目と目が会うとき、妹は愛を語る

「ね、アキラくん……」

 

 窓際に座った俺の肩に、水無月さんの頭が当然のようにせられ、しゃのように滑らかな髪の毛から誘惑の香りが漂ってくる。


「ゆい……今、すごく幸せだよ……」

 

 ピッタリと押し付けられた柔らかな身体、恋人繋ぎのまま膝の上にある白い手、水無月さんが身じろぎする度に伝わってくる振動――恋する!! このままでは、遊園地デートを前に死ぬ!!


「アキラくんは……幸せ……?」

 

 バスの乗客全員に、殺意のもった目を向けられている以外は幸せ。


「も、もちろん、幸せですよ」

「アキラくんの心臓、すごく元気よく動いてる……取り出してみていい……?」

 

 時折、正気に戻るポイントがあって、ホントに助かる。


「もー、冗談だよ! 変な顔、しないで?」

 

 俺が愛想笑いを浮かべると、水無月さんはボソリとささやく。


「……出来るなら、目覚まし時計の代わりにしたいけどね」

 

 目覚まし時計 feat.俺の永眠。


「アッハッハ! せっかくだから、外の景色でも見ようかなぁ!」

 

 嫌な空気を誤魔化すために、俺は窓の外に目を向け――


「えっ」

 

 ここにいる筈のない由羅ゆらと目が合った。





「えーと……」

「ま、マリアです。衣笠麻莉愛きぬがさまりあ……お兄さんの後輩で、えっと、その、色々とお世話になってます」

「そうですか。ごめんなさい、急いでるので」

 

 気合の入った私服に魅了されているのか、マリアの横をすり抜けようと歩き始めた淑蓮すみれを、通りすがりの人々が何度も振り返る。


「あ、あ~! ちょ、ちょっと、お待ちに!!」

 

 一瞬いっしゅん、そんな彼女に見とれていたマリアが、慌てて回り込むと、あからさまな舌打ちが返ってくる。


「なんですか? 本当に時間ないんですけど」

 

 イライラと足踏みしながら、爪を噛み始めた彼女は、天使のように愛らしい顔を歪めてマリアをめつけた。


「えっと、その……」

 

 この窮地きゅうちをどうしのげばいいか、マリアは、ぐるぐると回る頭のなかで考えて考えて考え抜き――


「あんなヤツのどこが好きなの?」

 

 何故か、〝挑発〟が口から漏れ出て、顔を真っ青にした。


「どこが好きかって、決まってるじゃないですかぁ」

 

 マリアの予想に反して、桐谷淑蓮きりたにすみれは笑顔で口を開く。


「一番初めに会った時に私を受け入れてくれたから好き元々は何にも興味関心をもたなかった私に優しくしてくれたのが好き酷い意地悪をしたのに赦してくれたのが好き朝起きた時に眠そうな声を上げるのが好きご飯を食べる時におかずを値踏みするのが好き家族には優しいのが好き誰かが困ってる時には何だかんだで助けちゃうのが好きお風呂に入る時に右足から入るのが好き身体を洗う時は肩からなのが好き電気をつける時に少し面倒くさそうな顔をするのが好き趣味がゲームなのが好き好きな食べ物がシチューなのが好き貝類が絶対に食べられないのが好き夢を見てる時に身体が少しぴくんて動くのが可愛くて好き髪の毛を切るタイミングを私に尋ねてくるのが好き占いは信じてないのに朝のテレビの血液型占いは気にしてるのが好き私のせいで男友達がいないのに全然気にしてないのが好き色んな女に誘惑されてるのに何時までも私に優しくしてくれるのが好き私が抱き締めると嫌そうな顔するのに頭を撫でてくれるのが好きいい匂いがするのが好き時々一緒にお風呂入ってくれるのが好き洗面台で顔を洗う時に洗う前から目を瞑ってるのが好き仰向けで寝るのが好きお菓子を買う時に私の分も絶対に買ってきてくれるのが好き飲み物頂戴って言うと一口わけてくれるのが好き間接キスだねってからかうと嫌そうな顔するのが好きお兄ちゃんの食べかけを勝手に食べると私の食べかけを食べてくれるのが好きそれでドヤ顔するのが好き暇な時にウィンクの練習をしてるのが好き私が眠れないって我儘を言うと叱るのに最後には私の頭を撫でながら寝かしつけてくれるのが好き私のこと全然好きじゃないって素振り見せるのに何か心配させるようなことをするとすごく怖い顔をして怒ってくれるのが好き私を心配してくれるのが好き世界中で一番格好いいのにそれをひけらかさないのが好き喉乾いたって言った時に私が飲み物をもっていくとすごく褒めてくれるのが好きゲームする時に膝の上に載せてくれるのが好きブラコンにも程があるとか言いながら私を可愛がってくれるのが好き私がお兄ちゃんを好き過ぎることについては怒るのに一度も迷惑だなんて言わないのが好き誰かに飼われることを夢見るのが好きおふざけでキスすると本気で怒るのが好きお兄ちゃんの私物を勝手に盗んでるのに知らない顔してくれるのが好きお兄ちゃんのパンツをたくさん盗んだ時に代わりにお前のパンツ売り払うわとか言ってたのが好きお菓子が残り一個の時にじゃんけんをするとわざと負けてくれるのが好き唇以外にはキスしても許してくれるのが好きラーメンを食べる時にチャーシューから食べるのが好き炭酸飲料はそんなに好きでもないのに私が買ってくると美味しそうに飲んでくれるのが好き足を組む時に偉そうな顔をするのが好き私が寝る前にココアを入れてくれるのが好き寒くなってくると私がひっついても文句を言わなくなるのが好き休みの日に日向ぼっこしてるのが好き散歩する時に私が付いていこうとすると少し嬉しそうなのが好き優しい笑顔が好きお兄ちゃんが笑ってるのが好き初めて背中を流した時に嬉しそうに笑ってたのが好き油断してる時に耳を舐めると反撃しても私を喜ばせるだけだから何も出来ないのが好きどんなことをしても私のことを嫌いとは言わないのが好き一緒にお鍋を食べる時によそってあげると頭を撫でてくれるのが好きキスをせがむと仕方なさそうな顔をしながら額にキスしてくれるのが好き私が風邪を引いた時にはずっと傍にいてくれるのが好き風邪の時に我儘を言うと絶対に聞いてくれるのが好きソファーでお昼寝してる時のあどけない寝顔が好き私が抱きまくらになる~って寝てるお兄ちゃんに抱きつくとやれやれって感じで微笑んで受け入れてくれるのが好き近親相姦もののえっちな本をお兄ちゃんの机の上にセットしておくと躊躇いなく売りに行くのが好きそれで得たお金でご飯を奢ってくれるのが好き焼肉を食べに行った時に自慢げにお肉を焼きながらうんちくを話すのが好きわざと席を詰めてくっつくと嫌そうな顔をするのが好きあ~んっておねだりして口を開けるとわざと鼻に熱々の食べ物をぶつけてきたりするのが好きそれで大袈裟に熱がると本気で心配してくれるのが好き私が貧血で倒れた時に汗だくで駆けつけてくれたのが好き怖い映画を見てる時に抱きつくと無言で肯定してくれるのが好き血糊を買ってきて私を本気で怖がらせようとしてくるのが好き音楽を聞くのはあんまり好きじゃないのに私がCDをもっていくと次の日には全部聞いててくれるのが好きボランティア活動に参加した時に面倒くさい面倒くさい金も貰えないとか文句言ってたのに当日になるとちゃんと活動をこなしてるのが好き世界で一番好きな男の人はお兄ちゃんってお父さんに言った時にお父さんと二者面談してたお兄ちゃんが好き全部が好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き以外の何者でもないのが好き」

 

 恋をしている乙女の顔で、うっとりと淑蓮はささやいた。


「私は、お兄ちゃんを愛してる」

 

 あまりに苛烈かれつな〝愛情〟を受け、呆気あっけにとられたマリアは、横をすり抜ける彼女を止めることができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る