪型は、に、似ておられる方がたくさんいるから……ぼ、ボクも、ココに来る途中で、勘違いをして、お、追いかけてしまって……そ、その人と、服装が似ているような……?」

「アハハ、でも、勘違いですよぉ。お兄ちゃんが、今日、ココに来るわけがないんですから。

 ましてや、女の人と一緒にいるわけないじゃないですかぁ?」


 普段よりも、水無月さんの服装や髪型がっているせいか、ギリギリ、後ろ姿だけでは本人だと気づかれていないらしい。


「ゆい」

「なに?」

「貸して欲しいものがあるんですが」

 

 由羅と淑蓮の足音と声が近づいてきている中、俺は水無月さんから目当てのものを貸してもらい――風船を受け取って、お面代わりにした。

 

 視えている。恐らく、淑蓮たちから、俺は視えている。風船で顔の大部分は隠れているとは言え、間違いなくあちら側から視えている。


「あれって、アキラさ――」

「違う」

 

 淑蓮の断定的な否定が、こちらにまで届いた。


「〝匂い〟が違う。お兄ちゃんは、あんな甘ったるい香水なんてつけないし、私以外の女とあそこまでいちゃついたりしない」

 

 水無月さんから借りた香水の匂いによって、そう断言した淑蓮は、由羅と共に反対方向へと歩いていった。


「さ、それじゃあ、行きましょうか?」

 

 俺は上着を脱いで腰に巻きつけ、ズボンのすそまくり上げて裾丈を誤魔化す。こうしておけば、由羅たちに服装で勘付かれる可能性が低くなる筈だ。


「うん、行こっか」

 

 どうにか修羅場を乗り越えた俺は、水無月さんとぐるぐる回転車に乗り――


「すみません、トイレに」

 

 死に物狂いで、淑蓮の元へと走り始めた。

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