よーい、ドン!(追いつかれたら死)

「ママ! お兄ちゃんは!?」

「部屋にいるわよぉ」

 

 居間の方からひらひらと振る手が視えて、淑蓮すみれは愕然として立ち尽くす。


「ほ、本当に? 部屋にいるの? 確認した?」

「確認はしてないけど……いるんじゃないかしら? 淑蓮すみれちゃん、ノックしてみたら?」

 

 兄のことを語りすぎたことで、時間を無駄にしたという事実に焦燥しょうそうを覚え、淑蓮は靴を脱いで階段を上がろうとし――


「お、お邪魔しま~す」

 

 無断で入ってきたマリアに驚き、思わず動きを止めていた。


「……なんで、入ってきてるんですか?」

「い、いや、淑蓮ちゃんと遊ぼうかなーと思って……だ、ダメ……?」

「友だちでもない相手と遊べと? 申し訳ないですけど、もう時間がないので――」

 

 強い衝撃に息を詰まらせて転倒し、視線を下に移すと、腰にしがみついて必死に嘆願たんがんしているマリアが目に飛び込んでくる。


「お願いします!! 遊んで下さい!! 遊ぼう!! 絶対、後悔させないから!! 昨日、あなたを見てからファンなの!! サインして下さい!!」

「な、なんなんですか、離し――きゃっ!」

 

 ミニスカートの中で他人の両手がうごめく感触に我慢しきれず、淑蓮は無意識的に羞恥しゅうちで顔を染める。


「パンツとるわよ!? それで、パンツ売るわよ!? 女子中学生のパンツ、駅前で売り払うわよ!?」

「ちょっ、やめ――わ、私のパンツを売っていいのは、お兄ちゃんだけなのっ!」

 

 するすると膝元までパンツを下ろされ、女子中学生の喉から本格的な悲鳴がほとばしる。


「ま、ママ! たすけて!!」

「ち、違います! この子のパンツを下ろさないと、あたしの命が危ういだけなんです!!」

「仲良いのね~。ママ、今、手が離せないから、後で紹介してね~」

 

 呑気な声がリビングから聞こえてきて、淑蓮は援軍を望めないのを察し、魔の手から逃れるようにして外に飛び出す。


「へ、へんたい!!」

「え、ちがっ――」

 

 腕時計で時間を確認し、待ち合わせ時刻まで余裕がないのを見て、淑蓮は慌てて駆け出した。




 瞬時に首を反転させ、俺は過ぎゆく景色と共に由羅ゆらを見送った。


「どうしたの? アキラくん?」

「アッハッハ、なんでもな――」

 

 めっちゃ追ってきてる!! 走ってバス追っかけてきてる!!


「窓の外に何かあ――」

 

 身を乗り出した水無月みなつきさんを制するために、思わず抱き締めると、みるみるうちに整った耳が真っ赤に色づく。


「あ、アキラくん……さ、さすがにココじゃダメだよ……」

 

 無表情でバスを追いかけてくるヤンデレを横目に、なぜ俺はラブシーンを演じてるんだろう?


「……本当に、ダメ、ですか?」

 

 耳孔じこうに息を吹きかけるようにささやくと「ぁ……」と吐息が漏れて、水無月さんの全身がぐったりと弛緩しかんする。


「本当は……良い、んですよね……?」

 

 俺だけを視ろ!! 俺だけを視てろ!!

 

 バスが停車して新しい乗客が乗り込んできているうちに、『見間違いかなぁ?』と言わんばかりに、首を捻ったまま駆け走る由羅が徐々に追いついてくる。


「あ、アキラくんに近すぎて……ゆい、死んじゃいそう……」

 

 俺も死ぬ!! 距離が寿命を示してる!!


「運転手さぁん!! 彼女、具合悪いみたいなんで、乗る人がいないなら、とっとと出発してもらって良いですかぁ!?」

「でもねぇ……あの子、乗るんじゃない? ほら、必死で走ってるでしょ? まるで、人でも殺しそうな形相じゃない?」

 

 わかってるなら、とっとと出せや!!


「ゆい」

「え……はい……?」

 

 熱に浮かされたような顔で、俺を見上げる水無月さんに微笑みかける。


「俺だけを視てろ。他の何も視るな。いいな?」

「は、はい……」

 

 火事場の馬鹿力で水無月さんをお姫様抱っこし、俺はバスから降車して、命懸けで走り始める。


「あ、アキラくん……ゆい、びょ、病気じゃないよ……?」

「何言ってんだよ」

 

 あの感じ、ハッキリと顔は視られてない。確信がないからこそ、確認をとろうと追いかけてきているんだ。


 だとすれば、アトロポスパークまでの残り距離、約2km――


「かかってるんだろ、恋の病ヤンデレ?」

 

 死ぬ気で駆け抜けるしかねぇ!!

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