放課後デート開始!!

由羅ゆら

「……なんですか?」

 

 妹から離れた俺は、黒く濁った目をこちらに向ける由羅に耳打ちをする。


「俺と妹は、血が繋がってるぞ」

「え!?」

「つまり、〝俺と同じ血〟がアイツには流れてる……俺と同じ血だぞ、俺と同じ血……アイツには、俺と同じ血が流れてる……」

 

 暗示のように嘘を言い聞かせてやると、由羅は左右に揺れ始めて「お、同じ、あ、アキラ様と同じ……」とつぶやき始める。


淑蓮すみれ

 

 さり気なく由羅から距離をとり、俺は淑蓮のそばに身体を寄せる。


「淑蓮は、何時いつもスゴイな」

「え? そ、そうかな?」

「だって、誰とでも仲良くできるだろう? 自慢の妹だって、アイツらにも言ってたんだ。お前、友だち多いもんな?」

「う、うん! 私、お友達多いよ!」

「なら、お兄ちゃんとの〝お友達〟とも仲良くできるよな?」

 

 淑蓮は敵愾心てきがいしんもる視線を、ちらりと由羅たちに投げかける。


「で、でも、あの人たち、お兄ちゃんのことを誘拐ゆうかいし――」

「放課後、俺、アイツらと一緒に買い物をしに行かないといけないんだ」

「……え?」

 

 コレはけだ! ノッてこい、妹!!


「お前と一緒に帰った後、俺はアイツらと買い物に行くつもりだが……仲良くできないなら、淑蓮は付いてこれないってことかな?」

「え、ち、ちが――仲良くできるよぉ!」

 

 涙目になった淑蓮は、小学生のようにいやいやと首を振った。


「す、淑蓮、良い子だもん! お、お兄ちゃんの言うこと、ちゃんと聞いてるもん! だ、だから、ちゃんと仲良くできるよぉ!」

 

 利害関係だけ突き詰めれば、淑蓮に残っている選択肢はひとつ――良い子のフリをして、俺たちに付いてくるしかない。そして、自分が誘導されているという事実を、本当の目的遊園地デートを知らない妹が推測することは難しいはずだ。


「なら、仲良くできるか?」

「う、うん! 仲良くできる!」

 

 淑蓮、お前には、チケットを手に入れて貰うだけではなく……由羅と一緒に遊園地に入園して貰うぞ。

 

 兄にかなう妹はいない!! 俺の本意が〝由羅とお前の接触〟だとは、さすがのお前もわかるまいよ!!




 お兄ちゃんの目的は、衣笠由羅と私の〝接触〟か。


 自由自在に〝涙目〟を作ることの出来る淑蓮は、外面とは違って冷静な内面で考えていた。

 

 和を好むお兄ちゃんが、わざわざ私と衣笠由羅を衝突させる〝意味〟。私と衣笠由羅を仲良くさせようとしているのはわかる。

 

 だが、そうさせようとする目的まではわからない……何を考えてるんだろう?


「……だとすれば、本人の口から吐かせるしかないか」

「何か言ったか?」

 

 どこからどう見ても、この世で最も格好いい男性あにに呼びかけられ、淑蓮は幸福で胸を満たしながら応える。


「んーん、なんでもない。行こ、お兄ちゃん」

 

 お兄ちゃんの望みどおり、衣笠由羅に接触して――それとなく、聞き出せばいいだけか。

 

 淑蓮は大好きな兄の腕を抱え込み、嬉しさでスキップしながら、彼と一緒に駅前まで歩んでいった。




桐谷きりたに

「なん――」

「振り向かないで。そのままジュースを飲みながら、空き缶で口元を隠して、あたしと話しているようには思わせないで」

 

 マジもんのスパイかよ。


「桐谷淑蓮が、さっきから、由羅先輩と二人きりになろうとしてる」

「は? なんで?」

 

 駅前のデパートまでやって来た俺達は、『喉が渇いた』とぼやいた淑蓮の要求通り、自販機コーナーで喉をうるおしている最中だった。


「こっちの目的が、バレたからに決まってるでしょ?

 あの子、相当、頭がキレるわよ……しかも、対人距離パーソナルスペースの詰め方が異常に上手い……アレだけ口の悪いところを見せられたあたしでさえも、今ではあの子と〝仲良くなりたい〟とまで思ってる……」

 

 淑蓮は由羅の『アキラ様談義だんぎ』を聞きながら、楽しそうに笑顔で相槌あいづちを打っている。


「え? どこでバレた?」

「どこでバレたも何も、あんたが、あんなミエミエの誘導するからでしょ! アレだけで由羅先輩に辿り着くあの子もあの子だけど、大体はあんたの馬鹿さ加減のせいだからね!」

 

 嘘やろ?


「もしかして、チケットの件、切り出したらマズいのか?」

「マズいも何も、一発でアウトよ。

 由羅先輩に探りを入れようとしている現時点では、さすがに遊園地デートまでは勘付いてないみたいだけど……チケットのことを〝桐谷彰あんたから〟切り出したら、絶対にあの子は気がつく」

「つまり――」

 

 マリアは、死にそうな顔で頷く。


「この放課後デート中に、桐谷淑蓮いもうとから〝遊園地に誘わせる〟しかない」

「〝自発的〟に、ペアチケットを用意させろってことか?」

「そうよ。あんたの妹の方から『お兄ちゃん、新しく出来た遊園地に行かない? チケットは、私が用意するから』と言わせるのよ」

「なるほどな」

「なるほどなって、あんたね! ふざけるのも大概たいがいに――」

 

 マリアは驚きで顔を歪めながら、いつの間にか淑蓮たちが姿を消していることを確認し、俺の方へと勢い良く振り向く。


「や、やられた! 由羅先輩から、聞き出されたらアウトよ!! 桐谷、手分けして、デパート中を探し――」

「その必要はない」

 

 俺は口をつけたジュース缶を揺らし、足を組み直して大きく息を吸い込んだ。


「この飲みかけジュース、欲しい人だーれだぁあああああああああ!!」

 

 大声で叫んだ瞬間――四足獣を思わせる俊敏しゅんびんな動きで、自販機の陰から二体の人間が飛び出し、俺の手からジュース缶を奪い取る。


「お、お兄ちゃ、わ、私が貰――ゲホッゲホッ!!」

 

 飲みくちを舐めとるようにして、凄まじい勢いでジュースを飲み始めた淑蓮を、羨ましそうに由羅が見守る。


「マリア」

 

 足を組んだまま微動びどうだにしなかった俺は、唖然あぜんと立ち尽くすマリアにささやきかける。


「悟られないように、誘わせる〝だけ〟で良いんだな?」

 

 俺は微笑びしょうを浮かべた。

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