入場ゲートでは待たないで
なんで、もう着いてんの?
先ほどまで家にいた筈の妹が、既に遊園地に到着しているという事実に、俺は冷や汗をかき始める。
「アキラくん? どうしたの、大丈夫?」
「え、えぇ、なんでもありません」
何にせよ、完全に挟み撃ちだ。このルートを戻れば由羅がいるし、そもそも、そんなことをすれば
かと言って、このまま進めば、入場ゲート前の淑蓮に
あれ? もしかして、詰んでるんじゃないかな?
「汗、酷いよ? 大丈夫?」
高そうなハンカチで、俺の額を拭いてくれた水無月さんは、ニコニコとした笑顔でささやく。
「さっきから、挙動不審だけど……なにかあったの? 届いたメールと何か関係ある?」
「い、いえ、別に」
「じゃあ、見せて」
口元だけ歪ませて、水無月さんは笑っていない目で語りかける。
「ね? 見せて?」
「……それなら、先に水無月さんの携帯を見せてくれませんか?」
俺は、賭けに出た。
「え?」
「俺だって、水無月さんの恋人として嫉妬くらいします。水無月さんくらい可愛かったら、他の男からアプローチかけられたりしてるんじゃないですか?」
水無月さんは、無言で鼻血を流し始める。
「し、嫉妬してりゅの?」
してりゅ(フリ)。
「か、かわ……あ、アキラく……かわ、
無意識にまで、手を出すのはやめろ。
「い、いいよ! ゆ、ゆいの身の潔白、証明するから! ほ、ほら!」
俺が差し出されたスマートフォンを受け取ると、水無月さんはぐいぐいと身を寄せてきてくる。
「ね! ね!?」
アイコン全部、俺の顔とか狂気しか感じねぇよ。
「画像フォルダも! ね!?」
『就寝中のアキラくん』フォルダ(年月日時分秒まで記入)は、立派な犯罪の証拠だよね?
「ね!?」
「う、嬉しいなぁ」
うるさいので、頭を撫でると、水無月さんは「ハァハァ」と息を荒げながら、自分の鼻にハンカチを押し当てる。
「なるほど、ゆいは浮気なんてしそうにありませんね」
「当たり前だよ! ゆいの全部は、アキラくんの全部なんだから! それに、アキラくんの全部はゆいの全部でしょ? 二人の間に入れる人間なんて、この世界には存在してないんだよ? ゆいとアキラくんは、結ばれるために生まれてきたんだから! ゆいもアキラくんも、お互いを愛すためだけに出会ったんだよ?」
重すぎて、胃もたれしてきた!
「それなら、せっかくだし、写真でも撮りましょうか?」
「写真? どういうこ――」
水無月さんの携帯のカメラを起動して、彼女を思い切り引き寄せると、直ぐ傍から異様な呼吸音が聞こえてくる。
「ハッハッハッハッハッハ……!」
ワンちゃんかな?
「ゆい、笑って~、はい、チーズ!」
カメラ音が響き、目玉だけがこちらに向いた、可愛らしい
「こ、婚約!? こ、コレって婚約ってこと!?」
ツーショットで婚約とか、異文化過ぎて付いていけない。
「デートの記念ですよ。俺の携帯にも送っておきま――あっ!」
俺は間違えたフリをして、撮ったばかりのツーショット写真を〝淑蓮〟の携帯へと送る。
「すみません。間違えて、淑蓮にも送っちゃいました」
なんで、この人、人の妹のことを『敵(監視用)』で登録してるんだろ?
「だ、大丈夫……だ、大丈夫だよ……」
ツーショット写真に大興奮している水無月さんは、そんなことどうでも良いと言わんばかりに、俺との思い出に目を釘付けにして――送られてきたメールの文面を確認し、眉をひそめた。
差出人:
宛先:
件名:
本文:どういうことですか?
どうして、お兄ちゃんと一緒にいるんですか?
どう視ても、嫌がってますよね?
無理矢理、どこかに連れて行くつもりですか? 通報しますよ?
予想通り、俺の微妙な表情の変化に気づいた淑蓮は、文句らしき文章を送りつけてくる。
「なんだか、勘違いしてますね。アイツ、昔から、話を聞かないようなところあるから……誤解を解くために、メールを送っておきますね。
大丈夫ですよ、そんなに怒らないで下さい」
俺はそっと水無月さんを抱き締めて――絶対にメールを見られないこの体勢で、マリアの携帯を使ってメールを打ち始める。
差出人:
宛先:
件名:
本文:今直ぐ、淑蓮に『たすけてくれ』とメールを送れ
数十秒後、転送されてきたメールが届く。
差出人:
宛先:
件名:
本文:お兄ちゃん、今、どこにいるの!?
「ダメだ。全然、話を聞いてくれない」
「淑蓮ちゃん、可哀想……位置情報なんて、もう掴めやしないのに……負けを認められないなんて哀れだなぁ……」
水無月さんは、俺の肩口でくすくすと笑う。
「アキラくんは、ゆいのものなのに」
淑蓮、賢いお前なら、あのツーショット写真から、俺と水無月さんがバスに乗っていることを導き出し『現在、運行中のバス』のリストをピックアップする筈だ……だが、それだけの情報で、俺たちの乗るバスを特定するのはまず不可能。
差出人:
宛先:
件名:
本文:さっきはごめんなさい。
ところで、あなたのお兄さんは、水無月結とデートでもするの?
二人で、駅前行きのバスに乗ってたみたいだけど?
悪いが淑蓮、少し戻ってて貰うぞ。
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