入場ゲートでは待たないで

 なんで、もう着いてんの?

 

 先ほどまで家にいた筈の妹が、既に遊園地に到着しているという事実に、俺は冷や汗をかき始める。


「アキラくん? どうしたの、大丈夫?」

「え、えぇ、なんでもありません」

 

 由羅ゆらとの追いかけっこのために、俺がバスから降りたせいもあるが……一度自宅に戻ったことで、搭乗予定だったバスに乗れずに、淑蓮すみれは想定外のルートを移動、道路が想像以上に空いていたってところか?

 

 何にせよ、完全に挟み撃ちだ。このルートを戻れば由羅がいるし、そもそも、そんなことをすれば水無月みなつきさんに勘付かれる。


 かと言って、このまま進めば、入場ゲート前の淑蓮に三重予約トリプルブッキングがバレる。

 

 あれ? もしかして、詰んでるんじゃないかな?


「汗、酷いよ? 大丈夫?」

 

 高そうなハンカチで、俺の額を拭いてくれた水無月さんは、ニコニコとした笑顔でささやく。


「さっきから、挙動不審だけど……なにかあったの? 届いたメールと何か関係ある?」

「い、いえ、別に」

「じゃあ、見せて」

 

 口元だけ歪ませて、水無月さんは笑っていない目で語りかける。


「ね? 見せて?」

「……それなら、先に水無月さんの携帯を見せてくれませんか?」

 

 俺は、賭けに出た。


「え?」

「俺だって、水無月さんの恋人として嫉妬くらいします。水無月さんくらい可愛かったら、他の男からアプローチかけられたりしてるんじゃないですか?」

 

 水無月さんは、無言で鼻血を流し始める。


「し、嫉妬してりゅの?」

 

 してりゅ(フリ)。


「か、かわ……あ、アキラく……かわ、可愛かわいい……ゆ、ゆい、嫉妬されて……え、えぇ……か、可愛い……す、睡眠学習の成果かなぁ……?」

 

 無意識にまで、手を出すのはやめろ。


「い、いいよ! ゆ、ゆいの身の潔白、証明するから! ほ、ほら!」

 

 俺が差し出されたスマートフォンを受け取ると、水無月さんはぐいぐいと身を寄せてきてくる。


「ね! ね!?」

 

 アイコン全部、俺の顔とか狂気しか感じねぇよ。


「画像フォルダも! ね!?」

 

 『就寝中のアキラくん』フォルダ(年月日時分秒まで記入)は、立派な犯罪の証拠だよね?


「ね!?」

「う、嬉しいなぁ」

 

 うるさいので、頭を撫でると、水無月さんは「ハァハァ」と息を荒げながら、自分の鼻にハンカチを押し当てる。


「なるほど、ゆいは浮気なんてしそうにありませんね」

「当たり前だよ! ゆいの全部は、アキラくんの全部なんだから! それに、アキラくんの全部はゆいの全部でしょ? 二人の間に入れる人間なんて、この世界には存在してないんだよ? ゆいとアキラくんは、結ばれるために生まれてきたんだから! ゆいもアキラくんも、お互いを愛すためだけに出会ったんだよ?」

 

 重すぎて、胃もたれしてきた!


「それなら、せっかくだし、写真でも撮りましょうか?」

「写真? どういうこ――」

 

 水無月さんの携帯のカメラを起動して、彼女を思い切り引き寄せると、直ぐ傍から異様な呼吸音が聞こえてくる。


「ハッハッハッハッハッハ……!」

 

 ワンちゃんかな?


「ゆい、笑って~、はい、チーズ!」

 

 カメラ音が響き、目玉だけがこちらに向いた、可愛らしい水無月結ヤンデレとのツーショットが出来上がる。


「こ、婚約!? こ、コレって婚約ってこと!?」

 

 ツーショットで婚約とか、異文化過ぎて付いていけない。


「デートの記念ですよ。俺の携帯にも送っておきま――あっ!」

 

 俺は間違えたフリをして、撮ったばかりのツーショット写真を〝淑蓮〟の携帯へと送る。


「すみません。間違えて、淑蓮にも送っちゃいました」

 

 なんで、この人、人の妹のことを『敵(監視用)』で登録してるんだろ?


「だ、大丈夫……だ、大丈夫だよ……」

 

 ツーショット写真に大興奮している水無月さんは、そんなことどうでも良いと言わんばかりに、俺との思い出に目を釘付けにして――送られてきたメールの文面を確認し、眉をひそめた。




 差出人:桐谷淑蓮きりたにすみれ

 宛先:水無月結みなつきゆい

 件名:

 本文:どういうことですか?

    どうして、お兄ちゃんと一緒にいるんですか?

    どう視ても、嫌がってますよね?

    無理矢理、どこかに連れて行くつもりですか? 通報しますよ?




 予想通り、俺の微妙な表情の変化に気づいた淑蓮は、文句らしき文章を送りつけてくる。


「なんだか、勘違いしてますね。アイツ、昔から、話を聞かないようなところあるから……誤解を解くために、メールを送っておきますね。

 大丈夫ですよ、そんなに怒らないで下さい」

 

 俺はそっと水無月さんを抱き締めて――絶対にメールを見られないこの体勢で、マリアの携帯を使ってメールを打ち始める。




 差出人:衣笠麻莉愛きぬがさまりあ

 宛先:桐谷彰きりたにあきら

 件名:

 本文:今直ぐ、淑蓮に『たすけてくれ』とメールを送れ




 数十秒後、転送されてきたメールが届く。




 差出人:桐谷淑蓮きりたにすみれ

 宛先:桐谷彰きりたにあきら

 件名:

 本文:お兄ちゃん、今、どこにいるの!?




「ダメだ。全然、話を聞いてくれない」

「淑蓮ちゃん、可哀想……位置情報なんて、もう掴めやしないのに……負けを認められないなんて哀れだなぁ……」

 

 水無月さんは、俺の肩口でくすくすと笑う。


「アキラくんは、ゆいのものなのに」

 

 淑蓮、賢いお前なら、あのツーショット写真から、俺と水無月さんがバスに乗っていることを導き出し『現在、運行中のバス』のリストをピックアップする筈だ……だが、それだけの情報で、俺たちの乗るバスを特定するのはまず不可能。




 差出人:衣笠麻莉愛きぬがさまりあ

 宛先:桐谷淑蓮きりたにすみれ

 件名:

 本文:さっきはごめんなさい。

    ところで、あなたのお兄さんは、水無月結とデートでもするの?

    二人で、駅前行きのバスに乗ってたみたいだけど?




 悪いが淑蓮、少し戻ってて貰うぞ。

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