観覧車にだけは乗りたくない

 夕暮れの公園で、俺はマリアとシーソーに乗っていた。


「遊園地デート当日、お前には俺のサポートをして貰うわけだが……チケットを用意できない都合上、お前に現地入りは不可能だ」

「それはそうよね……で、あたしは、何をすればいいわけ?」

 

 シーソーがぎぃこぎぃこと揺れる度に、無駄にすらりとした腹回りが視えるのが、気になって仕方ない。


「アトロポスパークについて色々と調べてみたが、プレオープン中、各アトラクション前には〝ライブカメラ〟が設置されるらしい。期間中には、ホームページ上で、各アトラクションのにぎわいの様子を生中継するそうだ。

 お前には、その中継を介して、ヤンデレたちの動向どうこうを警戒して欲しい」

「……ますます、スパイ染みてきたわね」

 

 水色か。


「それにスケジュール管理だな。何も考えず、適当にアトラクションを回れば、会敵かいてきする可能性が高い。だから、当日は、事前に定めておいたアトラクションにヤンデレたちを誘導して、極自然にルートを構築する予定だ」

 

 自分の座席が上がった瞬間に、シーソー上を伝ってスケジュール表を滑らせると、マリアは慌てて屈み込み水色をアピールしてくる。


「水色が好きなのか?」

「水色が好きって、何が――」

 

 ようやく察したのか、マリアは顔を真っ赤にして、ゆるゆるのスウェットの胸元を両手で隠す。


「く、クズ!! 変態!!」

「安心しろ。由羅ゆらの三分の一もない胸に、世界は興味を抱いたりはしない」

「あたしの胸の貧しさを世界問題にするな!!」


 回覧板回して、地域問題にすればいいのか?


「お前、普段はギャルっぽいんだから、もうちょっと洒落しゃれたブラジャーつけたらどうだ? 今度、買ってやろうか?」

「こ、殺してやる……本気で殺してやる……!」

 

 この軽い殺意、いやされるぅ~!


「まぁ、そう言うことだから、そのスケジュール表通りに進行を頼む。基本的に、お前の方から俺に連絡はするな。ヤンデレからヤンデレへの移動中に、俺の方からお前に連絡する」

「そ、それはわかったけど……この赤文字で書いてある『観覧車にだけは乗るな』ってなに?」

 

 片腕で胸元を隠しながら、律儀にもシーソーを上下させているマリアは、スケジュール表を俺に見せながら首を傾げる。


「密室殺人事件」

「え?」

「観覧車は密室だ。しかも、他人の目もない上に二人きり……最も〝事故〟が起きやすいポイントと言っても過言じゃない。だから、絶対に、観覧車にだけは乗ってはいけないといういましめだ」

「で、でも、このスケジュール表、一番最後に――」

 

 俺は手のひらで、マリアに『待った』を示す。


「それは、最後の手段だ。何もかもが上手くいけば、そのスケジュール表の〝締めくくり〟通りにはならない」

「あんた、正気?」

「正気も正気だ」

 

 不安そうに顔を曇らせ、マリアは祈るように胸の前で両手を組む。


「……帰って、来るわよね?」

「ふざけるな、やめろ」


 ただの遊園地デートで、死亡フラグを立たせるな。


「ま、あんたが死ぬようなさま、想像できないけどね。

 とりあえず、最初に相手をするのは水無月結みなつきゆいで、行くアトラクションは『ぐるぐる回転車』でいいのね?」

「あぁ、それでいい。特に誘導には問題ない筈だ。最初から『観覧車に乗りたい』とは、さすがに言ったりはしない」

「警戒するとしたら、昼過ぎから夕方……帰宅前の時間が、差し迫ったらってことね?」

「そういうことだ」

 

 俺は自身の作ったスケジュール表を思い浮かべながら、何らかの矛盾点を抱えていないことに頷いた。




「アキラくん」

 

 遊園地に入場を果たし、俺が淑蓮すみれに『何とか抜け出せた。今、遊園地に向かってる』とメールを送った後、水無月さんはニコニコとしながらアトラクションを指差し――驚愕で、俺の笑顔が引きつる。


「まずは、〝観覧車〟に乗ろっか?」


 あれれ~?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る