想定外の想定外で大惨事

「デート当日、由羅ゆら淑蓮すみれ鉢合はちあわせするわけにはいかない」

 

 遊園地デートが始まる前日の夕方、家を抜け出した俺は、部屋着のマリアと密会を始めていた。


「いや、それは、集合時間を上手くズラせば良いんじゃないの? まず集まるのは、由羅先輩と淑蓮ちゃん……その後に、園内であんたが合流って流れでしょ?」

 

 公園のブランコをぎながら話すマリアは、さっきから、チラチラとへそを覗かせているのに気づいていないようだ。


「確かにそうだが、恐らく、ズラせるのは十数分程度だ。道路の混み具合や、バスの運行スケジュールの遅延次第で、鉢合わせになる確率も十分に有り得る」

「なら、どうすんの?」

 

 まずは、シャツを仕舞しまえよ。


「時間だけではなく、〝移動経路〟もズラす。もう既に下調べの済んでいる淑蓮は無理だが、由羅の方の移動ルートならまだ手出しが可能な筈だ」

「……いや、普通は、最寄りのバス停から駅前まで行って、そこから遊園地まで乗りっぱなしでしょ? 上手く誘導するも何も、無理じゃない?」

「そこで、お前の出番というわけだな」

 

 実に嫌そうな顔をして、マリアはブランコを止める。


「何させるつもり?」

「バスの運行予定時刻を誤魔化せ」

「……は?」

「由羅に電話して、それとなくデートのことを聞き出した後、親切を装って改ざんしたバスの運行予定表を渡してやれ。

 そうすれば、由羅は駅前経由ではなく、わざわざ遠回りするルートを選ぶ」

 

 ブランコの上で項垂うなだれたマリアは、ゆらゆらとブランコを左右に揺らし、それから勢い良く顔を上げる。


「やだ!! 由羅先輩をだますような真似したくない!!」

「ほう、へぇ、そうなのか、やなのか、へぇ、ほぉ……ふぅ~ん……由羅の初デートはどうなってもいいのか、あんなに楽しみにしてたのになぁ、へぇ~……」

「く、クズ野郎」

 

 悔しそうに「うむぅ……!」とおっさんのような唸り声を出した後、観念したのかのようにマリアがブランコを再開する。


「わかった、やるわよ! 数字を置き換えるくらい、そんなに手間はかからないんでしょ?」

「完成度にこだわらなければ、文字や数字のコラージュは簡単だから安心しろ。由羅は『お前に騙される』とは思ってもいないから、雑な作りでも疑ったりはしない筈だ」

「でも、コレをやったからって、最終的な目的地は遊園地でしょ? 途中で由羅先輩の気が変わって、想定外のルートに行ったらどうするの? 最終目的地が同じなら、どこかで鉢合わせする可能性もあるんじゃない?」

「アッハッハ、心配症だなぁお前は」

 

 思わず、俺は笑い出す。


「時間がカブるだけでも想定外なのに、ルートの方まで想定外だなんて、そんな奇跡ふこうが立て続けに起こるわけないだろ?」

「それもそっか、アハハ」

 

 俺達は、夕暮れの公園で笑いあって――今現在、想定外が立て続けに起こり、必死に由羅から逃げている。


「あ、アキラくん、大丈夫?」

 

 腕の中で恥ずかしそうに身をちぢこまらせる水無月みなつきさんは、心配そうに俺に声をかけてそっと頬を撫でた。


「い、いや、も、もう、無理かも……し、しれません……」

 

 さすがに、遊園地まで逃げ切るのは不可能だなコレ! 現実を見据えて、パターンBでいくしかない!!

 

 俺は携帯を取り出して、ワンプッシュでマリアに電話をかけた。


「あ、あたし、やったわよ! あんたの妹に気づかれてな――」

「B!! Bだ!!

 水無月さん、そうでしょ!?」

「え、なにが?」

「昨日のクイズ番組ですよ! 見てなかったんですか!? うちの母親が大好きで、今日の昼間にホームページで回答が出るんです!!」

「わ、わかった! パターンBね、了解!」

 

 マリアの返答が聞こえてから、俺は通話を切断し――背後で着信音が鳴り響き、反応しようとした水無月さんに顔を被せた。


「あ、アキラくん……キス……?」

「目を閉じてて下さい!」

 

 ビクッと反応してから、恐る恐る目を閉じた水無月さんを尻目に、俺は直ぐ後ろまで迫っていた由羅を確認する。

 

 彼女は前髪の間から片目を覗かせて、〝俺専用〟に変更した着信音に胸を高鳴らせ、嬉しそうに微笑しながら通話口を耳に当てていた。


「……あの様子だと、ギリギリ、顔は見られてないな」

「あ、アキラくん? き、キス、まだ?」

「あ、今します」

 

 喰らえ!! オラ、俺の指を喰らえ!!


「あっ……」

 

 何度も水無月さんの唇に二本指をぶつけていると、目を開けた彼女はあどけない笑顔で、ちゅっと俺の二本指に吸い付く。


「イタズラ、めっ、だよ?」

 

 こちとら、命けてイタズラしとんじゃい!!


「今のうち……じゃない。ちょうど、バスも来たみたいだし、乗りましょう」

 

 俺は水無月さんを下ろした後、タイミング良く来たバスに乗り込み、満面の笑みで楽しそうに〝俺と話す〟由羅を見つめた。


「アキラくん? なに見てるの?」

「いえ、なんでも」

 

 俺はポケットから――〝マリアの携帯電話〟を取り出して確認する。


「気にしないでください」

 

 念のために、『俺の携帯電話』と『マリアの携帯電話』を〝取り替えて〟おいて良かった……今頃は、マリアが事前に収録しておいた俺の声を流しておいてくれている筈だが、さすがに二度目は使えないな。


「アキラくん、あんまり、電話使わないでね? ゆい、嫉妬しちゃうから」

「えぇ、もちろんですよ」

 

 誰か一人に張り付いている状態で、他のヤンデレを誤魔化したりする余裕はないと考えていたからこその〝切り札〟だったが、遊園地に入場する前に使うこととなるとは予想外だ。


「あ」

 

 携帯が、俺の手元で震える。


「もう! 誰からのメール?」

「す、すみません」


 俺は、自身の携帯から、そのまま転送されてきたメールを見下ろし――




 差出人:桐谷淑蓮きりたにすみれ

 宛先:桐谷彰きりたにあきら

 件名:

 本文:遊園地、早く着きすぎちゃった(≧∇≦)

    衣笠きぬがさ先輩、まだ着かないみたいで暇だよ~! 


    早くお兄ちゃんにいたいな(///∇//)




 白目をいた。

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